セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

がっちりマンデーで見た男女の違い
 先の日曜日 2月18日に放送された「がっちりマンデー」を見ました。
そこで男と女の違いがわかる場面がありました。

がっちりマンデーの サイトを見ると、そこのところが詳しく載っているので、次に転載します。

ただそこを飛ばしてもわかるように、下にまとめてあります。

「エステー」が社長をめいっ子に引き継いだら過去最高益!

そんな貴子社長が 大ナタを振るったのが、お部屋の「消臭ポット」のデザイン!
これが貴子さんの手にかかれば…
華やかでゴージャスな見た目に変身!
名前も「シャルダンステキプラス」に!
しかし!このデザイン、おじさん社員から猛反発が!
それは…
こちらのチャーム(写真略)、鍵の形をした小さな飾りが付いていて、何の機能もなくただ「カワイイから」という理由でつけたもの。
しかし、これが「チャームをなくしてコストを下げるべきだ」と、おじさん社員が猛反対したのです。
最終的には、女性の声を尊重して従来より100円以上高くなるのに思い切って商品化!
すると、発売わずか1ヶ月で100万個以上 売れる大ヒットに!
商品を女性目線で捉え 大成功したということで、エステー社内のムードが一変。
これまで反発していたおじさん社員たちも、今や「女心」を学ぼうと必死に!
竹下通りやコスメショップを訪れ、女性の感性を猛勉強中なんだとか!


要するに これまでの商品をアクセサリーの鍵をつけてかわいくしたのです。
それに対して おじさん社員はそんなのいらないから 安くしろ と猛反対。
女性社員は可愛いのがいい と対立。
   (ぼくは完全におじさん社員に賛成です。)
結局、女性である社長の力で 可愛いものに決定して売り出したら、売り上げが伸びたということです。

僕はこれまで何度も、男と女は違うんだということを書いてきました。

どちらが優れている、劣っているということではありません。

ここでは 消臭剤というのは女性がよく使うのですから、女性のことは女性がわかるということなのでしょう。

とにかく男と女は違うということを認識することはとても大切です。

家事においても その違いを理解して、それではどうするのか、というのを考えて行った方がいいのではないでしょうか。

ただ 違いというのも完全ではないですね。

女である妻も「がっちりマンデー」を見たのですが、彼女は おじさん社員の意見に賛成とのことでした。
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仮想通貨に期待する
 僕はクレジットカードをよく使います。便利ですから。
 クレジットカードの使えない店では Edy カードを使います。

 さて最近仮想通貨が話題になっていますね。
 僕は仮想通貨はもっていません。

 仮想通貨は投資の対象であって通貨としてはまだまだ安定しないとのこと。テレビで、投資でも投機的投資との説明がありました。

 ハイリスク、ハイリターンの株を買うようなもんだと僕は理解しています。
 そのようなものに今手を出すつもりはありません。

 でも仮想通貨に期待はしています。

 クレジットカードはちょっと大きな店では使えますが、小さな店ではほとんど使えません。まだまだ使えない店が多い。

 なぜかといえば、クレジットカードを店で使うにはそれを読み取る機械などが必要だからです。
 そして5%程度の手数料がかかるそうです。

 その手数料は店が負担している。小さな店にとっては大きいでしょう。

 でも、仮想通貨はスマートフォンかタブレットがあればできるそうです。そして手数料もとても安く1%以下とのこと。

 テレビで見た時には無料と言っていたように思いますが、今調べたら少しはかかるようですね。

 もっと仮想通貨が安定して、実際に通貨として機能するようになれば、小さな店でも導入することができるのではないか。

 そうすると僕にとっても便利になるかなと思って期待しています 。

ビットコイン決済が各所で導入!使い方や税金などすべての疑問を解決し ...

お店側もスマホやタブレットがあればビットコインの受け取りができることになります。クレジットカードや電子マネーの場合はそれを読み取る専用の機械が必要なので、そういった特別な機械が必要ないのはお店にとっても良い点です。

実はクレジットカードでの支払いをする時、お店がクレジットカード会社に5%程度の手数料を支払っています。ビットコイン決済の場合は手数料が安いんです!大手取引所のサービスを使った場合でも1%以下の手数料で済みます。この差はお店にとって大きな利点ですよね。


アマチュアの作品がプロの作品より良い時がある
 先日高校時代の同級生K男くんの家に行きました。
  彼がミニシアターを作ったというのでその見学です。

  素晴らしいものでした。 170インチのスクリーン。
 それに プロジェクターで映像を映します。DVDでアニメ「君の名は」をやってくれました。
 かなりいい感じで 映し出されていました。
IMG_20180210_220942.jpg

  音響もこだわっています。 いい音が聞けました。 後ろの方にもスピーカーがあり、かなり立体的で、迫力もあります。

  僕は評価する力はないのですが、とてもいい感じに思われました。

  日頃テレビでしか映画も見ないので、その迫力に圧倒されました。やはり感じがちがいます。

  さてアマチュアの作品はプロの作品よりもいい時があると言われます。

 ここで定義をはっきりさせます。
 プロ(プロフェッショナル)とは「職業的な」という意味。それに対してアマ(アマチュア)というのは 「職業的ではない」ということです。

  プロフェッショナルには「専門家」アマチュアには「素人」と言う 意味もありますが、それは派生的なものでしょう。

  職業的というのは、お金をもらってその仕事をしている人、アマチュアはお金を貰わずに行っています。

  アマチュアは、金儲けではありません。 自分のやりたいようにやる。
  だからかなり高価なものでも自分の 気に入ったものを使います。

 それに対してプロフェッショナルは 採算を考えます。 安く仕上げようとします。 できるだけ安くして支出をおさえ、収入を増やすことを考える。

  アマチュアは趣味的ですだから 採算は考えないで、いいのを使うことがあります。

  それでプロフェッショナルよりもアマチュアの方がいい作品ができたりするのですね。

 K男くんは技術的にはプロ級かな、と思います。でも、自分の趣味のためにだけミニシアターを作ったのだそうです。

 アマチュアだからできるものではないかなと思いました。


ひとりで学べる理科 中学3年生にカスタマーレビュー
 Yoji著「ひとりで学べる理科 中学3年生」にもカスタマーレビューがつきました。

 このレビューはぼくの本に対する感想ではなく、古本の状態に関してのものですね。そういうのをここに書いていいのかなあ、と思っています。いまアマゾンに報告しました。

 この本の前の持ち主は赤や青のペンを使ってよく勉強してくれたんだな、とうれしくはなります。

カスタマーレビュー
5つ星のうち3.0ひとりで学べる理科 中学3年生 (朝日学生新聞社の学習シリーズ)

形式: 単行本(ソフトカバー)|Amazonで購入

状態が大変悪く、問題あり。特に、赤および青ボールペンの記入には、へきへきでした。気は入っています。使用上の問題ありませんでした。



ひとりで学べる理科 中学2年生にカスタマーレビュー
 Yoji著「ひとりで学べる理科 中学2年生」にカスタマーレビューがつきました。
 笑ってしまうような問題、入れましたね。それがいいように働いたようでうれしいです。


5つ星のうち4.0お茶目な問題

投稿者きゅうぴい2018年1月16日
形式: 単行本(ソフトカバー)|Amazonで購入
ところどころに笑ってしまうような問題があり、子供はそういう問題を見つけたくて先へ先へ自学してました。基礎的な所から順を追って学習でき良いです。



年寄りの介護や延命治療と利己的遺伝子
 前回、利他的行動は利己的遺伝子で説明しやすいことを書きました。

 さて今、長寿社会になっています。
 そのために年寄りである親の介護が問題になっています。それから延命治療というのがあります。

 そういうのは利己的遺伝子で説明できるか。
 僕は利己的遺伝子では説明できないと思っています。

 認知症になった年寄り、寝たきりになった年寄りは遺伝子にとってはもう必要のないものでしょう。(ぼくももうすぐそうなるかもしれない)

 死んでしまってもいいものです。

 延命治療も遺伝子にとってはもういらないものです。

 では、なぜそのような年寄りの介護や延命治療が行われるのか。

 それは、利己的遺伝子が良いと思った道徳、科学的進歩などが反作用しているためではないかと僕は考えています。

 道徳的なのは利己的遺伝子にとってもいいです。
 お互いに助け合いましょう、そして命を大切にしましょう、というのは遺伝子が生き続けるためには必要です。

 共同体でお互いに助け合うことによって、お互いの遺伝子が長続きします。

 それから科学的進歩もそうです。特に医学が進歩することによって遺伝子も生き続けることができます。

 でもそれがどんどん遺伝子の想定外に進歩したということではないでしょうか。

 遺伝子は縄文時代の頃とほとんど変わらないそうです。
 縄文時代にはとにかく生き続けることが大切だった。だから食べ物がある時には十分に食べていく。助け合い、お互いの命を大切にする。

 そのように道徳や科学が出来上がると、それは一人歩きを始めます。

 遺伝子を残すためというよりも、研究者は医学を進歩させたいから進歩させる。そして死にそうな人も生きつづけさせることが 可能になっています。

 命は大切にしましょうという道徳を確立し、それによって人間が生きていきます。

 遺伝子とは少し離れてくるということでしょう。

 それは、マルクスの上部構造と下部構造の関係に似ているように思います。

 経済という土台の上に政治や哲学などが築かれていきます。しかし、政治、哲学などの上部構造がその反作用として経済に働きかけ、作用することもあるということですね。

 以下はウィキペディアから。

上部構造は法制的・政治的な諸関係や社会的意識の諸形態、たとえば道徳・芸術・宗教などのことである。これらは生産関係の総体を土台としており、その土台に依存しかつ土台が変化するに応じて変化することから上層建造物の比喩として「上部」構造と名付けられている。他方で、上部構造が下部構造に反作用して変化をもたらす働きも存在している。


遺伝子のバトンを渡して後、なぜすぐに人間は死なないのか
 利己的遺伝子について前回書きました。

 それについて僕の関心に沿って書きます。ちゃんと学びたい人は本を読んでください。次の本は入門としていいです。





 陸上競技のリレーでは、バトンを渡したらもう走るのを止めます。

 カマキリのオスは交尾して後メスに食べられるそうです。もう用無しなのです。それよりメスの栄養になったほうがいい。

 このように遺伝子を渡したらすぐに死んでしまってもいいように思います。

 でも、遺伝子のバトンを渡して後も人間は長生きします。

なぜか? 答えは簡単です。

 子どもが自立するまでは育てなければいけないからです。

 人間の子どもは自分で立って歩けるようになるまでかなり時間がかかります。

 少なくても自分で食べ物を手に入れることができるまでは必要です。

 年寄りはどうでしょうか。
 周りを見てもすぐに理解できます。

 僕の周りの年寄りは孫の送迎でとても忙しい。
 保育園で熱が出たと言った時、共働きの親は迎えに行けない。その時には祖父母にお願いするのです。

 だからおじいさんおばあさんはとても大切なものです。

 4分の1は自分の遺伝子を孫が引き継いでいるのですから、大切にしなければいけないのです。このように大切に育てて、自分の遺伝子を引き継いでもらうということです。

 また、長生きした人は経験が豊富です。長老としての知恵も大切。

 ただ最近はスマートフォンでちょこちょこと質問をして、その回答だけで満足する若者が多い。長老は必要ないよと言われそうです。

自己犠牲を伴う利他的行動は利己的遺伝子で説明
 きのうは

人間の行動は全て自分の欲求を満たすため
を書きました。

 そこで

自己犠牲を伴う利他的行動については今横に置いておきましょう

 と書きました。

 きょうはそれについて書きます。

 自己犠牲を伴う利他的行動は、自分の欲求を満たすということでは説明が難しいです。

 激しく燃える火の中に自分の子どもを助けに入っていく母親のような行動ですね。

 自分の欲求というとき、自分の命を守るのが第一です。
 自分の命より、自分の子どもや仲間を守る欲求がそれぞれの人間にはあるのだ、といってもいいのですが、なぜそうなのかの説明がなされないといけない。

 利己的遺伝子による説明はぼくにはわかりやすかった。

利己的遺伝子説とは、リチャード・ドーキンスが提唱した進化学説である。ドーキンス説では、遺伝子が個体よりも優先する。遺伝子は、自己に似た遺伝子を増やすことを目的とし、そのために個体を利用する。


 遺伝子が生き延びていくことを第一とするのです。
 人間をふくむ動物、植物はその乗り物にすぎない。

 遺伝子はその乗り物が古くなったら捨てて、新しい個体に乗り換えるのです。子どもを産んで、そして親は死んでいく。

 そうすることで遺伝子は生き延びていきます。

 擬人的に説明すると、

 燃え上がる火の中に子どもがいる。それを母親が見ている。その母親に、母親の遺伝子が命令します。
 「自分と同じ遺伝子があの子の中にはある。おまえ(母親)はもう古い。おまえは死んでもいいからあの子を助けろ。そうすれば遺伝子の半分は生き残れる」

 日常の親の子を思う行動も、新しい乗り物である自分の子どもに自分の遺伝子が乗り移っていて、それを守るためのものです。

 このように新しい乗り物に次々乗り換えて、遺伝子が生き延びていく、というように考えれば、利他的行動も理解できます。

人間の行動は全て自分の欲求を満たすため
 昨日書いた 文に フェイスブック上でコメントをいただきました 。
いつもさらに深く考えさせてくれるコメントをありがとうございます。
自己中心性と利己的とは違うもの

結構難しい問題ですね。将棋の例えでは相手の思考法を読むのは相手を打ち負かすという利己的な面もあるのかなとも思えるし、ワープロを勧めるのは相手の意向はともかくとしてもワープロを使うと大変便利でその後の仕事がはかどるという相手の利益のことを考えている訳だし、自己中心性と利己的の境界はなかなかに微妙な問題のようですね。


 確かにその通りだと思います。

 ただ、自己中心性と利己的とは区別が難しいというよりも 利己的な行動と利己的ではない行動の区別が難しいのだと思います。

人間の行動は全て自分の欲求を満たすためのものです。 食欲、性欲、認知的欲求などなど。
‎ 自己犠牲を伴う利他的行動については今横に置いておきましょう。

それでは全て利己的行動なのかと言うとそうではないでしょう。

利己的行動というのは「自分だけ」の利益を考えての行動です。
他の人の利益を犠牲にしてでも自分は得をするんだという行動ですね。

でも普通は他人の 犠牲の上ではなく自分の 利益を求める行動をします。

ただそこの区別は難しい。

別に「自分だけ」というつもりではなくても結果的に自分だけ の利益ということもあり得るでしょう。そうならないようにするのも結構難しい。

だから自己中心性から脱していても利己的だと考えられる行動もあるわけです。

また利己的な人は自己中心性から脱してないことが多いのではないでしょうか。

利己的な人は他人のことは考えようとしません。 自分の利益だけですから。

そのような人は 他人の立場に立つ気がないので自己中心性のままの思考をすると思われます。

確かに色々絡んでいますね。


自己中心性と利己的とは違うもの
 昨日書いた
自己中心性から脱する

に Facebook 上でコメントを頂きました。

ワープロが便利だからとその使用を友人に勧めるのは自己中心的な考えというより、親切心だと思いますよ。その際、ワープロの購入先はどこどこを指定、そこ以外から買うなと後でマージンを貰ったりするのは自己中心的な考えでしょうね。


 ありがとうございます。
 僕の文章力が貧弱なために誤解をさせてしまったようです。

 自己中心性と利己的は違うものです。

 利己的というのは、自分の利益を考えて行動することですね。

 それに対して自己中心性というのは全くの思考の問題です。

 例えば将棋を考えます。その時に駒の動きを予想しますね。

 自分がここに歩を置いたら、相手はここに金を置くだろう。すると自分はここに角を進めて、という風に相手の思考を読んでいきます。

 その時に、もし自分が相手ならばという考えでは不十分です。相手の思考方法、性格、くせも考えながら、相手がさす駒を予想しなければいけません。

 自己中心性から脱していないとそれができません。

 ワープロを勧める時、確かに僕は親切心から勧めています。僕の利益は全く考えていません。相手のためになると思っています。

 でも相手の思考方法は僕と同じではなかったのです。

 僕はどちらかといえば、新しい、面白い、便利なものにはすぐ飛びつきます。少々苦労してでもそれをこなしていこうとします。

 でもみんながみんなそういうわけではありません。
 新しいものを始めるのを面倒だと思う人がいるのです。

 これまでの方法でやってきたのだから、別に面倒なことを始める必要はないと考える人が結構いるのですね。

 そういう考えの人に無理に勧めるのはダメなのでしょう。
 もちろん提案はした方がいいと思います。ワープロを使ったら楽だよ、と。

 それでそれに関心を示したら次の一手を打てばいい。

 しかし相手のためになるからだということで、しつこく勧めるのは、自己中心性から脱していないのかなと考えたのです。

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