セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

比較的心安らか、バスの現在位置検索
 先日、那覇市首里で高校時代の集まりがあり、出かけました。ビールを飲むので、バスを利用します。

 沖縄市池武当まで妻に送ってもらい、そこから高速バスに乗って那覇市首里に向かいます。

 バス停につくと、バス停の時刻表に張られたOR コードをスマートフォンで読み取り、バスの現在位置を確認しました。
 すると、およそ30分も遅れているとのこと。かなり遅れているなと思い、がっかりしましたが、録音してあったカルチャーラジオをスマートフォンで聴き、軽いストレッチをしながら待ちました。

 情報通り、およそ30分ほど遅れで、バスはバス停に到着。
 乗り込むと、バスの運転手が遅れたことを詫びています。

 現在位置検索でバスが遅れることを知らなかったら、今に来るだろうと思いながら、かなりイライラしながら30分間待っていたことでしょう。

 30分間遅れることが分かっていたので、だいぶ覚悟はできました。
 全くイライラしなかったと言えば、うそになりますが、比較的安らかにバスを待つことができたように思います。

 バスの現在位置検索は、精神的にもいいですよ。

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 漢字学習書短文にはひらがな文ローマ自分を付け加える

 「この順序で学べば漢字は面白い(仮称)」を作成して、

 それに、読み方の異なる漢字をふくむ短文を入れていると書きました。

 さて、その短文には、平仮名の文とローマ字の文を付け加えました。読み方がわかるようにです。

 たとえば、次のように。「山」の項です。

 「たくさんの山がつらなる山脈」
 「たくさんの やまが つらなる さんみゃく」
 " Takusan no yama ga tsuranaru sanmyaku."




 最初、ふりがなを考えました。ルビ付きの文です。

 でも、 amazon kindle で出版する時に面倒なことになるかもしれないと思ったので、ふりがなつきの文をやめました。

 ただ、後で考えたのですが、学習する人に、 漢字かな混じり文を見て読めるように、自分でテストをしてもらいたいと思っています。

 その時には、ふりがながあると邪魔ですね。

 ということで、こちらの方がいいのかなとも思っています。
 ローマ字をつけたのは、もちろん、外国の人が学習するのを意識してです。


読み方の異なる漢字と重複表現
 「この順序で学べば漢字は面白い(仮称)」を作成して、

 それに、読み方の異なる漢字をふくむ短文を入れていると書きました。

 例えば「女」の漢字。訓読みは「おんな」、音読みは「ジョ」ですね。

 その2つの読み方をひとつの短文にまとめます。

 思いつくのが「女の女医」という言葉。「おんな」「ジョ」が入っています。

 でも、これは重複表現になりますね。女医というのは女の医者のことですから、「女の女医」は「女の女の医者」ということになり、「女の」がダブっています。

 重複表現と言われ、よくないことだと言われています。

 このような重複表現を避けて、「女の医者を女医という」のようにしましたが、あまりおもしろい文ではないですね。

読み方の異なる漢字をふくむ短文
 次の文を読んでください。

 「弥生時代を研究する生まじめな先生は、芝生の生えた野原で、生卵を食べながら、生まれてからこれまで生きてきた生い立ちを、一生けんめいに語りました」



みなさん、ご存じのことですが、漢字には読み方がいくつもあります。音読み、訓読みがありますが、それも1つずつではなくいくつもの読み方があったりします。

 「一生」「生死」「生きる」「生む」「生える」「生卵」「生地」「生い立ち」など。そして、「芝生」「弥生」

 同じ「生」でも、これだけ異なる読み方があります。
 もちろん、みなさん、読み分けることができますね。

 さて、セルフ塾の漢字の練習では、岸本 裕史氏の「漢字習熟プリント」を使っていました。その中には、暗記のための短文がのっています。
 読み方の異なる単語を1つの短文の中に入れてあるのです。

 その漢字習熟プリントは処分してしまったので、正確に引用することが残念ながら引用できません。

 「生」の漢字の練習のときには、全部の読み方ではなかったのですが、「生(せい)」「生(い)きる」が入った短文がのっているのです。

 なかなか面白いです。生徒は、その短文が読めるようになれば、その漢字は読めるようになったということになります。

 さて「この順序で学べば漢字は面白い(仮称)」をを作成しています。

 僕は、習熟プリントのような色々な読み方を含む短文を作ることにしました。

 例えば「修行を行うために、旅行に行く」


漢字の「皿」と「血」のカンケイ
 漢字の「皿」と「血」は形がとてもよく似ていますね。
 「皿」の字の上に「ノ」を付け加えれば「血」になります。

 でも皿と血では似たところが全く見つかりません。偶然なのでしょうか。

 尾上兼英 監修の「旺文社小学漢字新辞典」の「血」の項目には次のようにあります。

 大きな皿の中に血のかたまりの入っている形を描いた字。皿にもって神に捧げる清めの血の意味。そこからたんに血の意味に使われた。

 とあります。小学館の藤堂明保編「例解学習 漢字辞典」、平凡社白川静著「常用字解」も似たような説明です。

 皿の中に入った血液を描いたんですね。だから皿の上についた「ノ」が「血」ということでしょう。漢字は面白いデス。

漢字の成り立ちはひとつにまとまっていない
 現在、漢字の成り立ちをもとにした、漢字の学習書を作成しています。


「この順序で学べば漢字は面白い(仮称)」を執筆中

 僕が主に参考にしているのは、
小学館の藤堂明保編「例解学習 漢字辞典」、
平凡社白川静著「常用字解」、
そして 尾上兼英 監修の「旺文社小学漢字新辞典」です。

 「山」や「川」など単純なものはこの3つの本の成り立ちは基本的に同じです。最古の甲骨文字を一見しただけで分かるようになっているからでしょうね。ぼくが見てもすぐに分かります。

 ところが、この3つの辞書で異なるのが少なくありません。

 例えば「白」は、次のようになっています 。

白川静著「常用字解」

象形。白骨化した頭蓋骨の形。風雨にさらされて肉が落ち、白骨になったされこうべの形であるから「しろ」「しろい」の意味となる。(以下略)


藤堂明保編「例解学習 漢字辞典」

どんぐりのような形の実をえがいたもの。中が白いので「白い」という意味を表す。


尾上兼英 監修の「旺文社小学漢字新辞典」

親指とその爪の長く伸びた形をえがいた字。白いの意味に使うのは字を借りたもの



 まったく違った解釈ですね。

 「白」の甲骨文字を見ても、簡単に連想できるものはないので、そこには解釈が入らざるを得ません。

 それぞれが歴史的な資料を読んで、それぞれに判断しているのでしょう。

 真実はひとつだと思います。この3つのうちの1つか、あるいはまったく別に真実があるのかもしれません。

 僕にはそれを判断する力は全くありません。

 それで、わかりやすいのを採用するようにしています。

 白をイメージするには、白骨化した骸骨というのは、すぐわかりますね。骸骨は白だと言うのがはっきりしています。

 それに比べると、中身が白いでは少し弱いです。

 ただ、骸骨から甲骨文字に結び付けるのはかなり難しいです。「常用字解」にはもとになった骸骨の絵は描かれていません。骸骨の絵文字から白の甲骨文字への移行が分かりにくいです。

 尾上先生の親指と爪説は、あまりおもしろくないな、と主観的に思いました。

 それで僕は藤堂先生のどんぐり説を採用することにしました。
siiro.jpg

 このように、全く僕の主観で選んでいます。

 僕が書いている学習書は学術的な本ではありません。
 正しいかどうかは横において、学びやすいかどうかで書いています。
 学習書なのでそれでいいかなと思っています。





月(にくづき)は、天体の月とは関係がない
 漢字の部首に「月(にくづき)」というのがあります。
 胸、肺、脳、腰、腹、肌、脚など、人間の体に関することが多いです。

 「にくづき」と言うように、「肉と関係がある月」なのでしょう。それがなぜ天体の月と同じ形なのだろうと、以前から少し不思議に思っていました。

 さて、象形文字を少し勉強しています。

  天体の「月」は、天体の月の形から出てきたものです。それは、よく知られていますね。
tuki.jpg

 さて、にくづきの「月」は、肉の形からできているのです。
 次のように。
nikuduki.jpg

 肉の形から出来てきているので、「にくづき」です。

 たまたま同じ「月」という形になっているのですが、成り立ちが全く違うのですね。
 これで納得です。


「この順序で学べば漢字は面白い(仮称)」を執筆中

 以前、「漢字を面白く学ぶ方法」をこのブログに書きました。大意は次の通り。

 その方法というのは、漢字の成り立ちに従って、系統的に学習するということです。
 象形文字の学習からはじめ、指事文字、会意文字、そして形声文字の順に学習をするのです。



 さて、セルフ塾をやっているころは、学校の教科書、学習指導要領に縛られていたので、この順序で漢字を教えることはできませんでした。

 セルフ塾を閉めました。現在、時間もあります。

 それでこの順序で学ぶ学習書を作ることにしました。

 現在、象形文字の整理をしています。おもしろいです。

 対象は、日本語を学ぶ外国人、そして夜間中学などで学ぶ大人の人たちなどです。

 学校の生徒は、教科書、学習指導要領の順に漢字を学んだ方が学校の成績にも結びきます。

 それで、この方法はあまり勧められません。

 学校の教科書、指導要領に縛られていない人はこの方法で学べば、楽しく漢字を学習できると思います。

 まとめたら、アマゾンキンドルで電子出版してみたいと考えています 。

ひとりで学べる理科 中学1年生に酷評
 Yoji著「ひとりで学べる理科 中学1年生」にアマゾンのカスタマーレビューがつきましたが、酷評ですね。

 「学校で習わない内容が多くて、子どもは困惑しています」とありますが、内容は、教科書、学習指導要領にそったものです。

 ただ、方法的には塾の生徒を指導しながら、分かりやすいようにと、学校の方法からずれることも多いことは確かです。そういうところは、かなり思い切って、自分を出しています。田の字表など。

 なまりがひどい、ことを言われてもしようがないですね。


ひとりで学べる理科 中学1年生使えませんでした


5つ星のうち 1.0使えませんでした。
投稿者 ゆたぼう 投稿日 2016/7/25
形式: 単行本(ソフトカバー) Amazonで購入
同じことが何度も出てきて、覚えられるようになっているようですが、
学校で習わない内容が多くて、子どもは困惑しています。
無料音声講義も、期待していましたが、あまり必要性を感じない内容でした。
しかも、先生のなまりがひどくて、とても聞いていられません。
正直、なぜ他の人が高評価なのかわかりません。


辺野古唯一は、思考停止
 「(ある心理学者が)1年間に渡って調査した結果 、創造性のあるグループとないグループの間には、たったひとつの差異しかないことが発見された。それは創造的な人は自分が創造的だと思っており、創造的でない人は自分が創造的でないと思っている、ということだけであった。」(マイケル・マハルコ著「アイデアのおもちゃ箱」より)


 僕は最初この文を読んだとき「嘘だ!」と思いました。人間には創造力のある人とない人がいると思っていたからです。しかし、よく考えているみると 確かにそう言えます。自分は創造的でないと思っている人は、何も創造しようと考えません。創造するための勉強もしないし、工夫も努力もしません。それでは何も創り出せるはずがありません。 それに対して、創造的であると思った人は色々工夫をします。勉強もします。その中で創造性が育ってくると考えられます。

 同じようなことが勉強にも言えます。中学生の中にはちょっと難しい問題にぶつかると、どうせできないから、とはじめからあきらめる生徒が少なくありません。一方自分は解けると思っている人は必死になって考えます。工夫もします。そのうちに問題を解く糸口が見つかるのです。解けると思った人にしか解けないのです。
 「最後まであきらめなかった者だけに、道は開ける」、NHK大河ドラマ『真田丸』で、草刈正雄扮する真田昌幸がつぶやいたセリフです。その通りです。

 さて、安倍首相、日本政府は、「辺野古が唯一の解決策」と繰り返し言っています。「唯一だ」と考えているいうことは、それ以外の解決策を探そうとしていないということです。思考停止です。そのような態度だと、それ以外の解決策を見いだすことができるはずはありません。政府には、日本国民でもある沖縄県民の意見を尊重する責任があります。沖縄県民の多くは、県外を望んでいます。「唯一だ」ということで思考停止をするのは、責任の放棄以外のなにものでもありません。

 日本政府の責任において、あきらめることなく、その他の解決策をさがす姿勢が必要です。そうする中で、辺野古以外のよい解決策が見つかるはずです。

 日本政府は、辺野古がだめなら対案を出せ、と沖縄県に求めています。それはおかしい。米軍基地をどこに移転するかというのは、政府の仕事、責任です。それを沖縄に押しつけるべきではないのです。そういう点でも政府は思考停止しているのです。
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