セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

過去問題を解く(知恵袋)
ぼくの回答が、ヤフー知恵袋のベストアンサーに選ばれました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1414269914

質問 - 質問番号: 14,269,914
解決日時: 2008-01-28 04:55:41 - 質問日時: 2008-01-13 21:53:43

私は高校受験生です。この前模擬テストをやったら、国語 英語 理科 社会は比較
的良かったのですが数学が45点しかありませんでした。効率の良い数学の勉強方
法を教えてください。

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ぼくの回答
回答日時: 2008-01-13 22:00:52 - 回答番号: 44,579,473


この時期からは,基礎からじっくりなんて余裕はありません。
まず,あなたが受ける高校の過去問題を5年分やってみましょう。公立高校だと
富士教育からも出ています。数学ならそれで十分です。
そして,まず解いてみて,自分の弱点を見極めましょう。
とにかく,受験高校の傾向をきちんとつかむことです。
傾向,そして自分の弱点が分かったら,その部分を補強するために類似問題をや
りましょう。そこはきちんと理解しながら解けるようにしてください。
必要なら,難問は捨てるということも必要になります。
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犬山市の教育実践,(とぐちおさむのブログ)
いとこで那覇市議のとぐちおさむくんからメールをいただいた。

「愛知県犬山市の教育実践を視察、勉強してきました。
感動的な実践でした。
セルフ塾の教育方針と同じようでした。
暗記、詰め込みではなく、自分で考え、こども達どうしで教え合う教育で、教育はそれを援助する。
全国から注目され始めています。
ブログに簡単な感想を書きました。
http://www13.plala.or.jp/osamusan-t/index.htm
渡久地修」

 犬山市が学力テストに不参加し,独自の教育を行い,成功をおさめていることは,新聞報道で知ってはいた。関心もあった。

 さっそくブログにアクセス。

 「一人ひとりの子どもを大事にし、お互いの学び合いを身につけさせる」というのは,スローガンとしてはだれでも言えることである。
 
 しかし,犬山市では,
 「決定的なのが、そのために市が財政支援を行い、市の負担で教師を増やし、少人数学級を実現し」ているということだろう。

 少人数制は,子ども一人ひとりを大切にするためには,どうしても必要なことである。
 国も子どもを大切にと言ってはいるが,お金を出さないでいる。そこの違いがはっきりとあらわれているのだろうと思う。

できないと思ったら,絶対にできない
 きょう,高校受験生に強調して言いました。

 「できないと思ったら,絶対にできない。できると思って問題にぶつからなければいけないんだ」と。

 高校入試まで1ヶ月足らず。いま,土曜,日曜も塾です。

 きょうは,数学の間違い直し。

 Aさんがつぶやきました。
 「これ(放物線)がでたら,もう分からないんだよね」

 ぼくはすかさず強調しました。
 「できないと思ったら,絶対にできないんだ。できないと思ったときから,思考は止まってしまう。もう解いてやろうという気もなくなる。工夫もしない。考えなければ解けるはずがない。だから,できないと思ったら,もう絶対にできないんだ。」

 「もちろん,できると思ってやってもできないことはある。力が足りなければできはしない。

 しかし,できると思ってやったら道は開けてくることがある。

 できると思うためには,それだけの勉強をすることは必要だ。できると思うまで,力をつけることが必要。

 ただ,解ける力はあっても,文章問題であったり,グラフであったりしたら,もうできないと思う人がいる。そうなったら,もう絶対にできないんだ。

 とにかく,できるはずだ,と思っていろいろ考え,工夫していくこと,それが大切なんだ」

読書で心がけていること
 (mixiに書き込んだことですが)

 ぼくは,学生のころから本には傍線を引きながら読んでいました。赤鉛筆だったり,蛍光ペンだったり。

 齋藤孝氏の「3色ボールペン方式」を知ってからはそれでいっています。

三色ボールペンで読む日本語




 ご存知でしょうが,念のために

 赤はもっとも大切なところ
 青は大切なところ
 みどりはおもしろかったところ

 後で読み返すときにとても便利になりました。


 さてもうひとつ。
 これも齋藤孝氏の「使える読書」を読んでから(まだ日は浅いのですが),これは後で使えそうだな,と思われるところを抜き書きして,ブックログタに保存するようにしています。

使える読書 (朝日新書)

「文系」人間と「理系」人間の指導法
 受験指導,新学期の準備といそがしくしていました。ぼくと同業の方も多いようなので,トピックを立ち上げることも控えていました。

 まだいそがしいのですが,休みすぎるといけないので,新たにトピックを立ち上げます。

 別のコミュでの書き込みで思ったことがあります。

 人間には,文系と理系がある,ということです。

 もちろん,どちらがいいというわけではありません。

 文系人間は「記憶」に優れています。一方,理系人間は「理屈」に優れています。

 そんな違いはないという人もいます。そう書かれている本もあります。まだ確定している理論ではないのでしょう。

 しかし,ぼくは自分のこと,そして塾で教えている経験から,自信を持っていうのですが,文系,理系の人間は存在します。ぼくは極端に「理系」人間です。記憶力がよくない。ただ,理屈にはけっこう強いつもりです。

 一般に(あくまで「一般に」です。すべてではない),男は「理系」,女は「文系」です。

 さて,問題はその違いが学習法,指導法にあらわれるということです。

 「これはこう,あれはああ,なんだから,それをそのまま覚えればいいのよ」という人がいる。

 それに対して,この場合はなぜこうで,あの場合はなぜああなのか。そこに一つのルールなるものを求めようとする人がいます。

 英語が得意な人は,記憶力にすぐれている人が多いです。だから,そのまま覚えればいいのよ,と,場合分けして例文なりを書いて,指導します。

 ぼくの中学,高校の英語の先生方はそうだったように思います。ぼくは記憶力が悪いのでそのまま覚えきれない。だから,英語の成績は悲惨なものでした。

 さて,塾をやることになり,なりゆきで英語のテキストを作ることになった。そして,そのつもりで英語を勉強していくと,ただ記憶にたよるのではなく,理屈で攻める方法もあるんですね。それを求めて勉強をしていたら,「おもしろい」。

 そこで思うのです。
 「理系」の人間に分かるような英語の指導法もある。そのような教え方も必要なのではないでしょうか。もちろん,それを「文系」人間に押しつける必要はない。記憶力がすぐれているのであれば,それを利用すればいいのですから。

 または,基本的に最初は理屈で説明し,できあがった結果を見せて,これをそのまま覚えたほうがいいと思う人は,覚えてもいいよ,と言う。

一元化するのは科学の癖
 mixi で

>>>なんにつけ一元化しようとするのはYojiさんの癖かなと思います

 と批判されたことがあります。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=23453832&comm_id=380962&page=all
の次のぼくのコメント(180)に対するものでした。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 ただ,私は have を「持っている」という意味で考える方が納得します。
 次のヴィスタ英和辞典のコラムをコピーします。
 スキャナーで読みとったので,間違いもあると思いますが,ご容赦ください。



(have+過去分詞)の気持ち

【Q】
ア I lost the book.
イ l have lost the book.
アを「なくした」,イを「なくしてしまった」と訳しますが,いったいこのふたつの文の意味はどうちがうのですか?

【A】
 どちらも「本をなくした」ということです.アは, 本がその後見つかったのかどうかはっきりしません.見つかったかしれないし,見つからなかったかもしれない。 一方,イは,本をなくしていまも見つかっていないことを表現しています.イの haveは「いま持っている」ということです.何を持っているのかというと「本をなくした状態」をです(なくした本を持っているのではありません!).「本をなくして残念だとか悲しいとかいう気持ち」を持っていることを表現するのが,イの文です.ただ「なくした」,「なくしてしまった」と訳し分けても何にもなりません.
  ウ.I visited kyoto.
エ.l have visited kyoto.

同様にウを「行った」,エを「行ったことがある」と訳し分けただけではあまり理解につながらないことはもうわかりますね.ウは「かつて京都見物に行った」というだけで今の気持ちがどうなのかはっきりしません.一方,ェは「かつて京都見物に行って,感動したり,にがにがしく思ったりした気持ち(どんな気持ちかは前後関係で決まるのです)をいまも持っている」ということなのです.

オ.l have finished my homework.

「さあ宿題が終わったから遊びに行けるぞ」とか「宿題が終わって充実した気分だ」とか「宿題が終わってへとへとにつかれた」という気持ちが伝わってきませんか。
 では次の文章では「have+過去分詞」がどんな気持ちを表しているかを考えてみましょう.
You have told us that already,so don't tell us again.(私らはそのことはもう聞いたよ.くりかえさないでくれ)


ヴィスタ英和辞典
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4385107459?ie=UTF8&tag=selfyoji-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4385107459

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
(以上がmixiのコメント)


 さて,一元化しようとするのは,ぼくの癖ではなく,理系の癖だと思います。

 ガリレオは,天と地の法則は一つだと説いた。それ以前は,天には天の法則があり,地上のものとはちがうと思っていたようです。
 それをさらに進めたのがニュートン。彼は「万有引力の法則」を発見します。「万有」ですから,すべてにあるものの法則で,一つにまとめようとしました。

 今の物理はさらにすすんでいます。力には,核力,電磁力,重力があり,いまのところそれぞれには別々理論があります。それを統一しようとしているそうで,それを「統一理論」といいます。(この辺りの知識は少しあやしいので,間違いがあればご指摘ください。大枠は正しい自信はありますが)

 このように科学(物理)の世界では,できるだけ「一元化」して考えようとします。できるだけ一つの理論で考えるのです。

 英語では,
 この場合のhaveは「持っている」だが,現在完了の場合は助動詞,また「食べる」「飲む」という意味もある。have to は「~しなければならない」という意味でまとめて覚えましょう。

 のようにhaveを場合分けして,教える。それもひとつの手段かもしれないですね。

 ぼくは,できるだけ記憶に負担をかけないように,ひとつのコアでおさめたいと思っているのですが。まあ,それを押しつけても子どもはかわいそうかもしれないです。

成功体験を積ませる
 

 先ほど,漢字能力検定の方からお電話をいただきました。毎回,検定前にはていねいな案内の電話をもらいます。

 その中で「前回の検定では,合格率が高かったのですが,何か特別に?」とたずねられた。合格率70%を超えていたようです。

 それに対して次のように答えました。

 「特に小学生は漢字を重視し,毎回30~40分は漢字の練習にさいています(何をどうさせているかは後日,書きたいと思います)。

 それよりも,生徒が合格できるような級から始めるようにしています。例えば小学5年生なら,小学4年レベルの7級を受験するように勧めます。力が足りないという子はさらに下の級から始めることもあります。
(前回は,小学6年生に10級を,そして,中学3年生に9級を受けさせました。
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-262.html
 
 下の学年の級であったにしても,合格というのは生徒にとってとてもうれしいものです。」

(漢検さん)「そうですか。精神的なことも重視なさっているんですね。そして,合格の証書は子どもさんにとってうれしいでしょうね」

「そうです。証書はいいです。
 また,私どもは,合格した生徒の写真を撮して塾発行のニュースレターに掲載し,保護者のみなさんにもお届けしています」

「下の級であれ,合格体験,成功体験は子どもたちのやる気をさそいます。

 私どもは,年に2回漢検を実施していて,そのうちの1回は義務にしています。
 最初は受けるのをいやがっていた子でも,合格をすると次をトライする気になるようです。」

 その他,電話では話しませんでしたが,過去問題を使って2週間は対策を行います。これも後日詳しく書きたいと思います。

 ここでいいたいことは,合格という成功体験が子どもたちにとっては大きなモチベーションにつながっていくということです。まずは易しいところから始める,そして「できる」ということを子どもたちに植え付けていくということですね。」

本物の学力・テスト用の学力
 mixiに「本物の学力・テスト用の学力」ということでトピックをたてました。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31703112&comm_id=1037793


  岸本 裕史著「見える学力、見えない学力 」が以前だいぶ売れました。

  ぼくは,学力には,本物の学力とテスト用の学力があると思っています。

 本物の学力とは,そのことについて深く理解しているような学力です。

 テスト用の学力とは,テストで点数をかせぐことのできる学力です。

 もちろん,このふたつはまったく異なるものではありません。本物の学力があれば,テストでもいい点数を取ることができます。しかし,一概にそうともいえない。大学の数学教授が中学入試問題,もちろん数学が解けなかったというのも聞いた(読んだ)ことがあります。

 テストで点をかせぐにはテクニックがあります。

 ぼくも「塾家」です。生徒には点数をとらせなければいけません。定期テスト,そして入試で。これは,点数があがらなければ,保護者がうるさい,生徒が集まらないとかだけの問題ではありません。もちろん,それもあります。しかし,何よりも点数があがると,生徒のやる気が高くなるのです。
 だから,点数をとるテクニックも教える。入試,検定のときは,過去問題をさせて出題傾向を調べ,それを重点的にさせます。

 しかし,点数だけのために勉強させるのもおもしろくない。ふだんは,より深く理解する学習を心がけています。

 さて,みなさんはその辺りをどう考えていますか。
 

モチベーションを上げる方法
mixi の「子どもの自学。」のコミュで,

学習へのモチベーションを上げる方法。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=32077266&comm_id=3430761

 というトピが立ち上げられたので,次のようなコメントを書き込みました。


KIRIKOさん,ぼくのコメントを引用していただき,ありがとうございます。

 きのう,このトピを見ました。ぼくの関心のあるところで,これまでいろいろ考えてきた課題です。

 ただ,大きな問題でひと言で語れるものではありません。どう書こうかなと考えていたところです。

1,まず,勉強っておもしろい,と感じるようにしたいですね。人間は本来好奇心を持っています。それを刺激するような課題を与えると,やる気がでるはずです。おもしろいのは,自分が全力をあげて取り組みその結果やり遂げることのできる程度の課題です。簡単すぎるのも難しすぎるのもおもしろくない。

2,1と大きな関わりがありますが,分かるようにする,ということです。分からなければおもしろくありません。分かるようになるとおもしろくてやる気になります。

 だから,ただ暗記をさせるというのではなく,理解して解けるようにする。その子のレベルにあわせた課題も大切です。そのためにこのコミュのように「子どもの自学」が必要になります。自学ですから,他人と同じ課題をする必要はありません。
 その子が求めているものをする→すると分かるようになる → おもしろくなる → やる気になる。という図式ですね。

3,テクニックとしては,ノルマ制というのもあります。
 勉強の量を時間ではなく,課題の量で決めるのです。きょうは算数2ページ,国語2ページ,そして漢字の練習(具体的にきめる)をやれば終わって遊んでもいいよ,という感じですね。
 時間で決めると,なんとなく座っていても終わる。また一所懸命やっても目の前は特にいいことはない。
 それに対してノルマ制だと,これだけやれば遊べるんだと張り切ってやります。

セルフ塾のブログ(セルフ塾のノルマ制)
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-102.html

4,積極的にすすめるわけではありません,できたら避けたいのですが,勉強をとてもいやがる子は,物でつります
 物でつるときは注意が必要です。絶対に先に物をあげてはいけません。それから,ポイント制にしたらいいですね。長くなるので,詳しくは
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=30656790&comm_id=1037793 の60,61 に書き込んだぼくのコメントを。

5, また,一科目だけ決めて学校の授業を理解できて,定期テストの点数をあげるというのもいいです。学校の授業が理解できる,テストの点数があがったというのは,とてもやる気にむすびつきます。点数主義というより,子どものやる気を出すために点数を上げるということです。その一科目は数学がいいです。

6, ほめるということです。ちょっとしたことでほめる。できるだけほめるように努めます。

一応以上。いろいろ手はあると思います。

これ一冊で必ず国語読解力がつく本


 いい本です。国語の指導に困っている人に最適。ぼくも困っていたので,得るところが多かったです。

 何に着目したらいいのかがとても具体的なのがいいですね。

 「具体的と抽象的」,「主観と客観」などの説明も分かりやすいです。

 そして,説明がとてもていねいです。

 著者後藤氏の話は聞いたことがないのですが,話し上手でしょうね。それがそのまま文字になっている感じがします。

 これをそのまま授業で行ったら生徒は熱心に聴いてくれるでしょう。

 前に紹介した「やさしい国語読解力」にはなかった問題が載っています。


 さて,それではこれを中学生に渡して勉強してごらんと言っても数ページ読むだけだろうな,と思います。これを最後まで読む子は読解力のある子です。その子はさらに読解力を高めることでしょう。だから,国語力のある子に勧めるのはいいですね。
 しかし,大半の子は元のまま。

 大方の中学生は,3行以上の説明を読みません。ぼくは国語以外の学習書を作ってきましたが,説明はできるだけ短く,3行以内を心がけています。それでも読まないで勝手に問題を解こうとする子がいるのであきれてしましますが

 この「これ一冊で必ず・・・」は,これ以上やさしくは書けないでしょうが,それでも読まないでしょう。

 著者後藤氏は,中学生をよく知っているようです。だからそのレベルで授業を行うことができると思います。彼らを惹きつけながら。

 しかし,問題集,学習書の作り方を知らない。彼がプログラム学習を知っていたら,いい国語の学習書ができるだろうな,と思います。
 いま,国語のいい学習書がないです。ぼくはまだ出合っていません。

 この本は,着眼点がとても具体的なので,それをプログラム学習にすることはできると思います。

 あと,石原千秋氏の対語を整理しながら読むのも加えたいところですが。

「本物の学力」と「テスト用の学力」
 きょうから,高校受験特別学習が始まります。
 基本的に,午後3持から5時まで。これが終わるまでは,1年で一番忙しい時期です。

 さて,ぼくは日ごろは「本物の学力」をつけることが大切だよ,と主張しています。目の前のテストの点数が上げることが目標ではないよ,と。

 でも,この商売(学習塾)をやっていると,いつもそうはいっていられません。いや,塾をやっているからだけではなく,目の前になんらかの目標があるときには,それを攻略するためにどうするか,というのも必要な知恵だと思います。

 高校入試が来年の3月にあります。それに合格することが中学3年生の目標です。その目標を達成するためには,どうするか。

 本物の学力がついていれば,テストの点数もとれるだろう,という人もいますね。でも単純にそうも言えません。

 大学の数学の教授。数学の本物の力があると思っていいですね。それが,中学入試の数学の問題を解かせたら,中学受験を目指している小学生に勝てなかったという話をどこかで読んだことがあります。ありうる話です。

 学校の定期テスト,入試などで点数をかせぐには,そのための学力が必要です。「テスト用の学力」といってもいいでしょう。

 ぼくは,日ごろはきちんとした本物の学力をつけるための学習を生徒達にはさせているつもりです。しかし,入試のための学習も必要だということでそのための学習もさせています。

 本当には理解していなくても,やり方を暗記していれば解けるテクニックも教えることがあります。「いんちきなやり方教えてあげようか」などと言いながら教えます。子どもたちは喜んで聞いています。なぜいんちきなのかは分からないでしょうが。

 さて,学力には,本物の学力とテスト用の学力があることを述べましたが,テスト用の学力のためのテクニックなどをこれから数回書いていきたいと思います。

パレートの法則(80対20の法則)
 「あるグループの重要な項目は、全体の中で比較的小さな割合を構成する」という法則を「パレートの法則」または「80対20の法則」と言います。

 世の中,いろいろなものが均等に散らばっているのではなく,偏りがあるということですね。

 この法則に初めて触れたのは,黒川 康正著「独学術 (ゴマセレクト) 」だったと思います。

 世界の富の90%は,世界人口の数%の人の手にある。(数字ははっきりしないのであいまいに書いています。でも分かりますね。大金持ちは一部の人,その他大多数は貧乏人です)

 学校で起こされる問題行動の80%は全生徒の20%の生徒が起こす。叱られる子はいつも叱られているのです。逆にほめられる子はいつもほめられる。

 周りを見渡してください。いろんなのが均質ではないことが分かります。

 いま目の前に本が積まれています。読まれる本の80%は20%の人によって読まれている。(数字は適当に)

 飲まれる酒の80%は20%の人によって飲まれている。酒飲みは酒飲み。飲まない人は飲まない。

 考えればいくらでも例は出てきます。

 それを入試で考えてみましょう。

 高校入試の出題範囲は,中学3年で習う範囲です。まじめな子は,入試勉強ということで,こつこつと1年の最初から全部おさらいするでしょうね。

 でも,入試には出る問題,出ない問題があるのです。

入試に出る問題の80%は、全範囲の20%の中にある

 全部を均等にやるのではなく,その20%をきちんとやっていれば合格できるのです。
 出る問題を解けるようにする。出ない問題は解けなくてもいい。
 それが入試合格の鉄則ですね。

過去問題を解く
 日ごろは,本物の学力をつけさせるようにしているが,テスト用の学力も必要であること,そして,テストのための勉強としては,「出るところをする,出ないところはしない」ということを書きました。

 では,出るところ,出ないところは,どうすれば分かるか?

 過去問題をすることです。

 セルフ塾では,毎年夏休みには,過去問題をさせています。

 

 孫子の兵法に「彼を知り己を知れば百戦危うからず」というのがありますね。

 「彼」は,高校入試です。その中心が「入試問題」。

 高校入試問題とはどういうものかを知ることがこの高校入試夏期特別学習の目標です。

 「いま,解けるようにならなくてもいい。ただこの夏休みで高校入試というのはどういうものかというのを知ること。それを目標に学習して欲しい」と言っています。

 沖縄県の場合,例えば,数学では,単純な正負の計算,多項式の展開などの点数がとれる問題から,けっこう難しい問題まで出題されます。証明問題,作図の問題,2点を通る直線の式も出ます。三平方の定理,二次関数といったまだ習っていないのは必ず出ます。

 入試というのがどのようなものかというのがイメージできたら,これからどういう勉強をすればいいか分かるだろう。そして,これから学ぶことがどんなに大切なことが分かるはずだ,と言っています。

 このように,過去問題をやることによって,何が出るのか,何が出ないのかをつかむのです。

 いま過去問題をさせていますが,生徒たちはまったく歯が立ちません。自信をなくしたらいけないから過去問題をさせないという塾も多いようです。

 でも,ぼくはこういいます。「自分がどんなに入試問題を解くことができないか分かるだろう。分からないということが分かっただけでも,これをやったかいがある。あなたたちだけじゃない。○○塾の人もできないんだ。だからこれからの勉強が鍵なんだ。あと半年であなたたちの力はグーと伸びる。特に入試2,3ヶ月の伸びはすごい。ぼくも感心するくらいだ。でも,それに乗り遅れるのもいる。そういう人が落ちるんだ。」

親が子どもの勉強をみる
 mixiで次のような質問がありました。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31927612&comm_id=1230369
「子供にいかに勉強させるか?良い方法があったら教えてください。」


(それに対してぼくが書き込んだものです。少し変えています)

 「親が子供にいかに勉強させるか?」ということに関して,ぼくの考えを書きます。

 まず,ぼくは「親は最悪の教師」と思っています。
 その理由については
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-139.html をお読み下さい。

 ここでは,ただ,親が子供に勉強をさせるということは,とても大変なことだということをおさえてください。そうでないと,まず失敗します。
 ただ,それを乗り越えると,親ほど子供を愛している人はいないので,逆に「最良の教師」になれると思います。

 親が子供に勉強をさせるときにいちばん大切なことは

 「毎日の勉強開始時間を守る」ということでしょう。

 親が勉強をみるときには,親の都合で勉強時間が変わったり,なくなったりします。すると子供はきょうは,やるのかな,きょうはやらないのかな,と思って,やらないことに期待をかけて抵抗をすることがあります。

 毎日,きちんと勉強をするということが習慣になれば,あとは楽です。よっぽどのことがない限り,「きょうの勉強はなしね」ということにしない。だから,親の自己コントロールが求められます。

 「勉強なしね」は月に1,2日かな。もちろん,最初に土曜日,日曜日は休みにしようね,ということを取り決めしておけば,それは休みにしてもいいと思います。

 ここでいいたいのは,決めたことは親の都合で安易に変更しないということです。

 それから,勉強は時間ではなく,分量できめた方がいい,ということです。
 毎日,これだけの分量の勉強をしたら勉強を終わってもいい,ということにします。すると早く終わらせて好きなテレビを観よう,とやる気になります。

 親がどの程度勉強をみるかは,ケースバイケースでしょう。ただ,少なくともやったのかどうかをチェックしたほうがいいです。決められた分量が終わったら,親にみせるようにする。親はそれを見て,「きょうもよくがんばったね」と言って,勉強を終わるようにする,という感じです。

 それから,親は感情的になりやすいです。子供に言ってはいけない言葉を勉強して,絶対に言わないとがんばりましょう。「こんなこともできないのか」「さっき教えたばかりでしょう」などですね。



 

本物の学力を身につけるには

 昨日の記事「すっぱいぶどう」にlovenglishさんから,コメントを頂きました。

http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-546.html#comment

本物の学力
先生の御言葉はどれも心に響きます。

福岡も全国平均をまた下回っていました。

その一方で、幼い頃から熱心に塾に通っている子供たちがなんと多いことでしょう。
娘のクラスメイトは夕食のお弁当を持参し、教室で寂しく食べてから塾へ通い、 休日も塾通いです。

基礎学力は必要です。学力はもちろん高い方がいいです。でも日本の教育は点数にこだわり、何かを見失ってきてしまったのかもしれません。

 与えられた勉強をこなし、型にはめて問題を解いていき、答えを導き出す。
日本の受験は決められた学生である「時期」の間に、どれだけの結果を出せたのかが、社会に出た時にその人の能力を知る為の物差しになってしまっていないでしょうか。
 それが間違っているとは言いません。長くも短い人生の中で学生でいられる時間は日本では非常に限られていますから集中して勉強する、勉強できる能力は素晴らしいと思います。

 欧米では社会人になってからも大学に行ってキャリアアップの為、自己啓発に励む人は多いようです。彼らを見ていると、人生そのものが勉強で、勉強はさせられるものではなく、自分が自分の為に楽しんでやっている、という印象を持ちます。

 何がベストなのかはわかりませんが、「本物の学力」を身につけるには、今後、日本の教育はどのような方向に進めばいいのでしょう。先生はどのようにお考えなのでしょうか。よかったらお聞かせ願えないでしょうか。




( Yoji の回答)
 lovenglishさん,ありがとうございます。

 コメントをいただいたこともうれしいことですが,「本物の学力」についてばくぜんと考えていたことを,改めて考え直させていただいたことにも感謝いたします。

 lovenglishさんのコメントにはいろいろ考えさせられることがありますが,焦点がぼけるので,今回は「本物の学力を身につけるには」ということに限って書きます。

 まず,本物の学力とは何か?
 ぼくは,知的好奇心を刺激し,自分の人格を豊かにするもの,だと思います。

 抽象的な答えですね。

 具体的にはどうするか。

 まず,「読書力」です。
 本の中には,知的好奇心を刺激し,人格を豊かにするのがつまっています。いまインターネットでいろいろな情報を得ることができますが,まとまった内容を深く学ぶには「本」が一番です。

 その本を読む力をきちんとつけてもらいたいです。

 そのためにセルフ塾では読書も課題として設けています。

  セルフ塾の「3色ボールペン」読書指導

(動画)読書中


 読書はテストの点数を考えると遠回りすぎます。しかし,将来的にはやはり読書が大切。

 学習塾といえばテストの成績でしょうが,ぼくはあえてそれにはそれほどこだわらず,回り道をしてでも本物の学力をつけたいと思っています。限られた時間を割いてでも「読書」の時間を設けているのです。

 この読書は,読解とは違います。また,学校で行われている「朝の20分読書」とも異なります。


 次のこころがけているのが,「理解する」ということです。

 「分かりやすい文章」の技術 の中に次のようなことが書かれていました。

● 新しい情報は脳内関所で審査され,同じ種類の脳内辞書に収められます。その瞬間に私たちは「分かった!」「そういう意味なのね!」と思うのです。
 つまり,「過去の記憶との一致」が「分かる」の重要な要素なのです。



 これまで学んで頭に入っていたこととつながりを持たせながら新しいことを学ぶということが大切なのです。
 ひとつひとつばらばらなことを覚えるのではなく,理解しながら学んでいくということに重点をおきます。

 ただ,ばらばらな知識を覚えることも悪いことではありません。

 いい国作ろう鎌倉幕府で 1192年 を覚える。そのような知識を多く知っていると後でそれらの知識をつなぎ合わせることもできます。

 暗記も悪くはないのですが,それよりも「分かった!!」と知的好奇心を満たすようなことを体験させたいです。

 その方法として,数学では水道方式というのがあります。


 例えば,
 引き算は,符号を変えてたし算にしますね。それをただ覚えるのではなく,なぜそうなるのかをきちんと理解させるということです。

-3-5 の意味

3ー(-5),-3-(+5)の意味

「わかる」へのこだわり

 英語の学習と言えば「暗記」ですが,それでも拙著「プログラム学習英語」は,それまで学んだこととのつながりで新しいことを学ぶことにこだわって作りました。理解しながら学ぶ英語の本だと思っています。

 テーマが大きいので,十分に答えられていないと思います。質問があればまた答えたいと思っています。

親が1変われば,子は10変わる
 lovenglish さんからまたコメントをいただきました。ありがとうございます。

タイトル【知的好奇心 】

先生、お忙しい中、ご丁寧な回答を頂き、心から感謝致します。

先生のおっしゃる 「本物の学力」 が 「知的好奇心を刺激し、人格を豊かにする」 ということであることに、また感動と共感を覚えました。

算数の符号を変えて計算をする方法を教えるのと、何故、その方法で計算をすると、正しい答えを導き出すことができるのかを教えるのとでは雲泥の差があります。

私も子供には 「なぜだろう」 と考えてほしいし、その答えを自分で探そうと調べたり、 「わかった!」という体験を沢山してほしいと思います。
でも、実際の学校教育の場でそれができているのかどうかはよくわかりません。
先生方自身が教えることを「こなす」ことで精一杯な状態ではないかと
感じることがあります。

読書感想文ではない読書の仕方は非常に良いと思います。
また、本を読むことで色んな知識を得ることができます。

是非、子供達に知的好奇心をくすぐられる体験を沢山してほしい、そして私も与えられる立場になりたい、とあらためて思いました。

先生、ありがとうございました。



(Yojiから)

 ぼくの考えに共感していただいて,うれしく思います。

 lovenglish さんの
>>そして私も与えられる立場になりたい、とあらためて思いました。

 という部分にひっかけて,ひとつ書いてみます。

 よく言われますが,「親が変われば,子は変わる」です。

 ぼくはもっと「親が1変われば,子は10変わる」と思っています。数字は主観的で,データがあるわけでも,根拠があるわけでもありません。

 大人というものは変わりにくいです。逆に,子どもというのは変わりやすいです。だから親が少しでも変われば,子どもは大きく変わります。

 逆に言えば,親が1変わるためには,子どもの10倍の努力が必要だということです。

 とにかく,親が少しでも変わる努力をする,すると子どもは大きく変わっていくでしょう。

 一番に努めてもらいたいのは,親も本を読むことです。親自身がまったく読書をしないのに,子どもに「本を読みなさい」といっても,子どもは読まないでしょう。
 親の読書をする姿を見て子どもも読書をするということがあるはずです。

 ぼくは生徒の前で読書をするように努めています。小学部の学習が始まるのは5時30分から。火曜日と木曜日は中学部だけなので,学習開始は7時15分です。それまでは一応フリータイムです。

 そのときに,学習室で自分の読書をするのです。3色ボールペンで。

 本当は,学習室ではない,奥の部屋で読書をしたほうが,静かに読書に集中できます。しかし,ぼくが読書をしている姿を見せることで,子どもが少しでも読書に向かうかもしれないと期待しているからです。

 子どもと同じ本を読むというのもまたいいですよ。

 セルフ塾では,読書の課題があります。そこで読む本はぼくも読まなければなりません。そうでないとチェックはできませんから。

 すると子どもたちと共有する本ができるということです。

 どこかで書きましたが,
 「この本おもしろくて,つい15ページ超えてしまった」
 「分かる,分かる,夢中になってしまうよね」

 などという会話も出てきます。
 {課題(ノルマ)は1日15ページなのです。それ以上読んでもいいのですが,ノルマ以上は読もうとしませんね。これはノルマの悪いところです。}

 ただ,子どもと同じものだけではあまりいいとは言えません。親自身のための読書というのも必要だと思います。大人である自分の人格を豊かにするためには子どもむけの本だけでは不十分です。

 でも,これまで読書の習慣のない人は子ども向けから入るのもまたよしです。

ぼくらも感動しよう
 昨日は,大人も読書をして,その姿を子どもに見せましょう。ということを書きました。

 もうひとつ。
 私たちも感動するものを見つけ,その感動している姿を子どもにみせましょう。

 中学生に個別で教えている最中です。

「Yojiさんは,理数系が好きでしょう?」 
「そうだね。なぜ分かるの?」
「理科,数学を教えているときの熱のこもりかたが違うから」

 表現は正確に覚えていませんが,そのようなことを言われました。
 子どもたちは,その辺りをきちんと見抜くのですね。

 ぼくは,子どものときに,アルキメデスなどの逸話を読んで感動した記憶があります。確か小学5年のころだと思います。学研の月刊誌の付録だったのではないでしょうか。
 アルキメデスが,浮力の原理を発見し,ふろから裸で飛び出したという話です。

 いまそういう科学の発見物語のような本が手軽な値段でないので困っています。そういうのを生徒には読ませたいのですが。

 高校のころに,ガリレオ,ニュートンの話を読み感動し,そのシリーズをかたっぱしに買って読んだ記憶もあります。
 おもしろくてしかたなかったです。物理学っておもしろいなあと思いましたね。そのころは物理に進むつもりでした。

 だから,その辺りのことを教えるとき,それが子どもたちに伝わっていくのだと思います。ぼくは冷静に話しているつもりですが,いつのまにか少し熱くなっているのを感じるときもあります。

 ぼくは決して金八先生のような熱血先生ではありません(金八先生をよく見ていないのですが,なんとなくのイメージで)。心に訴えるというより,きちんと頭で理解させることに力をいれるタイプだと思っています。

 しかし,自分が感動した話は,相手の心に響くのではないでしょうか。

 そういう話を聴いていると,子どもたちも,勉強っておもしろいかもしれない,と思うのではないでしょうか。

 学習時間中にあまり脱線はできません。半分くらいの生徒はおもしろがって,「もっと話して」とせがむのですが,残りはさっさと終わって帰りたいといった表情を見せます。

 だから短く切り上げて本題に戻ります。

 ぼくの場合は,物理,数学などが多いのですが,何でもかまいません。とにかく大人である私たちも知的好奇心を刺激されるようなものをもっていて,それに夢中になれば,それは子どもたちに伝わっていくと思います。

(脱線します)
 ギリシア旅行に行ったときに,アルキメデスの墓はありますか,とガイドの人に尋ねたのですが,見つかっていないとのことです。
 アルキメデスの墓には,球とそれがぴったい入る円柱が描かれているそうです。
 球の体積は,その円柱の三分の二。球の表面積はその円柱の側面積と等しくなっています。もちろん,アルキメデスが発見したのです。すばらしい。
 アルキメデスの原理(浮力),てこの原理,円周率など多くのことを発見したアルキメデスですが,球が好きだったそうで,それでそのような図を墓に描いたとのこと。
 セルフ塾のロゴマークはそれにちなんで作りました。
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-70.html

天才は教師向きか
 mixi「授業の工夫」のコミュで次のようなトピが立ったので,コメントしました。

天才は教師向きか
 天才は教師としての資質はあるのだろうか?
 教師としての力量はどうやってわかりやすく教えるかである。天才とされる人達は、簡単に習得してしまうためわかりやすくしてもらう必要はない。「なぜわからないの?」としか思えないだろう。
 元落ちこぼれが教師として有能かもしれない。
 ただ、天才には天才としての悩みがあるだろう。天才とされる子たちの指導なら最適かも知れない。


(Yojiのコメント)

 おもしろいトピです。長いので斜めに読んできたので,失礼もあるかと思いますが,


 ぼくの管理している「セルフラーニング」のコミュで似たようなことを意見交換しました。

いい学び手は,いい教え手か>

 ここのトピでは,「いい学び手」が「天才」にあたるとみていいと思います。

 だれかも書いていますが,

 いい学び手(天才)は,教える内容について深く知っているということで,いい教え手である条件の一つをクリアーしています。
 深く知っていないと教えることはできませんから。

 しかし,知っていれば教えきれるかと言えばそうではありません。

 学ぶ者の気持ち,力を知ることも必要です。

島宗 理 (著)インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック
 の中に「鉄則12 学び手は常に正しい」というのがあります。
p64から抜粋します。

「教えようとしていることがうまく教えられないとき、教え手は《個人攻撃の罠》に陥りがちだ。
 個人攻撃の罠とは、教え手が教えようとしていることを学び手が学んでいないときに、それを学び手や教え手の能力や適正、やる気のせいにしてしまって、改善のためのアクションをとらないことだ。
 (中略)
 インストラクションを改善していくための鉄則中の鉄則として、《学び手は常に正しい》というルールを覚えておこう。


 天才(いい学び手)がその鉄則を知り,学び手が分かるような教え方を身につけると,とてもいい教え手になると思います。

 王貞治はもちろん天才バッターでした。しかし,最初はいい監督ではなかった。しかし,彼は変わりました。選手の気持ちの分かる指導者になり,いまでは名監督です。

落合 博満「コーチング―言葉と信念の魔術」を読みました。


 彼も天才バッターでしょう。そして今ではすぐれた監督です。この本を読むと,バッターとしてすぐれているだけではなく,指導するコツも知っていることが分かります。

 結論:天才というだけではいい教え手とは言えないが,天才が学び手の気持ちをつかむことによっていい教え手にもなると思います。

下手な子をモデルに
 モデリングには少なくとも2つのパターンがあります。

 1つはとてもうまい人が立派なモデルを示す場合

 もう1つは,下手な人ががんばって上手になっていく過程をモデルにする場合


 どちらもそれなりの意味があります。

 例えば,オリンピックに出場する人が逆上がりをするのを見るという場合

 それに対して,逆上がりのできない生徒が一所懸命に練習して,そして逆上がりができるようになるという場合

 単純にどれがモデリングとしていいとは言えません。ケースバイケースです。

 りっぱな人のりっぱなモデルは,こうすればいいんだということで勉強になります。

 しかし,こんなのはぼくにはできっこないよ,と思うかもしれません。

 それに対して,下手だった人がうまくなっていく過程を見ていると,ぼくにもできるんじゃないか,と思わせることができます。

 そういう意味でも子ども同士がモデルになるってとても大切なことだと思います。

 兄弟,先輩後輩のように,少しだけ年齢がちがう関係を「斜めの関係」と言います。一人っ子が多くなり,同じ学年の子だけしかつき合わないという状況が多くなりました。そこでは,親子,教師・生徒といった「縦の関係」,同年齢の子ども同士といった「横の関係」はあっても「斜めの関係」がなくなっています。

 斜めの関係だと,自分とそう違わない人がモデルになります。そういうモデルもまた大切です。

 セルフ塾は学年の枠をとっぱらって,ちがう学年の生徒が同じ学習室で学習を行っています。

 3年生が平方根をやっているのを横目で見て,後でぼくに「ねえ,ルートって何?」と訊くようなケースって多いです。
 ぼくら大人ではどうしようもないことを子ども同士のつきあいの中で自然にできるってことは少なくないです。

くさったみかんは,捨てるべきか?
 「朱に交われば赤くなる」というのは真理です。だからいい友達と交わりたいし,また子どもたちにはいい友達と交わってもらいたい。

 だから,「あの子と遊んではだめだよ」という親の気持ちも分からないでもないです。

 箱の中に1個のくさったみかんがあると,ほかのみかんもくさってしまいます。だから,くさったみかんを見つけたらすぐに捨てなければいけない。

 同じように,一人の不良少年がいるとほかの生徒も不良になるおそれがあります。だから,その少年は切り捨てるべきだ,塾を辞めさせるという塾の責任者の気持ちも分かります。

 この文を読んでおられる方には塾関係者も多いです。
 塾は商売です。いい環境を作って,いい教育をしなければ,生徒は集まりません。だから,一人の不良少年がいるというのはある意味死活問題です。だから,以下の考えを絶対だと主張するつもりはありません。

 でも,ぼくはやはり

「あの子と遊んではだめ」と言ってはいけないと思うし,
ひとつのみかんを捨てるように,一人の生徒を切り捨てることはできません。

 ぼくは,中学生のころ,成績はよかったのですが,まじめな生徒ではありませんでした。反抗期だったのですね。教科書通り。

 不良連中とも仲良くしていました。ぼくは彼らが好きでした。優等生らよりも彼らとのつきあいを好みました。彼らはほんとうにいい人です。ちょっとした歯車が狂ってしまって,不良っぽい行動をとりますが,根は悪くない。

( いま振り返ってみていますが,彼らはぼくと親しくおしゃべりをし,仲良くしてくれました。しかし,たばこなど,悪いことをを勧めたりすることはありませんでした。本当の仲間とは見ていなかったでしょうか。)

 まあそれはいいとして,ぼくはそういう中学時代を過ごしたので,塾にそういう子がいても,切り捨てる気にはなりません。
 塾に来たからには,勉強をしようという気は少しはあるはずです。親に言われたにしても。だから,それを極力伸ばすようにしたいと思うのです。

 きれいごとで,なかなかうまくいかないことが多いです。ぼくも塾を20年もやってきて,よく分かります。でもこれまでなんとかやってきました。これからもなんとかやっていきたいと思っています。

 ただ,こういうこともあります。

 もうだいぶ前のことです。10年余るかな。

 一人の女の子(Aさん:小5?)のお母さんから,塾にいじめっ子(Bくん:小5?)がいていじめられているというのです。ぼくは,Bくんをよんでいじめないように話しました。そしてAさんには何かあったらぼくのところに来るように伝えました。

(これはぼくの勝手な解釈ですが,BくんはAさんが好きだったのではないかと思います。フロイトによると反動形成という防衛機制があり,好きなことを隠すために逆にいじめるというのです。この年頃によくあります。だからぼくは軽く考えていました。)

 しばらく何もなかったのですが,その女の子が塾を辞めました。ぼくはそれがいじめによるものとは思っていませんでした。しかし,だいぶしてから,それがいじめによるといううわさを聞きました。

 そういう場合,その男の子を辞めさせるべきだったという意見に強く反対することは,ぼくにはできません。そうすべきだったかもしれないという気持ちもあります。実際には,あれで解決したと思っていたので,辞めさせることはなかったでしょうが,振り返ってみるとということです。

 反動形成によると軽く考えていたせいでもあります。反動形成であろうといじめられる方の女の子はやはりとてもいやだそうですね。
 同期生が集まったときに,ある女性が「あなた小学生のころ,私をいじめたでしょう。それがとてもいやだった」と言っていました。そのいじめた男性ははっきりとは言わなかったのですが,好きだったようです。反動形成だったのです。
 

5教科にすべきか? 中3の勉強は?
 こーすけさんから,質問をいただきました。こーすけさんいつもありがとうございます。

今月からようやく、セルフ塾のような流れで学習プログラムを始めています。
まだ、私達も生徒も慣れない部分が大きいのですが、自ら学習するのが生徒には新鮮なようで、楽しく進めています。

その中でYojiさんにご意見をいただきたいことがありまして。

1. 現在、英・数・国・漢字・計算・英単語のプログラム学習をしています。
セルフ塾のように、5教科にするべきかどうか悩んでいます。生徒のポテンシャルが低いので、3科でも精一杯で。
現在、中3のみ、理・社を宿題で出しています。


( Yojiの回答)

 セルフ塾も最初は,数学,英語だけでした。あとは自分でなんとかするだろうと思った(期待した)からです。

 でも,だめでしたね。定期テストで英語,数学は伸びても,理科,社会で足を引っ張る。定期テストの勉強をしていても,理科,社会を教えるのにとても苦労する。そういった状態でした。

 宿題をさせるにもあのころはきちんとした自学用のものがなかったのでさせられませんでした。

 そして,何度も書きますが,沖縄の人はテーゲーです。きちんと家で学習をすることはできない。

 それで,もうすべて面倒みてやる。毎日塾に来い。ということで,月曜日から金曜日まで来させ,5教科すべてみるようになりました。

 ぼくの場合は,生徒のポテンシャルが低いから5教科,毎日になったというところです。

 


2.部活終わった中3生の時間帯を早めるとか、特別な課題を与えたり、など受験生への取り組みはありますか?
入試過去問もやらせたいのですが、なかなか時間を調整できなくて。



 現在,特に中3の課題を増やすなどはしていません。12月までは通常の学習をきちんと進めることを目指しています。2学期期末テスト,そして3学期初めの学年末テストまでは,内申点に入るので,それもおろそかにできないからです。

 セルフ塾では,夏休みに過去問題をさせました。あれで,
 「これだけ過去問題をやったから入試というのはどういうものか,分かっただろう。そのような問題が来年も出るからそのつもりで勉強するように。2学期に習う三平方の定理,二次関数は必ず出るよ」
 と言って終わりました。

 冬休みも中3は特別に出てきてもらいます。

 そして,3学期は土日も出てきます。3学期は入試向けの勉強を通常の時間も行います。

文系と理系の間の深い溝


 きょうも 長谷川 真理子著「科学の目、科学のこころ」からの引用から始めます。

 最近、人文・社会系の語学間を専門とする人たちとの間に、越えられないとまではいわないが、非常に深い溝があることをつくづく思い知らされている。文系と理系というと、まるで受験の窓口のような感じがして好きではないのだが、俗にいうこの二つのタイプの学問群の間には、考えの構築、仮説というもののもつ意味、事実に対する評価、実証の仕方、議論の方法などに始まって、論文の書き方、引用の仕方、他人の業績の評価に至るまでのさまざまな点に大きな違いがあり、要するに、学問のあり方全体が違う。



一元化するのは科学の癖

 にも書きましたが,mixiの「授業の工夫」で

>>>なんにつけ一元化しようとするのはYojiさんの癖かなと思います

 と批判されたことがあります。

 現在完了について書いたときのことです。

 ぼくは,現在完了を「たのしい英文法」にあった説明が一番よかったので,それで説明しています。

現在完了の成り立ち


 ぼくの考えは,できるだけこれまで学んできたことと関連づけて新しいことを学んでいく,というものです。

 そして,何かを学ぶときは,次につなげていけるようにするということです。

 多義語がありますね。それはできるだけコア(語義)を覚える。そして,それと関連づけて派生した意味を学んでいくというものです。

 いろいろでてきたら,それぞれにばらばらに覚えるようなことはしないように努めます。

 どうも英語がもともと得意な人は,ばらばらのものをそのまま覚えるのが得意なように感じます。だから,これまでのことと関連づけて学んでいくということはかえって面倒なのでしょう。

 どうもここに文系の人と理系の人の思考法がちがうのではないかと思えてなりません。

 ぼくは完全に理系の人間です。長谷川 真理子さんは理系も文系も得意だったようですが,ぼくは数学や理科はとても自信を持っていましたが,英語,国語などはまったくだめでした。
 先日,生徒に「Yojiさんは子どものとき勉強好きだった?」と問われて記憶をたどって「算数の文章問題のようなのを解くのは好きだったよ」と答えました。

 本当にそうでした。

 現在完了について,たのしい英文法に書かれていることはとても納得のいくものでした。
 have は「持っている」,過去分詞は「~られる」という受動の意味を持つ。
 だから,現在完了は「~された状態を持っている」となる。

 例えば,I have done my homework.  は「私は宿題がなされて状態を持っている」だから「宿題はやってしまった」のようになる。

 こういう説明の方が頭に入るのです。
 それが英語の得意な人は,こんなめんどうなことを考えるより,
 have 過去分詞 が出たら,現在完了で,完了,結果,経験,継続の意味のどれかになる,と覚えた方がいいのだ,となるようです。

 これはどれがいいという問題ではないのでしょうが,長谷川さんが書かれているように「非常に深い溝がある」ように感じます。

都道府県別予想問題集は表紙カバーをめくる
 Ejさんから,質問がありました。

Yojiさんは自ら問題集を作っておられるので質問しづらかったんですが、3年生の受験対策でお勧めの問題集があれば、教えていただけませんか。

今年はじめて市販されていない塾専門の教材を購入したんですが、その販売店である学文社さんのお勧めで今回は学書のウィンターカミングを3年生の希望者に配りました。

ちなみにトパーズさんからはこのようなお返事いただきました。
    ↓
うちの塾は基本的に教材をほとんど使用しないのですが、一部の生徒だけ教育開発出版社のKeyワークを使っています。(ちなみにYojiさんの塾に訪問したとき、そちらでも使っていました。)


 (Yojiの回答)
 この時期の受験勉強は,その地域の傾向にあった対策をするということが肝心です。焦点をしぼった勉強をするということです。

 ぼくは日ごろは本物の学力をつけることにこだわっていますが,この時期は合格するための勉強をさせるようにしています。

 受験対策でおすすめは,「過去問」です。ぼくは一番安価な富士出版の沖縄県版を使っています。各都道府県別にあるはずです。ただし,富士出版のものはリスニングのCDがついていないので,1冊だけは誠伸社のものを購入し,利用しています。


 過去問題活用については
「過去問」をまずやる・・社会人の「勉強の技術」
 を読んでください。

 過去問題が終わったら予想問題集をやります。これについては都道府県によっていろいろだと思います。

 ぼくが使っているものがEjさんの生徒にいいとは限りません。各都道府県によって傾向がまったく異なるからです。

 注意したいのは,本のタイトルに「○○県」とあっても,単純に信用してはいけないということです。表紙カバーをめくって,中のタイトルを見てみましょう。それに「○○県」とかかれていないことが少なくないはずです。それは中身は全国版で,表紙だけその県の名前を使っています。

 ただ,インチキではないです。その県の過去問題をおりこんでいるのですね。それだけで「○○県予想問題集」になっているということです。

 これらは各都道府県の傾向に焦点をしぼらず,公約数的にどこにでもあてはまりそうな予想問題集です。そうではなく,ぼくは沖縄県の傾向に焦点をしぼった予想問題集を使うようにしています。

 ぼくは,富士出版で過去問題はさせているので,はさみこんだ過去問もいりません。

 だから,まずは「○○県高校入試予想問題集」を見つける。そして,表紙カバーをめくって中を見る。次に理科の天体の問題を見てみましょう。
 ぼくのところだと,「那覇で」のように地元のある地点で観測したような書き方になっていれば,間違いなくその地域の予想問題です。「東京で」になっていれば,少なくともその他の府県の傾向にあった予想問題集ではないです。

 人口の多い都道府県はいくつか予想問題集が出ているようです。沖縄県のように少ないところは少ないです。出ないところもあると思います。

 そういうときは,過去問を繰り返しやりながら,類題を見つけてさせるようにしたらいいですね。 

 なお,セルフ塾では,学校の定期テスト用には 育伸社の iワーク を使っています。

パソコンは独学でやりました
 mixi友だちのEjさんからメッセージをいただきました。

ボクはこの9月と10月に、Wordを10回とフォトショップを8回パソコン教室に習いに行って、それで地図作りやブログ作りができるようになったんですけど、Yojiさんは問題集の原稿などをパソコンで作られたりされてるんですよね?
パソコン教室などに行かれたりしたんですか?独学なんですか?


 回答です。

 独学です。教室には通っていません。どうしようもないときに,知人や兄に電話をかけたことが数回はあります。

 他人に教えてもらうより,自分で学んだ方が気が楽だからです。

 でも,パソコンの独学はとても大変でした。セルフラーニングのできるいい教材があればいいのですが,ぼくの知っている限りありませんね。
 あっちにぶつかり,こっちにぶつかりで,イライラしながらなんとかここまでやってきました。「カーナビとけんか」に書きましたが,ぼくも最初のころはパソコンとけんかしているようなものでした。



 だから,普段はセルフラーニングをすすめているぼくですが,パソコンは教室に通った方がいいよ,と他人には言っています。

 ただ,ぼくはパソコンに入る前にワープロをやっていました。いまはパソコンの機能のひとつとしてワードや一太郎などのワープロ機能がありますね。以前はワープロ専用機がありました。若い人は知らないかな。

 あれは,やさしかったです。「やさしい」は,易しくもあり,優しくもあるということです。
 例えばキーボードは日本語で書かれています。「一字抹消」「後退」など。PCのDelete, Backspace にあたるものです。

 それを何年もつかっていて,ワープロ「書院」で学習書も作っていました。図形も描いていました。だから,PCを使い始めることには,ワープロはなれていました。入門は終わっていたというところですね。

 だから,なんとかPCを独学でできるようになったと思います。

 パソコンは,いろいろできます。多機能です。そういう意味ではワープロよりも上です。しかし,専用機には専用機のよさがあります。

 もう亡くなったのですが,ぼくの叔父はワープロを使っていました。しかし,それが壊れて,しかたなくパソコンに買い換えました。それはうまく使いこなせなかったようです。よくわかります。ワープロからパソコンへの道はかなり遠いのです。

 作家の酒井順子さんの本に,ワープロ専用機を大事に使っているとあったように思います。どうなったでしょうか。

先達はあらまほしきことなり
 「7つの間違いさがし」というのが新聞などにありますね。あれは7つの間違いがある、と思うから必死になってさがすのです。間違いがいくつかあります、というだけなら、たぶん3つか4つくらいさがして、もうないかもしれないと思って、さがさなくなるでしょう。

パソコンは独学でやりましたをきのう書きました。独学でやる最大の欠点は、パソコンで何ができるか、何ができないかを知ることができないことです。

 大きな職場だと、パソコンの得意な人がいて、その人がやるのを見たり、聞いたりして、「ああ、こういうこともできるんだ」と思って、それをやるために、いろいろ工夫することができます。できると思えば、やろうとも思います。

 しかし、独学となると、パソコンでこれもできるんじゃないかな、という程度の考えで、やります。簡単にできればいいのですが、難しいときには、これはまだパソコンではできないのかもしれないな、と思ってしまします。そう思うともう必死さがなくなりますね。

 そういう点でも、「先達はあらまほしきことなり」です。先輩がいてくれたらありがたい、ということです。

同じ結果か,良い結果になるのなら,楽な道を行け
 つい先日,ぼくは根性論は嫌いだ,楽で効率的な方がいいと書きました。
英語の学習法も自然淘汰される

 少し詳しく書きます。

 生徒には,「同じ結果か,良い結果になるのなら,楽な道を行け」と言っています。「楽な方法は,間違いも少なくなることもあるよ」とも。

 いま,中学3年生は学年末テストに向けての学習をしています。二次関数も範囲です。そこに変化の割合を求める問題が出ます。

 変化の割合=yの変化量 / xの変化量 で求めます。詳しくは省略しますが計算が少しめんどうです。この二次関数の場合,変化の割合を簡単に求める方法があります。

 y=ax² において,xがpからqに変化した場合は
 変化の割合=a(p+q) です。

 とても簡単です。しかし,学校ではそれを教えません。また,いま使っている教科書準拠の問題集の例題にもありません。

 ぼくは,これがなぜ成り立つか証明し,それを覚えなさい。これが楽だし,計算が簡単なだけ,間違いも少ない,と言っています。

 このような場合は,楽な方がいいのです。根性論で,苦労すればいいというのはぼくの性に合っていません。

 ただし,楽をしようとして,間違える場合が少なからずあります。少しでも確率的に間違いが多くなる場合,ぼくは楽な道を進むな,ここで手抜きをするな,と厳しく言います。

 例えば,式の展開。かっこを外しながら計算までする生徒が少なくありません。ぼくは,一度に2つのことをするな,ひとつひとつていねいにしなさい,と注意します。

 2(x+3) -3(2x-5) などです。これはまずかっこを外すことだけに集中してやらなければ間違えます。
2(x+3) - 3(2x - 5)
= 2x +6 - 6x + 15
= -4x + 21

になりますね。その途中の式を抜かして,暗算でやったり,ちょこちょことメモのようなことを書いてやろうとする生徒が多いのです。

 そういうのを厳しくチェックするのです。
 こういうのは,楽をしようとしたために間違える確率が高くなるのです。

 一律に楽な方がいい,悪いとは言えません。

 楽をしようとして,人間は進化してきたところがあるのです。(進化と言えるかどうかはいろいろ意見があると思いますが)

 一方,「楽あれば苦あり」という場合もあります。

 だから,それを区別するために
「同じ結果か,より良い結果になるのなら,楽な道を行け」と生徒にも,ぼく自身にも言っています。

「もう,これは捨てなさい」
 中学3年生は,最後のテスト,学年末テストです。それに向けての対策をやっていました。

 K子さんが質問にやってきました。理科,秒速を求める問題です。「1秒間に50打点する記録タイマー」などが出てくる問題です。

 途中までは何とか説明を加えてやってきましたが,なかなか進みません。前に何度もやった問題ですが,頭に残っていません。それで,ぼくはこういいました。

「もう,これは捨てなさい」

 そして,「これはこれ以上やっても,明日のテストでは点数はもらえないよ。それよりも2分野のあなたがある程度分かる問題に集中した方がいいよ」と。

 そして,
 「テストは明日だよ。まったく分からない問題を一から理解するのは難しい。それよりも,もう少しで完全に理解できそうだと思う問題に集中したほうがいい」と付け加えました。

 テストに対する意欲はあるのですが,理解力がついて来ないのです。

 かわいそうだとは思います。ほかの生徒は一所懸命に解いている問題を,「あなたはもう捨てなさい」と言われるのですから。

 ぼくもすっきりしているわけではありません。何とか理解させたいとは思うのですが,時間との問題です。そして,これに時間をかけていては別の問題に時間をかけることができません。

 ある程度くると,優先順位をつけながらさせなければいけません。100点をねらって50点しかとれないというより,70点をねらって70点を取った方がいいと思うのです。

 これから入試に向かいます。「もうこれは捨てなさい」ということがたびたび起こるかと思います。

 「もうこれは捨てなさい」
 みなさんはどう思いますか。


mixiセルフラーニングに立ち上げたトピックです。

問題用紙を破いてしまえ
 中学三年生は受験勉強です。数学の過去問で、確率の問題が出てきました。

 樹形図を黒板に描いて説明すると、Rinaさんが
「試験の時にこれをどこに書こうか、ノートを準備しなければいけないのかな」などと言っていました。

 僕は「ノートは持ち込み禁止だろう,数学の場合には問題用紙を破いて,計算用紙として使うんだよ」と言いました。
 「問題用紙の裏は白紙になっている。だから問題用紙を破いて裏を使うんだよ」と付け加えます。

 子どもたちは,「えっ!!問題用紙を破いていいの?」という反応。
 問題を破くということにとても抵抗があるようです。

 僕は「毎年,数学の時間には問題を破りなさいと言っている。問題用紙は自分で持ち帰ってもいいことになっている。だからこれをどのように使うが自分の勝手だよ。もちろん,解答用紙は丁寧に扱わなければいけないけどね。」と続けます。
「今まで毎年僕はそのように言って,そして試験の時には破いたという生徒が何名もいるよ。
 そして破いたために叱られたという話しを聞いたこともない。だから,今年も破いて,それを計算用紙として使えばいいんだよ。」と話しました。

 ほかの都府県ではどうかわかりませんが、沖縄では問題用紙は破いても構わないのです。もちろん,試験官が破いてもいいとは言いません。

 問題用紙を破ることに中学生はかなり抵抗があるので、少し強めに押して破くことを勧めます。数学では計算などをしっかりと紙と鉛筆を使ってやらなければいけません。そのためには計算用紙がどうしても必要です。だからそれを、問題用紙を破いてそれに当てるというのは受験テクニックとしても大切なことだと思います。

 この程度は自分で考えてもいいはずですが、問題用紙を破くということに抵抗感あるので,自分でそのようにすることはまずありません。だから,ぼくらから勧めた方がいいと思うのです。

受験直前の子へのアドバイス

 mixiともだちから,受験まで一週間にせまったお子さんに,何かアドバイスをください,というメールが届きました。それへの返信です。



 ぼくのようなものに,アドバイスを請うていただき,恐縮しています。

 これでいいのか分かりませんが,いま,ぼくの塾の受験生に言っていることを書きます。

 社会,理科の暗記で解決できるものは,数日でも効果があるから,覚えるだけ覚えるように。
 そのときには,覚えようとする姿勢が大切です。何となく読んでいてはなかなか覚えられません。覚えるように努めること。そして,自分にテストをする。
 例えば,「源氏物語の作者は?」に,答えきれるかどうか。一問一答は有効です。暗記物は,最後の最後まで覚え続けるように。
 試験直前にチェックしたのが出題されて,「ラッキー!」と思うことは,少なくありません。

 正直に言って,国語,数学,英語は,これから急に力をつけることはできません。でも,問題への慣れはあります。過去問を解いて,問題に慣れておくこと。これまでつけてきた力を十分に発揮することを心がけます。

 数学,理科の計算問題などは,「解けると思ったら解ける」の心構えでのぞみましょう。「解ける」と思うから,解こうと考え,答えを導こうと工夫します。「解けない」と思ったら,もう思考停止です。
 くわしくは,次のページをごらんください。

「解ける」と思った人が「解ける」

 英語の長文読解について。設問を読んでから,本文を読み,答えを見つけるというテクニックがあります。あと1週間で身につけられるかな?
 以下のページをごらんください。

英語の苦手だと思う人こそ,長文読解で点をかせげ



 何かヒントになったでしょうか。

ネットでNHK高校講座
 きのうはウシーミー(清明祭)でした。きのうのウシーミーは、母方の祖先の墓でのもの。

 おじさん、おばさん、そしていとこたちが集まりました。
 いとこのTsukasaくんと楽しい会話ができました。

 その中で、ネットでNHK高校講座がいつでも見られるという情報を得ました。夜中何気なくまわしたチャンネルで高校講座を見ることがあります。とてもいいですね。よくまとめられているので好きです。

 それがいつでも自分の好きな時間に見ることができるとはいいです。
 ぼくが関心を示して聴いていたら、きょう彼からメールがとどきました。

 Tsukasaです。今日は清明の親戚の集いで楽しい話ができました。どうもありがとうございました。 話題にでました高校講座のテレビ・ラジオのライブラリーが以下のサイトにありますので試して見てください。

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/index.html

最新版は以下のサイトにありますが、まだ新年度はじまったばかりで、本放送でも放映されていないため視聴できません。上記ライブラリーでも問題ないかと思います。

http://www.nhk.or.jp/kokokoza/


 さっそくのぞいて見ました。世界史の「ビザンツ帝国」を見ました。ぼくは、入試では世界史をとっていません。それで、授業もまじめに受けませんでした。いまになってとても残念に思っています。ビザンツ帝国も名前は知っていますが、よく内容を知りませんでした。きょう、講座を見てだいぶ理解できました。基本的なことがよくまとめられていていいですね。

 テレビの強さもよく活用しています。映像が出るのはいいです。分かりやすいです。

 このページはお薦めです。ぼくは、今後少しずつ見ていきたいと思っています。
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