セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

レストラン「ふぁぶ」
 きのうのお昼は,北谷にあるレストラン「ふぁぶ」に行きました。
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 そこは,カレーバイキングをしているのです。安価で。790円です。
 カレーライス大好きなぼくは毎日でも行きたいくらいです。

 以下は,レストラン「ふぁぶ」のホームページから

沖縄県一の青い海と潮風そして美味しカレー!観光&お食事【カレーバイキング 790円】
カレーバイキングは毎日6種類を用意してあります。ビーフカレー、3種類のインドカレー、2種類のタイカレー、甘口から辛口までお子様でも大丈夫!
フライドポテト・サラダ・デザート・ティー付で食べ放題!

 
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味は,まあまあです。カレーの好きなぼくは満足。


 食べ放題なので,食べ過ぎてしまうのが・・・・。自己管理ですが。
 おかわりもしました。
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 すぐ前は海。東シナ海です。海を眺めながら食べることもできます。きのうは,あいにくくもっていたので海の色はよくなかったです。
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 旅行者,外人さんも多いように感じます。

 お勧めです。

レストラン ふぁぶ (カレーライス / 北谷町)
★★★★ 4.5


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 虹が!!
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 いま北海道をのぞくすべての地域で梅雨ですね。沖縄もそうです。きのうは,朝からだいぶ降りました。沖縄では梅雨でもしとしとではなく激しい雨が降ります。雷もまじっていました。

 中学生の部が始まるということで,梅子(犬)を外に出すために玄関から外に出ると,東の空にあざやかな,本当にあざやかな虹が出ていました。外側に薄くもうひとつの虹。二重になっています。

 「虹だよ!!」と叫ぶと,多くの生徒が出てきて,見上げていました。
 これは写真ものだな,と思ってカメラをとってくると,
 「M和に撮させて!」というので,M和さんに撮してもらいました。

 見た目ほどはあざやかではないですね。プロはこれを見た目以上にきれいに撮るのでしょう。

和製英語とウチナーヤマトゥグチ
 いま日本には,和製英語があふれていますね。和製英語はそのままでは,英語として通じないことが多いです。

 「和製英語」で検索すると,次のページにいろいろありました。
http://ww3.tiki.ne.jp/~ffdes/eigo/je.htm

 その一部です。
 
*モーニングサービス→"breakfast special"
*モーニングコール→"wake-up call"
*マンツーマン→"one-on-one"
*シュークリーム→"cream puff"
*TVゲーム→"video game"
*ガソリンスタンド→"gas station"
*ベスト10→"top 10"
*マイペース→"my own pace"
*ポケベル→"beeper", "pager"
*パソコン→"PC"
*ヴァージョンアップ→"upgrade"

 英語で話すときは,この和製英語には気を遣います。英語のつもりでつかっていたら,相手に通じないことが多いからです。だから,相手の表情を見て,あっ,これは理解していないな,と思ったら,別の単語に言い換えるようなこともあります。


 さて,沖縄には,ウチナーヤマトゥグチというのがあります。
 「ウチナー」は沖縄,「ヤマトゥグチ」は,日本語です。ヤマトゥ は大和(やまと)でしょうね。沖縄では,本土を内地とか大和といいます。グチは,口で,言葉を意味します。

 これは,琉球製日本語 のことです。つまり,沖縄で作られた日本語ですね。どのようにして作られるかというと,直訳が多い。その笑い話の古典的なものをひとつ。

 漁師のことを沖縄方言では,ウミアッチャーと言います。
 ウミは,もちろん海です。アッチャーというのは,「歩く人」です。

 それで,「あなたのお父さんのお仕事は?」と尋ねられた具志堅用高が「海を歩く人」と答えたそうです。

 さて,ぼくらにとっては,ウチナーヤマトゥグチは,和製英語と似たようなものです。

 ウチナーヤマトゥグチをふだん使っていると,それが標準語だと思ってしまいます。英語だと思って,和製英語を使うようなものです。
 だから,ウチナーヤマトゥグチを使うと,ヤマトゥンチュー(本土の人)には通じません。
「あれっ,ぼくは標準語を使っているのになあ~」と思ってしまいます。
 具志堅用高のように笑われてしまいます。

 ところで,
 「先回り」は,ウチナーヤマトゥグチでしょうか。

 沖縄方言に「サチマーイ」というのがあります。「先走り」のことです。

さき‐ばしり【先走り】
[名](スル)
1 先に立って走ること。他に先んじて物事をすること。「企画だけが―する」「気持ちだけが―する」
2 先のことを独り決めして、他人より先に行動すること。「気を回して―する」
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

 サチマーイのサチは「先」,マーイは「回り」でしょう。だから,「先回り」になります。

 先日,この言葉をネット上に書き込んでから,気になっています。
 そして,「先回り」をネット上の辞書で調べると,出てきません。

 しかし,ウェブ上ではたくさんヒットします。使われているのでしょうか。

 なお,ぼくは方言もそれほどうまくないので,上の方言についても,正しいかどうか価確信はありません。 

沖縄語に変換『もんじろう』
 沖縄方言 を検索したら,

沖縄語に変換『もんじろう』
 というページに出合いました。

 おっ,すごいな,とちょっと感動。

 さっそく,「兄」を変換してみました。
 すると,なんと「にーにー」で出てきたのにはびっくり。
 「姉」は,予想通り,「ねーねー」

 ぼくは,「にーにー」「ねーねー」が沖縄方言とは認めたくないです。
 ヤマトゥウチナーグチでしょう。先日はウチナーヤマトゥグチについて書きましたが。ヤマトゥウチナーグチというのがあります。

琉球方言の中には「ウチナーヤマトゥグチ」と「ヤマトゥウチナーグチ」がある。

http://www.hcn.zaq.ne.jp/toru/ryukyuhougenn.html

 それによると,
標準語を獲得する際に「ウチナーヤマトゥグチ」という変種が生まれた。
その逆で、文字のごとく「ヤマトゥウチナーグチ」は標準語の干渉のもとで 生じた方言である。

 とのこと。

 「にーにー」は,標準語の「にいさん」から作った和製琉球語であろうと思われます。

 沖縄方言には,「シージャ」という立派なのがあるのです。
 この「シージャ」ですが,おもしろいです。性別の区別なく,年上の兄弟に使います。つまり,兄もシージャ,姉もシージャです。

 「父」を変換したら,「スー」と出ました。これは間違いではないです。

 ただ,ぼくが「スー」を使ったら叱られました。「これは百姓言葉だ」とのこと。

 いま「スー」を検索したら,
首里・那覇方言音声データベース」というサイトもありました。

 それによると,

 スー /sjuu/
(名詞) ※首里士族の父をターリーという以前の父の呼称(主)。国王をウスーまたはウスガナシと呼ぶ。
意味:
父。主。おとうさん。平民の父をいう。平民の父の名称および呼称。


 父=スー で間違いはないが,せめて「平民の父」で,首里では「ターリー」というのも記して欲しいです。

 だれが作っているのでしょうか。

「ひざまずき」考(「ひさまんち」と「跪く」連用形の名詞化)
 前に「ウチナーヤマトゥグチ」について書きました。
和製英語とウチナーヤマトゥグチ
 mixiの日記にも転載したら,コメントがありました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1207843573&owner_id=2592095

 教え子の一人,一くんから

有名所でいうと「ひざまづき」。「ピンクい」が通じないらしい、と聞いたときは衝撃でした!


 ぼくも長い間「ひざまず(づ)き」は標準語だと思っていました。
 「正座」のことを沖縄では「ひざまずき」と言います。

 標準語かどうかを区別する基準に,学校の先生が使うかどうかがあります。先生が使う言葉は標準語だとぼくらは思っていました。
 
 「ひざまずき」は,学校でよく使われました。だから,当然標準語だろうと思っていました。先生もそう思っていたのでしょう。

 それで,ぼくはこの「ひざまずき」の起源はなんだろう,と書いたら

 よしひろくんから

「ひさまんちゅうー」から来てますよたぶん


 というコメントをいただきました。
 
 実は,ぼくは「ひさまんちゅうー」という言葉を知りませんでした。
 ネットで検索してもヒットしません。

 ところが,しばらく考えてから,「ひさまんち」という言葉を思い出しました。ぼくらは,正座のことを「ひさまんち」と言います。「ひさまんちゅう」は別の地域の言葉でしょう。たぶん。

 そして,またまた考えていたら,「跪く(ひざまずく)」という言葉が頭に浮かびました。それから来ているのかもしれないな,と思いました。

 これらを検索すると,次のページに出合いました。
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/kotoba20010829.html

【「ひざまずき」して反省しなさい】
 こう言われて怒られた経験はありませんか? 大和口には「ひざまずく」はありますが「ひざまずき」は見当たらないそうで、たぶん「正座」を表す「ひさまんち」からきたのではないでしょうか。


 というページが見つかりました。

 なるほど。やはり,そうです。

 よしひろくんの推理も正しいようです。

 さて,少し,国文法の話をします。

 動詞の活用がありますね。未然形,連用形など。
 動詞の連用形が名詞化することがよくあります。
 連用形というのは,「ます」に続くような形のことです。
 「読みます」の「読み」は連用形です。

 さて,「光る」の連用形は「光り」です。これは名詞にもなり,そのうち送りがなもなくなって「光」になったのです。

 たくさんあります。
 思いつくままに
「行きはよいよい,帰りは怖い」の「行き」「帰り」は,連用形の名詞化したものでしょう。
「上りは・・・,下りは・・・」
「読み」「書き」「泳ぎ」「包(み)」

動詞の連用形はそのままで名詞にもなる(「つなぎ」「賭け」「救い」など)。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 「跪く」の連用形は「跪き」です。

 ここからは,ぼくの仮説です。

 沖縄には,もともと「ひさまんち」または「ひさまんちゅうと言う言葉があった。「ひさ」は「足」を表します。「まんち」は何か考えなければいけないです。

 さて,昔の沖縄人は,この「ひさまんち」を大和口で何というか分からなかった。それに似た言葉として「跪(ひざまず)く」とあるのを知った。大和口では連用形が名詞として使われることも何となく分かっていた。連用形という文法用語は知らなかったでしょうが。
 「跪(ひざまず)き」,「ひさまんち」・・・なかなか似ているではないか。そう考えました。

 それで,「跪く」の連用形「跪(ひざまず)き」を「ひさまんち」の大和口として使い始めた。

 どうでしょうか。

 さて,ここまで考えて,ぼくは「正座」の和語は何だろうかと考えました。「ひさまんち」に相当する大和言葉(古語)があるのではないか。「正座(せいざ)」は音読みするので,漢語だろう。

 そして,「正座」を検索すると,

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「正座」の項に

 江戸時代以前には「正座」という言葉はなく、「かしこまる」や「つくばう」などと呼ばれていた。明治22年(1889年)に出版された辞書「言海」にも「正座」という言葉が出ていないことから、「正座」という観念は明治以降に生まれたと考えられている。

また,少し飛んで

沖縄方言では、この座り方を「ひざまんちゅー」と呼び、これをウチナーヤマトグチ化して「ひざまづき」と言う。


 ともありました。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 大和言葉には,「ひさまんち」に相当するのはないようですね。

 また,よしひろくんの 書いた「ひさまんちゅうー」も出てきました。「ひざまんちゅー」ですが。「う」が入っているので,ヒットしなかったのです。正しい表記法はないので,どちらが正しいかはありません。

お墓に報告
 昨夜は,福岡に住む伯父を囲んでの食事会に出席しました。ずっと教員を勤めていた伯父が叙勲されたことを,その父母が眠るお墓に報告ということで来沖したのです。

 さて,このお墓に報告ということで,本土,沖縄の間に違いがみられるなあ,と思います。

 テレビなどを観ると,本土では何かあるとお墓参りをして,お墓に報告をしますね。その習慣が沖縄にはまったくないように思います。
 何かあると本土の人はお墓参りをする。しかし,沖縄ではお墓に行く日は決まっています。ぼくは,年に一度,清明祭(シーミー)の日だけです。

 沖縄は祖先崇拝が強いところですから,祖先に報告というのは自然なことです。でも,お墓には行かないですね。それを仏壇ですませます。仏壇に手を合わせて報告をする,それでおしまいです。

 伯父は,沖縄を離れていて,終戦後もすぐに沖縄に帰っていません。沖縄は全滅だ,といううわさを聞いて,父母,兄弟もみんな死んだのだろうと思い,福岡に住み着いたのです。そして,そこで家庭をかまえ,ずっと本土です。だから,墓参りにしても本土の習慣で行ったのでしょうね。

 妻の話です。
 妻の母親が亡くなって,墓参りをしたいと言って,お墓まで行った人はやはりヤマトゥンチュだったとのこと。沖縄の人は,みな仏壇に手を合わせてそれでおしまいです。

 思いの強さというより,たんなる習慣の違いなのでしょうね。お墓に対する思いは,墓の前に集まって行う清明祭(シーミー)から分かるように,沖縄の人も十分にあります。 
 仏壇で十分ではないか,という気持ちがあるのでしょうね。または,暑いから墓まで行くのは大変だからということでしょうか。それとも,沖縄人のテーゲーからでしょうか。

 ぼくは,仏壇で十分だと思っています。

沖縄の墓の中
 お墓の話題が続きます。

 先月7月11日(土曜日),舅(曽根信一)の遺体が帰ってきました。2007年11月に亡くなり,琉球大学に献体していたのです。約1年半ぶりに帰ってきました。そして,11日火葬,12日にお墓に骨をおさめました。

 墓の中の写真です。
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お墓の中はこのように厨子甕(じーしがーみ)がたくさん並んでいます。厨子甕とは,骨壺のことです。

 ネットで検索したら次のような文がありました。
http://tensaimitsuo.kirisute-gomen.com/4_03dig.htm 

厨子甕とは、火葬以前の沖縄の習慣であった改葬において、洗骨した遺骨を納める「骨壺」のこと。沖縄の墓は、亀甲墓(カメヌクー)が有名であるが、このデザインは女性が寝そべって股を広げたかたちでもあり、甕を収める穴はいわば産道といえる。死んでから生まれた道を通って後生に帰っていく、「母体回帰」の大らかな思想といえます。(参照:OkinawaCultureArchive、WonderOkinawa)


 だそうです。いまでは火葬ですが,「じーしがーみ」と言っています。

 さて,上の説明によると,ぼくは母体の中を撮影したことになりますね。

 沖縄は一門でお墓を共有しています。その規模は地域によるようです。詳しくは知りません。ただ,先祖の方と同じ空間にこのように並べられていくのですね。

ネパール料理,カスタマンダップ
 きのうのお昼は,カスタマンダップ (KASTAMANDAUP)に行きました。ネパール料理の店です。

 Kyokoは変わったのが大好きです。だから,いろいろ変わった料理を食べさせるところがあると出かけていきます。ぼくもまあ好きなほうなので,ついていきます。

 58号線をバイクで走っていたら,ネパールキッチンの店が見えたので,チェック。そして,きのうになったわけです。

 ランチタイムに間に合わせていきました。ランチタイムは3時まで。ぼくらがついたのは2時すぎ。店に入ると香辛料のにおいが。

 ランチタイムのメニューからAセットとBセットをもらいました。写真手前がAセット,むこうがB。
 カレーは6種類から選べます。ぼくらはチキンカレーと野菜カレー。そして,ナンとご飯も選べますが,それもそれぞれ別のもの。ソフトドリンクはココナッツラシーとマンゴラシー。

 おいしかったです。ナンもよかった。ちょっと変わった料理が欲しいときには,いいですね。

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ネパールスパイスキッチン KASTAMANDAP (ネパール料理 / )
★★★★ 4.5



宮古そば 愛 の骨汁
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---- 近くに「骨汁」おいしいところがあるので,みんなで行きませんか。

 Asaoさんがさそいました。みんな異存はありません。ぼくはメンバーの車の後をついてバイクを走らせ「宮古そば 愛 北中店」に到着。

 ぼくはもちろん,Asaoさんお勧めの「骨汁」を注文。限定品だそうです。Asaoさんが予約してあったので,大丈夫。

 さて,出てきたのがボリューム満点。これで600円。豆腐も野菜も入っています。
 熱いので,フーフーさましながら,少しずつ食べました。

 お勧めだけあって,おいしい!!。 だしが十分に出ています。骨にはけっこう肉もついていて,満足。

 Fukuchanはそばを注文。そばを少し味見させてもらいましたが,これもおいしい。次は妻を連れてきてそばを食べようと思いました。



カチャーシー
 カチャーシー,ぼくは大好きです。

 カチャーシーとは,沖縄の踊りの一種です。でも,型も何もありません。それぞれがリズムに合わせて勝手に手を動かし,足を動かして楽しむもの。

 結婚式など,お祝いの最後はたいていカチャーシーで締めくくりです。カチャーシーの三線がなり出すと,好きな人が次々に出て踊っていきます。あちこちで勝手に動き回るのですね。

 かき回すという意味の沖縄口(ウチナーグチ)の「カチャースン」からきていると思います。まさにかき回すような踊りです。

 カチャーシーには,型がない,と書きましたが,観光客などに,それを教える人がいます。また,いまネットで調べると踊り方のページもあります。

 ぼくのおじは,カチャーシーは勝手に踊るからいいんだ,それを教えてどうする,と言っています。

 おじの意見に同感するところもありますが,カチャーシーのうまい下手はあります。ある程度の基礎は習って,それを自分流に変える方がいいように思います。

 きのう,結婚式披露宴に出席しました。そのときのカチャーシーの様子を動画にしたので,アップします。
 花嫁,花婿も参加し,花婿の胴上げも行われていますね。とにかく勝手なのです。ぼくはこの雰囲気大好きです。

 実はぼくはカチャーシー,踊ることができません。恥ずかしがり屋なのです。
[高画質で再生]

カチャーシー

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沖縄地中海タパスレストラン カサラティーダ
 きのうは、恩納村仲泊にある「沖縄地中海タパスレストラン カサラティーダ」に行き、昼食をとりました。

 お目当ての「カサラのランチボックス」はもう売れ切れのこと。前日ネットで見て、これにしようね、と言っていた妻は残念がっていました。

 ぼくらが注文したのは、

お魚ランチ(マクブ(シロクラベラ) のソテー、スパイシーサルサソースで ¥1480)
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 と
OKIIINAWAパスタランチ(シャーベットトマトの冷製パスタ、ほんのり鰹のジャポネ仕立て \1380)
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(食事が来たときはもっとトマトがきれいでした。)

 おいしかったです。辛いのが大好きなぼくにとって、お魚ランチはよかった。
 トマトが凍っていて、硬く、食べにくかったのがマイナス。時間をかければおいしくいただけるでしょうね。

 お店の雰囲気、食事もよかったのですが、眺めがとてもいいです。テラスから見る沖縄の海はすばらしい。きのうもとてもいい色をしていました。
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 さて、きのうそこに出かけたのは、食事というよりもほかに目当てがありました。インターネットのFree Spotがあるというのをネットで知ったからです。

 PCを買い換えました。今度のは無線LANです。レストラン、ホテルで、インターネットができるということなので、どんな感じなのか、やってみたかったのです。このレストランが比較的近くて、そして妻Kyoko好みなのでやってきたのです。

 少しだけ戸惑ったのですが、比較的楽に繋がりました。暗号キーを入れることもありません。PCが電波をとらえるようで、画面上にレストランの名前が表れました。
特に調べるのはないので、繋がることだけを確認し、簡単なメールを自分宛に送りました。

 もうひとつ。
 ザウルス(シャープの小型PC)をもっています。これは無線LANでインターネットができます。
 しかし、いろいろ試すのですが、まったく繋がりません。レストランだと繋がるのかな、と思ってやってきました。9割かた駄目だろうと思いながらです。駄目なのは、プロバイダーが対応していないのではないかと疑っていたからです。

 でも、意外や意外、すぐにつながったのです。ぼくもびっくり。しかし、あらわれた字が細かすぎます。おまけにピンホールめがねを忘れてきたのです。期待していなかったからでしょうね。

 それでも、つながることが分かっただけでも大成果。どうにかすれば塾でもザウルスを使ってインターネットをすることができそうです。

 帰り途、58号線沿いから少し入るところにある、「シーレイク座喜味」に行きました。そういう面で好奇心の強いKyokoの希望です。分譲住宅の売り出しで最近よくコマーシャルをみます。


 いい感じのところです。端のほうから海が見えます。きれいです。ただ、レイクというのは、長浜ダムのこと。それは知ってはいたのですが、湖という感じではないですね。
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バイキング弁当
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 この写真は,近くのスーパー「サンマート喜名店」で買ったバイキング弁当です。これで380円。

 店に,総菜が10種類ほど並べられています。チキンの唐揚げ,ちくわの揚げ物,野菜炒め,サラダなどなど。ごはんが盛られた弁当箱をもらって,それに自分で好みの総菜を詰め込んでいくのです。もちろん,大盛りにします。フタが閉まればいいのです。スープもついています。

 この量で380円。

 妻が家を空けるときには,ぼくはこれを買ってきます。そして,2つに分けて,昼食と夕食。それでもいつもより食べ過ぎたなああと思いますね。

 昨夜は,「選挙速報を見ながら,飲み,食べ,しゃべる集い」を友人宅で持ちました。ぼくはこの弁当を2つ買ってもっていき,つまみにしました。それでも760円です。楽しい集いができました。

ウウクイ,旧盆
 きのうは,旧暦の7月15日。沖縄の旧盆の日です。

 ぼくは,親戚まわりをし,夜は実家に。首里です。

 そこで夕飯を食べ,兄弟,いとこ,伯父,伯母とおしゃべりを楽しみました。
 写真は仏壇です。
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果物やサトウキビをお供えします。サトウキビは兄が裏の庭で育てたもの。今年は太いのができました。
 両端にある長いキビは,グーサンウージといいます。「グーサン」は「杖」,「ウージ」は「サトウキビ」のことです。これを杖にして,あの世から祖先の人々がこの世にやってくるのだそうです。
 
 次の写真はウウクイしている様子です。ウウクイは「お送り」でしょうね。旧盆も終わったので,あの世に行くのを見送るのです。家族みんなそろって門の外に出て,見送っているところです。
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 酒瓶を頭に乗せてカチャーシー
[高画質で再生]

酒瓶頭にカチャーシー

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 琉球村では,いろいろなことをしています。簡単な琉球舞踊も教えていました。そして,カチャーシーも。

 おばあさんが,酒瓶を頭に乗せてカチャーシーを踊っていました。

 このおばあさんは,ちょっと知り合いです。ウメトさんといいます。歳を尋ねると,「まだ89歳」と言っていました。

 道じゅねでは,最後に酒瓶を頭に乗せて登場。一番人気があり,いっしょに写真を撮していました。

 このようなところでみんなに注目されながら働いているから若々しいんですね。

cafe Terrace NIRAI
 土曜日,cafe Terrace NIRAI で昼食をとりました。妻Kyokoといっしょに。2度目です。

 入ってすぐに感じるのは,外人さんが多いことです。5,6組いましたが,ほとんどが外人さんでした。基地に近いこともありますが,料理が合っているのかもしれませんね。ウエイターも英語で対応していました。

 Today's lunch "ナスとチキンの卵のせパルマ風グラタン(ソフトドリンク,スイーツ付き)をいただきました。おいしかったです。

 いい感じの店です。店員の対応もよかった。席の角度のせいか,ぼくは気づかなかったのですが,妻は,海も見ながら食べることができ
てよかったと言っています。
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cafe Terrace NIRAI (ダイニングバー / 北谷町)
★★★★ 4.5



「読谷補助飛行場跡」360°
 セルフ塾の近くにある「読谷補助飛行場跡」です。

 数年前まで,米軍の基地でした。そこでパラシュート落下訓練が行われていました。2006年に返還されました。
 米軍基地とは言え,ふだんは通行自由でした。舅を乗せてここを通ると,このように360°見渡せる場所は,沖縄には他にないよ,と言っていました。

 返還され,道路がつくられました。そして,いま,読谷中学校が作られつつあります。ここも数年でまったく変わってしまうでしょう。それで,360°の動画にしました。

 北向きから始まり,西,南,東,北とまわりました。北のずっと奥が座喜味城址。北北東に見える赤がわらのたてものは読谷村役場です。

[高画質で再生]

読谷補助飛行場

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読谷バーチャル資料館「8.読谷補助飛行場」


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琉球王朝祭り首里の古式行列
きのうは,Kyokoと二人で,第44回琉球王朝祭り首里の古式行列を見に行きました。国の安泰を祈願して寺を参拝する正月3日の「初行幸(ハチウチョウハイ)」の行列だそうです。
 
 動画は,守禮の門の前の通りです。

 一番印象に残っているのは,見る人と行列の境がちゃんとしていないこと。行列は,雑踏をかき分けて進んでいくと行った感じ。行列の目の前で写真をうつしているカメラマンが注意を受けていましたが,特に混乱はなかったです。
[高画質で再生]

琉球王朝祭り首里の古式行列

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首里城西のアザナからのながめ
 きのうは,首里城に行きました。その西のアザナからながめたのを動画にしました。那覇の町がよく見えます。

 遠くの方に読谷も見えました。岬に立つホテルが双眼鏡ではっきり見ることができました。
[高画質で再生]

首里城西のアザナからのながめ

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首里城公園の施設
の説明です。
西のアザナ:無料
 標高約130mの城郭の西側に築かれた物見台で、ここからは那覇の町や那覇港の様子、そして遠く水平線上に慶良間諸島などが展望できる。別名「島添(しまそえ)アザナ」ともいい、往時はここに旗を立て、鐘を備えて時刻を報じた。城外、城内を眺望するには最高の場所である。



金月そば
 読谷村喜名にある「金月そば」に行きました。

 明日8日は、舅の3年忌になります。それで手伝いとして、妻の姉さんと姪が東京から来てくれたのです。そば好きの姉さんのためという口実で昼食はそばを食べに、ということです。

 この「金月そば」は、前から話は聞いていて、すぐ近くなのですが、なかなか行けませんでした。一度は行ったが閉まっていました。

 けっこう混んでいました。

 そばは、おすすめの「つけそば」を食べました。麺がこりこりっとしていてよかったです。汁も悪くなかったです。三枚肉は本当に柔らかくておいしかった。
金月そば


 沖縄そばでつけ麺というのはぼくの知る限り、ここだけです。

 おいしいことはおいしいとおもいますが、やはり沖縄そばは、汁ものがいいなと思いました。つぎはつけそばではない汁ものを食べよう。

 「金月」は「きんちち」と読むようです。方言で「金」はそのまま「きん」、「月」は「ちち」ですね。



Oblee YOMITAN 読谷店 (オブリーヨミタン)
 7日、夕食も外食です。昼、夜の外食は記憶にありません。七日はおじの四九日忌、八日は舅の三回忌なので、忙しいからでしょう。

 Oblee YOMITAN 読谷店 (オブリーヨミタン)に行きました。 オブリガードは、嘉手納にあるときからよく行きました。少し変わっていて、そしてとてもおいしいからです。メキシコ料理です。

 ぼくは、チリオムレツをいただきました。チリがいいです。甘さの中に辛さがピリッ。
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 Kyokoは、カニタスミール。ぼくも分けてもらいました。
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 姪のYukikoは生ビールを飲んで満足そうでした。



山田水車屋
 きのうは,山田水車屋に行ってそばを食べました。

 法事の手伝いで東京から義姉Keikoさんが来ています。Keikoさんは大の沖縄そばファン。沖縄に来たらチャンスがあれば沖縄そばを食べに行きます。もうすぐ帰るので,できるだけそば屋に行くことにしました。

 それで,妻Kyokoがうわさを聞いて,前から行きたいと行っていた恩納村山田にある山田水車屋に行ったのです。

 すぐに見つかりました。58号線からでも水車が見えます。ただし,少し奥の方です。

 そばはおいしかったです。麺もよかった。汁の味もぼくはいいと思いましたが,妻は塩辛いと言っていました。

 ただ,店の雰囲気などは評価できませんね。食券の自動販売機があり,そばの種類がいくつかあるのですが,そのちがいがまったく分かりません。「沖縄そば」と「水車そば」がどう違うのかまったく想像できません。ソーキそば,てぃびちそばは予想できますが。

 近くにいた店員さんに訊くと教えてくれました。

 床はすぐにも落ちてしまいそう。テーブルや建物は手作りのようですが,ぼくはあまり好きではないな,と思いました。

 水車そばを食べました。卵焼きと軟骨肉がのっかっています。フーチバージューシーもついています。これで500円はとても安いです。そしておいしかった。

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沖縄では青になっても飛び出すな
 甥が東京からやってきました。妻の車を借りて、沖縄の道をドライブに行きました。帰ってきて話していました。
 「信号が青になったので飛び出そうとすると、横から車がやってきたのでびっくりしたよ」

 沖縄の交通マナーは悪いと言われています。

 信号が変わって、赤になってもつっこんでくる車が少なくないのです。ぼくもそれはやることがあります。

 あっ、信号が変わった。赤だ。でもまだいいだろう、つっこめ! という感じです。

 でも、驚くべきことに、そういう感じで信号を無視して進んだぼくの車のあとから続いてやってくる車があるのです。ぼくでさえ信号無視だなあと思いながらつっこんでいるのですから、後ろから来る車はかなりの時間の信号無視です。

 だから、生真面目に黄色だからとブレーキを踏んだら、後ろから来る車に追突されるのではないかと思うくらいです。
 二車線の場合、赤信号で止まったぼくの車の後ろにいた車が、ぼくを抜いて信号無視をして進むことも少なくありません。

 そんな感じですから、信号が青に変わってもすぐに飛び出しては、絶対にいけません。信号が青になっても右の方からも左の方からも信号無視の車が横切って行くのです。青になったら左右をきちんと確認して、そしてちゃんと左右の車は止まったな、と分かったら車を進めるのです。

 信号というのは、赤になるとすぐにそれに交差した信号が青になるのではないように思います。赤になって、しばらくしてからそれに交差している信号が青になるのです。時差があるのです。だから、左右の車がちょっとした信号無視をしても、青になったら出発できるはずです。青になっても左右からやってくるというのはかなりの信号無視です。

 でも、実際につっこんでくる車があるので、こちらは待っていなければいけません。そういうふうに待っているものですから、信号無視しても大丈夫だろうということでつっこんでくるのでしょうね。悪循環です。

 東京では信号が赤になるとすぐに止まるのでしょう。だから、信号が青になると同時にアクセルを踏んでも大丈夫。東京の感覚で進もうとした甥がびっくりするのは当然です。沖縄では青になっても飛び出したらいけないのです。

勝連城跡
 27日(金曜日)、勝連城跡に行きました。妻Kyokoと。

  勝連城跡は、世界遺産の5つのグスクのひとつです。

 舅(曽根信一)が元気だったころに、連れていってもらいました。世界遺産になったので、もう一度行ってみたいということで出かけました。

 だいぶ整備が進んでいます。駐車場、休憩所も立派なのができています。世界遺産になるとそういう点ではいいです。訪れる人も多くなっています。

 石垣がきれいですね。ただ、写真を撮るのに少し困りました。ポイントがよく分からないのです。

 写真を写そうとしていると、かわいい小犬をつれて散歩をしているおじさんに出会いました。「かわいい!」と言うと、いろいろ芸を見せてくれました。よく教えられていると感心しました。

 石畳の階段を上って上まで。まわりが見渡せます。いいところに城はつくるべきだと思いました。

勝連城跡

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勝連城跡から見たながめ

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泡瀬 パヤオ直売店
 勝連城跡を見学してあと、途中の店でキャベツ(2個200円)とへちま(200円)を購入。

 そして、沖縄市の「泡瀬 パヤオ直売店」で、昼食。ここはけっこう知られているところだそうです。泡瀬の漁港でとれた魚介類をすぐに調理して出すとのこと。妻は友人と以前にきたことがあるとのこと。

 パヤオ定食2200円、てんぷら定食800円をいただきました。ぼくはよくその店の名前のついた定食を食べます。その店の名前をつけるのですから、自信のある料理ではないかと思うからです。

 ただ、2200円は高いな、量が多いのだろうな、食べきれるかな、どうしようかと少々迷いましたが、それに決めました。その分妻は安いもの。どうせ二人で分け合って食べるのですから、それでいいのです。

 2200円と高いのは伊勢エビをうにをつけて焼いたからです。とてもおいしいものでした。高いのですが、経験してよかった。
 てんぷら定食のてんぷらは沖縄らしい、あらっぽいものでした。

 繁盛していて、いっぱいです。
 ぼくらの席も相席になりました。隣に座った男女はどうも英語で話しています。

 妻が残ったものを持参したタッパーに詰め込んでいると、隣の若い人が「いい考えですね」と声をかけました。「次から私もそうしよう」と。

 ぼくが「どちらからですか?」と尋ねると、女性は「私は沖縄市です。上司がカナダから来て・・・」
 男性はアジア系の顔をしていましたが、カナダからだったのです。

 ぼくらの席と離れているところでは、魚の解体も見せているようで、多くの人が集まっていました。

 壁もないとなりでは、市場になっていて魚介類や野菜類も販売されています。

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パヤオ直売店 (定食・食堂 / 沖縄市)
★★★★ 4.0




米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会
 中学の歴史では、明治時代に不平等条約改正が行われたことを学びます。とても大きなことで入試頻出です。鹿鳴館でも、いろいろばかにされながらも西洋化をはかり、条約改正を行おうと必死でがんばります。

 不平等のひとつが治外法権(領事裁判権)です。

 「治外法権」とは、国際法上、特定の外国人(外国元首・外交官・外交使節など)が現に滞在する国の法律、特に裁判権に服さない権利。[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

です。

 明治の初め、外国人が罪を犯しても、日本の法律では裁けなかったのです。
 
 それは大変だと日本はそれを改正するために奮闘します。

 さて、現在日米地位協定(にちべいちいきょうてい)というのがあります。

 正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」

 1960年(昭和35年)1月19日に、新日米安保条約第6条に基づき、日本とアメリカ合衆国との間で締結された行政協定(不平等条約)

日本で裁判を受けるべき被疑者であっても、アメリカが先にその身柄を拘束した場合は、身柄が引き渡されるのは検察により起訴がなされた後である。このため、起訴までの間に充分な捜査ができない。更には重罪にも拘らず身内の行為として不当に寛大な処分がされる恐れさえある

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 これまで、沖縄で罪を犯した米軍人が日本の法律で裁かれず、アメリカの法律により、とても寛大な扱いをされてきました。

 さる11月7日、読谷村で米軍によるひき逃げ死亡事故が起こりました。

琉球朝日放送報道部
http://www.qab.co.jp/news/2009110913029.html
http://www.qab.co.jp/news/2009112013298.html

 それを日本の警察が取り調べることができないでいるのです。まさに治外法権です。明治初めの状態がまだ沖縄にはあるのです。

 明治政府は必死になって条約改正を求めて運動しました。しかし、そういう状態がまだ沖縄に残っている。それは絶対に許されないことです。

 明治政府は自分らに直接影響を及ぼすから必死に改正を求めた。しかし、いまは沖縄だ。自分らとは直接関係ない。だから、まあいいだろう。
 そう思っているのではないか。いままでの政府の態度はそう思われてもしかたないではないか。

 明日12月13日、「米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会」が読谷村文化センターで午後2時から行われます。もちろんぼくは参加するつもりです。妻も参加するといっています。

「米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会」に参加
 昨日は,「米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会」に参加しました。たくさんの村民,その他が参加していました。

琉球朝日放送「ひき逃げ死亡事件に抗議 読谷村民総決起大会」

 もう12月の中旬ともいうのに暑い日でした。会場でも陰の場所を求めて人が集まっていました。

 村長も言っていましたが,ひき逃げを行った人物がだれか特定されていながら,それを罰することもできない。そんな不条理なことがあっていいのか。ほんとうにワジワジーします。

 前にも書きましたが,明治政府は不平等条約の改正にやっきになります。鹿鳴館はそのために建てられ,毎晩のように舞踏会を行われたそうです。東洋の猿まねとあざ笑われながらもとにかく,条約を改正しようと努めた。

 その不平等条約がまだあるのです。

 ぼくは米軍人は沖縄で事件を起こしても罰せられないとたかをくくっているところがどこかにあると思います。これまで重大犯罪を犯してまったく罰せられないか,とても軽い罪で終わった例はいくらでもあります。

 もちろん,アメリカ人の中にもいい人は多いです。すべてだとは思いません。

 それでも,このような地位協定があれば,占領者意識は出てくるものです。ただでさえアメリカは自分らは偉いんだと思っているのです。

 人をひき殺してもいいのか。原点に立ち返れば,簡単なことなのです。鳩山政権は,アメリカとも平等な立場を主張しています。しかし,このような不平等条約をそのままにするということは決して平等な立場だとは言えません。
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米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会

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米軍人ひき逃げ死亡事件抗議村民総決起大会」に参加


旅もあい
 沖縄は「もあい」が盛んです。もあいとは,頼▽母子講,無尽講のことです。

たのもし‐こう【頼▽母子講】
金銭の融通を目的とする民間互助組織。一定の期日に構成員が掛け金を出し、くじや入札で決めた当選者に一定の金額を給付し、全構成員に行き渡ったとき解散する。鎌倉時代に始まり、江戸時代に流行。頼母子。無尽講。

 銀行などの金融機関を通さないで,お金を借りたり,銀行のようにお金を貸したりすることです。

 以前,福祉施設に勤め始めたころ,給料日に大きなお金が飛び交っていたので,びっくりしたことがあります。

 さて,そのもあいをつきあいの一つとしてやることが多いです。または,積み立てとして。

 ぼくらは,旅をする目的で「旅もあい」を始めました。最初は8人でしたが,途中2人が辞めました。

 毎月第3日曜日がもあいの日です。それぞれが五千円を持ってきます。会計のぼくがそれを集め,銀行に預けます。後は,飲んだり食べたりして友好を深めます。その代金は割り勘。交流をしながらお金を積み立てるのです。

 自分で積み立ててもいいのですが,何となく他に使ってしまいます。みんなで集まって積み立てるとなると,きちんきちんと積み立てられていくのです。

 始まったのが2年前の2007年12月。途中流れることがあったので,20ヶ月やりました。それで,それぞれのお金が10万円になりました。そのお金を使って,今度の山陰旅行ができたというわけです。

 旅行社(エアー沖縄美里支店)に支払ったのが,一人5万9245円。だから4万0755円は小遣いとして手元に残りました。

 旅行社への支払いの内訳(ANAチケット24000円,JR三宮、鳥取6070円,レンタカー5600円,HOTEL鳥取6195円,HOTEL出雲5830円,HOTEL萩11550円,)。

 毎月,少しずつ積み立ててきたので,負担感はほとんどありませんでした。

佐藤栄作氏のノーベル平和賞は取り消すべし
 きょうの沖縄タイムスのトップ記事は

核密約文書が存在 沖縄へ持ち込み容認/佐藤元首相遺族が保管

 沖縄返還交渉中の1969年、当時の佐藤栄作首相がニクソン米大統領と交わした有事の際の沖縄への核持ち込みに関する密約文書を、佐藤氏の遺族が保管していたことが22日、判明した。佐藤氏の次男佐藤信二元運輸相が明らかにした。(以下略)


 でした。

 やはりという感想です。

 さて、

 佐藤栄作は非核三原則やアジアの平和への貢献を理由としてノーベル平和賞を日本人で初めて受賞した人でもあります。

 受賞のころから、「なぜ、佐藤栄作が?」という声があり、ぼくも同じ感想でした。

 こんどの密約文書のことで、それがうそによって勝ち取られたものだということがはっきりしました。

 ノーベル平和賞というのは、取り消しできないのでしょうか。このようにうそによって得られたノーベル平和賞には、まったく価値がありません。取り消すべきだと思います。

 それにしても佐藤栄作氏は、自分が一番ノーベル平和賞に値しないというのを知っていたはずです。それでもそれをよくもらえたものだとあきれてしまいます。

 それに比べると、今回密約文書を公表した佐藤氏の次男佐藤信二元運輸相は、立派です。

島唐辛子で,一味
 島唐辛子を知人からいただきました。以前,別の知人Yoshihiroくんから自家製の一味唐辛子をいただいたことがあります。

 それで,今回はいただいた島唐辛子で自分で一味唐辛子を作ってみました。
 Yoshihiroくんによると,島唐辛子はとても辛いとのこと。

 唐辛子を乾燥させます。
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 そして,ミキサーに。Yoshihiroくんに聞いたら種をとらずにそのままでもいいというので,そのまま。
 あっけなく出来上がりました。
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 そして,ビンに移しました。とてもいい感じでできあがりました。種の白いところがあってかえってきれいです。
 以前,Yoshiroくんからいただいた一味を,義姉が容器に移すとき,唐辛子がまって大変だったと言っていました。今回,妻が容器に移したのですが,マスクをして行ったそうです。それでも耳などが少し痛かったとのこと。 
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 そして,食べてみました。いつもの一味唐辛子,七味唐辛子より少な目にかけたのですが,大変です。辛すぎます。辛いのが大好きなぼくでも,辛すぎて口の中がひりひりします。強烈な辛さです。ご飯を食べながらなんとか食べました。妻の前では平気な顔をしていましたが,大変でした。

 自分で作って新鮮だからかもしれませんし,やはり島唐辛子は辛いのかもしれません。

 島唐辛子の「島」は,沖縄という意味です。沖縄産の唐辛子という意味でしょう。あと,「島らっきょう」などもあります。
 飲み屋で「シマー」というと,泡盛のことです。シマンチュは,島の人で,沖縄の人です。

 唐辛子をウチナーグチ(沖縄方言)で,コーレーグスといいます。「コーレー」というのは,「高麗」のことです。高麗から伝わったということでしょう。「グス」というのは,何か知らなかったのですが,ネットで調べると「薬」「胡椒」「草」「古酒(クース)」の説があるようです。

 セルフ塾の庭にも島唐辛子があるので,近々それで一味を作ってみたいです。下はセルフ塾の唐辛子です。
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和仁屋間のテラ
 ひまわりを見たあと,和仁屋間のテラに行きました。
 せっかく,北中城に行くのだから,何か文化財でも見よう,とKyokoが主張したからです。ぼくに異論はありません。

 ネットで調べると,沖縄県の有形民俗文化財に指定されている「和仁屋間(わにやま)のテラ」があったので,そこに向かいました。

 ここはインターネットでいろいろ調べたが場所がはっきりしなません。北中城村渡口にあることは分かったので,とにかく渡口に向かいました。

4:20 コンビニのファミリーマートでガムをかって、和仁屋間のテラの写真を見せながら、店員に尋ねましたが,店員は全く知らないようで、知り合いでお客の人に尋ねてくれました。でも知らないとのこと。
 しょうがないので出て、そこに駐車している中年の女性に道を尋ねました。和仁屋間のテラを知っているとのこと。でも説明がしづらいので、付いてくるようにということで,車を走らせましたので,それについていきました。

4:34 和仁屋間のテラに到着しました。すぐ近くです。道を案内してくれた女性はとてもとても親切で、いろいろ手を尽くして、案内してくれました。その方がいなかったらとても、探すのにとても苦労をしていただろうと思われます。感謝。

 和仁屋間のテラは結構面白い作りをしていたあまり沖縄では見かけないような形の造りです。いいところに来たと思っています。
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渡口のテラ 沖縄観光情報 Webサイト:真南風プラス
 から

和仁屋間のテラ 北中城村渡口
渡口のテラは北中城村(きたなかぐすくそん)にある子授けを祈願する石造り建造物の拝所で、通称「和仁屋間(わにやま)のテラ」「浜崎(はまさき)のテラ」とも呼ばれています。テラとは一般に神の鎮座する所を指します。中には高さ50~80cmほどの砂岩が4個あり、他に小石もいくつか置かれています。琉球王府編さんの『琉球国由来記』にも登場し、権現信仰の起源や変容を知る上で貴重なもので、沖縄県の有形民俗文化財に指定されています。



4:40 和仁屋間のテラを出発し,5:30ごろ,塾に到着。その後,塾で学習援助です。

インターネットでも場所がはっきり探せなかったのでここで少し詳しく書いておきたい。

 グーグルの地図によると,位置はつぎの通り
26.30324,127.810773


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 戸口の交差点の角に牛丼とカレーの店「すき屋」があります。その隣に「最強食堂」というのがあります。以前はファミリーマートだったらしい。その裏手に空き地があって、ちょっといいったところに「和仁屋間のテラ」あるのですが、そこからは直接は和仁屋間のテラにはいけません。

 北中城村役場の方から戸口の交差点に向かって進むと、その交差点を左折して沖縄市に向かいます。すぐに右折して、細い道を入っていき、数10m進むと、和仁屋間のテラが あります。

 北中城村へ要望。村の公式ページに,観光案内,北中城の文化財が載っています。しかし,場所が記載されていません。行きたいと思った人が行けるように,地図,住所などを載せて欲しいです。
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