セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

,「トムキンスさん」・・・相対性理論入門はこれから
 古川 タク (著), ジョージ ガモフ (著),「トムキンスさん」 を読みました。マンガです。

 相対性理論って何だろうと関心のある人はこれから入ってみてはどうかと思う本です。気楽に読むことができました。

 

 「トムキンスさん」は,ジョージ ガモフ (著)「不思議の国のトムキンス」を漫画化したものです。

 下の「不思議宇宙のトムキンス」は,『不思議の国のトムキンス』の改訂版



 ジョージ ガモフ (著)「不思議の国のトムキンス」は,相対性理論や宇宙論を分かりやすく書いた本です。

 とくにおもしろいのは,光速がとても遅い街のこと。自転車に乗っている人が縮んで見えたり,色が変わったりします。とてもおもしろい発想です。以前,読みました。アインシュタインも絶賛した本だそうです。

 それをマンガにしているので,さらに分かりやすくなっています。ぼくはこれまで何とか相対性理論を理解しようといくつか本を読んできました。その中でも一番分かりやすい本だと思います。といってももともとが難しいものですから,それなりに難しいところもあります。

 ぼくはマンガが好きです。学習マンガも大好き。入門のためにマンガはとてもいいです。そういう意味でも,相対性理論入門のためには,一番最初に読んでいい本だと思いました。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 光の速さが遅いとしたら,という仮定はとてもおもしろいです。光は速すぎて理解するのが難しいです。それがとても遅いとしたら,いろいろイメージがわきます。

 それでもって説明している本があれば,理解しやすいのではないかと思います。

 生徒が文章問題を解いているとき,とても大きい数の場合はイメージがわかないからでしょうが,式を立てることができません。それを単に小さな数に代えるとすぐに式を立てることができることが少なくありません。

 また,文字式は難しいです。
 例えば,xkmを時速akmで進みました。時間はいくらかかったでしょう,という問題をとくのは難しいです。

 それを,120kmを時速40kmで進みました。時間はいくらかかったでしょう。という問題に変えると,いとも簡単にできます。

 文字式は一般的ですぐれています。しかし,イメージがしにくい。例えばでいいから,数字をもってくると理解がしやすいです。

 ぼくは,相対性理論を,光速が100kmとし,そして時速60kmの列車の中で,・・・というように具体的な数字を用いて説明すると,とても分かりやすくなるのではと思っています。

 特殊相対性原理をまじめに学んでみて,ぼくがやってみようかな。
スポンサーサイト

同時に着くようにするボートレース ”ローレンツの短縮”完全理解への二歩目
 前の記事「ボートレース ”ローレンツの短縮”完全理解への一歩」は理解できたでしょうか。

 さて,前回のボートレースでは,川の流れに垂直に進むAくんの方が,川の流れに平行に進むBくんより早く着きました。

 計算の上でもAくんが早くなるのは分かっているので,Bくんにとっては不利ですね。それで,計算の上では同時に着くようにしたいと思います。Bくんの進む距離をいくらにすればいいでしょうか。

boutrace6.jpeg

 Bくんの進む距離(片道)をSmとします。
 Bくん,行きの速度は40m/秒,帰りは20m/秒でした。
 Aくんの往復の時間は3√2/2秒でした。これで方程式を立てます

 S/40 + S/20 = 3√2/2
 S/40 + 2S/40 = 3√2/2
 3S/40 = 3√2/2
  S = 3√2/2×40/3
  S = 20√2

それで,Bくんの距離を20√2mにすれば,計算上は同時に着くと考えられます。


 鏡の国の創泰くん

 ちょっとした物語を作りました。

 中学3年生の創泰(そうたい)くんは、やっと起き出して洗面所に向かいます。昨夜遅くまで「相対性理論」の本を読んでいたのです。難しくてよく意味が理解できません。

 顔を洗ってふと鏡を見ると、自分の顔ではなく、窓の外を見ているように別の風景が目に入りました。

 野球をしているようです。創泰くんと同じ年頃の子です。中学の野球部でしょうか。しかし、少し変です。動作が緩慢です。テレビのスローモーションを見ているような感じです。
 ピッチャーがボールを投げました。スローモーションで投げるので、ボールもスローです。創泰くんには、ボールの縫い目もしっかり見ることができました。創泰くんも野球は大好きです。自分でもやります。ただ、それほどうまくはありません。

 「こんなスローボールなら、ぼくでもホームランを打つことができるよ」
 創泰くんはそう思いました。

 別のところに目を向けると、陸上競技の練習をしています。100mの競走で、タイムを計っているようです。陸上部の生徒でしょう。それらしい格好をしています。
 ピストルの合図でスタートを切りました。とてもすばらしいフォームです。でも、こちらもスローモーション。ゆっくりゆっくり走っています。
 創泰くんは思いました。「これならぼくの方が速いな」
 走るのも苦手な創泰くんですが、そう思いました。

 ゴールを駆け抜けました。
 「11秒5だ!。すごい。これなら大会で優勝できるぞ」とストップウォッチでタイムを測定している子が興奮しながら大きな声で叫んでいます。

 「あんなにゆっくり走って11秒5だって。おかしいんじゃないか。それならぼくはオリンピックにだって出られるぞ」創泰くんはそう思いました。

 遠くの方に時計が見えました。どこかの塔の時計です。じっと見ているとアップで見えるようになり、はっきりしました。秒針もついています。それを見ると秒針もスローモーションなのです。ゆっくりゆっくり動いています。

 「なんだ。ここは時計もスローモーションなんだ。これではかったらあんなにゆっくり走っても11秒5という記録が出てもおかしくないよ。時計をゆっくりするなんてインチキじゃないか」
 「この世界ならぼくはスーパーヒーローだろうな。プロ野球の選手にもなれるし、オリンピックの選手にもなれるぞ」

 そう思いながら創泰くんは、鏡に手をふれました。すると、その手がみるみる鏡の中に吸い込まれていきます。あれあれと思っているうちに、創泰くんはその鏡の世界に入り込んでいたのです。

 「よし、ぼくはこの世界でスーパーヒーローになるぞ」

 野球をしているところに駆けて行きました。そして、野球をしている少年たちに声をかけました。
 「ぼくも仲間に入れてくれよ」
 少年たちは快く受け入れてくれました。

 さっそく創泰くんのバッターからです。
「よし、ホームランをかっ飛ばしてやるぞ!」
 創泰くんは、バットを力強く振り回しながら心で叫びました。
「みんなびっくりするだろうな」
 創泰くんはバッターボックスにたちました。ピッチャーがふりかぶります。でもスローモーションではないのです。きびきびした動作です。そしてボールがやってきました。
 創泰くんはびっくりしました。スローボールがやってくると思ったら、すごいスピードボールがやってきたのです。バットを振ることもできずに呆然としてボールを見送りました。
 2球目。やはりスピードボールです。バットを振ったのですが、かすりもしません。そして、結局は三振です。

 次に陸上競技をしている少年のところに来ました。
「ぼくもいっしょに走らせてくれ」創泰くんは頼みました。野球でショックを受けているのですが、走るのはどうにかなるかもしれないとまだ少しは希望をもっています。しかし、野球を始める前の自信満々はありません。走るのももしかしたら速いのかも、と半信半疑。

 いっしょに走り出しました。少年はすごいスピードで走っていきます。創泰くんはその背中がどんどん小さくなるのを感じながら追いかけています。スーパーヒーローどころではありません。大きく差をつけられてゴール。

 見上げると時計が見えました。いま見る時計はいつものような速さで進んでいます。スローモーションではないのです。

 スーパーヒーローになるという創泰くんの夢は完全に消えました。

 振り向くと、鏡があります。のぞいてみました。お母さんが見えます。

「創泰くんはどこにいったのかね?洗面をしていると思っていたのだけれど」創泰くんをさがしているようです。

 そのお母さんを見て創泰くんはびっくりしました。その動作がスローモーションなのです。鏡の国から見ると、自分のいた世界の方がスローモーションになっているのです。

 創泰くんは、鏡に手を伸ばしました。


 

 特殊相対性理論の世界を物語りふうにしてみました。

 静止している人から見ると、光速に近い速度で動いているロケットの中の時間は遅くなります。そして、その中にいる人の動作もそれに合わせてスローモーションになるのだそうです。だから、そこにすんでいる人にとっては時計が遅れているとは感じないのです。
 逆に光速に近い速度で動いているロケットにいる人が静止している人を見るとそこでも逆に時計が遅れてスローモーションの世界なのです。ロケットに乗っている人にとっては、静止している世界の方が逆向きに光速で動いているからです。

 なお、一般相対性理論ではまたちがったようになります。特殊相対性理論では時計の遅れはお互い様ですが、一般相対性理論の世界では加速度運動をしている人の時計だけが遅れるのだそうです。  

アインシュタイン博士は、一麦酒杯博士
 徒然なるままに、考えてみました。

 鏡の国の創泰くん  の創泰(そうたい)くんという名は、「相対性理論」の「相対」にかけて名付けたものです。

 さて、アインシュタイン(Einstein)を日本語に直訳すると、何になるか考え調べてみました。

 einは[アイン]は「一」です。これは一応知っていました。学生時代、四高寮歌を歌うときに、「アイン(1)、ツバイ(2)、ドライ(3)」で始めたものです。
 stein[シュタイン]はまったく分からないので、グーグルの翻訳機能を使いました。ヤフーの翻訳は英語と韓国語しかないです。グーグルはそれに比べるととても豊富です。

 stein[シュタイン]は、「ジョッキ」でした。ビールを飲むための容器ですね。それをいろいろ考えて、漢字にしました。ビールは「麦酒」、酒を飲む容器は、「杯」です。それで「麦酒杯」でいいのではないか、と考えました。

 そして「麦酒杯」をネットで検索してみました。するとたくさん出てきました。「ジョッキ」を「麦酒杯」と書いて表している人はけっこういるのですね。

 それで、アインシュタインは、一麦酒杯になります。姓は「一麦(ひとむぎ)、名は酒杯(しゅはい)」ということでどうでしょうか。

  アインシュタイン博士は、一麦酒杯博士(ひとむぎ、しゅはいはくし)ということで。

子泣き爺と相対性理論
 子泣き爺,児啼爺(こなきじじい)を知っていますか。

 次のページから引用します。
http://www.japro.com/mizuki/migi/visdic/konakiji.html

深山で赤ん坊の泣き声が聞こえる。見つけて抱き上げるとしがみついて離れない。逃げだそうとすると重くなり(50貫、約190kg)動けなくなってしまう。この妖怪が泣くと地震が起こるとも言われる。山の中に捨てられた赤ん坊が妖怪化したものであろうか。
konakiji.jpg


 だんだんと重くなっていくのですね。

 それで,話を思いつきました。

 創泰(そうたい)くんが,山の中をサイクリングしていました。すると赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。見ると年寄りの顔をした赤ん坊が横たわって泣いているのです。
 こんなところに赤ん坊が,と気味悪く思いましたが,そのままほっておくわけにはいかないだろうと思い,背負ってつれていくことにしました。いいことに帯も持っていました。
 
 背中に赤ん坊を負ぶって,自転車に乗り,ペダルを踏みました。赤ん坊は創泰くんの背中にしがみついています。すごい力です。

 とにかく人里まで行って,おまわりさんにとどけてしまおうと,ペダルを強く踏み,スピードをあげました。するとスピードがあがるにしたがって,背中の赤ん坊の重さがどんどん重くなってくるのです。重くなってくるのでペダルを必死になって踏み続けてもスピードはあがりません。
 
 思い荷物をつんだダンプカーが坂道を必死にあえいでいることがありますね。重いとなかなかスピードがあがらないのです。

 創泰くんは,だんだん怖くなりました。それで早く街の中に入ることだけを思って必死にこぎ続けます。しかし,スピードはそれ以上あがりません。こいでもこいでもスピードはあがらないのです。背中の赤ん坊が重すぎるのです。

 「もうだめだ。疲れ切ってこれ以上自転車をこぐことはできない」
 創泰くんは,そう思ってペダルを踏むのを諦め,自転車を止めました。するとどうでしょう。背中の赤ん坊の重さが急に軽くなっていったのです。そして,振り返ってみると,赤ん坊はいなくなっていました。



 さて,いま相対性理論をいろいろ読んでいます。相対性理論によると,スピードをどんどんあげて光の速さに近づくにつれて,ロケットの質量が大きくなるそうです。そして,質量が大きいのでどんなに加速していっても光の速度を超えることはできないのです。

 上の子泣き爺と似ていませんか。相対性理論の「子泣き爺現象」と言ってもいいのではないでしょうか。
 きのう,ぼくが考えついたのですが,ほかでも言われているのかな?

特殊相対性の世界との100m走
 「鏡の国の創泰くん」のつづきです。

 自分の家に戻ってきた創泰くん,近くに住む一麦酒杯(ひとむぎしゅはい)博士に鏡の国のことを話しました。

 一麦博士は,興味深く聞いていました。創泰くんの話が終わると,言いました。「その鏡をわしに見せてくれませんか?」
「もちろん,いいですよ」と答えた創泰くん,その足で博士を家に連れてきて鏡を見せました。

 創泰くんの言ったように,スローモーションの鏡の国が見えます。
「これはおもしろい。これを使っていろいろ実験ができるぞ。この鏡を取り外してもいいかな?」
「お母さんにきいてみるよ」

 しばらくして戻ってきた創泰くんが言いました。
「替わりの鏡をつけてくれるならいいそうです」

 「もちろんだとも」
 それから,博士はすぐにいろいろ手配して鏡を取り外し,替わりをつけました。

 そして,創泰くんといっしょに学校のグランドに行きました。そこでは陸上部の人たちが練習に励んでいます。
「創泰くん,こちらの世界と鏡の世界で,100m競争をしてもらおう。どうなるだろうか,興味津々だ」

 博士の指示されたように創泰くんは動きました。まず,こちらの世界の陸上部と相談し,100m走をすることをお願いしました。快く受け入れてくれました。陸上部数人の100mのタイムを聞き,メモしました。

 次に,鏡の国に入っていって,鏡の国の陸上部に頼みました。
 100m走をすること。
 旗を振り下ろしてスタート。
 タイムを計る人(タイマー)は大きな声で秒をカウントしてもらうこと。
 100mを12秒0で走る人がふたつの世界にいたので,その人たちに走ってもらいます。

 さて,始まりました。
 旗を振り下ろして同時にスタート。
100m1.jpeg


 鏡の国のタイマーの大きな声が聞こえます。「いちびょう,にびょう,さんびょう・・・」

 でもこちらのストップウォッチよりずっとゆっくりです。こちらの時計が5秒を指しているのに,鏡の中からは「4秒」と聞こえます。
100m2.jpeg
 
 こちらの世界のランナーがゴールしました。タイムは12秒0。しかし,あちらの世界のランナーはまだ走っています。そして,タイマーは「10秒」と言っています。
100m3.jpeg

 向こうのランナーもゴール。「12秒0」という声が聞こえました。
100m4.jpeg

 博士はとても興奮しています。大きな声で笑いながら言いました。
「これは特殊相対性の世界だ。鏡の向こうの世界が光速に近い速さで進んでいるんだよ,きっと。その世界の中では時計が遅くなるんじゃよ。それがなぜこの鏡からのぞくことができるかは,不思議だが」
  

心の距離が縮まる、実際の距離が縮まる
 「心の距離が縮まる」という表現がありますね。心理的な距離を言います。親しくなって心が通い合うと、心の距離が縮まるのです。

 だから、「近くて遠い」、逆に「遠くて近い」という表現も出てきます。実際の物理的距離は近いのだけれでも、どうも心が通わないというとき、「近くて遠い」という言い方をします。

 インターネットによって、地球が小さくなった、という言い方をすることもあります。地球の裏側にいる人ともすぐに連絡がとれるようになったために、地球が小さくなったという表現をするのです。
 でも、これも実際に物理的に地球が小さくなったわけではありません。

 しかし、相対性理論では、実際に、物理的にものが縮むのです。距離が縮むのです。光の速さに近い速さで進むと、まわりのものが縮むのです。

 そこで、また話を考えました。

 与次郎くんとよし子さんはつきあって半年になりました。このところ心の距離が急速に縮まってきました。デートをしている時間はあっという間にすぎていきます。

 さて、きょうは6時にデートの約束をしています。しかし、部長との話が長引いてしまいました。もう5時35分になっています。5時に終わって、自転車でゆっくりデート場所の喫茶店に向かっても間に合うつもりでした。会社からその喫茶店までは自転車で30分はかかります。どうしても5分は遅刻しそうです。携帯電話にかけても通じません。

 しかたありません。自転車に飛び乗り、ペダルを懸命にこぎました。心の距離は縮んできたのだから、喫茶店までの距離も縮めばいいのになあ、と空想しながらこぎました。
 スピードがあがってきました。するとどうでしょう。まわりの風景が縮んで見えるのです。歩いている人はみんな細くなっています。いつもみる花屋の太った店員もきょうはスリムです。お店も車も縮んでいます。道も縮んでいます。いつもと同じようなスピードで走っているつもりなのですが、どんどん先に進めるのです。

 やっと喫茶店に到着です。時計を見ると6時2分前。間に合いました。距離が縮んだために速く着くことができたのです。


 これはまったくのフィクションです。しかし、光速に近いロケットに乗っていると、まわりの空間が縮まって、早く到着することがあるそうです。

 ミューオンという粒子の寿命は100万分の2秒程度。地球の大気にぶつかったときに宇宙線の粒子から生まれます。地上までは数百~数十kmあります。光速の99%の速さで進むことができますが、計算上はとうてい地上に到達できません。しかし、地上に到達していることが分かっているそうです。
 ミューオンが光速に近い速度で進むので、空間が縮むからなのですね。(ニュートン 相対性理論)

光速不変の原理を教える
 相対性理論の根本原理は,光速不変です。光の速さはいつでも30万kmだということです。
 問題は,「いつでも」という表現です。それをていねいに教えてもらわなければよく理解できません。いろいろ本を読んでいますが,もう少していねいに説明して欲しいと思います。いろいろな場合をいっきょに説明しているので,分かりにくいのです。

 それでぼくならということで説明してみます。現象だけです。理由は次の機会に

 まず,静止しているところから光の速さを測ります。

 ロケットの中にAさんがいます。Cさんは地球上にいて,ロケットの中が見えるとします。ロケットはまだ地球上で発射を待っています。
 Aさんが光を発しました。Aさんから光を見ると30万km/秒です。もちろん,Cさんから見ても30万km/秒ですね。
kosokufuhen.jpeg

 次に,動く歩道を考えてみます。
 空港などに,ベルトコンベアーの動く歩道がありますね。歩道が動いているので,立ち止まっているだけで前に運んでくれます。

 秒速1mで動いている歩道とします。
 AさんとBさんが歩道に立っています。Bさんから見ると,Aさんの速度は0mです。歩道の外にCさんが立っています。Cさんには,AさんもBさんも1m/秒の速さで進んでいるように見えますね。

kosokufuhen2.jpeg

 少しくどい説明をします。下の図を0秒とします。

kosokufuhen3.jpeg

 1秒後の図が下です。動く歩道に乗っているので,AさんもBさんも1m右に動いています。Cさんはそのまま変わりません。
 Bさんのものさしも歩道といっしょに右に動いています。だから,Bさんのものさしでは,Aさんはやはり0mのところにいます。

 しかし,Cさんのものさしで測るとAさんは1m右に進んでいます。だから1m/秒になっているのです。

kosokufuhen4.jpeg

 さて,Aさんが走ったとします。秒速2mで。
 BさんからはAさんの速さは,2m/秒に見えます。
 しかし,Cさんから見ると,歩道の速さも加わるので,Aさんの進む速さは3m/秒になります。

kosokufuhen5.jpeg

 以上の説明で分かる人はいいですが,少し分かりにくい人のために説明を加えます。
 走り始める瞬間の図が下のようになります。

kosokufuhen6.jpeg

 1秒後の図が下の図です。Bさんは歩道の上にいるので,Bさんも移動し,Bさんのものさしも移動します。だから,Bさんにとっては,Aさんは1秒間に2m進んだことになります。

 しかし,Cさんは止まっています。歩道は進んでいるので,その分Aさんは先に進んでいるので1秒間に3m進んでいることが分かりますね。

kosokufuhen7.jpeg

 もう一つ似た例です。
 電車の中でAさんがボールを投げます。ボールの速さは100km/秒。電車の速さは50km/秒とします。
 同じ電車に乗っているBさんから見ると,ボールの速さは100km/秒ですね。

 しかし,電車の外にいるCさんから見るとボールの速さは150km/秒になります。

kosokufuhen8.jpeg

 以上は,分かりやすいと思います。現実の,常識的な世界のできごとです。でもとても大切です。

 さて,次に光です。実は上の常識の世界とまったくちがうのです。

 20万km/秒の速さで飛んでいるロケットがあります。

 ロケットの中でAさんが光を発します。Aさんにとっては光の速さは30万km/秒です。これは常識の世界と変わりません。

 しかし,ロケットの外にいるCさんにも光の速さは30万km/秒なのです。
 常識の世界で考えると,Cさんにとってはロケットの速さも加わって40万km/秒になりそうですね。

kosokufuhen9.jpeg

 でも,Cさんにとっても光の速さは30万km/秒なのです。

 光はこのように進んでいるロケットの中でも変わりません。これが光速不変の原理です。

 だから,次の図のようにおかしなことがおこるようです。
kosokufuhen10.jpeg
kosokufuhen11.jpeg


 Aさんには,光はロケットの先の方まで進んでいるのですが,外にいるCさんにはまだ途中までしか進んでいないのです。


みるみる理解できる相対性理論
みるみる理解できる相対性理論 改訂版―特殊相対論も一般相対論も実はむずかしくなかった! (ニュートンムック Newton別冊サイエンステキストシリーズ) (大型本)

 とてもいい本です。



 相対性理論がどんなものなのかのダイジェスト版としてとても優れています。きれいなカラーのイラストで視覚的に分かるように工夫されています。

 相対性理論によって,どうなるのかということが実感できます。そして,なぜそうなるかの説明もよくされています。
 ただし,きちんと分かる説明がされているわけではありません。いまぼくは相対性理論をきちんと理解しようとがんばっているのですが,そういう点で見ると説明は粗いです。

 この本の目的は,何となくフィーリングでもいいから相対性理論を実感するということですね。そういう点では100点満点だと思います。

 前にあげた
,「トムキンスさん」の次に読む本として最適です。

アインシュタインの謎を解く 誰もがわかる相対性理論 (PHP文庫) (文庫)


 アインシュタインの謎を解く 誰もがわかる相対性理論 (PHP文庫) (文庫)
 を読みました。とてもいい本です。

 著者の三田 誠広は,小説家です。

 小説家でありながら,物理学をこんなに深く理解しているってすごいなあと感じました。
 この本は,中身が深いです。難しい内容を文だけで説明しています。とにかくすごく勉強しているなあと思います。アインシュタインの理論もよく分かるように書いています。

 ぼくは,いま特殊相対性理論だけでもきちんと理解したいということで,その方面の本をいくつも読んでいます。その中の一つとしてこの本を読みました。

 この本は初めにも書きましたが,とてもいい本です。しかし,文だけで理解させようとすることには限界があると感じました。図,式がまったく出ないのですね。そういう条件の下ではこれ以上分かりやすくできないというところまで来ていると思います。

 しかし,まだまだ納得いきません。

 相対性理論を理解するには,式の理解が必要だと思います。これまで学んだ段階で,特殊相対性理論を理解するのにそんなに難しい式は必要ありません。それをていねいに解説すれば普通の人は理解できると思っています。もう一歩でぼくは理解できると思っています。

 著者の三田誠広氏の本は,いちご同盟,パパは塾長さん,をこれまでに読んでいました。今回この本に出合い,とても興味を持ちました。そのほかに,宗教関係,そしてマルクスの本も書いているのですね。物理学をこんなに深く理解している作家が宗教,そしてマルクスをどのように書いているのか,ぜひ読んでみたいと思っています。

アインシュタインの発見


 可もなく,不可もなく,でしょうか。よくまとめてはあると思います。入門書としては,悪くないかもしれません。

 いま,最低,はくは特殊相対性原理はきちんと理解したいと思って,いろいろ読んでいますが,ぼくを満足させるものではありませんでした。
 「数式なしの超入門」と帯にあります。数式というのは,この本に限らず,悪者扱いですね。ぼくは数式をきちんと理解することで,本当に分かると最近は思っています。これまで読んだ本で,特殊相対性は,難しい数式を使わなくても理解できそうです。それをきちんと説明している本を求めています。

 さて,この本から引用します。

 第二次世界大戦後まもなく,「中間子論」ですでに物理界で名を馳せていた湯川秀樹は,プリンストン高等研究所に招聘された。湯川が渡米したとき,飛行場に出迎えてくれたのはアインシュタインであった。アインシュタインは湯川のそばに寄り,目に涙を浮かべながら「もともと原爆はドイツを目標につくられたが,不幸にして日本に二度も投下されてしまった。本当に申し訳ないことをした」と握手を求めたのである。


 特にコメントはありません。そういうこともあったんですね。


 (量子力学について)
 本書執筆辞典で,アインシュタインが正しかったのかどうかの完全な決着はついていない。これは「量子力学の解釈問題」として現在なお残されている問題である。


 そうなんですね。ぼくはアインシュタインが間違えていることが完全に定説になっていると思っていました。

 そもそも量子力学が数学的なものなのだ。


 やはり,そうなんだ,という感想です。量子力学についても入門書をいくつか読んでいますが,まったく理解できません。入門書は数式を用いないようにしています。量子力学は数式を用いないと理解できないのではないかと薄々は感じていました。

ウラシマ効果,竜宮城現象
 相対性理論で,時間が遅れる現象を「ウラシマ効果」といいます。浦島太郎が竜宮城にいたのは数日だったが,地上ではもう何年も経っていたという話が相対性理論と似ているからです。

 ぼくは,「ウラシマ効果」と「竜宮城現象」というのを区別してみてはどうかと思っています。

 浦島太郎というときは,数日過ごして竜宮城から地上にもどってみると,もう何年も過ぎていたというイメージが強いです。
 村はもうすっかり変わっていた。近くで遊んでいた子どもたちに,浦島太郎(自分)のことを訊いてみると,「そういえば,昔昔,そういう若者がいて,亀に乗って海にいったというのをおばあさんから聞いたことがある」と返ってきたとか。

 双子の兄がロケットで飛び立ち,弟が地球に残っている。しばらくして兄が地球に帰ると,弟はすっかり年をとっている。これは浦島太郎によく似ています。

 ただ,このような現象は,一般相対性理論の世界だそうです。

 一般相対性理論の世界は,加速度運動も扱うのですが,
 特殊相対性理論の世界は,等速直線運動までの世界です。

 特殊相対性理論の世界では,運動しているものの時間は遅れるという現象が起こります。しかし,運動しているものから見ると静止しているものは逆に運動しているように見えます。だから,運動しているものにいる観測者から見ると,静止しているものの時間が遅く見えるのです。

 加速度を扱う一般相対性理論でなければ,地球にもどった兄が若かったり,地上にもどった浦島太郎が地上の世界は何年もすぎていたという現象を味わったりすることはないのです。

 それで,考えてみました。

 特殊相対性の世界の現象を「竜宮城現象」と呼びましょう。
 地上から竜宮城を見る。すると,竜宮城の時計はゆっくりゆっくり進んでいる。そういう現象を竜宮城現象と呼ぶことにするのです。
 そして,たぶん竜宮城から地上を見ると,地上の時計はゆっくりゆっくり進んでいることでしょう。

 それに対して,一般相対性理論の世界では,「ウラシマ効果」が起こるのです。
 竜宮城で過ごした浦島太郎の時計はゆっくりゆっくり進んでいたのです。それに対して地上の時計は速かったのです。だから,浦島太郎が戻ったとき,地上はもうすっかり変わっていたのです。昔の恋人はすっかりおばあさんになっていたでしょう。昔話に恋人は出てきませんが。

光速度不変の原理
 光くんは、陸上競技100m走の選手です。オリンピックをめざしてがんばっています。現在の記録は10.0秒。かなりいい記録ではありますが、世界のレベルにはまだ達していません。
 それを出してからもうだいぶ経つのですが、10秒を切ることができません。走っても走っても記録は10.0秒。

 きょうも新記録をねらって走ります。しかし、あいにく台風が接近し、追い風になっています。これでは追い風参考記録にしかなりません。

 追い風参考記録というのは知っていますね。風が後ろから吹いていると、走る人は後押しをされるようなものですから、速く走ることができるのです。だから、追い風2.0m/sを超えると記録は公認されず、参考記録にとどまるのです。とにかく速く走ることができます。

 記録は参考にしかなりませんが、順位は決まります。必死で走らなければいけません。

 さて、スタートにつきました。台風の強風域に入っているようで、15m/sを越える強い風が吹いています。
 スタートしました。ほとんどの選手が追い風に乗って快調に飛ばしています。しかし、どうしたことでしょうか。光選手が伸びません。どんどん離されていきます。そしてそのままゴール。
 光選手のタイムは今回も10.0秒です。追い風ですが、いつもと変わらない記録です。

 それから1ヶ月が経ちました。また、大切な大会です。今度はリベンジで光選手も張り切っています。

 ところがあいにくの向かい風です。今度は前の方から強い風が吹いてきます。今度も15m/s。ただし前と逆で向かい風ですから、記録は伸びないと思われます。風に逆らって走らないといけません。

 スタートラインについて、スタート。他の選手は強い風でとても走りにくそうです。体が前に進みません。しかし、光選手は向かい風をものともせずに走っています。他の選手を大きく離して1位でゴールです。
 さて、タイムは。なんとまたしても10.0秒。この向かい風でこの記録はすごいです。

 追い風でも向かい風でもまたまたいろんな条件下でも光選手の記録、速度はまったく変わりません。何とも不思議です。
 だれからともなく、「光速度不変の原理」と呼ばれるようになりましたとさ。



「光速度不変の原理」というのは、真空中の光速度は、互いに等速度運動するすべての観測者に対して不変である、という原理。特殊相対性理論の基本原理の一。

 です。
 上の話はぼくが作ったものです。身近のものに喩えると分かりやすいかなと思って作ってみました。

 いま「ゼロから学ぶ 相対性理論」を読んでいます。その帯に「相対論は小説よりも奇なり」とあります。上の光選手が追い風でも向かい風でも速度が変わらないというのも本当にあったら不思議ですが、光の速度が変わらないというのは、それ以上に不思議なことです。

芥川龍之介著「藪の中」のあらすじ

 芥川龍之介著「藪の中」のあらすじです。

 青空文庫からコピーし,すじが分かる範囲で短くしてました。
 ぼくは中学生か高校生のときにそれを読みました。おもしろかったです。すごいなあと思いました。まだ読んでいない方は,ぜひ読んでみてください。ぼくのあらすじだけで終わるのはもったいないですよ。
 
 なぜ,あらすじを書いたかは次の記事に書きます。





     検非違使《けびいし》に問われたる木樵《きこ》りの物語
 わたしは今朝《けさ》いつもの通り、裏山の杉を伐《き》りに参りました。すると山陰《やまかげ》の藪《やぶ》の中に、あの死骸があったのでございます。


     検非違使に問われたる旅法師《たびほうし》の物語
 あの死骸の男には、確かに昨日《きのう》遇《あ》って居ります。昨日の、――さあ、午頃《ひるごろ》でございましょう。あの男は馬に乗った女と一しょに、関山の方へ歩いて参りました。


     検非違使に問われたる放免《ほうめん》の物語
 わたしが搦《から》め取った男でございますか? これは確かに多襄丸《たじょうまる》と云う、名高い盗人《ぬすびと》でございます。人殺しを働いたのは、この多襄丸に違いございません。


     検非違使に問われたる媼《おうな》の物語
 はい、あの死骸は手前の娘が、片附《かたづ》いた男でございます。名は金沢《かなざわ》の武弘、年は二十六歳でございました。娘の名は真砂《まさご》、年は十九歳でございます。
 武弘は昨日《きのう》娘と一しょに、若狭へ立ったのでございますが、こんな事になりますとは、何と云う因果でございましょう。

       ×          ×          ×

     多襄丸《たじょうまる》の白状
 あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。

 わたしは昨日《きのう》の午《ひる》少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子《ひょうし》に、牟子《むし》の垂絹《たれぎぬ》が上ったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。わたしはその咄嗟《とっさ》の間《あいだ》に、たとい男は殺しても、女は奪おうと決心しました。

 その内に竹が疎《まば》らになると、何本も杉が並んでいる、――わたしはそこへ来るが早いか、いきなり相手を組み伏せました。たちまち一本の杉の根がたへ、括《くく》りつけられてしまいました。わたしはとうとう思い通り、男の命は取らずとも、女を手に入れる事は出来たのです。

 泣き伏した女を後《あと》に、藪の外へ逃げようとすると、女は突然わたしの腕へ、気違いのように縋《すが》りつきました。しかも切れ切れに叫ぶのを聞けば、あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥《はじ》を見せるのは、死ぬよりもつらいと云うのです。わたしは男の縄を解いた上、太刀打ちをしろと云いました。わたしの太刀は二十三|合目《ごうめ》に、相手の胸を貫きました。すると、――どうです、あの女はどこにもいないではありませんか?


     清水寺に来れる女の懺悔《ざんげ》
 ――その紺《こん》の水干《すいかん》を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、嘲《あざけ》るように笑いました。わたしは夫の眼の中に、何とも云いようのない輝きが、宿っているのを覚《さと》りました。そこに閃《ひらめ》いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、――ただわたしを蔑《さげす》んだ、冷たい光だったではありませんか? 

 その内にやっと気がついて見ると、あの紺《こん》の水干《すいかん》の男は、もうどこかへ行っていました。わたしはよろよろ立ち上りながら、夫の側へ近寄りました。
「あなた。もうこうなった上は、あなたと御一しょには居られません。わたしは一思いに死ぬ覚悟です。しかし、――しかしあなたもお死になすって下さい。あなたはわたしの恥《はじ》を御覧になりました。わたしはこのままあなた一人、お残し申す訳には参りません。」

 夫はわたしを蔑んだまま、「殺せ。」と一言《ひとこと》云ったのです。わたしはほとんど、夢うつつの内に、夫の縹《はなだ》の水干の胸へ、ずぶりと小刀《さすが》を刺し通しました。。とにかくわたしはどうしても、死に切る力がなかったのです。


     巫女《みこ》の口を借りたる死霊の物語
 ――盗人《ぬすびと》は妻を手ごめにすると、そこへ腰を下したまま、いろいろ妻を慰め出した。おれは勿論口は利《き》けない。が、おれはその間《あいだ》に、何度も妻へ目くばせをした。この男の云う事を真《ま》に受けるな、何を云っても嘘と思え、――おれはそんな意味を伝えたいと思った。が、盗人はそれからそれへと、巧妙に話を進めている。盗人にこう云われると、妻はうっとりと顔を擡《もた》げた。おれはまだあの時ほど、美しい妻を見た事がない。妻は確かにこう云った、――「ではどこへでもつれて行って下さい。」

 妻は夢のように、盗人に手をとられながら、藪の外へ行こうとすると、たちまち顔色《がんしよく》を失ったなり、杉の根のおれを指さした。「あの人を殺して下さい。わたしはあの人が生きていては、あなたと一しょにはいられません。」――妻は気が狂ったように、何度もこう叫び立てた。盗人はじっと妻を見たまま、殺すとも殺さぬとも返事をしない。妻はおれがためらう内に、何か一声《ひとこえ》叫ぶが早いか、たちまち藪の奥へ走り出した。盗人は妻が逃げ去った後《のち》、太刀《たち》や弓矢を取り上げると、一箇所だけおれの縄《なわ》を切った。

 おれの前には妻が落した、小刀《さすが》が一つ光っている。おれはそれを手にとると、一突きにおれの胸へ刺《さ》した。


芥川龍之介の「藪の中」とアインシュタインの相対性理論
 「ゼロから学ぶ相対性理論」を読んでいます。なかなかいい本です。


 さて,そこに,芥川龍之介の「藪の中」とアインシュタインの相対性理論がよく似ていることが書かれています。とてもすばらしいところに目をつけたと思いました。

 それで,ぼくなりに書いてみます。

 芥川龍之介の「藪の中」のあらすじは次に書きました。

「藪の中」のあらすじ

 さて,「藪の中」では,女が盗人に犯される。そして女の夫が死ぬ。そこまではいいです。みんなの証言が一致しています。

 しかし,だれが男を殺したのか,まったく証言が異なっているのです。

 盗人は自分が殺したと言う。女は女で自分が殺したと言う。また男は自殺したと言う。そして,そうなったいきさつが書かれています。どちらの言い分も納得するもので筋が通っています。何が真実なのか,「藪の中」ということです。

 同じ事件であっても,見る人の立場が異なるとまったく異なってみえるということでしょうか。

 アインシュタインの相対性理論というのは,まさにそうです。

 ロケットに乗って光速に近い速さで飛んでいる人Aさんがいます。その人が地上にいる人Bさんの時計を見て
「おい,あなたの時計は遅れているよ」と言います。

 一方,地上にいるBさんは「なにを言っているんだ。遅れているのはあなたの時計ではないか」と言います。

 また,AさんはBさんに「あなたのものさしは縮んでいるよ」と言い
 BさんはAさんに「縮んでいるのはあなたのものさしだよ。」と言い返します。

 見る人によってまったく違った見え方をするのです。それが相対性理論なのです。まったく「藪の中」ではないですか。

 よく似ていておもしろいと思います。 

 前にも書きましたが,「ゼロから学ぶ相対性理論」の帯に「相対論は小説より奇なり」とあります。まさにその通りです。「藪の中」より,「相対性理論」の方が「奇」です。

相対と絶対
 「相対」と「絶対」は,対語になっています。

 相対は,他との関係の上に存在あるいは成立していること


 それに対して

 絶対は,他に比較するものや対立するものがないこと。

 です。

 それだけの説明では分かりにくいでしょうから,具体的な例で説明します。

 学力を測るものさしとして,「絶対評価」と「相対評価」があります。

 ぼくが学生のころは,学校の成績は相対評価でした。
 クラスの7%が5,22%が4,42%が3のように割合が決まっていたのです。だから,成績が5だと,「頭いいな」と言われたものです。これは他の生徒と比較しての評価です。例えば,もっと頭のいい生徒がいれば,ふつうなら5をもらえた生徒が4になることもあります。競争の世界ですね。

 それに対して,最近は「絶対評価」になっています。他の生徒と比較することはありません。かけざん九九が全部覚えたら,5というように決めるとします。すると,クラスの全員が5ということもありうるわけです。

 他と比べるのが相対で,他と関係ないのが絶対という感じです。

 100m競争をしたとしましょう。1位はAさん,2位はBさんと順位をつけるのは相対評価です。だからだれと走ったかが問題になります。遅い人のグループで走ったら1位だったのに,速い人のグループで走ったら5位だった,ということになります。

 それに比べると100mを12.0秒で走った,というのは絶対評価ですね。これはだれと走ったかは関係ない。100mを12.0秒で走ることができるという評価がでるのです。

 高校入試のようなのは相対評価です。ほかの生徒と比較して,定員以内の順位であれば合格です。ほかの生徒を蹴落とさないと合格できない。
 それに対して,英検や漢検は,絶対評価です。毎年出題される問題の難易度が同じとして,それの何%正解すれば合格ということで決まっています。ほかの生徒との競争ではありません。いっしょに仲良く合格することもできます。

 理念としては,絶対評価がいいとぼくは思います。ただ,絶対評価のものさしがきちんとしているかが問題です。英検,漢検にしても問題の難易度をきちんと把握して協会は合格ラインを決めているかどうかです。学校の絶対評価はまだまだあてにならないものです。

 いずれにしろ,絶対,相対のイメージはできたと思います。

 もう一つ,例を。

 絶対音感というのがありますね。

 ある音の高さを他の音と比較せずに識別する能力です。

 それに対して,相対音感というのは,

 ある音の高さを他の音との関係において識別する能力。


 ピアノの音を2つ出します。ピン,ポーンと別々に時間差をつけて。そして「どの音が高いですか?」と質問します。
 「最初の音の方が後の音より高いです」と答えたりします。微妙な高さの差の場合には難しいのですが,差が大きいとほとんどの人が識別できます。

 ところが,ピアノの音を1つだけ出して,「この音の高さは?」と問われても,ほとんどの人は「?????」です。
 でも,それが分かる人がいます。「これはドの音です」などと答える。そういう人は全体音感がある人です。踏切のキンコンキンコンという音の高さが分かる,というのですからびっくりです。

 このように音感にも,絶対音感,相対音感があるのですね。他の音と比較するかどうかです。

 最初の定義です。

 相対は,他との関係の上に存在あるいは成立していること
 絶対は,他に比較するものや対立するものがないこと。

 

「相対性理論」の「相対」はどういう意味か。

 ニュートンの絶対時間,絶対空間に対するものなのです。

 現在,2009年1月7日午後0時29分54秒です。

 ぼくらは普通,世界中の人が同じ時刻にいると思っています。もちろん,時差はありますが,それを調整して判断します。時の流れは,何と比較することなく,刻々と過ぎていく。一直線に同じ調子で。そういう意味で,時間が絶対なのです。

 また,日本の沖縄県読谷村座喜味****番地でぼくはPCに向かっています。それは絶対的なものです。ぼくはそう感じています。絶対的な空間です。

 しかし,アインシュタインの相対性理論によると,そのような絶対的時間や絶対的空間はない。

 光速に近いロケットにいる人の時計を,地上にいる人が見ると遅れているようにみえます。時計の進みが異なるのです。だれが時計を見るかによって,違ってくるのです。だから時間は相対的なのです。

 また,光速で走るロケットの長さは縮んで見えます。縮むのです。これもだれが見るかによって違っています。相対的な空間です。

 だから,ニュートンの絶対時間,絶対空間に対して,相対性を唱えたので,アインシュタインの理論は「相対性理論」と言うのです。

アインシュタインの小学の成績は優秀だった
 この記事は、アインシュタインの話ですが、難しくないので、気楽に読んでください。

 「ゼロから学ぶ相対性理論」から引用します。




 さて、小学生のころの成績であるが、1886年8月に母親が自分の母、つまり)、アルバートの祖母にあてた手紙に、

『きのうアルバートは成績をもらいました。またー番で、彼の通信簿はすばらしいものでした](『神は老槍にして・・・・・・)
と書いている。

  つまり、アインシュタインは、巷の噂のように落ちこばれだったわけではなく、なんと、いつも--番だったらしいのである。落ちこばれがノーベル賞をとるという話、どうやら、アルバートの学校嫌いの逸話に尾ひれがついて、いつのまにか、勝手に独り歩きをはじめたもののようだ。(p73)




 さて、1895年、アルバートは、自由な教育で知られるスイスのチューリッヒ工科人学の試験を受けた。
結果は、不合格。

 つまり、アルバートは、大学受験に失敗して、浪人生活を送ることになる。
だが、ここでも巷の噂とはちがって、アルバートが不合格になったのは、どうやら、語学の試験の成績が悪かったからであり、なんと、数学と物理学は受験生のトップだったらしい。もともと、工科大学なので、文系科目の成績がふるわなかったからといって、理数系の試験で抜群の成績を残した受験生を門前払いするのは、大学としても不本息だったに相違ない。学長じきじきの提案で、同じスイスのアーラウ州立学校にー年通って、推薦人学の資格をとることになった。

なんとも粋なはからいですねエ。
システムは悪いが、それを人間の運用が救う。
学校教育とは、本木、そういうものだと思う。(p75)



 アインシュタインは落ちこぼれだったというのは、聞いたことがあります。

 あの頭のいいアインシュタインが、小学生のころには頭が悪かった、落ちこぼれだったということになると、いま小学生で落ちこぼれでもあのようなすばらしい学者になるかもしれないという希望がもてますね。

 あのアインシュタインも落ちこぼれだったのよ。あなたもがんばればできるはずだ、と励ます人も多いかもしれません。

 しかし、真実はそうではなかったのです。

 型にはまるのは嫌いだったので、学校は嫌いだったのでしょう。学校の先生ともうまくいっていないようです。しかし、理解力はすばらしかったのでしょうね。

 そういう子をセルフ塾に入れれば伸ばせたかもしれない。

 大学受験にしても、そうです。あのアインシュタインも不合格になったというと不合格になった人は、うれしくなります。自分と変わらないではないかと。

 不合格になったことは真実です。でも、そのころから数学、物理はすばらしかった。

 語学に使う脳も数学、物理に使っていたのでしょうか。

望遠鏡効果と相対性理論
 日曜日,テレビで駅伝を見ていました。放送車が先頭のランナーの前を走ります。テレビはランナーの正面から撮しています。
 テレビ画面を見ていると,ランナーがこちらに向かって走ってくる感じです。

 さて,カメラを望遠(ズーム)にすると,ランナーの顔が大きく写ります。そして,2番手を走っている選手も近くに見えます。2番の選手の顔も大きく見えるのです。遠くのものが近くに見えます。

 すると,テレビを観ているぼくらは,2番の選手が1番の選手のすぐ近くまでせまっているように見えます。1番と2番の距離が縮まってみえるのです。今にも追いついて,抜いていってしまいそうなのです。

 でも,望遠から広角にうつると,どうでしょう。2番の選手が遠くにいってしまいます。まだまだ追いつきそうにありません。

 ズームのときには,すぐ近くまでせまっているように見えますが,実際はそうではないのです。実際に道のサインなどをもとにタイムを計ってみると,だいぶ差があることが分かりません。

 テレビで駅伝やマラソンを見たことがある人は,上の説明はよく理解できると思います。
 望遠鏡で遠くを見ると,遠くにあるものが近くに見えます。つまり,望遠鏡を見ている人とそのものの間の距離が縮まって見えるのです。目の前にあって,手を伸ばせば届きそうに見えるのです。

 相対性理論によると,光速に近い速度では物体の長さが縮むのです。距離が縮むのです。

 望遠鏡によく似ています。相対性理論の「望遠鏡効果」と言ってもいいのではないか,と思いました。

ガリレオの相対性理論
 アインシュタインの相対性理論について、素人が分かりにくいのは、ガリレオの相対性理論について十分に理解してないからだと思います。

 先日、妻の京子に相対性理論の話しをしました。その前提として、ガリレオの相対性理論を話しました。ところが、そのことも十分には理解していなかったようで、僕が改めて話しをすると驚いたように聞き入っていました。
 妻の京子は僕が云うのもなんですが、理解力が悪いわけではありません。普通以上だと思います。その妻がよくガリレオの相対性理論を十分に理解してないということは、多くの人が理解していないということだと考えられます。たから、アインシュタインの相対性理論について話しをするときには、ガリレオの相対性理論をきちんきちんと丁寧に丁寧に話す必要があるのではないかと思われます。

 多くのアインシュタインの相対性理論の入門書では、ガリレオの相対性理論は簡単にふれられていて、常識の範囲だというふうに考えているふしがあります。アインシュタインの相対性理論の本を数多く読んできました。しかし、ガリレオの相対性理論については詳しくは説明されていません。それは、ガリレオの相対性理論というのはもう常識だと考えているような偉い学者さんが書いているからです。そのような学者さんの仲間、友人たちももうガリレオの相対性理論は常識なんだと思っているでしょう。しかし、それは庶民にとってはまだまだ常識ではないのです。

 コペルニクスが地動説を唱えたときに、多くの反対者が次のような異論を唱えました。地球が動いているとしたら、物を放り投げた時にそれは同じところに落ちてこないではないか。放り投げれば地球がそのあいだに動いているのだから、ものは別のところに落ちていくのではないかというのです。
 コペルニクスはそれに十分な反論はできなかったといいます。空気が一緒に動いているから物が同じところに落ちてくるのではというような幼稚な反論をしたということです。

 それに対してガリレオの相対性理論が登場します。
 私たちが車の中で物を放り投げることを考えてみましょう。車の中で上に物を投げてもそのまま下に落ちてきます。当然のことですね。しかし、車の外からそれを眺めたらどうなるのでしょうか。ボールは物は真上にではなく斜め方向に放物線を描いて進んでいきます。そしてうまい具合に投げた人のところに落ちてくるように見えるのです。

 車の中にいる人には、真上に放り投げたものが真下にそのまま落ちてくる、そのように見えますね。しかし車の外にいる人からにとっては斜め方向に物は投げられて、そして放物線をえがいて落ちてくるのです。
 車の中にいる人と、車の外にいる人では見方がまったく違ってくるのです。見る人によって、ちがうように見えるというのが相対性理論です。

 そのあたりを十分に考えたことのない人にとっては、ガリレオの相対性理論というのは常識ではないのです。コペルニクスの地動説に反対した人が、真上に投げたものが地球が移動するうちに別のところに落ちていくだろう、そのような考え方のほうが。一般の人にとっては常識なのです。

 もちろん地動説が正しいと思ってる人の方が圧倒的でしょう。それを否定する人はかなり変わった人です。しかし、それは地動説が正しいと言われているからであって、それを十分に理解しているわけではないのです。細かいことを言えば、多くの人が中世のコペルニクスに反対した人と同じような程度の考えしかもっていないのです。

 僕は、中学生か、高校一年生のころに古典物理学の完成という本だったと思いますが、そのような本を読みました。ガリレオの相対性理論、そのような言葉は使われていませんでしたが、そのことが書かれていました。いたく感心しました。

 そこにはおもちゃの汽車が載っていました。煙突があって真上に、ピンポン玉を打ち上げることのできるおもちゃの汽車です。その汽車がとまっていているときに、ピンポン玉を上に打ち上げると、もちろんそのまままっすぐ下に落ちてきて、煙突に収まります。そのおもちゃの汽車を走らせたままピンポン玉を打ち上げます。すると、そのピンポン玉は走って行く汽車に合わせて放物線をえがいて、そして見事に煙突に落ちてくるのです。そのような連続写真がその本にはのっていました。とっても興味を持って読んだ記憶があります。それが面白くて、僕は物理学に進むんだという気持ちを強くした覚えがあります。

 その話しを妻にすると、とても驚いていました。たぶん多くの人も知らないのでしょうね。

 列の話をしましょう。飛行機から爆弾を落すのです。飛行機の中の人が見ると、爆弾は真下に落ちていくようなに見えます。しかし、実際には飛行機は前へ前へ進んでいます。だから飛行機から落とされた爆弾は前の方に投げられるような感じで、放物線を描いて落ちていくのです。

 これは簡単に実験ができます。
 消しゴムを持ってみましょう。そしては30センチほど上から離してみます。真下に落ちますね。次に、手を飛行機が動くように右から左へ動かしてみましょう。左利きの人は左から右がいいかな。
 そして、動かしている途中で消しゴムを離すのです。消しゴムはどこに落ちましたか。離した地点の真下には落ちません。そのまま左の方向に進むようにして弧を描いて落ちていきます。

 これは慣性の法則といわれています。中学生で慣性の法則は学びます。しかし、実感として慣性の法則を理解している人は少ないように感じます。

 この慣性の法則をきちんと理解して、ガリレオの相対性理論をきちんと理解すること、それがアインシュタインの相対性理論を理解する前提なのです。アインシュタインの相対性理論は、ガリレオの相対性理論の否定の上に築かれているのです。ガリレオの相対性理論されも理解できない人が、アインシュタインの相対性理論を理解することはできないのです。

 ガリレオの相対性理論は目の前で実際に簡単な実験をすることができるので、理解がしやすいです。上で紹介した、消しゴムを落とす実験をやりながらガリレオの相対性理論を説明すれば、多くの人が理解してくれると思います。だから、ガリレオの相対性理論をきちんと目の前で実験をしながら理解させる。それを十分に理解できてアインシュタインの相対性理論に移ることができれば、アインシュタインの相対性理論もより分かりやすくなると思います。

 ガリレオの相対性理論の説明から始める、それがアインシュタインの相対性理論の分かりやすい入門書を作る一つのコツだと思います。



二間瀬敏史著「カーナビからはじめる相対性理論」
今、二間瀬敏史著「カーナビからはじめる相対性理論」を読んでいます。


 カーナビは便利ですね。僕も旅行に出てレンタカーを借りたときカーナビを使いますが、とても便利だと思います。

 さて、このカーナビというのは、相対性理論がなければ全く使いものにならないそうです。時間というのは絶対的ではありません。相対的なものです。そのことを相対性理論は予言しています。そして、実際に高速で走っている衛星の場合にはそれが的中しているそうなのです。だから、それを修正しなければカーナビというのはうまく作動しないのです。

 そのことはいろんな本に書いてあります。ても、これまで読んだ本にはとても簡単に説明されているだけでした。この「カーナビからはじめる相対性理論」には少し詳しく書かれています。

 この本の8ページから9ページにかけて結論が書かれているのでその部分だけを引用します。

まず特殊相対論では運動している時計を静止している人が観測すると、運動している時計の進みは遅くなるという予言をします。GPS衛星は高度2万kmを秒速4kmで周回しています。この速度は光速度の7万5000分の1になります。これによって地上の時計よりGPS衛星の時計はゆっくりと進み、1日あたり7・1マイクロ秒遅れてしまいます。

一方、一般相対論は、重力が強いところでは時間がゆっくり進むという予言をします。この意味は重力が強いところに置いた時計を重力が弱い場所にいる人が測ると、時計の進みは遅く見えるということです。上空2万kmでの地球の重力は地表面の重力より弱いので、GPS衛星に塔載されている時計は地上の時計より1日あたり45.7マイクロ秒だけ速く進みます。

 この二つの効果を合わせると、GPSに積まれた原子時計は地上に置かれたものより1日あたり38.6マイクロ秒速く進むことになります。そしてその時間の間に電波は11kmも進んでしまうのです。

したがって何も対策をたてなければ、毎日毎日11kmずつ誤差が増えていくことになります。



 相対性理論というのは、とても遠くの世界のものという感じがします。しかし、カーナビという自分でも使ったことがあるものが、相対性理論に基づくものであるというのを知って、とても近い存在に感じました。皆さんもそう思いませんか。

 相対性理論というのは間違いだ、という人もまだいるそうです。しか、しこのような形で相対性理論は利用されているのですから、正しいと考えた方がいいのでしょう。


特殊とは?、一般とは?
  相対性理論には、特殊相対性理論と、一般相対性理論があります。この「特殊」、「一般」とはどういう意味でしょうか。

辞書で調べてみました。

いっ‐ぱん【一般】 [名・形動]
1 広く全体に共通して認められ、行き渡っていること。また、そのさま。全般。「―の傾向」「―に景気が悪い」

とく‐しゅ【特殊】 [名・形動]
3 限られた範囲のものにしかあてはまらないこと。また、そのさま。「―な原理」⇔普遍。
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]


これではよく理解できませんね。それで何かいい例えはないかと探してみました。妻と話していると、「それなら三角形がいいんじゃない?」と妻がいうので、なかなかなかいい考えだと思いました。
 それで、三角形を例に説明してみます。

 三つの角のある閉じた図形を「三角形」といいます。角が三つあれば三角形なのです。三つの線分に囲まれた図形と言ってもいいですね。

 それに対して、直角三角形,二等辺三角形、直角二等辺三角形、正三角形というものがあります。これらの三角形は、ただ角が三つあればいいというものではありません。直角三角形の場合には、三つの角のうち一つの角が直角でなければいけません。つまり、特殊な三角形なのです。

 二等辺三角形も、単に三角形であればいいというだけではなく、二つの辺が等しいという条件を満たさなければいけません。そういう意味で特殊な三角形です。
 直角二等辺三角形や正三角形はさらに特殊な三角形と言えるでしょう。

 ただ単に「三角形」という場合には、角が三つあればいいのです。そういうのは一般的な三角形と言えます。それに対して二等辺三角形、二等辺三角形などは特殊な三角形なのです。

  辞書にあった、「特殊=ある限られた範囲にしかあてはまらない」というのはそういう意味です。それに対して一般は「広く全体に共通して認められる」という意味でしたが、すべての三角形に共通するものという意味になります。

 「特殊」と「一般」の意味の違いが少しは理解していただけたと思います。

 では、相対性理論の「特殊」と「一般」の違いは何でしょうか。

 特殊相対性理論では、運動する物体について考えますが、その運動は、等速直線運動であるということです。

 等速直線運動の範囲でしか適用できないものですから、特殊相対性理論というのです。
等速直線運動というのは、そのまま字の通りで等しい速度で真っすぐ動く運動のことです。

 それに対して、一般相対性理論というのはその範囲に限らないいうことです。
 等速ではない、つまり速くなったり遅くなったりする運動も含むのです。また、直線運動だけではなく、曲がったりする運動も含みです。加速度運動にも適用されるということです。

 だから、かなり適用範囲が広がってきます。その分、とても難しくなります。特殊相対性理論は、一般相対性理論よりもかなりやさしいのです。

 


どこを基準にするか?
 ゲオルギー・ボリソヴィチ アベリヤノフ (著)「わかる相対性理論 (単行本)」に、おもしろい話がありました。



・・・・・・昔々,ある小さな町に古い教会がありました。その教会の鐘はその町のシンボルとなっていました。

 ある時いくさが起こり,この町に敵の兵士たちが侵入してきそうなので,町の住民たちはその鐘をどこかに隠すことにしました。さてどこに隠そうか?誰かが湖の中へ沈めようと言い出し,結局そうすることにしました。

 町長さんが先頭に立って,みんなで鐘を船に積みこみ,湖の中ほどまで漕いでいき,鐘を水に沈めようとしました。鐘から手をはなそうとした時,住民のー人が突然言いました。
「あとで引き上げるのはどうするんだ!」
町長さんは答えました。
「心配はいらんよ。鐘を沈めるちょうどここのところの船べりに目印の傷をつけておいたんじゃから」

 ・・・・・・何ヶ月かたちました。いくさも終り,侵入していた敵の兵士たちもいなくなりましたので,住民たちは鐘を湖から引き上げることにしました。前と同じ船をひっぱり出し,湖の中ほどまでいって船をとめました,そして前につけておいた船べりの目印の真下を捜したのです。

 しかし鐘は見つかりませんでした。
「おかしいな。鐘はどこに隠れてしまったのじゃろう。沈めた場所とまったく同じところを捜しとるに」
 町長さんにはさっぱりわけがわかりませんでした。


 町長さんのばかさには笑ってしまいます。

 でも、相対性理論を考えていると、どこを基準にしているのか、自分で分からなくなることが少なくありません。動いている時計と止まっている時計では、時間がちがいます。動いている長さと止まっている長さは、ちがいます。時間や長さは縮んでしまうのです。

 なので、いつも、これは止まっているところを基準にするのか、また動いているものを基準にするのか、はっきりさせながら考えなければいけません。それが混乱してしまうのです。
 知っている人から見れば、この昔話の町長さんのような馬鹿なことをぼくはやっているのだろうな、と思います。

ミューオンくん
 相対性理論の話しをしますが,難しくないので,読み進めてください。

 相対性理論によると,動いている物質の時間は遅くなるそうです。

 「ミューオン」という粒子があります。ミューオンの寿命は100万分の2秒程度です。しかし,実際は数百~10数キロメートル上空で生まれたミューオンは地上にまで到達していることがわかっています。これは光速に近い速さで飛ぶので,時間が遅くなるからです。

 どうですか。分かりますか。時間が遅くなることと寿命が長くなること,なんとなく関連はありそうだけど,少しはっきりしない,といったところではないでしょうか。

 それで,ぼくは次のようなたとえを考えました。それを考え出したときに自分でもすっきりした感じがします。

 「10数える間にどこまで行けるか競争しよう」ということになりました。
 ほかの子は「いち,にい,さん,し,・・・・じゅう。ここまで来たよ」という感じで,やっています。
 さて,ミューオンくんの番です。ミューオンくんは,「い~~~~ち~~~~,に~~~~い~~~~,さ~~~~ん~~~~,・・・」とゆっくりゆっくり数えたので,遠いところまで進むことができました。

 まあ,いんちきですね。そんなにゆっくりゆっくり数えていたら遠くまでいけるにきまっています。
 でも,相対性理論ではこのように時計そのものが遅れるのです。このように時計そのものがゆっくりなのです。だから,100万分の2秒の寿命しかないのに,数百キロメートルも進むことができるのです。

 だから,浦島太郎のようなことも起きます。宇宙旅行に行って帰ってみると,自分はまだ若いが,地球に残していた許嫁(いいなずけ)は,もうおばあさんになっていた,というようなことですね。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集
 ぼくが書いた相対性理論入門書「塾長先生の相対性理論、わかる授業」の原稿を読んで、感想、間違い指摘、ご意見などをくださるモニターを募集いたします。

 ぼくは、この半年余り、相対性理論を理解しようと、20冊近くの本を読んできました。そして、相対性理論を少しずつ理解するうちに、ぼくの方がもっと分かりやすい入門書を書くことができると思いました。そして、原稿を書きあげました。
 分かりやすい入門書ができあがったと思います。中学卒業程度の知識と少し考える力のある人なら、理解できると思っています。これまでの入門書をはるかに上回る分かりやすさだと思っています。

 ぼくはこれまで多くの小中学生向けの学習書を作ってきました。いいのができたと思っています。それは、実際に生徒に使わせて、何度も改訂を行ったからです。

 でも、この相対性理論入門書を塾で中学生に読ませるわけにはいきません。卒業生には声をかけたいと思っていますが、・・・。

 それで思いついたのが、セルフ塾のブログとmixiを読んでくださる読者の方に、モニターをお願いするということです。

 希望する方は、メールでご住所とお名前を教えてください。原稿をお送りします(メールではなく、紙に印刷して)。そして、どんなことでもかまわないので、ご意見をください。ご意見をくださった方には、この原稿が本になったら、その本を贈呈いたします。



名前:

メール:

件名:

本文:








 次の記事で、「まえがき」を転載します。参考にしてください。

塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(1)」

塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(2)」

塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(3)」

塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(1)」
 この半年のうちに、ぼくは20冊近くの相対性理論の本を読みました。どれもそれぞれに工夫をこらしたいい本でした。でも、わかりやすさの点では、これらの本より、ぼくのこの本の方がはるかにいいと確信しています。

 特殊相対性理論は、中学の知識でほとんど理解できます。少し高校の物理の知識も必要ですが、この本では簡単ではありますが、その解説もしています。だから、中学卒業程度の知識があり、少しじっくり考えることのできる人には、この本で相対性理論が理解できます。

 では、その自信がどこからくるかをここでは説明します。

 分かりやすい相対性理論入門の本を書くには,相対性理論についてよく知っていることと,読む人のことをよく知っていて、その読者にあわせた説明の方法を知っていることが必要です。その積(かけく算の答え)のようなものです。

 相対性理論について十分に理解している(100とします)が,読者に合わせた分かりやすい説明はよく知らない(10とします)と,100×10=1000ですね。

 逆に,分かりやすい説明はとても上手だ(100)が,相対性理論については少ししか知らなければ(10),100×10=1000です。

 ぼくは,物理学が専門ではありません。この一文を書いて,野口悠紀雄氏の本に,「『その分野の専門家ではない』と書いてある本は,読む気を失せる」というようなことが書かれていたのを思い出します。よく理解できます。でも,もう少しつきあって下さい。ぼくは,物理の専門家ではないという点では、確かにマイナスです。しかし、ぼくは分かりやすく教えることのプロだと思っています。

 ぼくは,学習塾の塾長で、実際に子どもたちの指導をしています。対象は,小学生と中学生です。いろんな子がいます。その子どもたちに,どのように分かってもらえる説明ができるかをいつも追求しています。そして、それでお金をいただいています。だから,分かりやすくするためには,どうしたらいいのかについては,プロだと思っているのです。

 分かりやすく説明する一番のポイントは,読む人がどんな人なのか,どんな思考をするのかをしっかりつかむことです。これまで、相対性理論の本を書いた人は,大学で優秀な学生しか教えたことがないのでしょう。一般の人の思考方法を知らないように感じます。だから,分かりにくい入門書になっているのです。

 ぼくは,特殊相対性理論について,70%ほどは理解しているつもりです。そして,分かりやすい説明については,かなりいいと思っています。80点としましょう。
 70×80=5600
 だから,ぼくの説明の方がずっと分かりやすいと思うのです。

 でも,内容について間違えていたら問題なので,物理の専門家に見てもらうことにします。

 ぼくは,中学生,高校生のころ,物理が大好きでした。そのころは,物理学に進もうと考えていました。成人しても,相対性理論について理解したいものだといくつも本を読んできました。なかなか理解できません。

 昨年(2009年),今度こそ,理解してやるぞと思い,何冊も続けて読みました。
 その中で分かったのです。理解できないのは,ぼくの頭が悪いというだけではない,説明が悪いんだということが。

 そして,ぼくの方が分かりやすい相対性理論の本を書けるのではないか,と思い始めました。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集

塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(2)」
 これまでの相対性理論の入門書がなぜ分かりにくいか,そしてわかりやすくするにはどうすればいいのかを説明します。

 1,まず,文字式です。
 式は悪くありません。入門書の多くが,「式を使わない」ということを謳い文句にしています。しかし,本当に分かるには,式が必要です。式を見ながら理解が進むのです。言葉だけの理解は,表面的な理解にとどまります。
 ただ,文字式だけで進む本はとても分かりにくいです。

 例えば,高校入試の問題に

「1個a円のりんごをb個買い,1000円払いました。おつりはいくらですか」
 というような問題があります。解けない生徒が,少なくありません。

 それをちょっと変えて
「1個50円のりんごを7個買い,1000円払いました。おつりはいくらですか」にします。
 これはほとんど100%の生徒が解けます。

 ぼくは,文字を数字に替えて,式を書かせ,それを文字にもどすという方法で先の入試問題を解かせます。

 これまでの相対性理論入門の本では,文字式だけでどんどん進みます。これを,最初は具体的な数字で計算し,納得させ,それから文字式で一般化するということを行えば,相対性理論はとても分かりやすくなると思っています。

 2,次は,数字が大きいと理解しにくいということです。

 先ほどの問題を
「1台850万円の車を250台買い,100億円払いました。おつりはいくらですか」
 として解かせるとします。文字式よりはいいでしょうが,りんごの場合よりも考えにくくなります。数字が大きくなるとイメージしにくくなるのです。計算が難しいというだけではありません。式を立てること自体が難しいのです。

 相対性理論は,光の秒速が30万kmの世界です。とても大きな数字が出てきます。そのままではとても理解しにくいです。イメージがしにくいのです。

 でも,いい先例があります。「トムキンスの世界」です。

 不思議の国のトムキンス (Mr. Tompkins in Wonderland) は1940年にケンブリッジ大学出版局から出版された科学空想物語で、著者ジョージ・ガモフは原子核のアルファ崩壊理論やビッグバン宇宙論で知られた世界的な物理学者です。そしてこれは、主人公トムキンスが夢の中で相対性理論や量子力学の効果が日常的に容易に観察出来る不思議な世界に入り込んで色々と思いがけない出来事を体験する、というかたちでこれら非日常的な物理の世界を解き明かす楽しい本です。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 ぼくはこれを徹底して利用しました。

 実際の光速は真空中では、毎秒299792458メートルです。1秒間に約30万km進むのですね。1秒間に地球を7回半回る速さだそうです。けたが大きすぎてイメージがわきません。

 「トムキンスの世界」では,光の速さが秒速30mになったとするのです。1000万分の1です。オリンピッククラスの100mの選手は,100mを10秒ほどで走るので,秒速10mです。

 秒速30mを時速に直してみます。30m×3600秒=108000m/時=108km/時です。高速道路を走っている車です。
 {1時間=60分,1分=60秒なので,1時間=3600秒(60×60)ですね}

 光の速さが車並みだとして考えてみると,分かりやすくなります。

 3,文字式より,言葉の方が分かりやすいということです。

 底辺をa,高さをhとすると,三角形の面積Sは次のようになる
 S=ah/2
 そう言われても,中学生は「????」という感じなのです。
 三角形の面積=底辺×高さ÷2
  は,よく分かります。

 相対性理論入門書のいくつかは,このような言葉による式を用いていますが,徹底していません。ぼくは,この本でそれを徹底しました。ただし,計算過程も言葉ですると煩雑でかえって分かりにくくなるので,文字でやりますが,結論は言葉による式にします。それだけで,意味が分かりやすくなるはずです。

 4,たとえ話は,理解を助けます。

 相対性理論においても「ウラシマ効果」というのが知られています。

 光速に近い宇宙船で宇宙を駆けめぐり、何年か後、出発地点に戻ってきたような場合、出発地点にいた人は年を取り、宇宙船にいた人は年を取らないという現象が生じ、宇宙船は未来への一方通行のタイムマシンの役目を果たす事になります。

 この状態が、日本のお伽噺である『浦島太郎』において、主人公の浦島太郎が竜宮城に行って過ごした数日間に、地上では何百年という時間が過ぎていたという話にそっくりであるため、ウラシマ効果と呼ばれています(SF同人誌「宇宙塵」主宰者の柴野拓美が命名者と言われています)。(Feペディア)

 「浦島太郎」のようなみんなが知っていることにたとえると,難しいことも分かりやすくなります。
 それで,ぼくは,子泣き爺現象,望遠鏡現象,竜宮城現象,藪の中現象などを考え出しました。うまく理解してもらえると思います。

 5,図を多用する

 図は,理解を助けます。これは多くの相対性理論入門書で行われています。それを参考にしながら,ぼくもたくさんの図で説明していきます。図も具体的な数字を用いているのでわかりやすくなっています。

 6,繰り返す部分を,ちゃんと掲載する

 相対性理論の本を書く人は,頭のいい人なのでしょうね。前に出てきた式や説明は,省いてしまうことが少なくありません。「これは前に説明しただろう」という感じです。

 ぼくらは,一度で理解し,覚えるほど頭はよくありません。前に出てきたことでも,必要なときには書き出していきます。

 読者を甘やかすな,という声も聞こえてきそうです。しかし,やはり相対性理論は難しいです。甘やかしても,それでも理解は難しいのです。読者に代わってぼくにできることはやっていきたいと思います。

 できるだけ,理解しやすいように書いていきます。しかし,それでも相対性理論は難しいです。

 これまで出版されている相対性理論入門には,「やさしい」ことをキャッチフレーズにした題が少なくありません。でも,やはり難しいのです。小説を読むような感じでは十分に理解できません。しかし,じっくりじっくり読んでもらえば,必ず理解してもらえると思います。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集


塾長先生の「相対性理論」わかる授業の「まえがき(3)」
 この本は,テーマごとに,大きな流れとして次のような段階で書かれています。読者の理解度に応じて,いろいろな段階の読み方ができます。

 まず,「たとえの世界」です。たとえ話から入ります。身近な例などをもとにして,入門です。ほんの表面だけ理解すればいいという人は,そこだけでも少しは相対性理論が分かるでしょう。

 第2段階は、「ガリレオの世界」。現実の世界です。光の速さに対してとてもとても遅い運動の場合です。私たちが実際にすごしている世界です。

 第3段階は,「トムキンスの世界」です。光の速さが秒速30mとすると,世界はどうなるか。具体的な数字を使って,その世界を紹介します。数字によって,相対性理論の世界がイメージできるでしょう。

 第4段階は,「アインシュタインの世界」です。実際の光の速さ30万kmの世界です。具体的な数字を使います。トムキンスの世界が理解できれば,問題ありません。

 5段階は,「文字式の世界」です。公式を導くには、やはり文字式が必要です。見ていると頭がくらくらする人もいるかもしれません。でも、言葉による式も交えて,分かりやすいものにするように努めました。文字式の計算過程は,途中を省くことなくていねいに書きました。でも,そこまで知らなくてもいい,という人は結論の式だけをながめるだけでもいいです。

 そして,最後にまとめとして「喫茶店にて」を入れました。湿高鰤夫くんが,恋人の羽梨稀駒子さんに,「相対性理論ではね・・・・,」と話す形にして,その章(授業)をまとめてみました。この節だけを丸暗記して,恋人に話しても尊敬されて惚れ直されるかもしれませんよ。

 ジェームズ・A・コールマン著「相対性理論の世界」(講談社ブルーバックス)には、「一般に相対性理論が理解できないものとみなされる理由は、結果が難しくて理解しにくいからではなく、信じがたいからである」とあります。
 確かにそうだと思います。時間が遅れたり、長さが縮んだり、と常識では考えられない結果となる、それが信じがたいのです。だから理解できないものとみなされていたのでしょう。

 相対性理論を学んで、これは決して一般の人にも理解ができないものではないと感じています。ぼくも専門家ではなく一般の人です。ぼくは大学では、理科系ではなく、文学部の心理学専攻に所属していました。高校では物理の勉強もしたのですが、それだけです。それだけの知識で十分にこの特殊相対性理論は理解できます。高校で学ぶ物理の知識も少しは出てきますが、それについては一応説明を加えました。だから、この本は中学3年生にでも理解できると思っています。ただし、じっくり考えることのできる中学生です。

 そして、100年も時間がたっているので、相対性理論がかなり受け入れられており、その結果も「信じがたいもの」から「信じられるもの」に変わってきているように思います。時間が遅れる、長さが縮む、ということは一般人でも何となく知っています。そしてSFの世界ではそういうことが当たり前のように行われています。
 だから 100年前よりも多くの人がそれを理解することが可能になっています。ただ、簡単ではありません。小説を読むように読んでは理解できません。ゆっくりじっくり学んでいけば、特殊相対性理論は必ず理解できます。

 この本では,特殊相対性理論だけを扱います。一般相対性理論は,特殊相対性理論よりとても難しくなります。ぼくは未だ理解できません。
 この本は,あくまでも特殊相対性理論を一応理解するということを目標にしています。特殊相対性理論も,もっと深い意味があるようです。さらに学びたい人は本格的な本で学習してください。特殊相対性理論と一般相対性理論の違いについては,最終章(第12時間目)をお読み下さい。

 別の入門書では,アインシュタインの伝記的話,相対性理論までの歴史など,おもしろい話が書かれています。しかし,この本ではそれは書いていません。この本は,特殊相対性理論の基本を理解することです。

 なお,この本を書くにあたっては多くの相対性理論入門書を読みましたが,その中でもゲオルギー・ボリソヴィチ アベリヤノフ (著)「わかる相対性理論」はとても参考にさせてもらいました。その本にある文字式を分かりやすいように解説を加えただけだとも言えます。

 では,相対性理論の不思議な世界へお進み下さい。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集



「塾長先生の相対性理論,わかる授業」の原稿,すごくいいです。力作です
 ダーライオン(dachan)さんから「塾長先生の相対性理論,わかる授業」の原稿の前半の感想などが届きました。

ダーライオン(dachan)さん,本当にありがとうございます。

 いろいろ,細かい点について,ご指摘,そして提案がありました。こんなに細かいことは期待していなかったので,とても喜んでいます。貴重で,ありがたい提案などでした。
 細かい点は,ここにふさわしくないので,感想の部分を掲載致します。


 原稿、半分まで読ませていただきました。
 感想等を下に述べます。

・ 全体。
  すごくいいです。力作ですし、構成も工夫されていて判り易い。
  私も、よくわかる相対性理論、みたいな本を読んだことがありますが、yojiさんの本は、たとえが豊富ですし、オリジナリティがあります。

  Ⅵページ 2行目の記述。「ただし、じっくりと考えることのできる中学生です。」は、少し気になります。
 やはり、多くの人に手にとってもらいたいので、たとえば、
 「特別に理科や数学が得意なわけではない中学生でも理解できますが、ときどき、じっくり立ち止まって考えるようにしてもらえば、この本をしっかり理解してもらえるとおもいます。」 といった表現にしてはいかがでしょうか?

 「藪の中」のたとえ、goodだとおもいます。私もこの小説好きです。弁護士業を通じても、「藪の中」のあらわす真理のようなもの、よく感じます。

 鏡の竜宮中学のはなし、とても面白いです。



 原稿読者モニター,まだ募集中です。これまで相対性理論の入門書を読んだが,よく理解できなかった人に,ぜひ読んでもらいたいです。
 ダーライオン(dachan)さんの文にもありますが,ぼくの原稿は,理科や数学が苦手でも,ちょっと立ち止まって考えてくれる人であれば理解できると思っています。

 とても簡単な感想でいいです。ここの部分が分かりにくかった,というようなことで構いません。それを分かりやすいように工夫して,いいものにしていきたいと思いますので。

 ご協力,よろしくお願い致します。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集

コメント,メールのブログ掲載について

 

「塾長先生の相対性理論,わかる授業」は,とても面白く、わかりやすい,本当に、読者に優しい本
 ダーライオン(dachan)さんから,後半の感想や間違いの指摘,提案などが寄せられました。ありがとうございます。本当に感謝しています。

 かなり細かい指摘などもありました。それはぼくが読めばいいことなので,省き,ここには感想などを掲載いたします。

 後半部分についての感想などをお送りします。

 さすがに難しくなってきますが、図等を駆使して、よく噛み砕かれていると思います。
 この章あたりにくると、私が読んだところ、読んでいるだけでは、正直、公式等ができるのを確かめながら読むことはしんどすぎますので、さらっと、「きっとそうなるのだろう」と思いながら読むくらいです。
 「でも要するに、運動物体の速さが速くなればなるほど、時間がかかる」ということがなんとなくわかれば、一応ついてこれている、という感じでしょうか。

 最後のほうの章は、私も、よくわからないながら、なんとか、そのエッセンスだけ理解しようと思って、読んだ感じです。
 わからなくても何となくわかってもらえればいいよ、という感じで仕方ないと思います。難しいです。

・ ひとつ気になったのは、たとえば、速度が単純な足し算にならない、運動する物体の長さが縮む等の点について、「ガリレオの世界」での記述です。
 つまり、「ガリレオの世界」であっても厳密には、相対性理論によるこれらの現象は起こっているはずです。たとえば、「長さはわずかながら縮んでいる」はずです。ですが、「限りなく0に近いので、0と『みなして』まったく差し支えない。だから、ここでは、0として後の話を進める。」ということですね。
 そういうことがyojiさんの説明でも要所要所で出てはくるのですが、さらに、ここは、毎回くどいくらいに「厳密には、ごくわずか縮んでいるけれど・・・」「厳密には、速度の和とごくわずか違っているけれど・・・」等と書いておいたほうが、かえって、読者の混乱が少ないと思います。
 つまり、そのほうが、「世界はすべて相対性理論につつまれている」(本当は)ということを理解してもらえるとおもうのです。
 そして、ガリレオの世界 と トムキンス・アインシュタインの世界で、 「違う現象が起こっている」というわけではなく、本当は「同じ現象」なのだけれど、ガリレオの世界では「0に限りなく近いものを便宜上0として計算している」だけなのだ、と考えるのが大事な点だとおもうからです。
 読んだ記述でも十分私にはその趣旨がわかるのですが、ガリレオと トムキンス で違う計算をしていることの意味に混乱してしまう人がいるかもしれません(たとえば、○桁の四則計算をやるときでも、どこかの位に「0」がでてきたら、とたんうまくいかない子がいるように。それも、「別に変わったことはない」と考えて計算できれば間違えないのですが。)

 とても面白く、わかりやすい本だと思います。
 最後のほう、公式は私も確かめて追っていくことはできませんが、ぶりおくんときくこさんの会話が助けてくれます。あの会話が一応わかればOKということで、本当に、読者に優しい本だとおもいます。



(Yojiの返信から)
ダーライオン(dachan)さん

 どうも,ありがとうございます。

 細かい点までご指摘いただき,とても感謝しております。

 いま,ざっと読んだところです。明日,ゆっくり確認しながら訂正を加えていきたいと思っています。

 これまで,テキストは生徒にさせてみながら,いろいろ工夫を加えてきました。今回は, ダーライオン(dachan)さんらに読んでもらうことで,よくなってくるように,今,実感しています。本当にありがとうございます。

 なお,また日記,ブログで使わせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

コメント,メールのブログ掲載について

相対性理論入門書、原稿のモニター募集

相対性理論は難しい
 僕の書いた「塾長先生の相対性理論わかる授業」の原稿をいろんな方に読んでいただいています。

相対性理論入門書、原稿のモニター募集
 今は退職していますが、高校で物理をおしえていたSinsei先生に読んでいただきました。

 その後のある集まりで一緒になったのですが、「途中まで読んだのだが、とてもすばらしい」と高く評価して下さいました。数点、注意を受けました。

 周りの人にも、僕が恥ずかしくなるぐらい「面白くて分かりやすい素晴らしい本だ」と絶賛し、紹介して下さいました。

 僕の兄にも読んでもらいました。

 兄は、「相対性理論は難しい」と言っています。「説明はわからないことはないが、何かごまかされている感じがする」といっています。

 相対性理論の常識とはかけ離れたことが、すぐには受け入れられないようでした。

 友人のYoshihiro君は「やはりむつかしいよ」といっています。

 何度も途中まで読んでは置いて、又暫くして読んでいるとのことです。何度も同じところを読み返してなかなか前に進めないそうです。

 話しを聞いてみると、けっこう理解しているようですが、やはり受け入れることが簡単にはできないように感じました。

 Yoshihiro君はとても理解力の高い人だと思っています。彼がむずかしいなら、多くの人にはもっと難しいだろうな、と思います。

 「兄が何かごまかされている気がすると言ってた」と話すと、その通りだと同感していました。

 だれにでもわかる説明をするのはとても難しいことだと実感しました。
Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.