セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

エンターテイメントレストランピンスポ 

手作りのシフォンケーキ。プルプルでしっとりした味わいです。プレーンが1ホール 1000円その他  紅茶・抹茶が 1500円。ご注文は完全予約制 1ホールからの受注です。是非ご賞味あれ!...
エンターテイメントレストランピンスポ 



 ピンスポのマスターがブログの更新ができないと連絡が入る。
 夜,更新の仕方を指導に行く。息子の方がよく理解し,無事更新ができるようになる。
 友人のHくんもやってくる。
 そこでシフォンケーキをごちそうになる。
 確かにおいしい。しっとりとしている。おすすめである。
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第11回世界の家庭料理フェア
きのうは,第11回世界の家庭料理フェアで名護市まで妻と出かけました。
 ネパール,タイ,スリランカ,韓国など,9カ国の家庭料理を食べました。
 いろいろな料理を食べることができ,満足。入り口で1000円の食券を購入,各コーナーで,100円から300円ずつちぎって,購入。妻と2人で各種の料理をいただきました。
 正直なところを言えば,味はいまいち。でもいろんな種類の料理を食べることができ,満足です。
 できれば,来年も行きたいです。

名護,華麗料理フェアー


華麗料理フェアー

Yojiの一日
 僕の一日の流れを書きます。

 目覚ましを9時20分にかけてあり,それで起きます。
 洗面,朝食などをとり,10時~10時30分ごろ塾に。塾へはバイクで2,3分。自転車で行くこともあります。

 午後1時30分までは,メール,mixi,をチェックしたり,ブログを書き込んだり。そして,教材作りをしています。
 今年は,プログラム学習3年さんすうの作成,基礎だけでも数学,中学英単語を覚える,などを作っています。

 2時~3時 家に帰って食事。
 3時,塾にもどって昼寝。
 4時,読書 (最近は,高校受験生の中で特に学力の低い生徒を相手に,社会,理科の一問一答をしているので,読書の時間がけずられてしまいました)
  中学生の読書のチェックもします。
 5時30分 小学部の学習
 7時15分 中学部の学習
 10時30分 中学部学習終了

 犬やねこにご飯をあげて,メールのチェックなどを行います。
 読書をすることも

 12時 犬の散歩

 1時30分 家路へ
  テレビ(録画していたもの)を観たり,入浴し,
 3時~4時 就寝

 こんなものかな。

翁長洋子さんの演奏
 23日(土)に,翁長洋子さんのアトリエコンサートがありました。
 洋子さんは,ぼくの中学3年のときのクラスメート。そして高校の同期生です。

 応援し得ているのですが,ぼくは受験指導もあり,聴きに行くことができませんでした。

 でも,それに行った人がブログ(下のURL)にそのことを載せています。
 涙そうそうの演奏も聴くことができます。
 ブログ作成者は渡久地おさむくん。首里中の同期生で,ぼくのいとこになります。

 演奏会には出席できなかったが,このブログのおかげで少しは演奏会のふんいきも分かり,とてもよかった。おさむくんありがとう。


http://www13.plala.or.jp/osamusan-t/index.htm

スターフルーツ
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スターフルーツの苗木を昨日母からもらったので塾に植えました

しばらく旅行に出ます
 3月27日(木)~4月4日(金)
 ペルーに行ってきます。

 それで,教材ご注文の方は,できれば25日(水)までにお願いします。
 留守のものに頼んでいきますから,できないことはないのですが,不慣れなので少し心配です。

 よろしくお願いします。

県民大会二次会
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県民大会(米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会)あとT氏の家で集まって飲み会
(実はぼくはちょうどその時間,どうしても抜けられない用事があり,県民大会には不参加。二次会には呼ばれていきました。みんな雨に濡れて大変だったようです。)

高志保園まつり
第17回高志保園まつり
MAPバンドの演奏

takashiho

茨城連続殺傷 妹と小学校 襲撃計画
「茨城連続殺傷 妹と小学校 襲撃計画 容疑者 不在・卒業式で断念」

きょうの沖縄タイムス朝刊,社会面の見出しです。

 これを読んでどのように解釈しますか。

ぼくは,
「茨城連続殺傷で,容疑者は,妹とふたりで小学校の襲撃を計画した。しかし,容疑者は,小学校は一度は休みのため生徒が不在,そしてもう一度は卒業式のため,小学校の襲撃は断念した」と解釈し,妹も悪い人だったんだなあ,と思いましたね。

 しかし,中身を読むと,
 「茨城連続殺傷で,容疑者は,妹を殺そうとしたが,不在だった。その後小学校を襲撃を計画したが,卒業式で断念した」とのこと。

 妻に読ませてみると,ぼくと同じ感想でした。

 テレビのニュースなどで前もって知っている人は,誤解しなかったでしょうね。

 なお,琉球新報の見出しは

「茨城・8人殺傷 小学校襲撃を計画 金川容疑者 卒業式で人多く断念」

 とあります。それは誤解のしようがない。

那覇空港
20080327120525
今からピルーに行きます。まずは成田へ今日の日程1日目 3月27日(木)
沖縄(那覇)発 12時15分 全日空(ANA)NH2159便
東京(成田)着 15:45
東京(成田)発 17:05 NH006 (空路ロサンゼルスへ)
  (9時間40分:機内食2回)
日付変更線通過
ロサンゼルス着 10:45 着後 航空機乗り継ぎ
 (米国に入国・通関・出国)
ロサンゼルス発 13:25 
  (8時間34分・機内食2回)
リマ着 23:59
 ペルーの首都リマへ<乗り継ぎ時間などを除き、約19時間
 到着後、ホテルへご案内致します。
 ホテル到着。
宿泊:(リマ泊:シェラトンリマホテル)

ロサンゼルスへ
20080327162848
成田にいます。これからロサンゼルスに向かいます。

ロサンゼルスにて
20080328044036
ロサンゼルスまで来ました。これからペルーに向かいます。はじめての外国からの更新、うまくいくか

リマのホテル
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やっとペルーのリマに着きました。リマの字が見えますか。

サンマルティノの
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ホテルの近くを散歩
2日目 3月28日(金)
リマ 午前:ホテルにてごゆっくりおくつろぎ下さい。
 朝食はホテルで
11:00:《世界遺産》リマ歴史地区観光へ<約3時間>。(黄金・銀・銅の装身具やアクセサリー類など金を中心とした発掘品を展示する黄金博物館<入場・約60分>、旧市街の中心にあるアルマス広場<下車・約20分>、カテドラル、ミラ・フローレンス地区などへご案内します)。
 昼食は市内レストラン(チキン料理)
17:30:ホテル到着。 夕食はホテルで
宿泊:(リマ泊:シェラトンリマホテル)

クスコへ
20080329232032
リマの空港 これからクスコに向かいます。今日の予定3日目 3月29日(土)
ホテル発 07時20分
リマ発 09:50 LP-071 (空路、インカ帝国時代の首都・クスコへ:1時間15分)
クスコ着 11:05 
 《世界遺産》クスコ市街観光<約3時間>。(バロック建築で南米最大の鐘があるカテドラル<下車・約20分>、サント・ドミンゴ教会<入場・約30分>、サクサイワマン城塞<下車・約30分>、アルマス広場<下車・約10分>、タンボマチャイ沐浴場<下車・約20分>などへご案内します)。
◆標高が急に上がります! 高山病予防のため,落ち着いてゆっくり行動しましょう。
バスと列車にて,アグアスカリエンテスへ。(約3時間)
着後,ホテルへ
夜:ホテル到着。 クスコより標高が低くなります(2000m)。
食事(朝:ホテル 昼:パスタ 夕:ペルー料理)
宿泊:(アグアスカリエンテス泊 ホテル:マチュペチュイン)

12角の石
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クスコの12角の石

海抜4319m
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海抜4319mのララチャ駅に 5489mのチンボーヤ山をバックに

チチカカ湖に浮かぶ島にて
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聖なる湖チチカカ湖のトトラテと呼ばれる葦でできた浮島

ナスカの地上絵
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ナスカの地上絵をセスナ機乗って見ました。感激 写真ははっきりしないけど

ニューヨーク
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ニューヨークケネディ空港です これから成田に向かいます。

ただいま
 きょうペルー世界遺産紀行から帰ってきて,コンピュータでメールなどをチェックしたところです。携帯電話からのブログ更新もできていてうれしいです。ただ,時差の関係で毎日更新してきたつもりなのに,3月31日は更新できていません。残念。

飛行機の座席がない
 7日目 4月2日(水),帰りの飛行機(LA-530:リマ発、ニューヨーク着)でのことです。
 
 飛行機に搭乗。ぼくらは38番D,Eの座席。番号を確認しながら進むと,最後尾。一番後ろだな,と思いながら座って,出発を待ちます。

 同じツアーグループのO城さん親子がやってきて,席をさがしていますが,怪訝そうな表情をしています。そして,添乗員のK原さんを見つけ,なにやら相談しています。

 K原さんがぼくのところに来ます。
 「仲松さんは38番ですよね?」
 「はい,38番です」ぼくはチケットの半券をかばんからさがしだし,指し示します。

 「O城さんの座席は39番なんですよ」
 えっ,ぼくの座席は38番で最後尾。39番なんて座席はない。O城さんのチケットを見ると,確かに39番とうたれています。飛行機会社はない席の番号を発行したのです。

 添乗員のK原さんはすぐにスチュワーデスに訴えました。スチュワーデスは,座席をチケットを見比べてからトランシーバーにむかってなにやらしゃべっていますが,なかなか解決しません。

 搭乗直後のごったがえした中でスチュワーデスもいろいろ忙しいようではあります。 

 O城さん親子はとても不安そうです。これまでいっしょに旅をしてきて仲良くなったので,ぼくも心配。飛行機は満席状態です。座席がなくて下ろされてしまうのだろうか。でも,これは明らかにこちらのミスではない。チェックインのミスだ。ダブルブッキングのようなものだ。しかし,スチュワーデスはO城さんにやさしく語りかけることもありません。

 「ここは空いているようだから,ここに座ってもいいか」
 「いや,だめだ」
 など,K原さんもいろいろやっているがなかなか解決しません。

 10分ほどはたったでしょうか,そのうち,O城さん親子も少し前の方に座ることができたようで,無事出発することができました。

 飛行機を降りてあと,添乗員に聞いてみると,座席総数と乗客総数は一致していたようで,別の番号の座席が空いていたようです。

 なんとか,無事帰ることができたので,今では笑い話としてここに書くことができますが,なんとも呆れた話です。

電波のため
 昨日は,3月31日のが更新できなかったのは,時差のせいだと書きましたが,そうではありませんでした。

 マチュピチュでその日記事を書いているのです。しかし,電波の状態が悪くて届かなかったようです。記事を書いて,送信ボタンを押して,メールが送られるのを見ていました。しかし,グループ行動なので,歩きながらの確認です。最後のところで少しおかしいようすでした。その後,電波状態を見ると「圏外」。ちゃんとできたか不安でしたが,後で「送信ずみ」のリストを見るとちゃんとあったので,送信できたと思ったのです。
 
 ブログをそこで確認すればよかったのですが,海外で携帯ということでやめました。それがいけなかったのですね。
 毎日更新のつもりだったのにとぎれてしまったのは少し残念です。でも,そういうこともあるってことですね。

 日にちはずれますが,後で掲載します。

マチュピチュ
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ついにマチュピチュに来ました。

(3月31日に更新失敗した記事です)

ペルーの差別
 アメリカは,アメリカ以北のアングロアメリカと,メキシコ以南のラテンアメリカに分けることができる。アングロアメリカは差別がきびしく,ラテンアメリカはゆるやか。ラテンアメリカでは,インディオと白人との混血がかなりあり,メソチソと呼ばれる。

 中学地理の知識です。

 さて,ペルーに行く前に本を読みました。

 その中に,白人,メソチソ,先住民の順に階層があるとのこと,ただし,それは絶対的ではなく,両親が先住民でも教育があり,スペイン語が話せ,それなりの実績があれば,メソチソとして認められるそうです。

 血によってではなく,教育によって人種的なものを乗り越えることができるというのはおもしろい。

 旅行中に現地ガイドにそれは本当なのかと問うと,そうだ,とのこと。人種間の差別もそれほどなく,白人と先住民との間の差別はあるようだとのことだった。

 また,日本人はどの位置にいるのか,との質問には,白人と同レベルだという。それは,先輩方の勤勉さのためだろうとのこと。

 日本人の勤勉さはさすがだが,今後もそれはつづくのだろうか。

 

フジモリ元大統領の人気
 ペルーの現地ガイドのGさんは,沖縄出身の2世。女性の方です。

 Gさんによるとフジモリ元大統領はとてもすばらしい方だったようでだ。

 Gさんは,フジモリさんの支持者であるだけではなく,ファンといった感じも受けました。だからある程度は割り引いて判断しなければいけないのかもしれない。

 しかし,彼女の話から,フジモリさんはたいした大統領だったんだなあ,という感じを受けました。

 彼は,大統領になる選挙で,3つの公約をかかげました。
 テロの撲滅,経済の建て直し,教育です。

 フジモリさんが大統領になる前はテロがはげしかった。いま記憶をたどると,確かにペルーは誘拐,殺人などのニュースが多い国だったと思います。日本大使館事件は,フジモリさんが大統領になってからしばらくのことです。
 その当時,テロ集団が2つありました。そのボスをフジモリさんは逮捕して,刑務所に入れ,その集団を壊滅させたのです。その後治安がとてもよくなってきました。だからこそ,日本からの観光もできるようになっているのです。
 ただ,またきびしさが欠けてきて,少しずつ治安が悪くなってきているように感じるとガイドのGさんは話していました。

 経済の安定も大きな課題でした。フジモリさんが大統領になる前のペルーはインフレが激しい国でした。それはぼくもニュースで見聞したように思います。
 それを,安定化させたのもフジモリさんの功績だとのことです。

 以前は,文盲率が90%を超えていたとのこと(そのことについては後でまたふれたい)。
 しかし,フジモリさんはペルー各地に学校を作り,すべての国民に教育を受けさせるようにしたとのこと。

 ペルー旅行前に読んだ「ナスカの壺」にも,フジモリさんのことをとても好意的に書いてありました。人気取りだという批判もあるが,それさえそれまではできなかったではないかと。

 大統領府の衛兵の交代式のとき,フジモリさんはできるだけ国民の前に顔を出した。そして,そのとき国民の歓声が大きかったそうです。

 その後を受けたトレド大統領も顔を見せたが,そのときはブーイングに嵐だったとのこと。

おつりの計算ができないペルー先住民
 フジモリ大統領が教育を重視した,ということを書きましたが,その重要性をかいま見るできごとがありました。

 聖なる湖チチカカ湖のトトラテと呼ばれる葦でできた浮島のひとつスチチュイマ島から次の島タタインチ島へ向かうときのことです。
 葦で編まれた舟に乗ってもいいとのこと。好奇心の強いKyokoに引っ張られてそれに乗り込みました。

 タタインチ島到着が近くなったころに,舟代の集金が行われました。1人2ドル。ぼくらは2人なので4ドル。しかし,さいふには細かいのがないので10ドルを支払いました。
 するとおつりとして5ドル返ってきました。みぶりで「いやちがうよ」と言います。

 Kyokoが横から
 「この人達,計算がまったくだめよ。さっきおみやげを買ったときも計算ができなかったよ」
 と言います。

 それで,Kyokoが,彼からお金をとるようにして,なんとかおつりを6ドルにして手元に6ドルが返ってきました。
 その間,彼らは私どものするがままです。

 もし,ぼくにだますつもりがあれば7ドルのおつりをもらっても,彼らはなすがままになっていたのではないでしょうか。

 毎日,観光客を相手にしているのにこんな状態です。これまでいろいろなことでだまされてきたのではないでしょうか。

 日本でなら小学1年生でさえできる計算ができなければだまされっぱなしです。

 このような島にも学校はあり,現在はみんな通っているとのことでした。フジモリ大統領はいいことをしたと思います。これからは先住民もしっかりと生活できるようになるのではないでしょうか。

高山病に,ペルーの旅
 ペルーに旅行することを考えたとき,一番気になったのは「高山病」です。
 ペルーに行って,高山病で苦しんだ人の話を聞いていたからです。頭痛が激しく,とても大変だった,ツアーの仲間全員がやられた,とのことです。

 それは大変。最近は深酒をそうしなくなって二日酔いから遠ざかっているが,二日酔いの頭痛を思い出しました。どうもそのような感じらしい。
 高山病になったんでは,せっかくの旅も台無し。

 高山病に対して敏感になりました。
 本を読んでいて,高山病に関することが出ると,ああ,ゆっくりゆっくり行動することか,酸素を吸入すればよくなくのか,などなど。

 旅行会社もそのことに配慮するようになったようで,このところ高山病対策として,旅行行程も考えているようです。そういう宣伝が目立ってきました。

 そして,いろいろあって,今年はペルーに決まりました。

 インターネットで調べて,酸素を準備しよう,と言うとKyokoは,旅行会社の説明では,ホテル,バスなどにあるから,準備しないようにって書いてある,とのこと。
 添乗員からの電話では「粉のポカリスウェットなどを準備したらいいですね。ブドウ糖はいいですから」とのこと。
 それをKyokoに伝えました。しかし,見事に忘れて出発。

 さて,さて,やはり高山病になってしまったのです。

 3日目,ラマからクスコへ。クスコの標高は3600m。すごく高いところ。ゆっくりゆっくり歩くように注意されます。
 ここでは平気,平気。
 ツアー仲間の一人の少年が不調を訴えていましたが,最初は血液の中にまだ酸素が残っているので,平気なのです。
 そこからいったんバスと列車にて,アグアスカリエンテスのホテルへ。ここは200mの低いところ。ここが今度のツアーのやさしいところ。いったん高いところに行くが,高山病予防のためにまた下るのです。

 4日目は,標高2,460mのマチュピチュです。だいぶ歩くので,少々息苦しく感じたのですが,余裕余裕です。今回のメインイベントを十分に楽しみました。添乗員さんが酸素飴なるものを持っていた3粒なめながら歩きました。けっこう効くようです。
 そして,クスコのホテルで泊まりました。

 5日目,ペルーレイル(ファーストクラス)にてプーノへ。途中,ツアー最高地点4,334mのララヤ峠を通過。だんだん高山病です。なんとなく調子が悪く,動く気がしません。気分が悪いのです。途中でとまった駅になんとか降り立ったのですが,歩きまわる気がしません。Kyokoは元気にはしゃいでいます。
 だんだんがまんができなくなり,そして,列車にある酸素ボンベで酸素吸入をしてもらいました。

 その後,できるだけ眠り,無理はしなかったのですが,酸素吸入は合計3回。ほとんど食事もとりません。レストランに行くことさえしないで部屋やバスで寝ていることも数回。朝,ヨーグルトを食べることができれば,あっきょうはまだ調子いい,と行った感じでした。
 シルスタニ遺跡観光も完全パス。後でKyokoが撮った写真を見て,こんなところに行って来たのか,と。
 その間,バスで眠っていました。

 一度夜中に頭痛がして頭痛薬を飲んだことはありますが,たいしたことなし。特に吐き気ということでもない。なんとなくだるくて動けないのです。動こうとも思わない。とにかく横になっていたいのです。

 他のツアーの仲間はほとんどが元気。ぼくより高齢の人も,小学生も,女性もいます。まだまだぼくの方が強いと思うのですが。ぼくが気分悪そうにしている列車の中でおしゃべりとしたり,手相占いをしたり,みんな楽しそうにしていました。ぼくが一番ひどかったようです。酸素吸入3回は一番多い。でも,途中でグループから離れて下山ということもなかったのはまだベターだそうです。

 そして,リマに。ここは太平洋も見える,標高が低いところです。ここに来たとたんに元気になりました。やはり高山病だったのですね。

 なぜ,ぼくがこんなにひどかったのか。
 ぼくの心臓から出てくる大動脈と大静脈は逆についていつそうです。健康診断の時にレントゲンでいつもひっかかります。そのために酸素交換効率が悪いのではないか。そう思いました。
 しかし,診療所の医者にたずねると,そうではないだろう,疲れていたのではないですか,とのこと。

 そうかなあ,と想いながら,まだなぞのままです。


翁長洋子筝曲院アトリエコンサート
翁長洋子コンサート
 4月24日,中学3年のクラスメート,翁長洋子さんから次のようなメールをいただきました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

翁長洋子筝曲院
アトリエコンサート
Vol.7
~日日新~HIBIARATAシリーズ
「うりずんの風」

4月27日(日)
2時30開場3時開演
チケットは35名様限定で要予約です。
2500円
(お茶とおやつ付)

場所:翁長洋子筝曲院首里
お問い合わせ:090ー8293ー8829まで

出演

「守ネ豊箏門中」しゅれいくとぅむんちゅう翁長洋子 優子 良忠

ゲスト
歌 三線
野村流師範 比嘉康春
歌 花井玲子
フルート 眞栄田えり子



このコンサートでは その時々に合わせ 選曲や曲順はランダムで出演者同志ト~
クを交えて進行します。

興に乗れば 思い切った新しいバ~ジョンも飛び出し 間近な観客と楽しいひとと
きを共有していきたいと企画しています。

主な曲目予定

新曲「春の海」・現代曲「道化師」~フルートとの共演

古典曲「六段の調べ」~古文調歌詞入り~

「仲風」他
比嘉康春氏の歌三線

おなじみの「かぎやで風」は
趣を変えて 翁長の17弦筝と比嘉康春の歌三線の共演でお届けします。

翁長作曲
「琉球・四季おりおり」より~春~ 他

比嘉康春による
春にちなんだ新曲作品も披露する。

うりずんの風の彩りを音に載せて!

「忙中閑有り」

御都合に合わせて
ご一報下さい♪

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 都合をつけて行きました。スクーターで1時間かけて。
 よかったです。生の演奏はいいですね。それもすぐ間近で聞くことができて。

 いろいろ工夫していて,素人のぼくにも楽しめました。歌,フルート,三線との競演。そして,洋子さんの息子さん,娘さんとといっしょ。息子さんのギターとの共演もありました。親子でひとつのことができるっていいですね。
 息子さんとはmixiで知り合ってはいましたが,直に会うのは初めて。やはり感じのいい青年でした。

 ぼくにとって一番よかったのは「かぎやで風」。恥ずかしながら,ぼくは世界がせまいので比嘉康春さんのことは知りませんでした。いまネットで調べると,沖縄芸大の助教授で古典の専門家のようです。その場にいらっしゃる方はみなさんご存じだったようですが。
 新しいことも取り入れているようでしたが,それはどこだかぼくには分かりません。でも,琴,三線,歌がいっしょになって,とてもいい気持ちで聴くことができました。

ぼくの目の前に柱があって,その隙間から,フルートの眞栄田えり子が何とか見えます。


故意に音をずらす沖縄三線
 昨日の翁長洋子筝曲院アトリエコンサートで,おもしろいと思ったことがありました。
 野村流師範 比嘉康春さんとの共演のときです。

 沖縄の三線では,微妙に違う音を出すらしいのです。

 以下,ぼくの解釈を含めながら書きます。ぼくの解釈が正しいかどうか,後で翁長洋子さんに読んでもらいたいと思います。

 ドとレの音の違いは1音です。ミとファの音は半音。要するに0.5音ずつずれているのです。
 さて,三線には,0.1音,0.2音のずれを故意に出すことがあるらしいのです。
 例えば,ド,ミ,ソと弾くところをド,ミ,ソの,ソがふつうのソより0.1か0.1音高いところを弾く。
 三線にはフレームがありません。だから指を少しずらすとソの0.1音高い音を出すことができます。逆に言えば,耳がよくなければソの音を出しているつもりが0.1音高い音になってしまう。怖い楽器です。
 比嘉康春さんは,こういう感じと,指をスゥーとずらして音を出していました。

 モーツアルトの交響曲に「不協和音」というのがあります。ふつうの和音では物足りないモーツアルトが故意にふつうでは耳障りな音を加えた。それがまた斬新な音となったようです。そこが天才なのでしょうね。
 それを沖縄の三線はやっているのだろうな,とぼくは感心しました。
 洋子さんは絶対音階のある人には,沖縄の三線の音は耳障りでいやそうだ,と言っていました。

 ここまでもおもしろいと思いましたが,話は続きます。

 洋子さんが古謝美佐子さん,屋良文雄さんとセッションをした。そのとき急に古謝美佐子さんが歌を歌い出したそうです。天からふってくるようにメロディーがわいて来たのだろうと洋子さんは言っていました。それもまた天才技です。

 ただ,それがレイテン何音かのずれがあったらしいのです。洋子さんは琴ですから箏柱(ことじ)をずらして対応したそうです。しかし,ピアノの屋良さんはどうしようもなくて最後まで鍵盤をたたくことはできなかった。ピアノも弦楽器だが簡単にずらすことはできないですからね。

 さて,洋子さんに質問。三線ではあるひとつの音を故意にずらすのですね。
 古謝美佐子さんの場合にはキー音が最初からずれていて,全体的にずれた音になっていたということですか?
 
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