セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

分数のわり算はなぜひっくり帰してかける
分数でわるとき,なぜひっくり返してかけるのか,

「分数でわる意味・・・清水義範氏の説明」ということで前に書いたことがあります。
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-68.html

  「数と計算の意味がわかる」の中に別の説明があり,そういう説明もあるのか,と感心しました。



ぼくなりに書いてみます。

(Ⅰ) ふつう,速さは一定の時間で進む距離で表します。
たとえば,1秒間に30m進んだ。これは秒速30mといい,30m/秒と書きます。

 さて,秒速30mで進む物体がある。120m進むのには何秒かかるか。

 120m÷30m/秒=4秒

 時間(秒)=距離(m)÷速さ(m/秒) です。

(Ⅱ) しかし,一般に速さを競うときには,一定の距離をどれだけの時間で進むかを調べます。

 例えば,100m競走をさせる。いっせいに走る。Aくんが1着,Bくんが2着,Cくんが3着なら,そのままAくん,Bくん,Cくんの順に速いということがだれにでも分かります。

 いっしょに走れない場合には時間(タイム)をはかればいいですね。

 100m競争のタイムで,Aくんは13.0秒,Bくんは13.1秒,Cくんは13.2秒だったら,Aくん,Bくん,Cくんの順に速いということがだれにでも分かります。

 それで,1mを走るのに何秒かかるかということで速さを求めてもいい。
 100mを13.0秒で走るAくんは1mあたり,0.13秒,0.13秒/m ということになります。

 さて,1m進むのに3秒かかる物体があります(3秒/m)。
 20m進むのに何秒かかりますか。

3秒/m×20m=60秒 ですね。

 交換法則で,3秒/m×20m=20m×3秒/m だから,
 時間(秒)=距離(m)×速さ(秒/m)
 
(Ⅲ)3秒で4m進む物体があります。
  秒速は 4m÷3秒=4/3(m/秒) になりますね。
それが100m進むのにかかる時間はいくらか。

 (Ⅰ)でやったように
 時間(秒)=距離(m)÷速さ(m/秒) ですから,
100m÷4/3(m/秒)

(Ⅳ) (Ⅲ)と同じ問題。
3秒で4m進む物体があります。
  この物体が1m進むのにかかる時間は
  3秒÷4m=3/4(秒/m) になりますね。
それが100m進むのにかかる時間はいくらか。

 (Ⅱ)でやったように
  時間(秒)=距離(m)×速さ(秒/m) ですから,
100m×3/4(秒/m)


(Ⅲ)と(Ⅳ)は同じ問題だから,

100m÷4/3(m/秒)=100m×3/4(秒/m)

 ほら,分数のわり算は,ひっくり返してかけるになりましたね。
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1/2 + 1/3 = 2/5 ???
 「数と計算の意味がわかる」を読みました。


とてもおもしろい本です。意味がわかるというのはおもしろいものです。小学生低学年レベルからかなりのレベル(大学生?)までの話題があります。興味のもてるところまで読めばいいでしょう。途中まで読んでほうりだしても読む価値があります。ぼくは最後まで読みましたが,難しいところは理解できないままにスルーしました。
 その中からおもしろいのをひとつ。ぼくなりに書いています。

 1/2 + 1/3 では,通分して 3/6 + 2/6 = 5/6  ですね。

 それを 1/2 + 1/3 = 2/5 とした。

 よくある間違いのパターンです。分子同士,分母同士をたしてしまったのです。

 しかし,なぜそんな間違いをしたのか先生がたずねてみた。
 すると1人の生徒が答えた。

Aには, ぶたが2匹いた。そのうちの1匹は黒ぶた。
だから黒豚は1/2( ○ ● )

又Bにはぶたが3匹いた。そのうちの1匹は黒ぶた。
だから黒豚は1/3 ( ○ ○ ● )

 AとBのぶたをひとつにまとめた。1/2 + 1/3
 するとぶたは全部で5匹。そのうち黒ぶたは2匹。
 つまり黒ぶたは2/5ひき。( ○ ○ ○ ● ● )

 だから,1/2 + 1/3= 2/5  

 ????????????

 正しいのじゃない? ねえ?

 どこがおかしいのか。この本を読んでください。

HONDA Spacy 125
昨日届けられました。
 
 HONDA Spacy 125 です。

 前に乗っていたのが,何度もバッテリーがすぐだめになるし,先日はタイヤに空気を入れようとしたら,空気口がぼろっと落ちてしまったのです。
 それで思い切って購入。前のは8年くらいは乗っているのではないかと言われました。バイク屋さんにHONDA Spacy 125

故意に音をずらす沖縄三線
 昨日の翁長洋子筝曲院アトリエコンサートで,おもしろいと思ったことがありました。
 野村流師範 比嘉康春さんとの共演のときです。

 沖縄の三線では,微妙に違う音を出すらしいのです。

 以下,ぼくの解釈を含めながら書きます。ぼくの解釈が正しいかどうか,後で翁長洋子さんに読んでもらいたいと思います。

 ドとレの音の違いは1音です。ミとファの音は半音。要するに0.5音ずつずれているのです。
 さて,三線には,0.1音,0.2音のずれを故意に出すことがあるらしいのです。
 例えば,ド,ミ,ソと弾くところをド,ミ,ソの,ソがふつうのソより0.1か0.1音高いところを弾く。
 三線にはフレームがありません。だから指を少しずらすとソの0.1音高い音を出すことができます。逆に言えば,耳がよくなければソの音を出しているつもりが0.1音高い音になってしまう。怖い楽器です。
 比嘉康春さんは,こういう感じと,指をスゥーとずらして音を出していました。

 モーツアルトの交響曲に「不協和音」というのがあります。ふつうの和音では物足りないモーツアルトが故意にふつうでは耳障りな音を加えた。それがまた斬新な音となったようです。そこが天才なのでしょうね。
 それを沖縄の三線はやっているのだろうな,とぼくは感心しました。
 洋子さんは絶対音階のある人には,沖縄の三線の音は耳障りでいやそうだ,と言っていました。

 ここまでもおもしろいと思いましたが,話は続きます。

 洋子さんが古謝美佐子さん,屋良文雄さんとセッションをした。そのとき急に古謝美佐子さんが歌を歌い出したそうです。天からふってくるようにメロディーがわいて来たのだろうと洋子さんは言っていました。それもまた天才技です。

 ただ,それがレイテン何音かのずれがあったらしいのです。洋子さんは琴ですから箏柱(ことじ)をずらして対応したそうです。しかし,ピアノの屋良さんはどうしようもなくて最後まで鍵盤をたたくことはできなかった。ピアノも弦楽器だが簡単にずらすことはできないですからね。

 さて,洋子さんに質問。三線ではあるひとつの音を故意にずらすのですね。
 古謝美佐子さんの場合にはキー音が最初からずれていて,全体的にずれた音になっていたということですか?
 

翁長洋子筝曲院アトリエコンサート
翁長洋子コンサート
 4月24日,中学3年のクラスメート,翁長洋子さんから次のようなメールをいただきました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

翁長洋子筝曲院
アトリエコンサート
Vol.7
~日日新~HIBIARATAシリーズ
「うりずんの風」

4月27日(日)
2時30開場3時開演
チケットは35名様限定で要予約です。
2500円
(お茶とおやつ付)

場所:翁長洋子筝曲院首里
お問い合わせ:090ー8293ー8829まで

出演

「守ネ豊箏門中」しゅれいくとぅむんちゅう翁長洋子 優子 良忠

ゲスト
歌 三線
野村流師範 比嘉康春
歌 花井玲子
フルート 眞栄田えり子



このコンサートでは その時々に合わせ 選曲や曲順はランダムで出演者同志ト~
クを交えて進行します。

興に乗れば 思い切った新しいバ~ジョンも飛び出し 間近な観客と楽しいひとと
きを共有していきたいと企画しています。

主な曲目予定

新曲「春の海」・現代曲「道化師」~フルートとの共演

古典曲「六段の調べ」~古文調歌詞入り~

「仲風」他
比嘉康春氏の歌三線

おなじみの「かぎやで風」は
趣を変えて 翁長の17弦筝と比嘉康春の歌三線の共演でお届けします。

翁長作曲
「琉球・四季おりおり」より~春~ 他

比嘉康春による
春にちなんだ新曲作品も披露する。

うりずんの風の彩りを音に載せて!

「忙中閑有り」

御都合に合わせて
ご一報下さい♪

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 都合をつけて行きました。スクーターで1時間かけて。
 よかったです。生の演奏はいいですね。それもすぐ間近で聞くことができて。

 いろいろ工夫していて,素人のぼくにも楽しめました。歌,フルート,三線との競演。そして,洋子さんの息子さん,娘さんとといっしょ。息子さんのギターとの共演もありました。親子でひとつのことができるっていいですね。
 息子さんとはmixiで知り合ってはいましたが,直に会うのは初めて。やはり感じのいい青年でした。

 ぼくにとって一番よかったのは「かぎやで風」。恥ずかしながら,ぼくは世界がせまいので比嘉康春さんのことは知りませんでした。いまネットで調べると,沖縄芸大の助教授で古典の専門家のようです。その場にいらっしゃる方はみなさんご存じだったようですが。
 新しいことも取り入れているようでしたが,それはどこだかぼくには分かりません。でも,琴,三線,歌がいっしょになって,とてもいい気持ちで聴くことができました。

ぼくの目の前に柱があって,その隙間から,フルートの眞栄田えり子が何とか見えます。


心理学の守備範囲
 心理学の中身に入る前に心理学の守備範囲をはっきりさせた方がいいと思います。

 人間の行動は,心理学の分野と生物学の範囲に分かれると言っていいでしょう。

 生物学の範囲は,ある意味では,心理学の何倍も何倍も広い。まず「人間の行動」という前に人間でなければいけません。それは生物学の範囲です。人間という高度に学習をする生物はどのようになっているのかを研究するのは生物学です。(ぼくはいま生物学というのをかなり広い意味に使っています。)

 いま人間行動に関して,生物学の範囲で大切なものは,脳科学,遺伝子科学,そして栄養学です。

 脳はどのようなもので,どのように働くのか。人間の行動は脳がつかさどっていると言われますが,それを知る必要があります。
 そして,その脳もですが,人間は遺伝子の情報によって子どもに伝えられます。例えば「頭のよさ」は遺伝子かどうか,といったことも知りたいところです。
 最近,脳と遺伝子の研究は飛躍的に進んでいて,その分野で人間の行動について学ぶことはとても大きいです。

 そして栄養学も大事です。脳が学習の中心ですが,脳はタンパク質でできています。そして糖をエネルギーとして働いています(この辺り専門ではないのでかなりおおざっぱです)。だから成績を伸ばすためには,栄養面での気配りも大切です。朝食をとるかどうかということが話題になりますが,そういう意味で大切。

 さて,なぜこのような面倒なことを書くのか。

 かなり前のことです。心理学者(行動主義者)のワトソンはこう書いています。(本は持っているのですが,記憶で書きます)

 「私に3人の赤ちゃんを与えてください。1人は医者に,1人は弁護士に,そして1人は泥棒に育ててみせましょう」

 つまり,彼は学習だけによって何でもできると思ったのです。
 昔,経験主義の哲学者ジョン・ロックは,「人間は白紙の状態で生まれる」と説きました。生まれたときは白紙で,その後の学習によっていろいろ書き込まれて,いろいろな人間になると考えたのです。

 しかし,ぼくはロックもワトソンも間違えていると考えています。

 人間は学習だけはない,生物学的なことがかなり大きく作用しているのです。白紙ではなく,かなり書き込みがされた状態で生まれてくるのです。もちろん余白はたくさんありますが。
 そのことを認識していなければ,自分と全能の神のように思ってしまいます。
 セルフラーニングができないのは,自分の意志が弱いからだ,この子が伸びないのは,私の指導のせいだ,子どもには無限の可能性がある,だから育て方によってこの子は医者にもなれるはずだ,などなど。

 確かに,学習の力もかなりのものです。しかし,それは生物学の範囲にかなり制限を受けているのです。自分にはできないことが山ほどあるんだ,しかたのないことだと悟らないといけないのです。

 要するに,肩の力を抜いてリラックスしてセルフラーニングを行うということが必要だということを書きたかったのです。

ねこの散歩


ねこが散歩を好きだって知っていますか。

 犬の散歩にでかけるとねこの「よし子」がついて来るのです。

 ただし,いっしょにこちらに合わせて歩くのではなく,このように後ろにいて名前を呼ぶとかけてきて,前に行く。まったくのマイペースです。
 このように,ぼくのところではなくすり抜けて行くのは「ねこのプライド」でしょうか。犬とはちがうところ。

 塾の後ろは畑になっているので,車もほとんど通らない安全なところです。ときどき道の真ん中に寝転がります。さとうきびが刈られて見晴らしがよくなっています。

 散歩が好きなのは,よし子だけではありません。これまでねこと何匹も飼ってきましたが,ほとんどのねこがそうです。

心理学を学ぶ意義
 ぼくは大学で心理学を専攻しました。そしてその後,いろいろなことを考えるときに心理学の知識を利用しています。セルフラーニングに関してもそうです。

 塾の生徒に読書をさせているのですが,その中に星新一の「服を着たゾウ」というのがあります。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
 ある催眠術師が動物園にやってきて,いたずらでゾウに催眠術をかけた。「おまえはゾウではない,人間なのだ」と。
 催眠術師はそのまま帰る。催眠術がかかったことも知らずに。
 ゾウは催眠術にかかって自分を人間だと思いこむ。そして,人間として行動する。そして,いろいろ事業を起こし大成功するのです。「あなたは成功した秘訣は?」というインタビューにゾウは答えます。
 「わたしの心の奥に,おまえは人間だ,という声がひそんでいるのです。しかし,人間とはなにか,わたしにはよくわからなかった。そこで,本を読んで勉強をしたのです。人間とはどういうものか。人間ならなにをすべきか,などについてです。つねに学び,考え,その通りにやってきただけです。わたしが世の役に立っているとすれば,このためかもしれません。あなたがた,自分が人間であると考えたことがおありですか。」
 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 数年前に,NHK大河ドラマで「新撰組」をしていましたね。あのドラマを観ながら,この話とそっくりだなあ,と思いました。
 新撰組の近藤,土方らはもともと百姓です。それが武士になった。そして武士とは何かを考え,それを理想としてそれに近づくように努めた。それでもともとの武士以上に武士らしくなった,ということでしょうね。

 人間であっても人間とは何か,よく知らない。しかし,人間なのだから知っているつもりになっている。そうではないでしょうか。
 だから,改めて人間とは何か,なぜ,そのような行動をとるのか学ぶということが大切なのではないか,と思うのです。

 その知識はぼくの仕事にとても役だっていると思っています。生徒の指導においても。

(動画)セルフ塾小学部の学習風景


 動画がアップできるということで,小学生の学習しているところをやってみました。

 小学生はまだ少ないので空席が目立ちます。

 でも,よく学習に集中しているのが分かりますね。やるべき課題,自分でできる課題を与えてあげると彼らもこのように集中して学習できるのです。

大人を試す子ども
 セルフ塾のきびしい面を紹介します。

 この4月にKくんが入塾しました。中学1年生,男の子です。まだ小学生らしさがたっぷりたっぷり残ったとても小柄な子です。目が大きくくりくりしています。

 オリエンテーションのときにお母さんから「うちの子はだいぶ後れているのですが・・・」と相談がありました。「どのくらい後れているのですか?」の質問にお母さんなりに答えはするのですが,はっきりしません。最近は通知表では成績がよく分からないのでしかたありません。

 とにかくスタートさせました。案の定,みんなと同じようには進みません。漢字も十分に読みとれないので,セルフラーニングはまったくできません。

 それで,まずは学力を測りました。漢検の過去問題をさせました。小学1年レベルの10級は合格点でしたが,小学2年レベルの9級は合格点にほど遠い点数でした。200点満点中,合格点は120点ですが,Kくんは1回目79点,2回目61点でした。それで,小学2年の漢字の練習をさせていかなければいけません。
 算数の計算をさせると,2けた×1けた,3けた÷1けたのわり算はできました。ただ,1000-7 のようなくり下がりのひき算が最初はできませんでした。これくらいできれば何とか中学の数学の学習ができるので,簡単な中学数学の学習をさせていくことにしました。

 さて,特別席でぼくの目の前に座らせます。そしてひとつ一つ指示しながら学習を進めていきます。

 最初は,素直にこちらの指示もきいて学習に取り組んでいました。学習量も少な目にして終わったら帰します。

 3日前のことです。ここは若い指導者のみなさん,気をつけてくださいね。子どもたちは力関係を見るためにテストをするのです。ぼくら大人を試すのです。これまでやさしくしてきたものですから,どこまでわがままが許されるかどうか,だんだん助長していくのです。

 学習中に口笛を吹いたのです。ぼくはやさしく注意しました。「口笛はやめなさい」と。

 「はい!」と答えましたが,1分とたたないうちに,先よりも小さいのですが,また口笛です。これはぼくを試しているのです。これを許したら,その後の指導ができなくなります。


 「K!! 立て!!」大きな声で怒鳴りつけました。ぼくの声にまわりの方がびびったそうです。そして「いま,口笛を吹くな,と注意しただろう。・・・・」短めではありますが,きつくしかりつけました。


 さて,口笛は吹かなくなりましたが,次は学習が進まなくなったのです。ぼけっとして,進みません。軽く注意をしたり,それでも聞かないのできつめに注意したり。

 こういう子は,何もしないことに慣れているのです。何もしなくても何時間でもぼけっとしていられる。そのときは9時すぎ。塾の最終時間が10時30分ですから,それまで何もしないでいるつもりでしょう。

 それでぼくは言いました。「K,これだけのことをやらなければ,きょうは12時までは帰さないよ。」

 Kくんは泣き出しました。「これだけ」というのは,前にやった漢検9級の間違い直しです。その気になれば30分もあれば終わることができます。

 そのうちに,漢検の用紙の余白に発作的という感じで何か書いています。細かく細かく。後で見ると「うざい」という言葉がいっぱい。

 10時前になり,お母さんが迎えに出ると困るので,家に電話をしました。
 「お母さんですか。きょうKくんは学習態度が悪いので,12時まででも残すことにしました」

 もちろん,Kくんも聞こえたはずです。目の前ですから。

 しばらくして,課題に取り組み始めました。ぼくに教わりながらやっていきます。もちろんぼくはやさしく教えます。そして10時30分には課題を終えることができました。

 さて,おととい,きのう。彼の態度はとても良好です。漢字の練習,数学の問題をやってさっさと帰っていきます。

 ひとつの山は越えました。これでスムーズに行くかどうか。また,ぼくを試すことがあるかもしれませんが



高山病に,ペルーの旅
 ペルーに旅行することを考えたとき,一番気になったのは「高山病」です。
 ペルーに行って,高山病で苦しんだ人の話を聞いていたからです。頭痛が激しく,とても大変だった,ツアーの仲間全員がやられた,とのことです。

 それは大変。最近は深酒をそうしなくなって二日酔いから遠ざかっているが,二日酔いの頭痛を思い出しました。どうもそのような感じらしい。
 高山病になったんでは,せっかくの旅も台無し。

 高山病に対して敏感になりました。
 本を読んでいて,高山病に関することが出ると,ああ,ゆっくりゆっくり行動することか,酸素を吸入すればよくなくのか,などなど。

 旅行会社もそのことに配慮するようになったようで,このところ高山病対策として,旅行行程も考えているようです。そういう宣伝が目立ってきました。

 そして,いろいろあって,今年はペルーに決まりました。

 インターネットで調べて,酸素を準備しよう,と言うとKyokoは,旅行会社の説明では,ホテル,バスなどにあるから,準備しないようにって書いてある,とのこと。
 添乗員からの電話では「粉のポカリスウェットなどを準備したらいいですね。ブドウ糖はいいですから」とのこと。
 それをKyokoに伝えました。しかし,見事に忘れて出発。

 さて,さて,やはり高山病になってしまったのです。

 3日目,ラマからクスコへ。クスコの標高は3600m。すごく高いところ。ゆっくりゆっくり歩くように注意されます。
 ここでは平気,平気。
 ツアー仲間の一人の少年が不調を訴えていましたが,最初は血液の中にまだ酸素が残っているので,平気なのです。
 そこからいったんバスと列車にて,アグアスカリエンテスのホテルへ。ここは200mの低いところ。ここが今度のツアーのやさしいところ。いったん高いところに行くが,高山病予防のためにまた下るのです。

 4日目は,標高2,460mのマチュピチュです。だいぶ歩くので,少々息苦しく感じたのですが,余裕余裕です。今回のメインイベントを十分に楽しみました。添乗員さんが酸素飴なるものを持っていた3粒なめながら歩きました。けっこう効くようです。
 そして,クスコのホテルで泊まりました。

 5日目,ペルーレイル(ファーストクラス)にてプーノへ。途中,ツアー最高地点4,334mのララヤ峠を通過。だんだん高山病です。なんとなく調子が悪く,動く気がしません。気分が悪いのです。途中でとまった駅になんとか降り立ったのですが,歩きまわる気がしません。Kyokoは元気にはしゃいでいます。
 だんだんがまんができなくなり,そして,列車にある酸素ボンベで酸素吸入をしてもらいました。

 その後,できるだけ眠り,無理はしなかったのですが,酸素吸入は合計3回。ほとんど食事もとりません。レストランに行くことさえしないで部屋やバスで寝ていることも数回。朝,ヨーグルトを食べることができれば,あっきょうはまだ調子いい,と行った感じでした。
 シルスタニ遺跡観光も完全パス。後でKyokoが撮った写真を見て,こんなところに行って来たのか,と。
 その間,バスで眠っていました。

 一度夜中に頭痛がして頭痛薬を飲んだことはありますが,たいしたことなし。特に吐き気ということでもない。なんとなくだるくて動けないのです。動こうとも思わない。とにかく横になっていたいのです。

 他のツアーの仲間はほとんどが元気。ぼくより高齢の人も,小学生も,女性もいます。まだまだぼくの方が強いと思うのですが。ぼくが気分悪そうにしている列車の中でおしゃべりとしたり,手相占いをしたり,みんな楽しそうにしていました。ぼくが一番ひどかったようです。酸素吸入3回は一番多い。でも,途中でグループから離れて下山ということもなかったのはまだベターだそうです。

 そして,リマに。ここは太平洋も見える,標高が低いところです。ここに来たとたんに元気になりました。やはり高山病だったのですね。

 なぜ,ぼくがこんなにひどかったのか。
 ぼくの心臓から出てくる大動脈と大静脈は逆についていつそうです。健康診断の時にレントゲンでいつもひっかかります。そのために酸素交換効率が悪いのではないか。そう思いました。
 しかし,診療所の医者にたずねると,そうではないだろう,疲れていたのではないですか,とのこと。

 そうかなあ,と想いながら,まだなぞのままです。


セルフ塾の地図
セルフ塾

 ちず窓というものがあり,地図をブログに貼れるとのことなので貼ってみました。

 ここにセルフ塾はあります。

さん,3,みっつ
 数の抽象について考えます。

 風呂に入るときなど,子どもにに数を教えます。
 お母さんが,「いーち,にぃー,さーん,しー,・・・」唱えて,子どもがそれをまねします。そして,いちからじゅうまで言えた。
 するとお母さんは,子どもが10まで分かったと思いこんでします。

 よくあることです。でも,それは子どもが数を理解したこととはまったく異なります。無意味綴りの暗唱と基本的に変わらないのです。
1対1の対応


 ぞうが3頭,ねずみが3ひきいますね。大きさがこんなにちがっても「3(さん)」なんです。そして,動物ではないいちごでもやはり「3(さん)」,ボールでもタイルでも。

 ここでは,形,大きさ,色,性質(生き物かどうかなど)はまったく違います。しかし,直線で結んでいることから分かるように,一対一に対応しています。それが数が等しいということです。だから,どれも「3(さん)」ということになります。

 このように,形,大きさ,色などをすべて捨て去って(捨象),一対一に対応するという数だけを取り出す(抽象)ことができたときに,数を理解できたといえるのです。

 私どもは,数を毎日使っているので,それほど難しいとは思いません。

 しかし,考えてみましょう。形も大きさも色もちがう。さわった感じも。あるものは動き,あるものは動かない。そういう共通性はまったくないのです。ただ単に一対一に対応しているということだけに注目しなければならないのです。

 さて,そういう数を理解するために,水道方式では,タイルを用いるのです。

 ぞうも一対一に対応させてタイルにする。
 ねずみも一対一に対応させてタイルにする。
 いちごも一対一に対応させてタイルにする。
 ボールも一対一に対応させてタイルにする。

すると,すべてタイルになったのですから,共通であることが分かるのですね。

「3」「三」「さん」「みっつ」もそうです。それはまた難しい。漢数字の「三」は一対一に対応ができないこともないですが,他のものはそれもできない。しかし,それがぞうの3,ねずみの3など同じだとしなければいけないのですね。

3,


 りんごが3個,それを「3」「三」「さん」「みっつ」の中間にタイルが3個を置くのです。タイルは,色,形などを半分だけ捨象して,数を抽象したものとします。半抽象物としてタイルを用いて,子どもの数の理解を助ける,のです。

 きょうの議論だけだと,タイルでなくて円でも棒でもいいではないか,ということになります。確かにそうです。しかし,タイルには大きな利点があります。それはまた別の機会に。

 なおきょうの表題の「さん,3,みっつ」は,以前読んだ絵本の題です。

佐賀のがばいばあちゃん


 よく売れているとのことなので,古本になるのを待って読んでみました。

 気楽に読んで,笑えて,おもしろかったです。

 机の上においていたら,生徒が「これうそ2割,作り話8割,ってテレビで言っていたよ」と言っています。そうかもしれないが,まあフィクションにしてもおもしろいものはおもしろいです。

 とくに,吉永小百合に似た先輩との話はいかにも作り話かなって感じますが,どうなんでしょうか。

●学校から帰った俺はランドセルを置くやいなや
「ばあちゃん,腹減った」
 とうったえたが,その日はきっと何もなかったのだろう。ばあちゃんはいきなり
「気のせいや」と返してきたのだ。
 そう言われると,まだ9つかそこらの俺は「そうかなあ」と大人しくしているしかない。
(中略)
 多分,夜の11時半くらいだったんだろう。俺はいくら気のせいやと言われても,お腹がすきすぎて目が覚めた。隣に寝ているばあちゃんを
「やっぱりお腹減った」
 と揺り起こしたら,今度は
「夢や」
と言われてしまった。布団の中だったので、一瞬に夢かと思ったけど・・・・・空腹と寒さで涙がこぼれた。


●佐賀にやってきてからというもの、俺は年に一回、夏休みしかかあちゃんに会えなかった。
(中略)
「ばあちゃん、俺、今度の冬休みも広島に帰りたい」
「それは無理たい」
「なんで?」
「冬は、汽車が走っとらん」
 俺は勢い込んだ分,がっかりした。でも、まだ望みが残っている。
「じゃあ、春休みに帰りたい」
「それも無理たい」
「なんで?」
「春は、運転手さんは用事があると」
(中略)
 ところがその時、線路の向こうの方から汽車がやってきたのだ。
「うわぁ,汽車、走っとっと!!」
 これでは、話が違う。
 俺は友達もそっちのけので大急ぎで家へ帰った。
「ばあちゃん、汽車が走ってる!今年の冬は休みと違う!」
「まさか」
「今、見てきたもん!」
「それは、貨物列車や」
「違う!手を振ったら、振り替えしてくれたよ」
「それは、家畜やろう」


(まあ,子どもだましのうそで,罪はないだろう。頭の回りのいいばあさんだったようだ)

遺伝子・脳・言語

 サイエンスカフェということで,カフェで2人の科学者とお客さんが語り合ったものを本にしたもの。そういう意味では,あまり成功しているとは言えないとぼくは思う。
 なぜなら,それに参加したのは,教師などけっこう知的レベルが高く,自分の意見を持っている人。発言した人がそうかもしれない。それぞれに自分の立場があるものだからあっちに行ったり,こっちに来たりといった感じ。少しまとまりに欠けていると思う。
 それでも得るところはあった。以下●は引用。

●ですから,神様ほど無能なものはない,というのが僕の意見なんです。あるものをちょっと変えるだけで,神様だ,創造主だ,なんて言われるけれど,実は創造なんかしていない。実に単純なことを積み重ねて,その時その時,その場その場でやっつけ仕事をしている。

 (そうなんですね。まったく同感。神様を持ってくる必要はないのです)

● ホモサピエンスは全員ホモサピエンス語というものを持っている。これはアメリカ人でも日本人でも同じで,前にもお話ししたように「脳言語」といってもいいものが脳にある。

(スキナーとチョムスキーの言語に関する有名な論争というのがある。詳しくは知らないが基本的にはこの「脳言語」があるかないかということかと思う。これまでいくつかの本で,チョムスキーが論争に勝ったような書き方がほとんどだと思う。ただ,先日読んだ「行動分析学入門」ではスキナーの立場で言語が説明されていたので,スキナー側はまだ負けたとは思っていないのだろう。この本の酒井氏の著書に「言語の脳科学」があり,それに詳しく述べられているようだ。読んでみたい。) -



●(双子の兄弟の発言)中学生のころ,英語の個人塾に通っていたのですが,そこの先生が2人の答案を見て,同じ問題を間違えるのは,学習能力が同じだとか教え方が同じなのでまぁ良いけれど、間違っている場所まで同じというのは珍しい,と言ってました。

(間違えるところも同じ場合,ぼくはカンニングをしているのだろうと思ってしまいますね。でも双子でそこまで同じというのはおもしろい)

● 僕と弟の間にテレパシーはないと思います。

(これも双子の兄の発言。こういうのをマスコミはしっかり報道して欲しいです。いまはオカルト的な放送が多すぎる。その方が視聴率はあがるのだろうが,国民全員が非科学的になり,国自体がだめになるのではないかと危惧する)

● 女性科学者の最大の課題はいかに非論理的になれるかということです。

● デルブリュックという有名な先生が,科学書として成功するための秘訣を私に教えてくれたのです。それはlimited sloppiness 「限定的ないい加減さ」といいますか。これが重要だと。

(女性はまじめすぎるのでしょうね。だからある程度「いい加減」でなければいけない。沖縄の「テーゲー」がやはり必要なのか。沖縄の場合は「限定的」でなく,すべてにおいてそうだから,問題かも)


●実は(脳)細胞が減った方が利口になる可能性もあるんですね。悪い細胞があるためにバカなのかもしれませんから。

 (それが本当なら,年をとって脳細胞が減るのも気にならない。うまい話だ)

●学習したってことは何かを得たことだと思うかもしれないけれど,得たんじゃなくて余計なことをしなくなったんだということもある,というのがひとつの観点だと思います。

(だから,脳細胞が減っても大丈夫,ということなか)

ニュースレターの編集方針
 セルフ塾のニュースレターが今月で216号になりました。毎月出して来たので,216÷12=18 18年になったということです。セルフ塾を始めた3年間は保育園もやっていたので,ニュースレターは出していませんでした。

 さて,ニュースレターの編集方針を書き出してみます。これまで成文化したわけではないのですが,何となくぼくの頭にあるのを思いつくままに書き出してみるということです。

1,塾の生徒の話題を中心にします。具体的には,英検合格,漢字検定合格,もちろん高校合格のときは,写真入りで載せます。

2,父母からの便りはできるだけ載せる。学習援助料等納入袋に「家庭からの通信」用紙をいれておき,保護者の声が聞けるようにしています。それで寄せられた声はできるだけニュースレターにも掲載します。また用紙にはその旨書いてあります。掲載がいやならその旨書いてもらうようにしています。

3,生徒の名前,写真はできるだけ載せます。いまプライバシーなどといってそういうのを載せるのを敬遠するむきもあります。また,生徒は写真が載るのを恥ずかしがります。
 ただ,いま新聞,テレビでは基本的に実名,写真が載ります。それがないとおもしろくないです。生徒に写真を撮るというと恥ずかしがって拒否しますが,「セルフ塾ではそういうことになっている」といって強引に写真をうつします。

4,学校のテストの結果も載せます。成績上位者の氏名,自己最高席次の氏名と写真。なによりも自己最高席次を讃えています。それについては次を
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-81.html

5,毎月の皆出席者の氏名を載せます。出席するかどうかは学力よりも気持ちが大きいですね。その気になれば名前を載せて讃えるということにしています。

6,塾からの通知を載せます。保護者面談,検定実施,休みなどの通知はニュースレターで行います。

7,卒業生についての話題もできるだけ載せるようにしています。

8,塾の予定表を載せます。

9,拙著の読者,mixiともだちなどからのたよりも,塾の保護者に読んでもらいたい内容なら載せています。

 以上,いま思いつくことを書き出してみました。

 セルフ塾は少なくともこれまではチラシを出して生徒募集を行ったことはありません。毎年のように,募集開始の日には保護者が早朝から並んで受付順番を待ち,募集開始後すぐに定員に達しています。

 それは,もちろん塾の学習内容をよくするように努めたこともありますが,このニュースレターで保護者にセルフ塾を知ってもらい,口コミで評判が広がったためだと思います。

 セルフ塾のニュースレターはweb上でも見ることができます。(web上では,氏名などは最近そのまま載せない方向にしています。
http://book.geocities.jp/selfyoji2511/


 また,紙のニュースレターが欲しい方には無料でお送りいたします。メールください。自分が作ったものは多くの方に読んでもらいたいものなのです。

国語辞典にもコア理論を望む
 これまでコア理論について何度か書きました。

 コア理論とは,ひとつの単語にはその核(コア)となる意味がある,という理論です。中心語義,基本語義と言っている学者もいます。
 多義語であっても,その中心のコアをつかんでその派生としてひとつひとつの意味を理解すべきだというものです。

 ぼくは,このコア理論を高く評価し,ぼくが生徒に教える場合にも利用させてもらっています。

 さて,きょう言いたいことは,国語辞典においてもこのコア理論をとりいれて欲しいということです。

 ぼくの塾はセルフラーニングの塾なので,自分で調べることができるように辞典類は数多く揃えています。国語辞典もいくつもあります。いま数えたら15種類ありました。「はじめての国語辞典」から「広辞苑」まで,小学生用,中学生用,大人用,いろいろです。生徒に広辞苑を引かせることもあります。

 しかし,これらの辞典すべてが,意味を羅列しただけです。羅列は言い過ぎで,たぶん使用頻度の順か,コアに近い順になっているのでしょう。

 しかし,この言葉のコアは何々で,それから派生した意味として,何々といったコアにふれているのはありません。(ぼくが知らないだけかもしれません。知っている方がいらっしゃったら教えてください)

 日本語の単語,多義語にもコアはあるはずです。そして,その基本となるコアをまず押さえるということは,国語教育においても大切なことではないかと思います。

 これから国語辞典を編集する出版社にお願いします。コア理論をとりいれた国語辞典を作ってください。



なお,英語のコア理論をとりいれた辞典のひとつ,エクスプレスEゲイト英和辞典 です。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4828804668?ie=UTF8&tag=selfyoji-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4828804668

数字のかけ算も直積表で
 昨日は,多項式の展開を直積表でやることを書きました。そして,その方が間違いは少ないことも書きました。

 さて,きのうの記事を自分で読み返すうちに,

 23×32

 も直積表でさせたら,学力の低い子にはいいのではないか,という考えが浮かびました。

 23×32は,2桁×2桁のさいしょのところなので,まあまあいいのですが,37×59のように数字が大きくなるとかけ算と繰り上がりのたし算とをいっしょにそれも暗算でやらなければならないので,大変です。また,2段目は1ます開けて書くのも忘れがちです。

 それを。

23b32cho

 20×30=600
 20×2=40
 3×30=90
 3×2=6
 600+40+90+6=736 

 のように直積表でさせれば
 かけ算はかけ算だけでやり,後でたし算をすればいいので楽なのではないかと思うのです。

 もちろん,432×523 のようなけた数が大きくても大丈夫です。 

432b523


 きょう思いついたのでまだ試してはないです。普通の筆算ができる子はいいと思いますが,力のない子にはいいかもしれません。


こーすけさんの質問
こーすけさんの質問は4つでした。昨日2つは回答したので,きょう残り2つ回答します。

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

3.生徒のでき具合によって、もしできなければ、カットしてもいいのでしょうか?
例えば、置き換えによる展開・因数分解は教科書発展内容になりますが、やはり必要でしょうか。
次の改訂の学習指導要領では、復活する内容ではありますので、平均点が取れる生徒にはやらせようと思います。

(回答)
 もちろん構いません。
 ぼくの塾では,学力によって毎日の課題を減らしています。ご存じのように能力の個人差はとても大きいです。同じ課題をこなすことはできません。

 できる子と同じ量の課題をさせても,時間内にはどうしてもできないのでやる気がなくなります。それより,課題量を減らして,これだけならできるということで前向きに学習に取り組んだ方がいいようです。

 課題の量を減らすと,もちろんできないページも出てきます。ぼくの本はけっこうな量あるので,それだけを終わらせるのはけっこう大変です。

 それで,基本的な学習が終わったら発展,応用の問題は飛ばして次の単元の基本的な問題に入るようにしています。

 だからこの本は柔軟に使っていいと思います。

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  

4.上に関連して、今後の「わかる数学」の改訂はお考えでしょうか?
私も将来的には、Yojiさんのように、自学自習のテキストを作りたいと考えています。
もしテキストの改訂がありましたら、私もお手伝い、いや、修業させていただけたら、と夢見ています。

 (回答)
 もちろんできれば改訂をしたいと思っています。もうすでに直したいところはひとつや二つではありません。

 上の質問との関連で言えば,ページごとに「基本」「発展」「応用」のようなことを書いていれば,使う方が「基本」だけをやろう,というようになると思います。

 ただ,出版したら在庫の本はさばかなければなりません。また,出版社が再販してくれるかどうか。いずれにしてもいま印刷した分は売れてからになるでしょうね。そういう意味でもできるだけ早く売れて欲しいです。

 そのさいは,みなさんの意見もできるだけお聞きしたいと思っています。

 こーすけさんもよろしく。現場の意見がなにより欲しいです。

直積表の価値
 こーすけさんから次の質問が寄せられました。

1.第1章 多項式で出てくる、「直積図」なんですが、馴染みがないもので、よく内容がつかめません。
「直積図」をもう少し詳しく知りたいです。

2.上に関連して、学校や塾で見かけない「直積図」のねらいはなんでしょうか?
通常の導入、和・積の展開公式を発展させていくことのマイナス面を知りたいです。
(「直積図」に対しての批判ではないです。数学専門ではない私の純粋な質問です。)
 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 お答えします。

 まず,内容に入る前に「水道方式」では,タイル図をとても重視します。それは,半具体物のタイルを用いて意味を理解させることが大切だからです。このことに関しては近日ブログに書きたいと思います。とりあえず結論を急ぎます。

 小学2年では,5×4=20 のようなかけ算を学びます。
 それをタイル図で表すと次のようになります。

5b4

 つまり,たて5,横4の長方形ができ,そのタイルの数が積になるわけです。

 小学3年では,
 23×32 のような2けた×2けたのかけ算をします。それをタイル図で表すと次のようになります。
 タイルの数を数えると答えになりますね。

23b32


 この23×32のタイル図をみると,
20×30=600
20×2=40
3×30=90
3×2=6

 それを合計したものが23×32の答えです。

 さて,途中飛ばしてすぐに中3にいきます。(小数,分数,そして簡単な多項式の積もそのように説明できます)

 (2x+1)(3x+3) は
 図のようになります。

sikinotenkai


 まず,タイルの数を数えるだけで答えが出てきますね。
 大きな正方形はx×xで,x²,長方形はx,小さな正方形1個は1を意味します。

 直積表は,それを表,数,文字にしただけです。
 上の23×32 のときのように,
 (2x+1)(3x+3) は
chokuseki

2x×3x=6x²
2x×3=6x
1×3x=3x
1×3=3
 その合計が答えになります。

 このように直積表は,タイル図からの流れとして出てくるものです。計算がただできるようになるだけではなく,何をしているのか理解させることができます。

 ただ,それだけではありません。
 学力の低い生徒ほどこれは利用価値があります。式のままで展開しているとどこをやったか忘れる子が多いのです。表の場合は抜かすことがありません。

 長くなったので,いったん閉めます。さらなるご質問をお待ちしています。

一元化するのは科学の癖
 mixi で

>>>なんにつけ一元化しようとするのはYojiさんの癖かなと思います

 と批判されたことがあります。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=23453832&comm_id=380962&page=all
の次のぼくのコメント(180)に対するものでした。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


 ただ,私は have を「持っている」という意味で考える方が納得します。
 次のヴィスタ英和辞典のコラムをコピーします。
 スキャナーで読みとったので,間違いもあると思いますが,ご容赦ください。



(have+過去分詞)の気持ち

【Q】
ア I lost the book.
イ l have lost the book.
アを「なくした」,イを「なくしてしまった」と訳しますが,いったいこのふたつの文の意味はどうちがうのですか?

【A】
 どちらも「本をなくした」ということです.アは, 本がその後見つかったのかどうかはっきりしません.見つかったかしれないし,見つからなかったかもしれない。 一方,イは,本をなくしていまも見つかっていないことを表現しています.イの haveは「いま持っている」ということです.何を持っているのかというと「本をなくした状態」をです(なくした本を持っているのではありません!).「本をなくして残念だとか悲しいとかいう気持ち」を持っていることを表現するのが,イの文です.ただ「なくした」,「なくしてしまった」と訳し分けても何にもなりません.
  ウ.I visited kyoto.
エ.l have visited kyoto.

同様にウを「行った」,エを「行ったことがある」と訳し分けただけではあまり理解につながらないことはもうわかりますね.ウは「かつて京都見物に行った」というだけで今の気持ちがどうなのかはっきりしません.一方,ェは「かつて京都見物に行って,感動したり,にがにがしく思ったりした気持ち(どんな気持ちかは前後関係で決まるのです)をいまも持っている」ということなのです.

オ.l have finished my homework.

「さあ宿題が終わったから遊びに行けるぞ」とか「宿題が終わって充実した気分だ」とか「宿題が終わってへとへとにつかれた」という気持ちが伝わってきませんか。
 では次の文章では「have+過去分詞」がどんな気持ちを表しているかを考えてみましょう.
You have told us that already,so don't tell us again.(私らはそのことはもう聞いたよ.くりかえさないでくれ)


ヴィスタ英和辞典
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4385107459?ie=UTF8&tag=selfyoji-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4385107459

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 
(以上がmixiのコメント)


 さて,一元化しようとするのは,ぼくの癖ではなく,理系の癖だと思います。

 ガリレオは,天と地の法則は一つだと説いた。それ以前は,天には天の法則があり,地上のものとはちがうと思っていたようです。
 それをさらに進めたのがニュートン。彼は「万有引力の法則」を発見します。「万有」ですから,すべてにあるものの法則で,一つにまとめようとしました。

 今の物理はさらにすすんでいます。力には,核力,電磁力,重力があり,いまのところそれぞれには別々理論があります。それを統一しようとしているそうで,それを「統一理論」といいます。(この辺りの知識は少しあやしいので,間違いがあればご指摘ください。大枠は正しい自信はありますが)

 このように科学(物理)の世界では,できるだけ「一元化」して考えようとします。できるだけ一つの理論で考えるのです。

 英語では,
 この場合のhaveは「持っている」だが,現在完了の場合は助動詞,また「食べる」「飲む」という意味もある。have to は「~しなければならない」という意味でまとめて覚えましょう。

 のようにhaveを場合分けして,教える。それもひとつの手段かもしれないですね。

 ぼくは,できるだけ記憶に負担をかけないように,ひとつのコアでおさめたいと思っているのですが。まあ,それを押しつけても子どもはかわいそうかもしれないです。

三単現の強調文
 一般動詞の否定文,疑問文を教える前に,強調の文を教えます。そのことは次のページに書きました。
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-33.html

 例えば,

 They like Hanako. の強調の文は

 日本語でも「彼らは花子が好きだよ,好きだよ」と,「好きだよ」が繰り返されると強調されますね。

 They like like Hanako. になります。

 do は「する」で,一般動詞をすべて含むものです。だから like の代わりにもなる。だから,強調の文では like like が do like になる,というわけです。

 They do like Hanako. です。

 これがもとになって,否定文,疑問文が作られる。強調の文を教えてあとで否定文,疑問文を導くととてもやりやすいです。


 さて,三単現の場合です。

 「彼は花子が好きです」は

 He likes Hanako.

上と同じように強調の文を作ると

 He do likes Hanako.

 三単現のsはできるだけ早く伝えます。だから,likes から離れて do にくっつく。 すると do は does になって,likes はlikeになる。

 He does like Hanako. これでできあがりです。

 ただ単に,強調の文はdoes + 動詞の原形 と丸暗記するより,理解しやすいのではないでしょうか。

 

2÷3=2/3 の教え方
 小学5年の算数で,2÷3=2/3 を教えます。

 ぼくのテキストには次のようにあります。タイルを使ったうまい教え方だと思っています。


〔 わり算の商と分数 ]

【問1】
(1) 6の水を3つに等分すると,ひとつ何リットルになりますか。

  式 (      )

(2) 2リットルの水を3つに等分すると,ひとつ何リットルになりますか。
  割り切れませんね。式だけ書きましょう。

  式

(3) 図を見ながら,2リットルの水を3つに等分すると,ひとつ何リットルになるか,
分数で答えましょう。
(      )

2/3


  上の【問1】(2)(3)は「2リットルの水を3つに等分する」という同じ問題で,  (2)の式は 2÷3 ,(3)の答えは2/3になりました。(2)と(3)は同じ問題ですから, 2÷3=2/3 です。このように,整数どうしのわり算の商は分数で表すことができます。   

【問2】 次のわり算の商を分数で表しなさい。

(1) 4÷5 (2) 6÷11 (3)1÷7


(4) 2÷5 (5) 4÷9 (6) 5÷13

【問3】 次のわり算の商を分数で表しなさい。
   仮分数は帯分数になおします
(1) 7÷3 (2) 10÷3


(3) 24÷9 (4) 8÷6


(5) 20÷8 (6) 43÷5

世界反米ジョーク集
おもしろい本です。
 まず,ジョーク集とあるように,ジョークもおもしろい。
 ただ,この本はジョーク集というだけではない。それだけを目当てに読むと,おもしろくないかもしれない。
 この本の大部分は,ジョークというより,現在のアメリカについて書かれている。いろんな側面から書かれていて,よくまとまっていると思う。現代アメリカ入門にもなる,アメリカの矛盾がとてもよく分かる。そのような解説があるかろこそ,ジョークが生きてくる。

 ブッシュ大統領は頭が悪いとして描かれているジョークが少なくない。

 その中のひとつ
● アメリカ合衆国の現大統領は神童だった。なにしろ10歳にして現在と同じだけの知性と理解力を有していたのだから。

 攻撃の可能性が差し迫っているかもしれないという予測の段階で,「今のうちに攻撃して叩いておこう」ということになるとこれは「予防戦争」であり,国際法にも反することになる」
 といった解説の後に,次のジョークが来る。
●200X年,ブッシュ大統領は,結局戦争犯罪人として国際法廷で死刑を宣告された。ブッシュは怒りで顔を紅潮させながら,叫ぶようにして言った。
「確かにイラクではうまくいかなかったかもしれない。しかし,たった一つの国に対して間違いを犯しただけで,死刑だなんてあまりにひどすぎる!」
すると裁判官は顔色一つ変えずにこう言った。
「あなたを死刑にするのはイラクが原因じゃない。これから幾つもイラクのような国ができるのを予防するためです。あなたは差し迫った脅威ですからね。つまり予防的先制攻撃ですよ」

 アメリカは戦争大国である。それに関して
●あるアメリカ人の人類学者が,食人種の村を訪れて調査していた。ある日,彼はイラクで起きている戦争について村人たちに話をした。すると村人達は眉をひそめ,口を揃えて彼に聞いた。
「そんなに大量の人肉をどうやって食べるのですか?」
人類学者は苦笑いしながら答えた。
「アメリカ人はそんな野蛮なことをしません。殺した敵の肉など食べません。」
村人たちはさらに驚いて囁き合った。
「食べもしない敵を殺すなんて,アメリカ人というのはなんて野蛮な人種だろう」

● 中東を旅していたアメリカ人の若者が,窃盗の容疑で地元の警察に捕まった。法廷に立たされた彼は裁判官に向かって言った。
「僕はとても不安です。こんな遠い異国で裁かれるなんて。僕は自分の生まれた国であるアメリカ合衆国での裁判を望みます」
それを聞いた裁判官は苦笑いをしながら答えた。
「安心しなさい。いくらここがあなたにとって異郷の地であろうと,法は常に公正に執行されますから」
 若者はため息をつきながら呟いた。
「だから困るんじゃないか・・・・・」

 これは,なかなか単純に笑えない。沖縄にとっては現実の問題だからだ。レイプしたり,殺人を犯しても,アメリカに連れていかれてその後どうなったのか分からない米兵が多いからだ。


おつりの計算ができないペルー先住民
 フジモリ大統領が教育を重視した,ということを書きましたが,その重要性をかいま見るできごとがありました。

 聖なる湖チチカカ湖のトトラテと呼ばれる葦でできた浮島のひとつスチチュイマ島から次の島タタインチ島へ向かうときのことです。
 葦で編まれた舟に乗ってもいいとのこと。好奇心の強いKyokoに引っ張られてそれに乗り込みました。

 タタインチ島到着が近くなったころに,舟代の集金が行われました。1人2ドル。ぼくらは2人なので4ドル。しかし,さいふには細かいのがないので10ドルを支払いました。
 するとおつりとして5ドル返ってきました。みぶりで「いやちがうよ」と言います。

 Kyokoが横から
 「この人達,計算がまったくだめよ。さっきおみやげを買ったときも計算ができなかったよ」
 と言います。

 それで,Kyokoが,彼からお金をとるようにして,なんとかおつりを6ドルにして手元に6ドルが返ってきました。
 その間,彼らは私どものするがままです。

 もし,ぼくにだますつもりがあれば7ドルのおつりをもらっても,彼らはなすがままになっていたのではないでしょうか。

 毎日,観光客を相手にしているのにこんな状態です。これまでいろいろなことでだまされてきたのではないでしょうか。

 日本でなら小学1年生でさえできる計算ができなければだまされっぱなしです。

 このような島にも学校はあり,現在はみんな通っているとのことでした。フジモリ大統領はいいことをしたと思います。これからは先住民もしっかりと生活できるようになるのではないでしょうか。

ピタンガ
 セルフ塾に庭に植わっているピタンガです。今年は多くの実がついています。
 赤くなると野鳥がつつきます。Kyokoは野鳥にやられる前にと言って蒼いうちに収穫しています。

 「鳥にあげたらいいじゃないか」と言うと
 「だって,鳥は少しつついてすぐ別のものをつつくんだよ。もったいないじゃない」とのこと。
pitanga

セルフ塾に来た野鳥
 きょう午前10時すぎ,塾に来たら,庭できつつきのように芝をつついている鳥がいたので,かばんからカメラを出して写しました。名前は知りません。だれか知っている人がいたら教えてください。


bird.jpg


 友人のH善弘くんに尋ねたところ「ヤツガシラ」だそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%84%E3%82%AC%E3%82%B7%E3%83%A9

「文系」人間と「理系」人間の指導法
 受験指導,新学期の準備といそがしくしていました。ぼくと同業の方も多いようなので,トピックを立ち上げることも控えていました。

 まだいそがしいのですが,休みすぎるといけないので,新たにトピックを立ち上げます。

 別のコミュでの書き込みで思ったことがあります。

 人間には,文系と理系がある,ということです。

 もちろん,どちらがいいというわけではありません。

 文系人間は「記憶」に優れています。一方,理系人間は「理屈」に優れています。

 そんな違いはないという人もいます。そう書かれている本もあります。まだ確定している理論ではないのでしょう。

 しかし,ぼくは自分のこと,そして塾で教えている経験から,自信を持っていうのですが,文系,理系の人間は存在します。ぼくは極端に「理系」人間です。記憶力がよくない。ただ,理屈にはけっこう強いつもりです。

 一般に(あくまで「一般に」です。すべてではない),男は「理系」,女は「文系」です。

 さて,問題はその違いが学習法,指導法にあらわれるということです。

 「これはこう,あれはああ,なんだから,それをそのまま覚えればいいのよ」という人がいる。

 それに対して,この場合はなぜこうで,あの場合はなぜああなのか。そこに一つのルールなるものを求めようとする人がいます。

 英語が得意な人は,記憶力にすぐれている人が多いです。だから,そのまま覚えればいいのよ,と,場合分けして例文なりを書いて,指導します。

 ぼくの中学,高校の英語の先生方はそうだったように思います。ぼくは記憶力が悪いのでそのまま覚えきれない。だから,英語の成績は悲惨なものでした。

 さて,塾をやることになり,なりゆきで英語のテキストを作ることになった。そして,そのつもりで英語を勉強していくと,ただ記憶にたよるのではなく,理屈で攻める方法もあるんですね。それを求めて勉強をしていたら,「おもしろい」。

 そこで思うのです。
 「理系」の人間に分かるような英語の指導法もある。そのような教え方も必要なのではないでしょうか。もちろん,それを「文系」人間に押しつける必要はない。記憶力がすぐれているのであれば,それを利用すればいいのですから。

 または,基本的に最初は理屈で説明し,できあがった結果を見せて,これをそのまま覚えたほうがいいと思う人は,覚えてもいいよ,と言う。

フジモリ元大統領の人気
 ペルーの現地ガイドのGさんは,沖縄出身の2世。女性の方です。

 Gさんによるとフジモリ元大統領はとてもすばらしい方だったようでだ。

 Gさんは,フジモリさんの支持者であるだけではなく,ファンといった感じも受けました。だからある程度は割り引いて判断しなければいけないのかもしれない。

 しかし,彼女の話から,フジモリさんはたいした大統領だったんだなあ,という感じを受けました。

 彼は,大統領になる選挙で,3つの公約をかかげました。
 テロの撲滅,経済の建て直し,教育です。

 フジモリさんが大統領になる前はテロがはげしかった。いま記憶をたどると,確かにペルーは誘拐,殺人などのニュースが多い国だったと思います。日本大使館事件は,フジモリさんが大統領になってからしばらくのことです。
 その当時,テロ集団が2つありました。そのボスをフジモリさんは逮捕して,刑務所に入れ,その集団を壊滅させたのです。その後治安がとてもよくなってきました。だからこそ,日本からの観光もできるようになっているのです。
 ただ,またきびしさが欠けてきて,少しずつ治安が悪くなってきているように感じるとガイドのGさんは話していました。

 経済の安定も大きな課題でした。フジモリさんが大統領になる前のペルーはインフレが激しい国でした。それはぼくもニュースで見聞したように思います。
 それを,安定化させたのもフジモリさんの功績だとのことです。

 以前は,文盲率が90%を超えていたとのこと(そのことについては後でまたふれたい)。
 しかし,フジモリさんはペルー各地に学校を作り,すべての国民に教育を受けさせるようにしたとのこと。

 ペルー旅行前に読んだ「ナスカの壺」にも,フジモリさんのことをとても好意的に書いてありました。人気取りだという批判もあるが,それさえそれまではできなかったではないかと。

 大統領府の衛兵の交代式のとき,フジモリさんはできるだけ国民の前に顔を出した。そして,そのとき国民の歓声が大きかったそうです。

 その後を受けたトレド大統領も顔を見せたが,そのときはブーイングに嵐だったとのこと。

ペルーの差別
 アメリカは,アメリカ以北のアングロアメリカと,メキシコ以南のラテンアメリカに分けることができる。アングロアメリカは差別がきびしく,ラテンアメリカはゆるやか。ラテンアメリカでは,インディオと白人との混血がかなりあり,メソチソと呼ばれる。

 中学地理の知識です。

 さて,ペルーに行く前に本を読みました。

 その中に,白人,メソチソ,先住民の順に階層があるとのこと,ただし,それは絶対的ではなく,両親が先住民でも教育があり,スペイン語が話せ,それなりの実績があれば,メソチソとして認められるそうです。

 血によってではなく,教育によって人種的なものを乗り越えることができるというのはおもしろい。

 旅行中に現地ガイドにそれは本当なのかと問うと,そうだ,とのこと。人種間の差別もそれほどなく,白人と先住民との間の差別はあるようだとのことだった。

 また,日本人はどの位置にいるのか,との質問には,白人と同レベルだという。それは,先輩方の勤勉さのためだろうとのこと。

 日本人の勤勉さはさすがだが,今後もそれはつづくのだろうか。

 
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