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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

不定詞と動名詞
mixi で「不定詞と動名詞」違いについて質問があったので,次のように回答しました。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31980063&comment_count=12&comm_id=421789


 これまでの説明とだぶるところがありますが,微妙に異なるところもあるので,ぼくの説明を書きます。

 前置詞の to は「目標点・到達点」を表します。

 I go to school. は「私は行く,目標点は,学校」 です。

 不定詞の to も基本は同じです。つまり,「目標点・到達点」です。

 だから,I like to swim. は,私は好きです,目標点は泳ぐこと。

 目標点だから,どちらかといえばこれからというニュアンスがあります。だから,みなさんが書いている,未来志向です。

 I like to swim. は,これから泳ぎたいという感じが入っています。


 それに対して ing は進行を表し,~している状態 です。

 I am swimming. は「私は泳いでいる状態にある」とい意味になります。

 動名詞も同じです。

 だから,I like swimming. は,「私は泳いでいる状態が好きです」となります。

 だから,趣味は水泳というニュアンスが入ります。

 I want to swim. は,私は欲する,何を欲するかの目標は泳ぐこと
 I hope to swim. は,私は望む,何を望むかの目標点は泳ぐこと
 という感じで,不定詞を目的語にとります。

 それに対して,enjoy , stop などは,~している状態を楽しむ,~している状態をやめる,ということで動名詞を目的語にとります。

 動名詞と現在分詞のちがいは意味というよりも働きです。動名詞は名詞として,現在分詞は形容詞として働くという違いです。
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やさしい国語読解力



 やさしい国語読解力

 やさしいとは,優しい,そして易しい ということらしい。

 たしかに「やさしい」本です。とても読みやすい。中学生でもすらすら読めるでしょう。

 どのくらい読みやすいか,p78~79 にかけて,コピーしてみます。


主観客観いつしょじゃアカン!
主観と客観の区別

  主観的、客観的という言葉を聞いたことがあるかい?実はこれらは学校で教えなければいけないことの中には入っていない。だから知らない人が多くてもそれは仕方がないこと。だけど、このニつの区別ができないで文章を読むのはほとんど不可能に近い。というか、読むことはできても正しく読み取ることができない。それだけでなく、普段の生活にも大きく影響してくる。いわゆる「アタマのいい人」つていうのは、実はこの主観と客観 の区別が上手にできている人だと言ってもいい。今回はその主観と客観がどういう意味なのかをマスターし、何が主観的で何が客観的なのかの区別かつけられるようにしよう。

 1953年のアメ]力映画『ローマの休日』は半世紀以上前の白黒映画にもかかわらず,いまだに民放地上波の洋画劇場で放送されるほど人気が高い作品。この映画で主演のオードリー・ヘップバーンはアカデミー賞の主演女優賞を獲得した。ところで彼女が主演女優員を獲得したというのは,誰がなんといおうが事実。こういうことを客観的という。つまり誰から見ても事実として認められるもの。それに対して、そのオードリーの演技が本当にうまかったのか、賞に値するものだったのか、これは人によって意見が分かれるだろう。ある人の演技をうまいと思うかそうでないと思うかは人それぞれ。こういうのを主観的という。

 つまり客観的とは誰が見ても同じように判断するようなこと。それに対して主観的とは人それぞれで感想が違うようなことをいう。

(以下,略)

 どうですか。読みやすいでしょう。

 そして,内容的にも的を射ています。とてもよくまとまっています。

 ただ,これで中学生の読解力が高まるかというとなかなかでしょう。問題をさせなければなりません。これにそって問題集を作ると,いい問題集ができそうだな,と思います。やってみようかな。

「秋葉原通り魔事件と「無視する」
 前に「無視する」ということを書きました。
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-310.html無視するというのはかなり大きな力を持つこと,無視するときは,それ以外の行動をするときに十分その子を認めることが大切です。ということも書いたと思います。

 さて,秋葉原通り魔事件の犯人は,無視されているということをかなり気にしていたとテレビで放映されていました。
 そこで,webで調べたら彼が書き込んだ掲示板のコピーが出てきました。その中から,無視される,ひとりぼっちということがかなりこたえていることが分かったので,抜粋して載せます。
 以下,ずっとこの調子で続くので,切り上げました。

 この抜粋から,無視するということは,かなり大きな力を持つことを知って欲しいです。

http://d.hatena.ne.jp/ukpara/20080609

■携帯掲示板への書き込み:6月3~8日(犯行当日) 01:17
「秋葉原通り魔事件 - 閾ペディアことのは」

[2094]  06/03 06:03  彼女なんか絶対できないのに

[2102]  06/03 10:45  どうせ一人だし

[2103]  06/03 10:45  ネットですら無視されるし

[2108]  06/03 13:29  いつまでたっても一人

[2124]  06/03 16:54  駅にぬこがいた  無視された  俺だけ

[2141]  06/03 17:33  歩くの辛い  俺だけ一人

[2149]  06/03 17:53  ただいま、と、誰もいない部屋に向かって言ってみる

[2150]  06/03 17:56  虚しいだけ

[2154]  06/03 18:07  一人の食事ほど虚しいものはない

[2155]  06/03 18:12  ていうか、一人は虚しい

[2160]  06/03 18:20  これを書けば人気者になれるかと思ったら、そんなことはないみたいね

[2176]  06/03 18:50  寂しさが際立つだけ

[2183]  06/03 18:55  みんな俺を避けてる

[2184]  06/03 18:56  避けてるんじゃないのか、優先順位があとなだけなんだよね

[2185]  06/03 18:57  お前らの中で俺の順番がずっと来ないだけなんだよね

[2186]  06/03 18:58  他の人がどんどん割り込むから一生俺の順番が来ないだけなんだよね

[2213]  06/04 00:53  一人で寝る寂しさはお前らにはわからないだろうな

[2218]  06/04 00:58  俺がなにか事件を起こしたら、みんな「まさかあいつが」って言うんだろ

[2226]  06/04 01:05  こうやってイライラしてるから猫も寄ってこなかったんだろうか

[2227]  06/04 01:06  人も寄ってくるわけないか

[2228]  06/04 01:07  現実でも一人  ネットでも一人

[2236]  06/04 01:41  どうしてみんなが俺を無視するのか真剣に考えてみる

[2268]  06/04 10:46  俺にとってたった一人の大事な友達でも、相手なとっては100番目のどうでもいい友達なんだろうね  その意識のズレは不幸な結末になるだけ

[2280]  06/04 15:49  相変わらず一人

[2281]  06/04 15:49  ひとりぼっち

[2282]  06/04 15:50  誰もいない

[2287]  06/04 15:53  この先も現れない  一生無視される  不細工だもの

[2288]  06/04 15:53  俺以外にこんな奴はいない  だから誰にも理解されない

[2289]  06/04 15:54  いつまでたってもひとりぼっち

[2301]  06/04 16:30  今日も一人寂しく飲もう

[2337]  06/04 17:52  どうして俺だけ一人なんだろ

[2340]  06/04 18:01  みんな裏切る  結局一人にされる

[2356]  06/04 19:51  なんで一人なんだろ

[2362]  06/04 20:06 友達ほしい

マイナスの強化(罰)
 マイナスの強化(罰)について書きます。

 マイナスの強化は,ある行動をしたときに,それを今後はやって欲しくない。そういうときにやりますね。たいていは,叱る,罰するということになります。

 行動分析学者のスキナーはマイナスの強化は使わないことを勧めています。でも,ぼくは,マイナスの強化が必要なときもあると思っています。実際,塾では罰もします。

 ただ,スキナーが指摘するように,マイナスの強化には,プラスの強化にはない欠点があります。それは一応おさえたほうがいいでしょう。

 まず,罰をする人を恐れるようになります。できるだけ近づかないようになるでしょう。心を開いて話をしません。

 ぼくは父親によく殴られました。だからよく分かります。できるだけ父親の近くにいたくない。できれば顔を合わせたくないと思っていました。あのころは体罰は当たり前だったのでしょうが。

 罰で行動がなくなるのであれば,まだいいのですが,隠れてするようになります。
 罰されるのは分かっていても,ばれなければいいじゃないか,と思うのですね。

 だから,先生の見えないところでいじめを行う。店員に気づかれないように万引きを行う。大人のいないところでたばこを吸う。例はつきません。
 分からないように隠れてやる行動に罰を与えることは無理です。だからそれを減らすことはできません。

 罰には慣れがあります。叱られる子はよく叱られます。叱られるのに慣れているのです。叱られても効果がない。ようするに親は罰のつもりで叱っているが,マイナスの強化子として働いていないのです。

 殴られるのも慣れてきます。

 妻の話です。
 Wくんの勉強態度が悪いので,決められた課題をきちんと終わらないと夜中まで残してさせることにしたそうです。すると,Wくんは言いました。
 「Kyokoさん,ぼくを殴って終わりにして」
 妻はこう答えました。
 「私の仕事はあなたを殴ることではない。あなたに勉強をさせることだ。つべこべ言わずにやりなさい」

 殴られてきた子は,殴られても平気なのです。

 恐怖政治は罰によって国民を統制しようとするものですね。ソ連,ナチスドイツ,戦前の日本などです。いまのミャンマーもそうでしょうか。
 国家に反対を言う人たちを厳罰に処する。それによって自分らの思うように国民を動かそうとするのです。
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