FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

マンガ仏教入門
 マンガとありますが,内容は深いです。マンガ気分で読むと読めない。

 仏教にも関心があります。仏教は派によってもかなりちがうのでしょうが,霊やあの世を信じません。

 しかし,仏陀は人間の苦しみと向かい合った。そしてそれから逃れることはできないが,解き放される方法を模索した。

 要するに,無常を知ることだと思います。いま幸せだとそれがずっと続くと思ってしまう。それは間違いだと悟る必要があるのですね。

 笑われそうですが

 ぼくはねこに教えられたところが大きい。
 ねこをこれまで何匹も飼ってきました。そして何匹も死んでしまいました。失踪もあります。

 最初のころ,猫白血病で死んだ猫(名前を「ねね」と言いました)をを看取ったときは,もう完全に打ちのめされました。苦しんで死んでいくのに,自分は何もしてあげることができない。大きな苦でした。

 その後もこの苦は続きました。

 しかし,そういうものだと悟らないといけない。生あるものは死ぬということを頭では十分に分かっているつもりでも,それを受け入れることができなかったのですね。

 仏教はそれを見つめるものなんですね。

 以下●は引用,( )はぼくの感想です。


●懐疑をもって世界を眺めることが仏教では重視される。

( 宗教というのは、「信じなさい」というものかと思っていたが、仏教では「懐疑をもって・・・」という。仏教はやはり宗教というより哲学かもしれない)


●世のいっさいは無常じゃ
永遠不滅の
時も事も物もない。
この無常を理解すれば,
永遠の自分もないこと
とこしえのものなど,
何もないことがわかる。
だからジタバタせず
変化に身をまかせることじゃ。
生まれる時は生まれ
老いる時は老い,
病むときは病み,
死ぬときは死ねばいい。
さすれば
生老病死の苦しみも
なくなるというもの。


( 変化に身をまかせることができればいいなあ,と思います。)


●火をもって金の純度を試すように、己の修行によって私の言葉の真偽を確かめなさい。
私を尊敬するあまり、教えを無条件に受け入れるな。

(自分の教えも無条件で受け入れるな、というのはなかなかなものである)

●真理は実践し、検証できるものだ。
その真理が正しいなら、実践によってただちに結果が得られよう。
不確かな来世を約束するような教えは、真理ではない、単なるペテンかもしれんぞ。

( マルクスの言葉かと間違えてしまいそう )

●人は自分の願望や利益を基準にして物事を見るが、世の中そう意のままになるものじゃない。そこで苦しみが生まれるんだな。
 「我」という意識がある限り、苦しみはコバンザメのようについて回るぞ。

( 意のままにならないということを悟らなければならないなあ )
スポンサーサイト




シャイピング
 行動分析での「強化」については,一応説明は終わりです。

 少し,発展段階に進みます。

 まずは,「シャイピング」。シェイプshapeというのは「形」ですね。shaping で「形作る」という意味でしょう。

 シェイピングというのは,それまでない行動を作り上げることです。

 子どもにある行動をさせたい。例えば子どもが遅刻しないように来るようにしたい。その行動をしたらプラスの強化子を与えて,その行動が今後もよく起こるようにする。こういうのを強化と言いました。

 しかし,毎日遅刻していたら強化しようもないですね。

 そのときには,現在平均何分の遅刻かを調べます。平均で30分の遅刻とします。

 しかし,毎日同じように遅刻するわけではない。たまには25分の遅刻で来ることもある。そのときにほめてあげるのです。

 それが効果があると,平均25分の遅刻になる。そのころには20分の遅刻というのもある。次は20分以内の遅刻をほめるのです。

 このようにして,基準を徐々にあげていく。すると遅刻しないで時間前に来るという行動もそのうちにはでてきます。それをほめていけばいいですね。

 このように本来の目標はここだけど,それは今無理だ,というときは,今できるところを目標にする。そして目標を徐々に上げていって,本来の目標に到達するようにする。それをシェイピングというのです。

 英検の合格点が60点だとします。しかし,40点しかとれない。まず,45点を目標にしよう。45点はとれるようになったら50点だ,というようにします。

 最初から手の届かない高い目標だとやる気が出ないですね。

カウンセリングは阿片だ
 マルクスの「宗教は阿片」ということについて,少し。

 マルクスの言いたかったことですが,

 「カウンセリングは阿片だ」ということと同じだと思います。

 マルクスはご存知のように,資本主義とは何か,を研究しました。そして労働者が団結して,社会の悪いところを直そうとしたのですね。

 例えば,不登校の原因が学校側にあるとします。担任の教師がからかう,クラスメートによるいじめがある,などなど。また,授業の進みが早すぎて落ちこぼされたということもあるでしょう。分かる授業が行われていない。

 こういう場合,子どもの問題というよりも,問題は外にあります。そういう場合は,外にある悪いところを直さなければいけません。

 しかし,カウンセリングに行くと,そういうところを直すのではなく,心の問題としてとらえる。心の持ち方を変えればいいのです,のようになる。子どもの心を変えることに主眼が置かれる。(極端な例で書いています。そうでないカウンセラーもいることは知っています)

 それでいいのかです。問題は内にあるのではなく,外にある。外にある悪いところを直すのが必要なのではないか。考え方だけを変えて問題を解決できるか,です。

 環境を変えようとするのではなく,環境に順応することだけを考えるというようなものです

 マルクスは社会を変えようよ,と言っているのに,宗教では,その解決は心の持ち方でできますよ,と言う。そこで「宗教は阿片だ」となったのだと思います。

 派遣労働者の問題,格差の問題,後期高齢者の問題,
 それを変えるのではなく,そういうものだと悟りなさいという方向に持っていく。そういう宗教でいいのか,ということだと思います。

 ただ,いまミャンマーやチベットなどでは宗教家が社会変革のために行動していますね。心だけの問題とはしていない。
 環境を変えながら,心の持ち方を考える宗教もあると思います。

 少し話題からそれてしまいました。

 ただ,不登校の問題だけでなく,教育においての問題でも,心の内の問題だけでなく,外の問題もある,両方から考えていかなければならないということを言いたくて書いてみました。
Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.