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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

K陽Y仁くんが読谷村ホームステイ派遣生徒に
 読谷中学3年生のK陽Y仁くんK陽Y仁くん
が、2008年度読谷村中学生海外ホームステイ派遣事業の派遣生徒に選ばれました。

これまで,セルフ塾から,千遥さんと友香さん(2005年),つらねさん(2003年度),亮磨くん(2002年度)、絵里奈さんと春奈さん(2001年度)が選ばれています。

 読谷村中学生海外ホームステイ派遣事業の派遣生徒の決定については、各中学校において、成績優秀な生徒を推薦し、教育委員会が承認します。派遣人員は、読谷中学校、古竪中学校から、原則として生徒男女各2人の計8人。琉球新報社に委託されています。この事業に係る費用については、業者に支払うべき実費の約54%(約29万円)を村教育委員会が負担し、残りは個人負担となっています。 期間は,7月23日(予定)から4週間で、滞在地は,アメリカ・シアトル近郊か、カナダ・バンクーバー近郊です。

 これまで行った生徒達はみんな満足しながら帰ってきました。そして、外国の文化に直接触れ、大きな影響を受けたようです。Y仁くんも異文化に触れ、人間的にも成長することを期待しています。これまで学んだ英語がどれだけ理解してもらえるかを試し、今後のやる気につなげて欲しいです。そして、来年、再来年と後輩たちも積極的にチャレンジしてもらいたいものです。

 「ホームステイオリエンテーション」で述べたY仁くんの決意です。

 海外ホームステイ派遣を手配いただき、ありがとうございます。ぼくは、このホームステイで、アメリカの歴史や文化を実生活を通して体験してきたいと思います。行くにあたって沖縄や日本との文化の共通点や違いを確認してきます。
 言葉の違い、礼儀作法の違いなど、まったく別の環境で、学べることはすべて学び吸収し、これからの生活に生かしきれるようにがんばります。
 このホームステイに参加できるのは、親やその他のいろいろな方々の協力のおかげであると思うので、感謝しています。皆さんの期待に応えられるように、全力を尽くします。
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客観的な世界と主観的な世界
 ぼくらの世界には,客観的な世界と主観的な世界があります。

 小学生の教科書に「ごんぎつね」が載っていますね。

 多くの人が知っているでしょうが,念のためにあらすじを

 ごんぎつねは,いたずらばかりしていました。
 ある日,ごんぎつねは,兵十(ひょうじゅう)のつかまえたさかなやうなぎを逃がします。
 十日ほどたったある日,兵十の母親の葬式に出合います。
 そこで,ごんぎつなは,あのうなぎは兵十が母親のためにとったもので,自分が逃がしたためにお母さんが亡くなったのだと反省します。
 ごんぎつねはつぐないとして兵十の家にくりや松茸を置くようになります。
 兵十は,それは神様があわれんでやったことだと思って,神様にお礼をします。
 またしばらくした日,ごんが家に入って行くのを兵十が見つけます。またいったずらだと思った兵十は,火縄銃でごんを撃ちます。

 兵十はかけよってきました。うちの中を見ると,土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。
「おや。」
と,兵十はびっくりして,ごんに目を落としました。
「ごん,お前だったのか。いつも,くりをくれたのは。」
 ごんは,ぐったりと目をつぶったまま,うなずきました。


 ちょっと長くなってしまいました。

 客観的世界と主観的世界の話です。

 客観的世界では,くりや松茸を持ってきたのはごんです。

 しかし,兵十はそれを知らない。だから,神様がやったのだろうと思う。これは主観的世界です。これはある意味でしようのないことです。客観的世界を知ることができないのですから,「~だろう」ということで世界を作り上げるしかないのです。

 ぼくらはどちらかと言えば,主観的世界の中で生きています。だから,兵十は神様にお礼を言ったのです。兵十にとってはくりをくれたのは神様なのですから,当然です。

 しかし,最後にごんがやったことだと知ります。つまり,ここで主観的世界が客観的世界と同じになったのです。一致したのです。

 これが認識できたということです。

 さて,神がいると思っている人がいます。またぼくのようにいないと思っている人がいます。これはどちらも主観的世界です。問題は客観的な世界には神がいるのか,いないのかですね。どちらかは主観的世界と客観的世界が一致しているが,一方は一致していない。

 これを考えるときにいつも思い出す歌謡曲の一節があります。西田佐知子の「東京ブルース(?)」です。古いですね。
 
 どうせ,私をだますなら, 死ぬまで,だまして欲しかった


 その女性はだまされていた。つまり,主観的世界と客観的世界が不一致だったのです。ある日,だまされていることに気づいた。一致したのです。

 しかし,それが一致したら不幸せが訪れたのです。

「知らない方がよかった」

 ぼくらは 主観的世界と客観的世界が一致する方向で普通努めますが,一致すれば幸せになるとは限りません

 ぼくは神はいないと思っている。しかし,いないと思った方が幸せかというとそうとも限らない。心の平安というのは,だまされていた方がいいということもあるからです。

 前に宗教の力はすごいと書きました。癌を宣告されても,平安を保てるひとがいる。これはすごいことだと思います。マザーテレサのような行いも宗教のなせるわざなのだろうな,とも思います。
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