FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

斎藤 兆史著「英語達人塾 極めるための独習法指南」
斎藤 兆史著「英語達人塾 極めるための独習法指南」を読みました。
 といっても半分ちょっとのところでストップです。
 

 悪い本だからではありません。とてもいい本です。

 ただ,この本は上級者向けに書かれたものです。改めて見ると「極めるための」になっています。上級者が極めるために読む本です。

 ぼくは,中学生に英語を教えているし,中学生向けの英文法の学習書も書きました。中学英語だけをやっているうちに高校レベル以上の英語を忘れてしまいました。それで,またやり直しです。

 それで,その初級者向けの同じ著者による

これが正しい! 英語学習法 (ちくまプリマー新書 51) [新書]

 を注文しました。

 いずれにしても,安易な学習法ではなく,文法,多読など,こつこつと勉強するやり方を提唱する斎藤 兆史氏に共感しています。

 いくつか引用します。

 

英語の発音をよくするためのもっとも効果的な独習法は英文の音読である。(p16)



 ぼくは音読はいままであまり重視してきませんでした。重視しなければと思っているところです。

 どんなに時代が変わろうが,基礎的なことを何度も何度も繰り返して体のなかに練り込むという学習の基本は変わらない。その学習法の語学版が素読であり,暗唱なのである。(p34)



 素読,暗唱に関しても軽視していました。最近,般若心経を覚えました。また,百人一首を覚えています。いま30首覚えました。
 読んで覚えるってとても大切なことだと改めて感じています。
 本棚に眠っていた,岩田一男著「英語・一日一言」を引っ張り出してきました。百人一首をすべて覚えたらこれに挑戦してみよう。


高度な英語力を身につけょうと思ったら、最低でも伝統的な学校英文法をきちんと勉強しておく必要がある。(p42)



 ぼくも,これまで英文法を重視してきました。いま文法をおろそかにする人が多くなり,学校教育も文法軽視になってきているので,斎藤 兆史氏にがんばって英文法を重視する流れになって欲しい。


最近の英語教育では、学習者が文法を身につける前から文章の大意を理解する読み方を推奨する傾向にあるが、これは本末転倒もはなはだしい。文法を正確に読み解く訓練をしているうちに、しだいに文法が気にならなくなって文意がさっと頭に入るようになる。これが正しい学習の順序である。
(p49)



 多読についてはmixiでも意見交換を行いました。多読は必要ですが,やはり文法を身につける必要があると思います。

英語達人たちは、修業時代のどこかで例外なく大量の英書を読んでいる。逆に言えば、英書の多読は英語の達人になるための必須条件だと言ってもいい。達人レベルを目指さないまでも、英書の多読なくして高度な英語力の養成はあり得ない。(p88)


 同感です。一時期アガサクリスティをたくさん読みました。よかったです。「英語・一日一言」のあとは,また挑戦してみたいです。

スポンサーサイト




「窓ぎわのトットちゃん」に見るセルフラーニング
 黒柳徹子著「窓ぎわのトットちゃん」読みましたか。



 1981年に初版が出ています。そのころベストセラーになり,ぼくは妹に勧められて読んだ記憶があります。
 もう30年近くになりますね。とてもおもしろい本です。一読をお薦めします。

 さて,トットちゃんが退学になり,トモエ学園に通い始めます。そして,そこでの授業の様子を描いたところを引用します。

 ぼくのめざしているセルフラーニングがよく描かれていると思います。

 でも、なによりも”かわっていた”のは、この学校の、授業のやりかただった。

 ふつうの学校は、一時間目が国語なら、国語をやって、二時間目が算数なら、算数、という風 に、時間割の通りの順番なのだけと、この点、この学校は、まるっきり違っていた。

なにしろ、一時間目が始まるときに、その日、一日やる時間割の、全部の科目の問題を、女の先生が、黒板にいっぱいに書いちゃって、

「さあ、とれでも好きなのから、始めてください」

といったんだ。だから生徒は、国語であろうと、算数であろうと、自分の好きなのから始めていっこうに、かまわないのだった。だから、作文の好きな子が、作文を書いていると、うしろでは、物理の好きな子が、アルコール・ランプに火をつけて、フラスコをフクフクやったり、なにかを爆発させてる、なんていう光景は、どの教室でも見られることだった。この授業のやりかた は、上級になるに従って、その子供の興味を持っているもの、興味の持ちかた、物の考えかた、 そして、個性、といったものが、先生に、はっきりわかってくるから、先生にとって、生徒を知る上で、何よりの勉強法たった。

また、生徒にとっても、好きな学科からやっていい、というのは、うれしいことだったし、嫌いな学科にしても、学校が終わる時間までに、やればいいのだから、なんとか、やりくり出来た。従って、自習の形式が多く、いよいよ、わからなくなってくると、先生のところに聞きに行くか、自分の席に先生に来ていただいて、納得のいくまで、教えてもらう。そして、例題をもらって、 また自習に入る。これは本当の勉強だった。だから、先生の話や説明を、ボンヤリ聞く、といった事は、ないにひとしかった。

(窓ぎわのトットちゃん,p40~41)

Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.