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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

進化論の挑戦


 進化論(進化生物学)について学ぶというより,進化生物学の周辺という感じの本です。進化生物学はいろんな方面に影響を与えています。それについて著者の考えが書かれています。
 おもしろい本でした。学ぶところも多かったです。

 その中で「性差」について書かれているところから。

日本の進化生態学者の第一人者である長谷川員理子(早稲田大学)が語ってくれた比喩にしたがえば、排他行為は生物的に「決定された」、生得的な行動である。しかし、だからといって、往来の真ん中で、衆人環視の中で糞尿を垂れ流していいということには、決してならない。

性差や攻撃性や人種差についても、まったく同じことがいえる。仮にそれらが生得的形質であったとしても、それを発現して良いかどうかは別問題である。むしろ、「人間にはこのような攻撃性や人種差別、性差別などをおこなう傾向が生得的にある。だからこそ、それらを防ぐためには根本的な対策をとらなければならないのだ」と考えるべきなのだ。(p84)



 

生物学は性差を固定化するものでも決定するものでもない。むしろ、進化生物学は性差別に生物学的根拠がないことを明らかにするのである。

 生物学決定論、より正確には遺伝的決定論というべきだろう。遺伝子によって生物の性質 ・・・ 行動とか形とかが決まっているという発想である。遺伝子(DNA)は生物の設計図、だから性差もDNAに支配されている・・・。遺伝的決定論が誤りであり、進化生物学はそのような見方をほんの少しも支持しない。(p130~131)



 

遺伝的であることは、決定的なことでも改変不能なことでもないのだが、あいも変わらずDNAは運命を決める神様扱いされ続けている。(p132)


遺伝子と生物の形質の関係は、楽譜と音楽の関係によく似ている。
(p133)



 ばくぜんと考えていたことが明瞭にまた深く書かれているので,とてもよかったです。

 ぼくは保育園をやっていたし,そしていまは学習塾をやっています。その中で男と女は違うとつくづく感じました。学生のころは性差は文化によるものだと教わり,そのように信じていたのですが,性差は文化によるものではないと思っています。

 学力が上位の女生徒であっても,図形の問題になると学力が中位の男生徒並にしか理解できない。逆に男生徒の作文の下手なこと下手なこと。
 女生徒はいっぱんにまじめです。それに比べて・・・・

 男と女の差をあげればきりがありません。こんなに差があるのは,生得的なものだと思っています。昔なら育て方による違いということも考えられたでしょうが,いまの親はそんなに男女で育て方が違うとは思えません。

 だから,男と女はかなりちがうものということは認識しなければいけません。

 では,それは固定したものかというとそうでもない。また絶対的なものかと言えばそうでもありません。

 数学の得意な女性もいます。女性の優秀な物理学書もいます。
 グラフにすると山が二つできるでしょうが,それは重なり合っています。
 
 また,それは変わらないものではないでしょう。

 女性も図形の問題を数多く解くことによって図形が得意になるでしょう。
 楽譜と音楽の違いという比喩はとてもおもしろいです。確かに楽譜によってある程度は決まりますが,それを演奏する人によって音楽はとてもちがってきます。


 ・・・えー、わたしわかんなーい、キャッ! という行動が「女らしい」と感じられる。これは文化の産物ではない。程度の差こそあれ、どこの文化圏でも子供っぽいしぐさや特徴をかわいい=女らしいと感じる人が多いという研究かある。繰り返すが、程度の差はある。(p136)



 子供っぽい女、ブリッコ女が「もてる」というのは、男性上位の社会で女性か少しでもいい条件を獲得するための自己欺瞞戦略なのではないか・・・これがゴヮティーの仮説である。(p137)


 この部分は,単におもしろいと思って残しておきました。

 竹内久美子さん,教育について,ミームについてはページを別にして書きます。


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