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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

小説になると
惜哉(おしいかな)戦場の数少なければ人信ぜず
 に次の文を引用しました。

然れども我は老功(巧)なれば人に信ぜらる。
信ぜらる時は、謀事用ひらる也。
汝は才智は我にまけざれど、惜哉(おしいかな)戦場の数少なければ人信ぜず。
謀事も亦用ひられじ。


 それが。司馬 遼太郎著「城塞(中)」では,次のようになります。小説家というのは,読者がおもしろく読むコツをよく知っているのですね。
城塞 (中巻) (新潮文庫)

 その死のまぎわに、昌幸らしい挿話がある。「真武内伝」や「武将感状記」に書かれている。
 「重病を受けて、まさに死なんとす。よって嘆息し、我にーつの秘計あり、これを用いずして徒らに死なんこと口倍し、と」
からはじまっている。

 枕頭にいた幸村がききとがめ、そのこと、のちのちの家訓後学にも致しとうございますゆえお洩らしくださいませぬか、というと、昌幸はそっぽをむき、
「汝ノ及ブトコロニアラズ」
と、いった。これに対し幸村は、
・・・・深ク恨ミタル気色ニテ。
 という表情をつくり、なるほど自分は父上にくらべれば庸愚でございます、というと、昌幸はそういう意味ではない、といった。

 「そのほうは、才はわしよりすぐれているかもしれない。が、若くして九度山に蜜居したため世間にその閲歴を知られていない。だからこの策をもって大坂の城衆を説いても、たれもがそのほうを信用せぬ。世間のことは、要は人である。わしという男が徳川の人軍と二度戦い、二度ともやぶったということを世間は知っている。そのわしがこの策を出せば大坂の城衆も大いに悦服し、心をそろえてその策どおりにうごくだろう。妙案などはいくらでもある。しかしそれを用いる人物の信用度が、その案を成功させたりさせなかったりするのだ。そのほうではとうてい無理である」
といったが、幸村はなおもせがんだのでついに明かした。

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