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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

ジョン万次郎


 さる1月4日にジョン万次郎が上陸した地に行きました。糸満市大度です。

 それで,ジョン万次郎についての本を読みました。,

 沖縄に上陸した万次郎の様子が知りたかったのですが,薩摩の役人にスパイ扱いをされたことが述べられているだけでした。母によると,島の人とも交流があったとか。それが確かな情報かは知りませんが,この本にはそういうことはいっさいふれられていませんでした。

 沖縄タイムスのHPでは,
絵物語・琉球に上陸したジョン万次郎
 を見ることができます。母の情報源はこれだったかも。

 まずはp10から

「日本という国は、世界でいちばん野蛮な国だ。」
国民の生活が野蛮だというのではない。外国に対するあつかいが、まったく乱暴だ、というのである。

「航海をしていれば台風にあうこともある。あるいは、途中で難破した船の乗組員を救いあげることもある。そんなとき、食糧や燃料がたりなくなって、どうしても、近くの陸地で、たりないものを補給しなければならないことがおこるのだ。
  しかし・・・
 日本は、こういうとき、絶対に助けてはくれない。助けてくれないどころか、船を追っ払うのだ。もし、無理に上陸でもすれば、上陸した外国人は殺されるか、死ぬまで牢に閉じこめられたりする。ほんとうに、日本という国はおそろしい・・・」


 江戸時代,鎖国をしていたことはもちろん知っています。しかし,外国の船乗りの立場から考えたことはありませんでした。
 なるほど,鎖国というのは,外国の船乗りからすると大変なことだったんだと思いました。

 この小説には,「対談解説」がついています。ここがおもしろかったです。対談は,この小説の著者の堂門冬二さんと,作家の松永義弘さん。


堂門:また僕は語学というのも才能なのかなと思います。語学を勉強するのに時間をかければいいというものじゃないんでしょうね。やっぱり天性のものが彼にはありますね。

松永:今日はいい機会だなと思ったのは、童門さんに会って万次郎が日本の漢文をどうやって勉強したかというのを聞きたかったんです。

童門:これは一つは、河田小竜の所に通っていたときでしょうね。あれ以外には時間がちょっとないでしょうからね。

松永:日本語を話すことはできても、字はまったく知らないから、新たに「いろは」からやらなければいけない。

堂門:それはそうでしょうね。

松永:だからやっぱり頭がいいんですね。

堂門:子どもがおもちゃにムキになるようにならないとだめなんで、しようね。

司会:年齢的にも、もう少し大きいと語学の習得には遅かったかも、しれないし、もう少し小さいと外国人になりきってしまったかもしれないですね。

童門:小さいと向こうへ行っていても日常会話は何でもなく、覚えるけれども、日本へ帰って日本語になると忘れちゃうんですよ。だから、高校生の時期だから、両方忘れないということでいちばんいいときじゃないですか。

松永:日本語習得の努力は大変なものだったらしい。

堂門:そうですね。漢字を覚えなければならないですからね。

松永:それで日記を見てみると、もう続け字を書いていますものね。あれなんかは感心しちゃうな。大学のときに古文書を習っていていまだに読めないものね(笑い)。それを彼は続け字で書いているからすごいなと思う。


 市川力著「英語を子どもに教えるな」
 を以前紹介しました。安易な気持ちではバイリンガルにはならずセミリンガルになってしまうということでした。
 万次郎が日本語を学ぶということはまったく考えなかったです。言われてみるとそうですね。漁師なんだから日本語の読み書きも十分ではなかったでしょうから,それも新たに学ぶ必要があったのです。


松永:どうして勝海舟だとか、木村摂津守などが万次郎のことを書いていないのかなと思うんですよ。

堂門:やっぱり認めたくないんじゃないんですか。勝は特にそうですね。僕は勝は気にくわないんだ。父親の小吉のこともほとんど書かないでしょう。勝小吉の「夢酔独言」のほうが福沢諭吉の自叙伝より、よっぽどおもしろいですよ。だけど、恥ずかしいんですね。

 なるほど。勝海舟にもそういうところがあったのか,という感じです。父親を恥ずかしがったというのはどこかで読んだ気がします。ただ,万次郎のことも認めたがらないところもあったのですね。


堂門:そうですね。起爆剤であり、呼び水みたいな役割を果たせば、それで使い捨てという存在だったんでしょうね。それから結局、アメリカは思想のない国でしょう。共和制度はあくまでも資本家擁護のためのシステムですよね。だから株式とか、大統領選挙だといってみても、金のある市民へ奉行する社会体制というか、政治体制だから。日本では下級武士でもー応は儒学、朱子学なり、陽明学なりで政治というのはどうあるべきか。何のためかという目的意識をきちんと添えています。
万次郎の場合にはイギリスとか、ドイツとか、フランスといった伝統のある国の政治思想などを学ぶ時間がなかったでしょう。アメリカ・プロパーでいって、純アメリカ的な教育を受けてきているから、民主主義というのはアメリカの民主主義なんです。だからイギリスとか、ドイツ、フランスで育ってきたものには歴史的な積み重ねというか、一つのイデーがありますよ。そこにまでは体系化できなかったのかな。



 アメリカは思想がない国,というのはおもしろい。確かにそうかもしれないです。


堂門:松永さんに叱られちゃうかもしれないけれども、龍馬というのはオリジナリティーが、全然、ないんですよ。独創的にものを考える人じゃないんです。大体人からヒントを得たり、あるいは他人がこれはだめかなとうっちゃったのをちりかごから拾ってきて、これは使えるんじゃないかと・・・・・・。薩長連合でも、皆そうなんです。だから彼の船中八策から大 政奉還に至る原案は、やはり河田小竜であり、その前は中浜万次郎です。


 そうか,「龍馬というのはオリジナリティーが、全然、ない」のか。
 司馬遼太郎の「竜馬が行く」以来の竜馬ファンなのですが,そのあたりは考えもつかないです。もっとゆっくり勉強してみましょう。


司会:福沢諭吉は万次郎についてあまり書いていないのですか。
堂門:書いていない。自叙伝で書いていないです。
松永:書いていませんね。

童門:日本の英語の導入者、創始者は俺だということくらい。あの自叙伝も「俺が、俺が」で気にくわない。


 福沢諭吉についてはよく知らないし,自叙伝は読んでいません。「俺が、俺が」なんですね。


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