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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

大人の時間はなぜ短いのか
 

「大人の時間はなぜ短いのか」

 不思議ですね。大人になるほど,「もう1年たったのか」のようなセリフを言います。
 大学のころにそのようなことにふれた論文を紹介した人がいたように思います。

 さて,この「大人の時間はなぜ短いのか」は,1冊すべてをこの問題について書いてあるわけではありません。目の錯視から始まって,時間と空間の錯覚,時間にかかわる問題など,いろんな方面について書いています。

 この「大人の時間はなぜ短いのか」には,1章をさいています。もちろん,その他の章も関連はありますが。

 その他の章もおもしろい内容がたくさんありました。前に書いた夕日が大きく見えるのはなぜかなども面白かったです。

 では,なぜ,大人の時間は短いのかです。いろんな原因が考えられるそうです。

 まず,1つは心的時計の進み方

この心的時計の進み方は、身体的および心的な活性度に対応していると考えられる。つまり、身体や心が活性化しているときや代謝が激しいときには、心的時計が遠く進み、場合によっては物理的時計よりも速くなる。他方、代謝が落ちているときは、心的時計がゆっくり進む。(p120)

身体的代謝が落ちると、それに伴って心的時計の進み方も遅くなる(年を取るにつれ、時計を動かしている動力源のゼンマイがゆるくなっていくような状態を考えるといいかもしれない)。そのため、時計の刻む1分、1時間、1日、1年は、心的時計よりも速く進む。実感としては、1分、1時間、1日、1年経つのはまだ先と感じられるため、時間が速く進んだように感じられるのだ。(p121)


 なるほど。私たちが「もう1年たったのか」と思うのは,時計の時間のほかに私たちの中に心的時計(体内時計)を持っているので,それと比較してのことなのです。

 例えば,「5分後にもう一度お電話ください」と言われたとき,時計がなくても,もうそろそろ5分になるだろう,ということで電話をすることもあります。
 それが心的時計ですね。

 それが体の状態や年齢で変わるのだそうです。つまり,年をとるとそれがゆっくりになる。時計の針が遅れるようなものです。ゼンマイがゆるくなった時計というのはいい喩えです。針の進みが遅くなるのですから,まだ11時45分だと思っていたのに,壁の時計を見ると12時になっていた,というようなものですね。だから,もうこんなに時間がたっていたのか,という感じを持つということです。

 次はまったく別の要因です。

時間経過に注意が向くほど、同じ時間がより長く感じられることも知られている。退屈な会議に出席していたとする。その会議が早く終わらないかと時間の経過が気になって何度も何度も時計に注意が向く場合などは、時間がなかなか経たないような印象を受ける。
他方、楽しく時間を過ごしているときは、あまり時計のことなど気にならないだろう。気がついたらもう帰らなければならない時間だ、というケースがしばしば起こる。
(中略)
 ここにも、大人の時間はなぜ短いのか、という問題を解くカギがありそうだ。つまり、子供と大人との時間の感じ方の違いに関して、子供のほうが待ち遠しい行事(あるいは時間が速く経過してほしい事柄)が多いこと、それに対して、大人では日常の多くの出来事がルーチンワークとなっており、待ち遠しいことも子供ほど多くないことが関与している可能性もある。(p125~127)


 これもよくあることです。時間を気にしていたら時間の進みが遅く感じられます。
 子どものころは楽しみにして,まだかな,まだかな,と思うことがよくありました。
「指折り数えて待っていた,うれし,うれしい運動会」
 ですね。
 年をとると,楽しみも少なくなるので,指折り数えて・・・が少なくなり,時間があっというまに過ぎていくのでしょう。

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