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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

セルフ塾の好きなところ嫌いなところ(2)(葉,
成績も上がっていてちょ~うれしい  C花 葉  

 私が、セルフ塾に入ったのは中学二年の六月ごろでした。始めは、大変そうだなぁと思っていました。京子さんも怖かったし、急に叫ばれたりすると、心臓が痛かったです。でもしばらくするとそれにもなれてきて、塾に来るのがとっても楽しくなりました。

 でも、なれてくれるにつれ、サボったりする事も多くなり、京子さんにおこられることもありました。そのおかげで、塾に行く大切さも知る事ができました。今では、きちんと塾に来てるし、成績も上がっていてちょ~うれしいです。

 行きたかった高校も、始めはC評価だったけど、今ではA評価になりました。これも庸次さんと、京子さんのおかげだと思います。一年とちょっとだったけど、お世話になりました。

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個人的に教えてくれ,とてもわかりやすく  K友名 宙  

 セルフ塾は、楽ではありませんが、僕は勉強環境はとても良い所だと思います。
理由はたくさんありますが,まずあげるとしたら学習指導者の人達です。中学校では、専門の先生が授業しますが、セルフ塾では五教科すべて教えてくれ,そして個人的に教えてくれるのでとてもわかりやすく助かります。

 ほかには、土日をぬいて月から金までみっちりと学習時間があり,テスト前となると土日をやって毎日教えてくれます。この学習時間はとてもきびしく,毎日眠たいのですが、他の人たちにおくれをとっていると思う人にはうってつけの塾です。またおくれていないと思う人にも予習や復習ができとてもいいところです。

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厳しくてハードですけど、終わった後の達成感は、他の塾よりも大きい  M田 宗一郎  

 ぼくは、セルフ塾に入って一度も楽しかったと思ったことがありません。なぜなら、ノルマは多いし、休みが少ないし、気を抜いたら終わらないしと、いったところです。

 しかし、それを違う意味でとらえると、とても良いことだとも思いました。なぜなら、こんなにハードなものをやっていたら実力がつくということです。いやだけど、やらないといけないことで根性もつくと思います。また、セルフ塾は基礎からやるので、自分の苦手がはっきりわかり、苦手を無くすことができます。

 このように、セルフ塾は、厳しくてハードですけど、終わった後の達成感は、他の塾よりも大きいと思います。

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動物が塾の中にいて、僕達を癒してくれた  T山 健伍  

 僕は、三年生のときにセルフ塾に入りました。

 友達からセルフ塾は、毎日あり、自主学習だからあってない人にはきついと言われましたが、僕は大丈夫と思い入塾しました。その友達の言った通り僕にはとてもきつい学習法でした。自分のノルマが終わらずに遅くまで残ったり、たまに掃除もあったりしてとてもいやでした。

 しかし、僕のセルフ塾の好きな所もたくさんあります。動物が普通に塾の中にいて、僕達を癒してくれたり、皆仲がよかったりして,とても楽しいのも好きな所です。

 でも一番はやっぱり、先生方との仲がいい所だと思います。庸次さんや京子さんのほかにも何名かの先生方がいて、休み時間などの話などとても楽しいです。
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記事番号1000超
 このブログの記事数が1000を超えました。この記事は1002番目になります。
 ブログを始めたのが1昨年の12月ですから,もうすぐ1年半です。

 単なる通過点ではありますが,4桁になって,よく書いてきたものだと自分でも感心しています。
 毎日,カウンターを見て,これだけの人に読んでもらっているのだから,またがんばって書こうという気持ちになります。

 読んでくださっている方,ありがとうございます。

母と読書の思い出
 ぼくは,「読書の好きな子に育てる方法」について新聞投稿したことがあります。それをぼくの母が読んで、妻に次のように語ったそうだ。「私は共働きで、ゆっくりした時間もなく、子どもたちに本の読み聞かせをすることもできなかった」。さびしそうに語っていたそうです。保健婦をしていた母は,家事と仕事を両立させるために,いつも忙しそうにしていたのを思い出します。

 ぼくも親不孝をしたものです。その罪ほろぼしというのではありませんが、母と読書のということで思い出すことがあるので、書いてみます。

 ぼくが小学校六年のときです。担任が授業の中でビクトル・ユーゴーの「ああ無情」を読むことをすすめました。それに興味を持ったぼくは母にその本をねだりました。そのころぼくは首里に住んでいました。母はそのぼくを那覇まで連れて行ってくれました。そして、書店に入って「ああ無情」を探してくれたのです。すぐには見つかりませんでした。4~5軒の書店をまわってやっと見つかりました。もちろん、ぼくはその本を夢中で読みました。

 もう一つの思い出は、日本文学全集をそろえてくれたことです。ぼくが中学生のころでしょうか。あのころはぼくの家族は大家族で経済的にはそんなにゆっくりしていなかったのではないでしょうか。一月に一冊配本されていたと思います。与謝野晶子訳の「源氏物語」から始まって昭和の著名な作家の作品が並んでいました。

 ぼくは、短編集で読みやすかった芥川龍之介から読み始め、夏目漱石、森鴎外、武者小路実篤、太宰治・・・、と読み進みました。学校の図書館に行けば読むことはできたでしょうが、やはり目の前にあると気軽に読むことができます。今でも実家の書棚にはその全集が並んでいます。あれがなければ、あんなには日本文学を読まなかったでしょう。

 今ぼくは読書が好きです。確かに、母に読み聞かせをやってもらったことはありません。しかし、母が読書の好きな子に育てたかったことは確かです。それは子どもには伝わるのもです。

 ピグマリオン効果については前に書きました。子どもに期待をかけていると、実際にその通りになるというのです。母はぼくに読書好きになってもらいたいという期待をかけていたので、私が読書を好きになった面もあると思います。

 もちろん、そんな単純ではないでしょう。読書好きになってもらいたいと思って、読み聞かせを続けてきたのに大きくなって読書をするようすもないという例を数多く知っています。読書好きな子に育てるというのはいろいろな要素が複雑にからみあっているように感じます。
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