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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

英語の学習法も自然淘汰される
 コメントをいただきました。ありがとうございます。

タイトル:英語は根性論ではない
もうあなたの英語論は負け惜しみにしかすぎない。



 ぼくは,根性論は大嫌いです。できるだけ楽をして,効率よく学ぶことが大好きです。
 「負け惜しみ」ということですが,どういう英語論がぼくの英語論を負かせているのですか。
 最近の英語の教科書はだいぶ会話中心になっています。文法はおろそかにされています。そういう会話中心の英語論がいま勝ち組なのですか?
 
「日本語力と英語力」 を読んでください。 

日本にいる外国人とコミュニケーションをとるくらいならそれでもいいのかもしれませんね。
ですが私はさらに上を目指します。
別にアメリカ人やイギリス人と同じ発音を使用という訳ではありません。
国際語としての英語を学ぶのです。

和文英訳英文和訳を何度もやっていれば英語脳ができるのでしょうか。
もっと効率的な学習法があるのではないでしょうか。
「インターネットで情報を得て、インターネットで情報を発信する。」
とありますが、まさにネットの70%は英文で書かれてあるそうです。
しかし私たち日本人の中でどれだけの人がインターネットから情報を得て発信していけるのでしょうか。
中学高校、また大学、これだけ長い時間英語を学習してきたにも関わらず、
ろくに英語の雑誌、小説、WEBページも読めないのが現状なのではないでしょうか。
もう、方法論に問題点があるとは思いませんか!?


 何度も書きますが,中学,高校,大学だけでは英語はマスターできないのです。大事業なのです。簡単にマスターできるはずだという,見積もりの間違いが英語の勉強を挫折するのに通じるのです。
 それについては
英語学習「見積もりの誤り」


 楽に,短時間に英語をマスターできる方法があるのであれば,ぼくはすぐにでも白旗をあげて,その組につきますよ。

 英語学習の方法も,進化論の自然淘汰と同じように,悪いものは淘汰されるはずです。だれでもが楽をして短時間で英語をマスターしたいと思っているはずです。まあ一部には変な人もいるので,「だれでも」ではないかも知れませんが。

 新聞,雑誌などで,大きく宣伝が載りますね。
 「聴くだけで」とか「勉強しないで」とか「苦労しないで」とか。

 あれが本当なら,もう日本中が英会話が上手な人であふれているはずです。
 英会話教室もあんなに多いのに,英語が達者な人は少ないですね。

 もしあなたが,いい方法論を持っているのなら,それを実践すればいいのです。英語塾を開いたらどうですか。そして,楽に短時間で英語をぺらぺらしゃべる英語脳の人をどんどん作り出す。すると,多くの人が集まってきますね。その方法がどんどん広まる。すると,これまで英文法中心にやっていた,ぼくの塾のようなものはすぐにつぶれてしまうでしょう。自然淘汰されるのです。学校の英語教育も大きく変わるでしょう。

 先にも書きましたが,ぼくは楽に短時間でマスターできた方がいいと思っています。ぼくが学生の頃もう40年近く前になりますが,そのころから,文法中心はダメだ,という意見はありました。あなたが書いてあるように「中学から何年もかかって学んでいるのに・・・」というのは,そのころからありました。

 そして,あの頃はカセットテープでしたが,売られていました。ぼくも手に入れました。はっきり覚えていませんが,もらったと思います。やりましたよ。悪くはなかった。でも,それだけで話せるとは思いませんでした。英語学習の一つの方法です。

 ぼくの塾の生徒は,英語を好きになる傾向があります。英文法を学んで,英単語を覚えて,というぼくの方法でです。そして,ホームステイに行ったり,留学したり。大学で英語を専攻したり,英語の教師になったり。少なくないです。だから,ぼくは少なくとも今のところ,負け組だとは思っていません。この方法でうまくいっていると思っています。

 あなたが,別の方法で,どんどん英語脳を持った人々を作り出すことを待っています。
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バンザイねこ(Surprised Kitty )
 昨夜,たまたまテレビをつけたら,ねこがバンザイをする動画。おもわず笑ってしまいました。
 ねこ好きなあなた。ぜひ見てください。もうすでに見たのかな。

Surprised Kitty (Original)


時制の一致と クオーテーション‐マーク,カギかっこ
  きょうの文は,まったくぼくの推理,仮説です。そのつもりで読んでください。

 英語で,引用文の前後につける記号。「“ ”」「‘ ’」など,引用符をクオーテーション‐マーク【quotation mark】 といいますね。

 そして,日本語の場合,文章表記中などで用いる 「」『』〔〕などの記号。会話や引用、注意語句などを示すのに用いるのを,かぎかっこといいます。

 ちゃんと調べたわけではないのですが,カギかっこは,英語が入ってきたときに,クオーテーション‐マークに似せて作られたのではないでしょうか。それ以前はクオーテーション‐マークにあたる記号がなかったのではないでしょうか。

 He said “Thank you.”. というのを見て,

 なるほど,会話文をこのようにくくれば分かりやすいな,と思った。それで,

 三四郎は,ありがとうと言った。 

 という文を

 三四郎は「ありがとう」と言った。

 にすると,なかなか分かりやすいな,といういうことで使い始めたのではないでしょうか。

 ただし,そのクオーテーションマークにあたるカギかっこを導入するときに,ただ単にそれをつけることだけを導入してしまった。

 もともと日本語には,カギかっこがなかったので,会話文を地の文で表していたのでしょう。

 三四郎は,私は忙しいと言った。

 のように表していたのです。それは,

 三四郎は「私は忙しい」と言った。

 のつもりで書いていたのでしょう。頭の中には会話文ということで「 」があったのだが,そういう記号が発明されていなかったので,そのままに書いていたのです。

 しかし,カギかっこがあると分かりやすいということで,会話の部分にカギかっこをつけたのでしょう。

 しかし,それを導入するときに,地の文と会話文の違いをきちんと区別することまでは導入しなかったのでしょう。

 三四郎は「私は忙しい」と言った。

 それを英訳すると, Sanshiro said “I am busy”. ですが 
 “ ”がなくなった文では

 Sanshiro said he was busy. になりますね。時制の一致が行われるし,人称の一致も起こります。クオーテーションマークが外れて地の文になると,そのままで判断できる表現にしなければいけません。

 地の文の I(私)は,あくまでもそれを書いた筆者です。
 Sanshiro said “I am busy”.  では,クオーテーションマークにくくられているので,このIはSanshiroのことになりますが,それが外れるともうI = Sanshiro ではなくなります。地の文になるとheにしなければならない。時制もそうです。

 しかし,日本語にはそういう発想はないのです。日本語の「」は,単に会話文だということをはっきりさせるための記号でしかないのです。「」がなくなると,地の文になって,いま見ているような時制,人称ではなくなるという考えはないわけです。そこで,英語を学ぶときになって,「時制の一致」という概念を学ばなければいけないわけです。
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