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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

神秘性のない宗教
 いま、三田誠広著「はじめての宗教・・キリストと釈迦」を読んでいます。

 

 かなりおもしろいです。この「はじめての宗教」を読んだのは、三田誠広氏がアインシュタイン相対性理論の入門書「アインシュタインの謎を解く」を書いているからです。この本よかったです。すごく勉強しているなと感じました。深く理解していると思います。このように,科学を深く理解している人が宗教をどのように描くのか、とても興味がありました。



「はじめての宗教」から少し引用します。

 自分の考えを、他人におしつけるつもりはない。奇蹟について、これ以上、議論を重ねる必要もないだろう。僕は、奇蹟を信じている人々に論争に挑むつもりはないのだ。自分の思いを、正直に、誠実にかたりたい。僕が考えているのは、そのことだけだ。
 一人の人間として、何を考え、何を「探究」したかを確認したい。繰り返すが、イエスが「神の子」ではないと言い張るつもりはない。ただ僕にとっては、イエスが「神の子」である必要はないということなのだ。(p31)



 とても面白い立場だと思います。僕もその立場からイエスのキリスト教に関心があります。

 僕は、宗教には大きな力があると考えています。いろいろな面で宗教は力を持っています。宗教を信じている人は強いと思います。宗教が人の生き方を支えているという点も認めます。しかし、奇蹟があるからということで宗教を認めることはできません。神秘的な力を考える必要はありません。僕は神秘的な出来事を信じることはできません。神秘的な力ではなく、本当にある意味で宗教の力は大きいのです。神秘的な立場からではなく、宗教とはどういうものかを考えてみたいのです。

 インドのマザーテレサの仕事は素晴らしいものです。あれは宗教がなせる技なのではないでしょうか。あのように無私で,人のために行動できるというのは,おどろきです。
 人間の死を前にして宗教が果たす役割はまた大きいものです。末期がんの患者が、心穏やかに死を見つめることができるというのは素晴らしいものです。うらやましく,見習いたいと思っています。

 とにかく宗教にはある力があります。しかし、それは奇蹟を起こすといった神秘的なものだからではありません。その神秘的なものを除いた宗教考えてみたいのです。

 だから僕は三田誠広氏の立場を強く支持します。

 人間には潜在的なものすごく大きな力があります。「火事場の底力」もその一つです。あれは、決して神秘的なの力ではありません。本当に人間がもっている力です。100の力をぼくらは普段は10や20しか出していない,しかし,火事場になると100の力がでるのです。もともと持っている力を発揮しているのです。
 だから宗教がなくてもその力を発揮することはできるはずです。それでも、宗教によってその力を発揮するというのが結構広く見られます。そういう人間の潜在的な力を引き出するといった宗教の力が何なのかをして知りたいのです。

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