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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

私は~~です
僕はこのブログなどのように文を書いていて、自分の考えを述べたり、客観的なできごとを書きあらわすことはまあまあできているのではないかと思います。分かりやすい文ですね、といわれることがよくあります。

 しかし、その半面、生活の一部分を取り出して、それを書きあらわすことがとても下手だと思います。

 例えば、沖縄そばを食べに行ったとします。そこでの沖縄そばのおいしさを書きあらわすこと、またはそこの店の雰囲気など感じたことを書くことなどです。

 塾の生活の様子をあらわすことも下手です。いつ、どこで、何々があったということを客観的に伝えることはそれなりにできているのですが、どのような様子だったのかそれを描写するのがうまくないのです。

 さて、学生時代ことです。心理学の特別講座がありました。僕の在籍する金沢大学の教授ではない方が見えての講義をしていました。教授の名前、なんという特別講座だったか忘れました。

 その教授が最初に僕らに課題を与えました。用紙を配って、それに「わたしは何々です」という文を20つくりなさい、というようなものでした。

 「私は仲松庸次です」 というような感じで 20作りました。

 そのあとでその教授は、そのことについて講義をなさいました。

 このような課題を与えたときに、全く客観的なことしか書けない人がいるというのです。例えば、「私は我慢強いです」「私は怒りっぽいです」というようなことは書かずに、「私は男性です」「私は日本人です」というようなことしか書けないというのです。

 その講座では、そういう人は一部の人だというような感じで、異常とまでは言っていなかったと思いますが、それに近い扱いをしていました。

 実は、僕がそうだったのです。僕は考えに考えて、全く客観的でだれでもがそうだといえるようなことを 20書き出してあったのです。「私は人間です」「私は動物です」のような感じで。その中には、主観的な文はまったくありませんでした。

 その時に、僕は少しほかの人とは違うんだなと感じました。でもその時は、それが悪いというようには考えませんでした。客観的で何が悪いんだと思っていました。客観的に物事を見るということに僕は価値を見いだしていたからです。だから、異常のような扱いでしたが、劣等感を持つことはありませんでした。

 ただ、そのことは常に僕の頭の片隅に残っていました。

 そしてこのような塾の仕事をするようになりました。そして通信文をかきます。そこでは生徒の様子などを書きあらわすことがよくあるのですが、その時に無味乾燥な文になってしまうことに、よく気づかされたのです。

 自分で読んでもまったくおもしろくないのです。もちろん、そういう場合にはかなり主観的なことまで書いて面白くした方がいいと思い、そう努めてはいるのですが、なかなか難しいのです。一応感じてはいるのでしょうが、その感覚的な微妙なことが何なのかを言い表せないのです。

 僕の気質として、そういう感覚的なものを排除するようなところがあるのかもしれません。このブログでも、これまでいくつか生活をあつかう文も書いてきました。その時にはできるだけ感覚的、主観的な部分を書くように努めてはいます。そう努めてきたので、少しずつ良くなってはきていると思います。

 でも、ほかの人が書いたメールなどの何げない文を読んでみると、とても面白くて、このような文が書けたらいいなとよく思うのです。
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