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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

拙著「相対性理論入門(原稿)」段階を追っているので、とても分かりやすい
拙著「塾長先生の相対性理論、分かる授業」の原稿を、元高校の物理教諭Shinseiさんに読んでいただきました。

 きょう午後、読み終えったということで、原稿を届けに来てくれました。そして、i感想などを述べてくれました。数点、間違いや注意点もいただききました。

 次に、先生の感想を書き残しておきます。ヴォイスレコーダーに吹き込んだのを文字化しました。

 とにかくわかりやすい。
 段階を追って、具体的なところから入って、簡単な数式から難しい数式に進んでいく。

 特にトムキンスの世界はよかった。

 ぼくも、トムキンスは高校のときに読んだことがあるが、その頃は理解できなかった。

 ガリレオの世界から、トムキンスの世界、アインシュタインの世界、文字式の世界に進むというのはとてもいい発想だ。

 むつかしいけども、この段階を追っていったらわかるはずだった。じっくりゆっくり考えることができる人なら必ず理解できる。

 ぜひ、これは本にして発行してほしい。同僚だったi高校の理科の先生方にも読ませたい。

 僕も高校時代から相対性理論は読んでいたがよくわからなかった。大学に行って物理の専攻だが、突っ込んだ授業はなかった。

 この本を読んでよかったと思っている。

 Yojiさんの人柄だと思うのだけども、この段階を追った説明の後に「喫茶店にて」というのがある。あれは最高です。湿高鰤夫(しったかぶりお)さんが 出てくるのもおもしろい発想だ。ゆとりがある人が書いてるからいいですよ。



相対性理論入門書、原稿のモニター募集
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√7 もaと同じ文字のようなものだよ
 中学3年生は,平方根の勉強をしています。

 まだまだ新しい概念で,戸惑っています。

 √7 + 2√7 をどうすればいいのか,前に進まない。

 そういう子には,
 a+2a= 
 をさせる。

 これはもう慣れたもので, a+2a=3a とすぐできます。

 √7 もaと同じ文字のようなものだよ,と言ってあげると

√7 + 2√7=3√7 と正解ができます。

 ただ,いつでも文字と同じかというとそうでもない。 

 √7 × √7 =√7² としたのでは不十分。=7にしないといけません。

 文字と同じようなところと,またそうでないところがあるのです。だから,戸惑う。

 もう慣れるしかない。問題をたくさん解くことです。

インターネットの「翻訳サイト」
礼9624さんから
「英文あぶり出し法」にコメントをいただきました。
礼9624さん,ありがとうございます。


■あぶり出しというのは、技術として重要ですね。
英文翻訳の他にも方法として使っているのですかしら?

ところで、ご存じかもと思いますが、インターネットに「翻訳サイト」というのがいくつかあります。
例えば、「エキサイト翻訳」
http://www.excite.co.jp/world/というサイト。
ここで例文「トムは京都で何を見たらよいかわかりませんでした」を入れてみると、
Tom has not understood what he should see in Kyoto.と出ます。

ちなみに例文の答えであるTom didn't know what to see in Kyoto.は、
トムは京都で何を見たらよいかがわかりませんでした。
と出ます。
この「翻訳サイト」を生徒が宿題などで使用すると、ズルをすることにも繋がるし、一方、自宅検証するのにも使えますね。
こういうことは、受験生には、もう周知のことなのでしょうか?道具としての使い方が重要ですね。


 「翻訳サイト」はいいですね。そのままではまだ使えないと思いますが,道具としては便利です。

 ぼくも,英文を読みたいときには,それを利用したりします。でも,出てきた日本語はそのままではよく理解できないことがあり,英文と照らし合わせながら,再解釈します。

 ぼくの塾の中学生はまだそれを利用していません。ただ,英検勉強のときには,電子辞書を使っています。

 大学受験生は利用しているかもしれませんね。使い方によっては,いい道具になるのではないでしょうか。

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蛇足中の蛇足
 立派に書き上げた蛇に足をつけてしまって、台なしにしてしまう、それが「蛇足」です。付け加える必要のないもののことです。

 さて、「蛇足中の蛇足」と思われることを生徒がやることがあります。それを紹介しましょう。

 ゆとりの教育がはじまって学力の低下を実感しています。特に分数の計算がとても下手になっています。

 中学二年生、三年生になっても分数の通分、約分がきちんとできない生徒がとても多くなっています。それで、中学生に通分の仕方を教えて分数の足し算や引き算をさせようとしていました。

1/2 + 1/3 だとしましょう。
いろいろ苦労しながら、何とか二つの分数を通分し、 3/6 + 2/6 まで何とかが持ってくることができました。

 そこでちょっと目を離したすきに、「これは約分ができるね」と云いながら、さっさと約分をしてしまうのです。

 足し算を終ってから約分するのではありません。3/6 + 2/6 を 1/2 + 1/3 に戻してしまうのです。

 何のために通分をしたのか全く分かりません。ここで約分をしてしまえば、足し算ができなくなるではありませんか。

 そういうことは考えもせずに、目の前の分数が約分できるものですから約分をしてしまうのです。

 約分してしまうと、前に進むことはできず、途方に暮れてしまうのです。

 全く「蛇足中の蛇足」と思います。

 ぼくはただただあきれてしまいます。

 なお、このようなことは一人の生徒の一回きりのことではありません。これまで何度も目にしていることです。

「セルフ塾」はある意味、学力の劣る生徒に残酷
 セルフ塾は、ある意味では学力の劣る生徒に対して残酷な塾だと思います。

 今年四月にセルフ塾に入塾した中学二年生のTくんがつぶやいていました。
「僕は読谷高校に入れるかな」と。

 学校の一斉授業の中では学力が優れているか、劣るかというのは、それほどはっきりしません。

 もちろん、先生に質問されて、それに答え切れる優秀な生徒と、それに答えきれない、学力の劣る生徒はわかります。だから、生徒たちも、○○くんは頭がいい、△△くんは頭が悪い、とうわさします。
 しかし、それほどはっきりはしません。

 先生の話していることがわからなくてもみんなといっしょにすわって、みんなと同じ授業を受けるので、学習の進み具合に差が出てきません。

 しかし、セルフ塾の場合には、それぞれの生徒の進み具合が全く異なってくるのです。

 セルフ塾での子どもたちの関心の的は、今日その段階で友人が何科目終わったのかということです。
 僕らの目の前でお互いに「何科目終わった?」と尋ね合っています。

 そして優秀な生徒はさっさとその日の課題を終えて帰っていきます。

 しかし、学力の劣った生徒はなかなか終わることができずに、帰る時間が遅れます。そして、その日の課題を終えることができずにいるものですから、学習の進み具合がどんどん遅れてきます。

 学力によってその日の課題の量を調整はしています。学力の劣る生徒は少なめに課題を与えているのです。応用は抜いて、基礎的なことをしっかりさせるようにしています。

 それでも学習に対する集中度もだいぶ違ものですから、なかなかその日の課題を終ることが出来ないのです。

 このようにして、それぞれの生徒は自分とほかの生徒との進み具合の差が自覚されるようになるのです。自分が劣っているというのをきちっと見せつけられるようなものなのです。

 そうすると、今まで読谷高校に入りたいと思っていて、別に無理だとも思っていなかったのが、学力が劣ることがはっきりしてきて、読谷高校にはいけないのではないかという不安が出てくるのです。

 僕は、セルフラーニングというのは学力の劣った生徒にもいいものだと思っています。
 人間の能力というのは個人差がとても大きいです。だから一斉に同じことをするのにするのはとても無理があります。

 だからそれぞれの子どもに合った力で、それぞれの進み具合でいいのではないかと思っています。
 ゆっくりゆっくりでいいから、自分がきちんとわかるような学習を毎日することが大切なのです。

 しかし、現実にはほかの生徒との差がはっきりするというのもセルフ塾なのです。セルフ塾に入塾して自分の学力が劣っているというのが自分でもはっきり自覚してしまうのです。

 それはある時期には必ず訪れることではあります。
 高校入試を前にして、模擬テストを受ければ自分の学力ははっきりします。

 しかし、セルフ塾の場合にはそれ以前にほかの生徒との差がはっきりしてくるのです。

 そういった意味では学力の劣った生徒に残酷なセルフ塾だと思います。
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