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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

しつけのできていない生徒が多い
 今年度に入ってから、いろいろ大変なことがあります。

 1つ
 昨日は、塾のコンセントをだれかがいたずらしたようで、ショートを起こしました。塾の時間で、一瞬蛍光灯がチカチカとしたので、なんだろうと思いました。今朝、職員が見つけたところによると、トイレの前のコンセントが黒く焦げていました。
 今回は、大事に至らなくてよかったと思います。でも、このようないたずらは見逃せません。

 2つ目
 塾の庭にゴミが多く捨てられていることです。

 今年の四月新年度になってから、とてもとてもひどくなっています。飲み物の空きパック、菓子類のふくろなどが散乱しています。

 3つ目
 ごみは燃えるものと燃えないものに分類しないといけないのですが、それを全く分類せずに、ごちゃまぜにして捨てています。それを分類するのも大変です。何度も注意するのですが、直らないです。

 
 4つ目
 帰るときには、塾の机には何も残さないことになっています。

 中学生は教材が多いので、それぞれにロッカーを与えていて、それに納めて管理するようにさせています。

 しかし、今年は塾の机の中に教材を入れっぱなしにしている子がかなりいます。

 小学生と中学生で同じ机を使うので、小学生が困っていることがよくあります。

 学習時間中のおしゃべり、無意味な席立ちも目立ち、塾がうるさくなっています。塾ではガムを噛むのは禁止しています。学習時間以外の飲食は禁止していませんが、ガムはかみ終わったものをあちこちにつけたり、犬につけることもあったりするので、禁止にしています。それが守れないのです。

 このように今年度に入っていろいろいろいろな問題が起こって困っています。しつけができていない生徒が多く入塾しているのですね。

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電気を水路にたとえる
 中学2年生,学校配布のプリント理科に,抵抗がない部分の電圧はいくらか,といった問題がでました。

 実際は図の中,アとイの間の電圧はいくらか,といったもの。その間に抵抗はありません。

 ぼくは,抵抗が0Ωなんだから,電流がいくら通っても電圧は0Vになるんだよ。

 オームの法則で,電圧=電流×抵抗 でしょう。

 例えば,電流が3Aとする。
 すると,電圧=3A×0Ω=0V

 だからアイ間の電圧は0なんだよ。

 一応,納得はしていたのですが,なんかすっきりした表情ではありませんでした。期末テスト対策で時間もゆっくりできず,これはこれで終わりました。

 昨夜,妻とふたりでいるときに,そのことが話題になりました。

 妻に説明しても,よく理解できないようです。
 数字の上ではそうなるんだろうけど,何かよく分からない,といった感じ。

 それで,ぼくは別の切り口で説明しました。

 回路を水路に喩えてみるよ。

 水がポンプで引き上げられて,そして,その高さから,坂になった水路を流れ落ちる。
 電源(電池)がポンプにあたる。電圧というのは電気を流す力だ。ポンプは水を高いところに引き上げて,水を流す力となる。

 流れる水が電流にあたる。そして,電圧は水の落下とする。抵抗は水が流れ落ちる坂になる。

 次の図を参照。
suirodenryuu.jpeg


 ポンプで5m引き上げられたものは,5Vの電圧と思えばいい。

 そして,坂になった水路では,5m落ちていく。抵抗のあるところを5Vで進むようなものだ。

 抵抗のないところは水平になっている。坂が抵抗なんだから,水平は抵抗が0ということになる。

 そして,水平なんだから落差がない。つまり電圧は0になるんだよ。

 この図でも,アイ間,ウエ間の落差,電圧が0

 アエ間,イウ間の落差,電圧が等しいことが分かります,ね。

 この電流を水路を流れる水の量と考えるといろいろ電気が説明できます。明日以降,それについて書いてみたいと思っています。

「次の数を分母に根号がない形に直しなさい」
 中学生の学習を見ている人ならわかると思いますが、「分母の有理化」のことをいっているのです。

 今日で期末テスト対策の勉強は終わりです。今日までは教科書準拠の問題集などを解いていました。いまの教科書では、「分母の有理化」という言葉は使わずに、「次の数を分母に根号がない形に直しなさい」と説明的な表現をしているのです。

 言葉がやさしくなるからということで、問題そのものがやさしくなるわけではありません。

 「分母の有理化」という言葉を使いつづけていれば、子どもたちは何をすればいいのか理解してくれます。

 実際、ぼくが作ったテキストでは「分母の有理化」という言葉を用いていますが、子どもたちは何の抵抗もなく問題を解いてくれます。

 子どもの能力を低く見積もって、それに合わせていると、子どもの言語能力も伸びてくれません。

 少しは背伸びをするくらいの感じで、むつかしい言葉を使えば、子どもたちもそれについてきてくれるのです。

 最初は、よく分からずに使っているのでしょうが、使っているうちになじみになり、分かってくれるのです。

 前に読書が苦手な子として Nくんを紹介しました。
まい晩、身なげをするやつは、おまえだろう・・・何がわからないのかわからない
 N君が先日、早退届を提出しました。その理由を見ると、「いとこの結婚式のようなものに行くから」とありました。

 僕はそれを見て、彼に次のように言いました。

 「今日はこれで認めてあげるよ。しかし、この『結婚式のようなもの』というのは何なのか、お母さんにちゃんとを尋ねておいで。」

 そして、
 「このような言葉を生活の中でもきちんと尋ねるようにした方がいいよ」と付け加えました。

 お母さん方も子どもが理解しやすいようにということで、「結婚式のようなもの」という表現をしたのでしょう。

 しかし、わからなくてもいいから、ちゃんとした言葉を使うべきだ思います。

 「結納」のことだったのではないかと思います。「結納」では分からないから「結婚式のようなもの」と表現したのかもしれません。

 小学生の女の子の話していると難しい言葉が出てきます。たぶん親が使っているのでしょう。

 わからなくても、そういう難しい言葉に触れていいることによって、それが理解出来てくるはずです。

 最初からわからないはずだからということで、幼稚な言葉を使っていてはいつまでも語彙力は豊富にならないと思います。
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