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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

11月皆出席
 11月は、24人の生徒が皆出席でした。 24人は、在籍人数の53.3%にあたります。10月は、27人、60.0%だったので、3人、6.7ポイントも下がりました。3年生が10月の9人から6人と3人少なくなっているので、今回減ったのは3年生の分ともいえます。
 そろそろ本格的な受験シーズンに入ります。緊張感をもって臨んでもらいたいですね。

(小学部)
3年(1人/2人) T覇 Maria

4年(1人/1人) I波 Taiki・

6年(4人/8人) K谷 Kana・N々部 Shunya・H元 Rico・H Ayari

(中学部)

1年(3人/4人)A垣 Yuma・K谷 Akito・T真 Tsuguru

2年(9人/16人)I波 Saika・K吉 Asuka・S吉 Kodai・C花 Masaru・T山 Shuya・M吉 Tsubasa・K城 Takuho・H元 Shin-ichiro・H田 Mone

3年(6人/14人)O原 Chika・K謝 Kenta・T山 Kazuki・N宗根 Makoto・N平 Moeko・H嘉 Suzuka
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「沖縄スポーツ人国記」に兄仲松睦夫
 玉城忠著「沖縄スポーツ人国記」に兄仲松睦夫が載っているので、ここに記録として抜粋しておきます。

 前原信喜。(那覇市教育委員会、市民体育館)は、古蔵小中時代、野球、サッカー選手。秋の陸上シーズンには、棒高跳びで地区優勝。昭和四十年の全沖縄中学校選手権では、コザの仲村宏と競い、3メールと5の同記録で二位になった。沖縄高校に進んだ後は、金城幸明、波照間用展らの指導をうけ、一年の選手権大会で、仲松睦夫(首里)、白金広正(八重山)、玉城和美(名護)ら強豪と競い、 3メートル10で四位になり、翌年は慶田盛泰八(現自治労)から愛用のグラスファイバーポールを譲り受けた。

白金広正(知念高教、日本陸連公認一種審判員、沖縄陸協強化コーチ、県高体連強化部員、日体協スポーツ指導員)は、大浜中では野球で県大会に出場し、八重高二年から陸上競技の棒高跳びをはじめ、四十一年の秋の大会で、金城俊弘(興南)に次ぐ3メートル40の2位でデビューした。翌年の選手権では、4メートル選手と期待されながら、体調をこわし首里の仲松睦夫に敗れて、全国大会への夢を断たれた。


 兄睦夫は、ぼくとちがってスポーツマンでした。
 中学、高校と陸上競技をし、高校では棒高跳びをしていました。
 県大会でで優勝し、インターハイ、国体にも出場、活躍していました。ぼくもほこりに思っています。

 今あのころを振り返ると、大変なことですが、棒高跳びでも着地場所はくっしょんではなく、砂場でした。スコップで掘り起こしながら、高いところから落ちていました。

 そのため、高校時代にはヘルニアになって入院もしました。大学受験にも大きく響いたようです。

 兄も来年は還暦を迎えます。このごろは高校時代にいためた腰痛が再発しているようで、びっこをひいています。

 腰を痛めたことは兄にとって大変なことだったでしょうが、棒高跳びに打ち込んだ青春を悔いてはいないと思っています。

 なお、兄も影響もあり、ぼくも中学時代は陸上部に所属していました。

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玉城忠
大正時代から海邦国体まで、栄光の名選手、名場面を活写。人物でたどる沖縄スポーツ史。




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