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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

ブログ拍手が急増
 数日前からブログ拍手が急に多くなっています。

 通常だと、1日に平均2回といったところですが、2月4日は1日だけで126回もブログ拍手がありました。その後も以下のように続いています。(%は1週間におけるパーセンテージ)

02/04 45.5% 126
02/05 33.2% 92
02/06 8.3% 23
02/07 9.7% 27

 僕の推測ですが、
 ある方が僕のブログをさかのぼって読みながら拍手をつけているのではないでしょうか。

 ブログを読んでいただくということはうれしいことです。それにまた拍手も付けていただくのですからまた格別です。

 でも、どんなかたが読んで拍手をつけているのでしょうか。


直線Lの上の点は、接触した点
 数学の問題では「直線上の点」という言い方をよくします。
 または、「二次関数y=3x² 上の点A・・・」のような言い方です。

 先日、中学三年生が解いた過去問(沖縄県立高校平成13年度)に、次のようなのがありました。

 直線Lと2点A.Bがあたえられたとき、L上にあって、A,Bからの距離が等しい点pを、定規とコンパスを使って作図しなさい。ただし、作図に用いた線は作図の過程がわかるように消さないで残しなさい。

 僕は、まずこのpがどのあたりにあるのかを考えてフリーハンドで打ってごらん、と生徒に指示しました。

 すると、直線Lから離れて上の位置にあるところにpを打つ子が少なくないのです。つまり、「直線上の点」という時に、離れて上にあると解釈してしまっているのです。

 英語で言えば、above the line でしょうか。

 考えてみると不思議ではありません。日常的には「上にある」という時には、離れて上にあるということが少なくないのです。英語のaboveにあたるのです。

 「直線上の点」というのは、「直線に接触した点」というのを、僕らは、学校の授業を受けながら、いつの間にか身につけたことなのでしょう。

 「直線上」または「曲線上」という言い方は、ある意味では特殊な言い方なのかもしれません。

 だからきちんと説明してあげた方がいいと思います。

 「直線上」というのは、離れて上ということではなく、線に接触しているという意味だよ、と。ついでに、aboveとonの違いを簡単に説明し、above the line ではなく、on the line のことだよ、と。

 さて、以下は僕の推測で仮説です。

 明治になって西洋から数学も伝わってきました。
 その文は英文で書かれていました。

 そこに on the line というのがありました。

 前置詞のon は接触を意味するのですが、
 There is a book on the desk. では「机の上に本がある」のように訳していました。

 つまり、on を「上に」と訳すことが多かったのです。

 だから on the line を「直線上」「直線の上に」にと訳したのです。

 まとめてみると、onの基本的な意味は「接触」で、西洋人は「直線に接触して」ということで on the line と言っていたのですが、日本人は「直線上に」と訳してしまったのです。

 何かありそうな気がしますが、真偽のほどはどうでしょうか。

ねじれ文を直す
 沖縄県の県立高校入試国語には、作文が必ず出ます。

 中学3年生に作文を書かせるのですが、ねじれ文がとてもよく出てきます。

 最初のほうと後のほうが合っていない文のことを「ねじれ文」と言います。とちゅうでねじれている文なので「ねじれ文」です。

 ねじれた文を与えてそれを修正させました。出典は、麦の芽出版の「たのしい国語中学1年生」です。

① 父が玄関で靴を脱ぎながら、「あした、映画を見につれていってやる。」と言われて、うきうきした。


 これは、最初「父が玄関で靴を脱ぎながら、『あした、映画を見につれていってやる。』と言った。」という文を作ろうとしたのでしょうね。

 それが途中まで書いて「『あした、映画を見につれていってやる。』と言われて、うきうきした。」という文に変ったのでしょう。

 話をしているときは、最初に言ったことを忘れてしまうので、途中でねじれてしまうのです。

 だから、書いてあとでねじれているかどうか、チェックすることが大切です。

 しかし、ねじれ文をつくる人は、この文のどこがねじれているのかよくわからないようです。「直しなさい」と言っても、何をどう直せばいいのかわからないのです。


 「この文の述語は何?」と問うと、「うきうきした」だと分かります。

「では、主語は?」
「父が」

 「父が、うきうきしたのか?」と問われて、「いや、そうではないな」と気付きます。

①’「父が玄関で靴を脱ぎながら、「あした、映画を見につれていってやる。」と言った。それを聞いて、私はうきうきした。」

 
とすればねじれはなくなります。


③私は、体育の時間に、とんだりかけたりすることが好きなので、授業の中でいちばん楽しい。


 もそうです。何が楽しいか、この文では「体育の時間がいちばん楽しい」と書きたかったはずです。

 「体育の時間」を後半に持っていき、

③’私は、とんだりかけたりすることが好きなので、授業の中で体育の時間がいちばん楽しい。


 とすればいいのです。

 子どもたちの中でよくあるのは、「~すること」で始めるねじれ文です。

② このクラブに人ってよかったと思っているのは、小学校のころ弱かったからだが丈夫になってきた。


④ 私は今年やりたいことは、勉強とクラブをー生懸命やりたい。


 「~すること」「~するのは」という形の主語で始めているのに、動詞や形容詞で終わっているからおかしいのです。

「思っているのは、丈夫になってきた。」
「やりたいことは、やりたい。」

 主語と述語だけを並べるとおかしいことに気付きます。

「~ことは」という主語にしたら、「~ことです」で終わるようにします。

②’ このクラブに人ってよかったと思っているのは、小学校のころ弱かったからだが丈夫になってきたことです。


 または、

②’ 小学校のころ弱かったからだが丈夫になってきたので、このクラブに人ってよかったと思っている。


④では、「やりたい」がだぶっているので、それを一つにして、

④’ 私は今年、勉強とクラブをー生懸命やりたい。


 とすれば、ねじれはなくなります。

⑤ 真夜中、通りで一匹の犬がほえていた。近所の人たちは外に出てきて、二階から見ていると、近所の人たちが犬を追っばらおうとしていた。


 この文では、他と主語がちがう「二階から見ていると」が途中にはいりこんでしまって、ねじれているのですね。

⑤’真夜中、通りで一匹の犬がほえていた。(私が)二階から見ていると、近所の人たちが外に出てきて、犬を追っばらおうとしていた。


 とすればいいですね。

⑥ 家の近くで小さくて美しい花を見つけた。その花をそこでは狭くて日当りがよくないので、広い場所に移し変えようと思い、シャベルですくった。


 これは、「その花を」が変です。入る場所が悪いのです。

⑥’家の近くで小さくて美しい花を見つけた。そこでは狭くて日当りがよくないので、その花を広い場所に移し変えようと思い、シャベルですくった。

 または、

⑥’広い場所に移し変えようと思い、その花をシャベルですくった。

 にすればいいですね。

⑦ 文化祭の劇を見て感じたことは、一年よりニ年、二年より三年というように、上級生の方が演技がうまかったが、どの学年も、毎日練習した成果が、十分ではないかもしれないが、発揮できたと思う。


 だらだら文を書いていると、文がねじれてしまう可能性が高まります。だから、短い文を書くように注意します。この文も長いためにねじれてしまっています。

⑦’ 文化祭の劇を見て、一年よりニ年、二年より三年というように、上級生の方が演技がうまいと感じた。どの学年も、毎日練習した成果が、十分ではないかもしれないが、発揮できたと思う。


 とニつの文にして直せばねじれはなくなります。

 こういうねじれ文を与えて、修正させる練習をさせることによって、ねじれているのかどうか意識し、ねじれ文がなくなるのではないかと期待しています。

小人図鑑
小人図鑑(みどりとピンク)
kobito.jpg


受験勉強のブレイクタイム。

A 蚊 is a 虫 which emits the sound "文".
蚊(a mosquito) is a kanji that puts 文[ブン] (sentence) on 虫 (insect) .

We hear that the wings of a mosquito emits "BOOM[ブーン]" .
蚊(a mosquito) is a insect (虫) which emits the sound "BOOM 文[ブーン]" .

Moreover, 鳩(a pigeon) is a bird which sings "KUU 九[ク]" .
鴉(a crow) is a bird which sings "GAA 牙[ガー]" .
And, 猫(a cat) is a beast which cries "MYOO 苗[ミョー]" .

Though I hear that the Western people are weak in onomatopoeia,
do you understand the sound of the mosquito?

蚊は、虫に文を付けた字です。
蚊は、その羽の音が「ブーン」と聞こえます。
「ブン」という音を出す昆虫なので、蚊なのです。
また、鳩は「クー」と鳴く鳥です。
猫は、「ミュー」と鳴く獣です。
そして、鴉は「ガー」と鳴く鳥です。
西洋の人は、擬音語が苦手と聞きますが、蚊の音は分かりますか。

( Lang-8 2011年2月1日 00:45 )



命題の逆と助詞「が」「は」
 日本語を学習中の外国人にとって助詞の「が」と「は」の区別が難しいと前に書きました。中学生にとっても難しいようです。

 中学二年生は、数学で図形の問題をしています。

 そこに命題の「逆」の問題が出てきます。


 論理学で、ある命題の主語と述語を換位して得られる命題。「pならばqである」に対して「qならばpである」という形式の命題。



 例えば、
「aが4の倍数ならば、aは偶数である」という命題の逆をいいなさい、
 という問題です。

 「『ならば』のところで2つの文に分けて、前後を入れ替えればいいんだよ」と教えます。

 すると何人かの生徒は、
 「a偶数ならば、a4の倍数である」というとしてしまうのです。

 助詞の「が」と「は」をそのまま変えずに逆にするのです。

 日本語がおかしいから直しなさいと言っても、本人はおかしいと思っていないようで、簡単には直せません。

 なぜ、おかしい日本語なのか説明もしにくいものですから、なかなか納得させることができません。

 ここに出てくるように、初出のものは助詞「が」、既出のものには助詞「は」を使わなければいけません。

「aが4の倍数ならば、・・・」の「a」は、「なんでもいいけど、ある一つの自然数」という意味です。「4の倍数ならば」というふるいにかけられる前の「a」ですから、1でも2でも3でもいいのです。

 そういうときは「aが」と助詞の「が」を用います。

 しかし、続く「aは偶数である」の「a」は、前の節で言われた、「4の倍数ならば」というふるいにかけられてあとの「a」です。つまり4の倍数であるところの「a」なのです。こういうときは「aは・・・」と、助詞「は」を用いるわけです。

 このように「なんでもいいからa」というときは、「aが」となり、
 「特定のa」というときは、「aは」となるのです。

 だから、逆になると、「は」と「が」を替えなければなりません。

 「aは偶数ならば、aが4の倍数である」ではなく、
 「aが偶数ならば、aは4の倍数である」とならなければいけません。

 「aが偶数ならば、」の「a」は、ふるいにかけられる前の「a」、
後の文「aは4の倍数である」の「a」はふるいにかけられた「a」です。前は不特定のa, 後は特定のaです。

 だから、前が「が」で後が「は」になります。

 こういうところが、不定冠詞のa, 定冠詞のtheの違いによく似ていると思いませんか。

Four Groups of Kanjis (漢字の4群)
Four Groups of Kanjis (漢字の4群)
2011年1月27日 01:07

Kanjis Chinese characters are greatly classified into four groups by their origins.

They are 象形文字[shokeimoji] (hieroglyphs), 指事文字[shijimoji]、会意文字[kaiimoji] (compound ideographs)、形声文字[keiseimoji] (phonetic letters).

When people who are learning Japanese study them in the order, they can easily learn kanjis.

I will explain each group in the following entries.


漢字はその成り立ちによって大きく4つに分類されます。
それらは、象形文字、指事文字、会意文字、形声文字です。
日本語を学んでいる人々がその順序で学んだら、彼らは楽に漢字を学ぶことができます。
次のentryから、ぼくはそれぞれの文字を説明するつもりです。


象形文字[shokeimoji] (hieroglyphs)
2011年1月28日 00:23

Long ago the Chinese drew pictures as letters.

For example, they drew a picture of a mountain and it meant a mountain.

We call the letters 絵文字[emoji] (pictographs).

The pictures were gradually simplified and abstracted.

The Chinese drew letters like picture in simple lines.

We call the letters 象形文字[shokeimoji] (hieroglyphs).
"川" was made from the picture of a river.
"山" was made from the picture of a mountain.

It is easy for you to remember the letters if you understand what the original picture was.


象形文字

大昔、中国人は文字して絵を使いました。
例えば、彼らは山の絵を描いて、山を意味する文字としたのです。
それは「絵文字」と言われます。
その絵をだんだん簡略化し、抽象化していきました。
彼らは単純な線で絵のようなものを描いたのです。
そのようにしてできた文字が象形文字です。
「川」は川の流れの絵から、「山」は山の絵からできました。
もしあなたが元の絵が何にだったのかを考えれば、あなたはその文字を覚えやすいです。

指事文字(「shijimoji)
2011年1月29日 01:07

Long ago the Chinese thought of how to draw "top".

They thought that it was difficult to draw like mountain and river.

They drew a point above a horizontal bar which meant "top".

Moreover, they drew a point below a horizontal bar whichi meant "low ".

And, they changed the pictures to make it easier to write.

We call them 指事文字(shijimoji) that show the abstraction of kanji characters .

指示文字

昔、中国人は、「上」をどのように絵にしようか考えました。
彼らは「上」を「山」や「川」のように描くことは難しいと思いました。
彼らは、横棒の上に点を描いて「上」という意味にしました。
また、彼らは横棒の下に点を描いて「下」という意味にしました。
そして、彼らは、彼らが書きやすいように絵を変えました。
このように抽象的なものを表す漢字を指事文字と言います。

会意文字[kaiimoji] (compound ideographs)
2011年1月30日 00:27

Please imagine the following situation.

A man is sitting in the shade of a tree.

Well, please guess what he is doing.

Yes. He is taking a rest.

The Chinese made "休(rest)" by combining 人(a man)with 木(a tree).

林[hayashi: woods] is what has trees (木)side by side.

森[mori: forest] is what has many trees (木).

We call the letters which were made by combining kanjis 会意文字 [kaiimoji] (compound ideographs).


次の状況を想像してください。
一人の人が木陰に座っています。
さて、あなたは彼が何をしていると推測しますか。
そうです。彼は休んでいるのです。
人が木のそばにいるということで「休」という字を字ができました。
林は木が並んでいるので林、
森は木がたくさんあるので森です。
このようにしてできたこのようにして、漢字をいくつか組み合わせてできた文字を会意文字と云います。

形声文字[keiseimoji] (phonetic letters)
2011年1月31日 01:22

Once upon a time the Chinese intended to express "copper" in a kanji.

They had the word that meant "copper" .

They pronounced it "ドウ[dou]" .

And, they decided to borrow the letter of " 同" which meant " the same".

The reason is because it was pronounced "ドウ[dou]" , too.

However, it didn't mean "copper" but "the same" .

So they attached "金" to "同" .

Because 金 concerns metals.

In other words, 金 plus 同 equals 銅.

"銅 (copper)" is related to metal, and it is pronounced "dou" .

They matched the part that showed the sound and the part that showed the meaning.

The Chinese made a lot of kanjis like that.

We call the letters 形声文字[keiseimoji] (phonetic letters).


昔々、中国人は「銅」を漢字で表そうと考えました。
彼らは言葉の「銅」は持っていました。
彼らはそれを「どう」と発音しました。
それで、彼らは「同じ」という意味の「同」の字を借りることにしました。
「同」もまた「どう」と発音されるからです。
しかし、そのままでは、「同」は「同じ」という意味になってしまいます。
それで金属の関係で「ドウ」と発音するものという意味で金をくっつけました。
つまり「金+同」で「銅」になったのです。
「銅」は、金属に関係し、「どう」と発音するものという意味です。
彼らは、音をあらわす部分と意味をあらわす部分を合わせて漢字をつくったのです。
私たちはこのような漢字を形声文字と言います。


My profile (自己紹介)
Hi, my name is Yoji.

I have just started Lang-8.

I will try to write about my life in English.

I am 58 years old.

I live in Yomitan Okinawa Japan.

I run a small juku in Yomitan, Okinawa.

A juku is a school students go to after regular school.

I teach elementary school students Japanese and math,
 and junior high students every subject:
 English, math, science, society, and Japanese.

My juku has a self-learning system.

I have a blog that I updated daily.

Self-juku's Blog
http://selfyoji.blog28.fc2.com/

沖縄県読谷村で学習塾をしています。小学生、中学生が対象です。
 小学生は、国語、算数、中学生には、英語、数学、理科、社会、国語を教えています。
 セルフラーニング方式の塾です。
 ブログは毎日更新しています。
 セルフ塾のブログ
http://selfyoji.blog28.fc2.com/

英文日記を掲載
 Lang-8を始めて、1ヶ月が過ぎました。短い英語ですが、毎日書いてきました。

 Lang-8に書いて、修正してもらった日記をこのブログに少しずつ転載することにします。まだ間違えている箇所もあると思いますが。

 まあ、露出症というか、見せたがり屋なんでしょうね。

 後半からは、職業病というか、教えたがりというか、そういう面も出ています。

 日本語を学んでいる外国人に、日本語について、漢字について、教えてあげましょうという感じになっています。

私たちは学ぶ。読むことの10%、聞くことの20%、・・・

 に書いたように、
 私たちは他の人を教えることの95%を学びます。学ぶためには一番教えるのがいいのですね。

これからの英語は文章英語を実感
 Lang-8を初めて1か月余りが過ぎました。

 Lang-81

 毎日少しずつ英語で日記を書いています。

 英語力がついたかどうかはよくわかりません。ただ、これからの英語は文章英語だというのを実感しています。

 以前、野口 悠紀雄(著)『「超」英語法』から引用しましたが、これからは、会話よりも文章の方が必要となります。

これからの実用英語は文章英語

 Lang-8においてたくさんの外国人と友達になりました。
 オーストラリアの人、カナダの人、アメリカの人、中国の人などです。

 彼らは日本語を学んでいるので、彼らの日本語日記をぼくが添削し、彼らがぼくの英語日記を添削します。

 Lang-8で日記を書いたり、日本語学習者が書いた日本語日記を添削していると、相手との交流が生まれます。

 それは文章による交流です。現在、僕は国際交流をしているという実感があります。

 しかし、語学の勉強だけで終わるものではありません。

 語学の勉強をしながらいろいろな話題について語り合ったりすることが出てきます。

 昨日は「君が代」のことを僕は書きました。漢字のことも書きました。

 それに対して彼らから反応があります。日本語でやり取りをすることもありますが、相手は日本語初心者なので日本語が通じないことがあります。

 すると結局は英語なのです。

 こちらが伝えたいことを英語で相手に伝えます。それに対して、英語で返ってきます。

 英語の文をつくることができなければいけません。そして英語を読んで理解する力が必要になります。まさに文章力です。

 これからの「英語は文章英語だ」という野口氏の言葉を実感しているこのごろです。

なぜ、本(ホン)は音読みか?
 漢字には、音読みと訓読みがあります。

 完全な見分け方はありません。ただ、その音を聞いたときに、意味がわかるのが訓読み、意味がわからないのが音読みという傾向があります。

 さて、「ホン」といったときに、私たちは書物の本をすぐに思い浮かべることができます。だから「ホン」を訓読みだと思っている人が多いです。僕も長い間そう思っていました。

 しかし、「ホン」は音読みなのです。なぜでしょうか。
 意味はない、 「ホン」は音読みと覚えるしかないというと思ってきました。

 しかし少し考えてみました。

 訓読みというのは、漢字が中国から日本に伝わる前からあった言葉、発音の仕方です。

 中国から漢字が伝わったときに、同じ意味の発音で読み替えたのが訓読みということになります。

 例えば、犬というのは昔から日本にいたのでしょう。だから「いぬ」という言葉はすでにあったのです。しかし、文字はなかったのです。

 あるとき、漢字の「犬」が中国から伝わってきました。中国人はこれを「ケン」を読んでいましたが、それが「いぬ」のことだと日本人は分かったので、それを「いぬ」と読んだのです。

 このようにして、「犬(いぬ)」が訓読みで、「犬(ケン)」が音読みになったのです。

 さて、考えてみると、中国から漢字が伝わる前に、本、書物はなかったはずです。平仮名や片仮名は漢字からできたのですから、もちろん文字がなかったということです。

 文字がなければ本ができるはずがありません。

 だから 中国から漢字が伝わる前には、本はあり得なかったのです。もちろん言葉もなかったはずです。

 だから 中国から「本」という文字が伝わると同時に「ホン」という読み方もいっしょに伝わり、そのまま日本人は読んだのです。
 別の訓読みの言葉をつくる必要はありません。中国の読み方「ホン」をそのまま音として採用したのでしょう。

 そう考えると、「ホン」が音読みがというのも納得ができます。

 以上は、ぼくがかってに考えたことです。正しいかどうかは分かりません。そう思って読んでくださいね。

 
 ブログの国語の記事を集めて、電子出版いたしました。

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Au chic parisien オ・シック・パリジャン
 2月8日火曜日お昼、読谷村にあるスパニッシュ、フレンチレストラン・バル ‘ オ・シック・パリジャンに行きました。塾から車で10分程度。

 実は、ある出版社から、小学算数4~6年をの出版したいとのお電話があったのです。もちろん、ぼくは大喜びです。

 現在、小学の算数は塾の印刷、製本で使っています。販売もしています。
 なかなかよくできていると自分では思っています。

 出版社の方が、ぼくの中学英語と数学を書店で購入し、その後小学算数も買い、それがいいと思ってくださったのですね。うれしいです。

 それで、そのお祝いということで、妻と二人で外食したのです。
 
 妻がレキオに紹介されている切り抜きを持っていたのでそこにしました。

 なかなかしゃれたお店です。いい感じ。

 でてきた食事も上品でした。さすがフランス風ですね。
 デートをするには最適な感じです。

 レキオによると地元の食材にこだわっているとのこと。店内に掲げられたホワイトボードには、今帰仁や読谷からの食材の名前が書かれていました。

 出版の話祝いのひとときをすごしました。

Au chic parisienホームページから

沖縄県、西海岸に位置する読谷村にスパニッシュ、フレンチレストラン・バル ‘ オ・シック・パリジャン ’をオープンいたします。 シェフ自ら厳選した地元素材の数々を、 より美味しく健康な料理に仕上げご提供いたします。
沖縄県中頭郡読谷村字波平1705
TEL & FAX : 098-958-1514
OPEN : 11:00~14:00(ラストオーダー)
      18:00~21:30(ラストオーダー)
CLOSED : 月曜日


http://auchicparisien.ti-da.net/

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4コマ漫画で読書力をのばす
 2月1日付しんぶん赤旗の4コマ漫画「まんまる団地」からです。

 猫が登場。
「ニャー(ご飯ちょうだい)。」

 こたつの中で寝ているおばさん
「あと10分待って。」

 そこへ「リーンリーンリーン」と電話が鳴ります。

 おばさんがこたつから出て起き上がり、電話に出ます。

 電話のむこうから声がします。
「鍋焼きうどん二つ出前お願いします」

「うちはおそば屋さんじゃありません」

 電話を切り、立ち去りながらつぶやきます。
「番号をちゃんと確かめてかけてよね」

 それに対して猫のセルフ
「あたしぁ感謝してるけど」


 僕もすぐには落ちがわからず少し考えました。そして意味がわかり、笑ってしまいました。

 これを中学生に見せてみました。

 「何がおもしろいか分かる?」
 「なぜ猫が感謝しているの?」

 案の定、読書の力が弱い生徒にはわかりません。

 言葉の力というよりも、想像力、論理力なのかもしれません。

 なぜ猫が感謝しているのか。だれに感謝しているのか。

 間違い電話であれ、電話がかかってきたことによって、おばさんがさっさと起き上がってくれたこと、そしてえさに早めにありつけること、それに感謝しているのです。

 だから、間違い電話をかけてきた人に感謝しているのですね。

 そのことは書かれていません。自分で想像しなければいけません。

 その筋の中で何がどうなって、何が起こっているのか。自分の頭の中で想像し、考えることができなければ、4コマ漫画のオチもわからないのです。

 4コマ漫画を使って読書の力をのばすというのも面白いかも知れません。

推薦入学内定者の見たセルフ塾
 推薦入学で内定した2人に、セルフ塾について作文をしてもらいました。

推薦入学2人内定


特訓されていたので、漢字が得意に N平M子

 私は、小学四年生のころからセルフ塾に通っていて、私にとってセルフは第二の家みたいにでした。

 セルフ塾にしか通ったことがない私は、セルフの独特の学習の仕方が普通だと思っていたので、ほかのほとんどの塾は、みんな授業形式と聞きいたときは、とてもびっくりしました。

 また、セルフ塾には、ほかの塾では絶対やらない「漢字学習」があります。漢字やひらがなの、止め、はね、払いを正確に書かないと、京子さんがちょっと怒りながら、丁寧に教えてくれます。

 私は小学生のころから京子さんに特訓されていたので、漢字が得意になり、漢検準二級を取得するまでになりました。なので、漢字はYojiさんより自信があります。

 セルフ塾のおかげで、ほかの塾では絶対につけられない漢字力を身につけることができました。ときどき、京子さんとけんかすることもあったけど、今では良い想い出です。

 本当にセルフ塾でよかったと、心から思います。


5ポイントがたまると、頑張ってきたやりがいを感じる  O原C佳

 私は、小学6年生の時にセルフ塾に入りました。

 中学校に入ると、毎日塾で大変で、やめようと思うときがありました。しかし、今つらくても頑張ってやればあとから毎日の塾も慣れて来て、楽しいこともあるだろうと思い、今まで続けてくることができました。

 私が塾で楽しみにしていることは、5ポイントがたまったときです。セルフ塾には、5ポイント制度というものがあります。その5ポイントをためることができれば、1日休みという制度です。私は5ポイントがたまるのが楽しみで、またこの休みが取りたくて毎日ノルマを頑張って終わらせてきました。5ポイントがたまると、頑張ってきたやりがいを感じます。この5ポイント制度は頑張ろうと思う気持ちになるので、とてもよいなあと感じます。

 このセルフ塾で習った勉強はもちろんですが、社会に出た時にときにも役立つこともたくさん学んだ気がします。

 私はセルフ塾に入ってよかったなあと感じました。

セルフ塾ブログ、2011年1月の拍手数ランキング
 過去30日間で,拍手のあった記事です。拍手の多い順に載せます。この30日で46の拍手がありました。

 累計に着目すると、扇状地と三角州(累計41)が引き続き多いです。かなり前の日記ですが、見る人が多いですね。


拍手数5回

扇状地と三角州


拍手数2回

Lang-8にはまってしまった 2

教育の恐ろしさ 2

私たちは学ぶ。読むことの10%、聞くことの20%、・・・ 2

オンリーワンとナンバーワンは対立しない 2

拍手数1回

泡瀬干潟三人展 1

図解 英語基本語義辞典の復刊を望む 1

「プログラム学習」と「セルフ学習」の違いに 1

ゼロの概念と数え年 1

プログラム学習とは 1

勝利を我等に We shall overcome 1

解の公式の導き方 1

内間御殿(西原) 1

中国の王朝名を覚える 1

沖縄県高校入試今後の日程 1

酒粕品切れ 1

沖縄語に変換『もんじろう』 1

生活に密着するほど、言葉は分化 1

索引を利用する 1

角の表し方 1

合計 46

「私は」の"I"を小文字で
 数年前、知り合いの英語ネイティブの人と英語でメールを交わしたときに、「私は」という意味の"I"を小文字で書いてきたのでびっくりした記憶があります。

 最近、Lang-8で英語ネイティブの人と意見交換をする機会が増えました。

 かなりの人が「私は」の"I"を小文字で書くのです。前後を読んでいると、特に問題なく読み取ることができます。

 だから、「私は」の"I"は大文字でなくても全く構わないわけです。

 Japan, Englishなども小文字で書き始めています。

 大文字にするときにはシフトキーを押しながらキーをたたくというだけですが、それさえも面倒なのかもしれません。

 僕は、中学生に英語も教えていますが、「私は」の"I"を小文字で書いてきた場合には、バツにして突き返しています。

 少なくとも、教科書英語では 大文字でないといけないので、それは続けていかなければいけないでしょう。

 でもどの程度の割で、またどのような場面でも"i"を使っているのでしょうか。

正式な文書の場合にはやはり大文字の"I"が使われているのではないでしょうか。

 しかし、言葉というのは変わっていくものです。

 いつの日か、
文中でも「私は」の"i"は大文字で書く、というルールがあったんだよ、という日が来るのかもしれませんね。
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