「なぜsitにingをつけるときには, sitting と子音字tを重ねるのに、
visit に ing をつけるときには 子音字tを重ねないのか ?」
そういわれるがそうです。実は、僕はそのことに気づいていませんでした。答えに窮しました。
辞書で調べてみると確かにvisitはそのままingがついています。
その場は
「今わからない。あとで調べてみるから」と答えました。
そして、生徒たちが帰ってからネット上で調べてみました。
すぐに見つかりました。ヤフーの知恵袋です。
それには次のようにありました。
ヤフー知恵袋
英語のing形を作る時、短母音+子音で子音字を重ねますが
現在分詞を作る場合に末尾子音を重複しなければならないのは、
① その子音の前が短母音であって、
② しかも、その短母音に第一強勢(アクセント)がある
場合です。
visit の発音は〔vIzit〕ですので、②の条件は満たされていません。
ですので、visiting になります。
つまり、一番最後の短母音にアクセントがなければ、そのままingがつくということです。
それはわかりました。でも、僕は疑問に思いました。
なぜ最後の語尾の短母音にアクセントがなければ子音字を重ねなくてもいいのか。
子音時のを重ねるには意味があります。
前にブログに書いたことがあります。
ing をつけるときに 子音字を重ねるのはなぜ?
つまり、子音字を重ねるのは語尾のeが付いている単語(動詞)と区別するためなのです。
語尾にeが付いている単語にingをつけるときには、そのeをとってから ingをつけます。
子音字を重ねている単語はもとの形は語尾にeの付いていないというしるしなのです。
ただただ子音字を重ねているわけではないのです。
それでは、なぜアクセントが最後の短母音についてない場合は子音字を重ねなくてもいいのか。
ぼくは仮説は思いつきました。
語尾にeのある単語は必ずその直前の母音字にアクセントがあるのではないのか、という仮説です。
疑問に思って調べてみました。
すると次のようなページに出会いました。
やまちゆうの英語ブログ韻と語源で英語を楽しもう!
②強勢のない語尾に「e」がつくとアクセントがその語尾に移動する
例:
・gérman(同父母から生まれた)→germáne(密接に関係した)
・húman(人間)→humáne(人間味のある)
・lócal(地元の人/普通列車/支部etc.)→locále(現場/場面)
・móral(モラル、教訓)→ morále(士気)
・támbourin(タンブラン*)→ tambouríne(タンバリン)
*南仏地方の細長い太鼓/その踊り・舞曲
例外:専門用語
・sílicon [si'likn] シリコン,ケイ素
→ sílicone [si'likoun] 有機ケイ素化合物,シリコーン(<silico-ketone)
*発音は変わりますがアクセントはそのまま。
つまり、語尾にeのある単語は必ずその直前にアクセントがあるということです。
とすると納得がいきます。ぼくの仮説は正しかったのです。
子音字を重ねなくても、そこにアクセントがなければ、それはもとの形は語尾にeが付いていないと思ってもかまわないのです。
ingの前の母音にアクセントがなくても、もとの形は語尾のeがいらないのです。
だからわざわざ子音字を重ねなくてもいいということになります。
これなら納得がいきます。
(2012/9/27 追加)
lumiさんから、この記事にコメントをいただきました。
なるほどと思います。
irritate (IR-ri-tate), fascinate (FAS-ci-nate), devastate (DEV-as-tate)
第一強勢は、最後の音節ではない、
ということで、ぼくの仮説は完全にくずれます。
以下にlumiさんの仮説を転載いたします。
ぼくの仮説は間違えていますが、ぼくの考えの足跡ということで残しておきます。
lumiさん、ありがとうございます。
語尾にeのある単語は必ずその直前にアクセントがある??
はじめまして。
私は英語教育に携わっているのですが、文法に対する考え方などで非常に共感する点が多く、こちらのブログを読ませていただいています。
ただ、この記事に関しては疑問を抱いたので、コメントさせていただきました。
「語尾にeのある単語は必ずその直前にアクセントがある」という仮説は正しくないのではないかと思うのです。
human (HU-man) が humane (hu-MANE) になるときの強勢の移動を考えると、最後の音節に強勢のない単語の後ろにeを付けて、別な単語を作ったときに、強勢が最後の音節に来るというのは確かにその通りだと思います。
ただ、これは、あくまでeを付けたら、最後の音節に強勢が来るというだけで、最後にeの付く単語(より正確には「母音字+子音字+e」で終わる単語ということだと思いますが)は、必ず、最後の音節に強勢が来るということではありません。
たとえば、ちょっと考えただけでも、
irritate (IR-ri-tate), fascinate (FAS-ci-nate), devastate (DEV-as-tate)
などが思い浮かびます。最後にeがありますが、第一強勢は、最後の音節ではありません。
強勢のある音節では、重子音字の前の母音字は短音(「短母音」という用語を使われているようですが、「短母音」が正しい用語です)で発音するという規則はあるので、「visit のような単語で子音字を重ねないのは、第一強勢がない音節なのに、重子音字を使うのは不自然だから」というのが私の仮説です。
irritating の tating は長音で「テイティング」と読み、visiting の tin は短音で「ティング」と読む理由というのはないと思います。
単に、強勢がある音節では重子音字かそうでないかで短音か長音かの区別ができるが、強勢がない音節においては区別をしないということなのではないでしょうか。