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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

Yojiが好きだった人は・・・
 昨日高校時代の同期生たちと居酒屋で一緒だったことを前の記事で書きました。

 さて、そのなかの一人Y川君は、とても記憶力のいい人です。それは以前からよく知っていました。

さて、話の途中で急に彼が言いました。

 Mikioはあの
時誰々が好きだった。
Teちゃんはだれが好きだった。そしてYojiは一期先輩のI嶺Marjiが好きだった。Yojiは吉永小百合のような美人が好きだからな。


 僕はびっくりしました。I嶺Marjiというのずっと記憶になかったのです。そういえばそういう人がいたなと、その時思い出しました。

 でも、彼にそういわれることに、全く心当たりがないわけではありません。

 あのころの首里高校はロマンの杜という中庭があり、それをぐるりと校舎が取り囲んでいました。

 僕が2年の時の教室は 2階にありました。そして休み時間になると廊下に出て、中庭のロマンの杜を眺めていました。

 その向かい側の1階には3年生の教室が並んでいました。

 そして同じように休み時間なので、先輩方も廊下に出てきました。

 その中にI嶺Marjiさんがいたのです。とてもきれいな人でした。

 僕らは、彼女を見て「きれいな人だね」と言い、あこがれのまなざしで見つめていました。

 もう一人Y座Chieさんという人もいました。二人は飛び抜けてきれいな人でした。

 休み時間になると、廊下にでて彼女らが出てこないかなと待つのが日課になっていました。

 だから好きだったというのは、うそではありません。

 ただ、今で言うとテレビのアイドルを見るような感じで見ていたように思います。2人は高校を卒業後、スチュワーデスになったという噂は聞いたことがあります。

 それにしても、その僕が忘れている名前をY川君が覚えていたというのはすごいです。改めて彼の記憶力には脱帽です。

「それでI嶺Marjiさんは、今どうしてるんだ」と尋ねると、
「それは知らん」と返ってきました。
 同期生の近況などは事細かに彼は知っているのですが。先輩となるとそうも行かないのでしょう。

 ぼくにもそういう時期があったのです。
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40年前の抗議行動、取材の集い
コザ暴動その後 -首里高校1200人が米民政府に押しかけて抗議
について以前書きました。

 それを読んだという教育ジャーナリストのKさんから封書をいただきました。

(前略)
わたしは、教育を専門とするフリーのジャーナリスト、編集者のKと申します。
現在わたしは高校闘争について一冊の本にまとめております。
1950年代から 70年代前半までの高校生の政治運動、学内でおこなわれた闘争に関して、記録や証言から史実を掘り起こしてまとめております。(以下略)



 それで取材をしたいとの申し出でした。僕は引き受けました。

 そして、当時の関係者に声をかけて集まってもらったらどうかと提案したところ、
 そうしていただければありがたいとの返事をもらいました。

 それで、僕ははがきや電話で心当たりのところに連絡をとりました。そして昨日集まりをもちました。

 その前にKさんが読谷村の僕の塾に訪ねて来られました。

 午後4:00まえでした。そしてその行動関していろいろお話ししまいたしました。

 内容に関しては、本との関連もありますので、ここではふれません。本が出版されたときに、またご紹介したいと思います。

 1時間ほど話をして、5時過ぎ読谷を出発し、会場の那覇にある店へ向かいました。

 かなり大粒の雨が降っていました。そして、いつものようにかなりの渋滞。だいぶ早めに出かけたのですが、店に到着したのは約束の7時直前でした。

 店の前で、連絡してあったは同級生のY川Mikio君に会いました。そして 3人で店へ。

 店は、首里高校降の同期生が営んでいる沖縄居酒屋山将です。

 中学のクラスメートの上原君に紹介してもらいました。やはりクラスメートの恵子さんの親友だそうです。
 恵子さんが勧めてくれたラフテーはとてもおいしかったです。その他の料理もよかった。

 さて店の中では O城Tetsu君とY川Hiromasa君がすでに来ていました。

 そても当時を振り返りながら、いろいろ話を進めました。

 もう40年も前のことなので、みんな記憶が薄れていますが、何とか話しができたと思います。

 その内容についてもここではふれません。

 でも久しぶりにみんなと出会って、楽しいひとときを過ごすことができました。

 僕の呼び掛けに集まってくれた3人には、本当にありがたく思いました。

 来ることを約束していたHくんからは、都合がつかなくて行けなかったと、わびの電話がありました。

 さて、僕が面白いと思ったのは、僕が何げなく書いたブログの記事を教育ジャーナリストが見つけたことです。

 そして、僕らの高校の時の行動を掘り起こしてくれるくれということです。

 何でもいろいろ書いておくといいものだなと思います。

 これからは、こういう部門でもインターネットというのが重宝されるようになっているのだと、つくづく感じています。


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