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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

日食の写真撮影に成功しました。
 今日は金環食が見られるです。ただ、沖縄は部分日食です。

 昨日はすごい大雨だったので、日食を見るのは無理だろうと思っていました。

 それでも、午前7:00にアラームをセットして寝ました。

 6時40分ごろ、目が覚めました。外を見ると明るいです。空を見ると晴れ間も見えます。何とか見えるかも知れないと思い、準備をして外に出ました。

 かなり厚い雲ではありますが、時々晴れ間が見えました。

 そして、雲が少し薄くなると、その雲がフィルターの役目をはたして肉眼でも金環食が日食を見ることができました。
 雲がかかっていても、目に悪いんだろうな、とは思いましたが。
 そして、薄い雲にかかっているときに、カメラで写真にとらえることができました。

 もちろん、雲が完全に晴れたときには、日食めがねや日食双眼鏡でみました。

 雲の合い間から移しているので、時間はかなり飛んでいます。


 次に写真を掲載します。


6時53分
nisshoku653.jpg

6時56分
nisshoku656.jpg

6時57分
nisshoku657.jpg

日食最大時刻は7時13分ごろとのこと。そのときは厚い雲に覆われていました。

7時19分
nisshoku719.jpg

7時21分
nisshoku721.jpg

7時39分
nisshoku739.jpg

7時48分
nisshoku748.jpg

日食双眼鏡で観察するKyoko
nisshokukyoko.jpg

 米軍のセスナ機らしき飛行機が何度もいったり来たりしていました。たぶん日食観測のために飛んでいるのでしょう。

nisshokusesuna.jpg


次の動画は国立天文台三鷹 金環日食映像(2012年5月21日)です。
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我が体を自由にするがもうけなり
BS歴史館 夢と野望のクリエーター1「平賀源内 江戸の最先端を突っ走れ」
を見ました。

チャンネル:BSプレミアム
放送日: 2012年5月18日(金)
放送時間:午前8:00~午前9:00(60分)
ジャンル: ドキュメンタリー/教養 > 歴史・紀行

250年前、江戸に現代人顔負けの天才クリエイターがいた!?その名は平賀源内。発明家にして画家、コピーライターにして人気作家!そのマルチな才能の秘密を徹底検証!



 その中に、彼の「放屁論」にある次の言葉が紹介されていました。

浪人の心易さは、一箪のぶっ掛け、一瓢の小半酒(こなから)、恒(つね)の産なき代わりには、主人という贅(むだ)もなく、知行という飯粒が足の裏にひっ付かず、行きたい所を駆けめぐり、否(いや)なところは茶にして仕舞ふ。せめては一生我が体を自由にするがもうけなり



 どこかに現代語訳がないかさがしてみたのですが、見つかりません。
 それで、古文の苦手なぼくが懸命に訳したのが次です。間違いがあったらご指導ください。

浪人の気楽さは、
1杯の汁かけご飯、ひょうたんに入ったわずかの酒(で暮らし)、
定期的な収入もない代わりに
主人という面倒なものもなく
給料という飯粒が足の裏にひっつかないで
行きたい所を駆けめぐって、
いやなことは茶化してやらないでいる
せめて一生、自分の体を自由にしているのがもうけである



 僕は、機会があるごとに、塾の子どもたちに次のように話します。

 できるだけ自分の好きなことを見つけ、そして自分の好きなことをして収入を得て、生活ができるようにした方がいいよ。
 給料がいいとか、収入が安定しているとかで、自分の嫌いなことをするのは、僕は好きではない。

 給料は安くても、その働いている時間が自分の好きなことであれば、その時間を買っているようなものだからね。

 実際、僕自身そうしてきたつもりです。

 大学を卒業し、一時期福祉施設に勤めていました。障害者、障害児の生活指導員、児童指導員などをやっていたのです。

 沖縄県立の施設で、待遇としては準公務員です。だから給料も悪くなく、安定していたと思います。
 そういうことに頓着しないものですから、いくらもらっていたのか全く覚えていません。

 仕事はそれなりにやりがいのあるものでした。だけど、もっと自分の好きな、もっと自分の自由にできる仕事をやりたいと思いました。

 それで、その仕事を辞めて、自分で保育園を始めたのです。そしてその後、学習塾を始め、現在に至っています。

 僕は、それでよかったと思っています。
 前の仕事に比べると、収入は減ったのでしょう。

 でも、そんなに苦しい生活をおくったわけではありません。

 それなりに生活をして、自分の好きなことを、自分で考えながら自由に働いてきました。
 あと何年生きるか知りませんが、これまで、まあまあいい人生だったと思っています。

 平賀源内ほど自由だったわけではないでしょうが、
「自由にするがもうけなり」
という言葉に共感いたします。

一箪の食、一瓢の飲

―― 子曰く、賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。

孔子が言うには、賢人だな、回は。竹籠の飯ひともり、瓢箪の水いっぱい、それっきりしかなくて、しかも路地裏住いだ。

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