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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

明日からセルフ塾の学習が始まります。
明日4月8日月曜日から通常通りのセルフ塾の学習が始まります。

午後5時30分から小学生の部、午後7時15分から中学生の部です。

前年度から引き続き使う教材もあるので、明日は前年度学習した教材をすべて持って来て下さい。

今年度入塾の生徒も、明日からみんなと学習を始めます。

体験入塾で使ったプリント類はできるだけ持って来て下さい。

では、楽しくまじめに学習を行いましょう。待っているよ。
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豊平良顕之像
 きのう(4月6日)は清明祭(シーミー)があり、出かけました。

 そこで、叔父が「すぐ裏に豊平良顕の銅像、胸像があるから見ておいで」というので見てきました。

 お墓から10mも離れていないところです。
 立派な像でした。

 僕は、豊平良顕氏の名前は聞いたことがありますが、どんな人物なのか、よくわかりません。
 ネットからの説明と、胸像台座にあった説明板の説明を記します。


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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説
豊平良顕 とよひら-りょうけん

1904-1990 昭和時代の新聞記者・経営者。
明治37年11月13日生まれ。「沖縄朝日新聞」「大阪朝日新聞」をへて昭和19年「沖縄新報」編集局長となり,沖縄戦の際,首里(しゅり)の地下壕で20年5月まで新聞を発行。23年「沖縄タイムス」を創刊,副社長,会長をつとめる。文化財の保護,伝統芸能の振興にもつくした。平成2年1月27日死去。85歳。沖縄県出身。沖縄第一中学中退。




胸像台座にあった説明板

豊平良顕氏は、沖縄戦によって散逸した貴重な文化財の収集、復元する運動を展開する一方で、沖縄タイムス新人芸能祭、沖展などを企画し、戦後の沖縄ルネサンスとよばれた芸術文化復興の基礎を築きました。それは戦争によってすさんだ郷土の再建には文化復興が最良の手段との信念によるものでした。
豊平良顕氏が亡くなられて、今年で十年になります。文化、芸能を発展のためにその功績を顕彰すべく、この碑を建立する。

二〇〇〇年(平成十二年)十二月吉日
豊平良顕顕彰会
発起人
上地源照 真境名佳子
島袋光史 宮城幸
島袋光晴 宮城文
城間徳太郎 小枝子
玉城政文




 そこから、那覇の町、そして首里城を遠くに見渡すことができました。
とても眺めのいいところです。

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