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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

距離を未知数とするか、時間を未知数とするか
広島のK様から 質問メールをいただきました。 いつもありがとうございます。


 お久しぶりです。広島は毎日暑くてしんどいです。孫ももうすぐ休みが終わります。26日から後期が始まります。

 今日もご指導お願い致します。

 速さの問題です。Aさんが家から学校に行くのに、分速80mで歩いて行くより、分速240mの自転車で行く方が20分早く着きます。Aさんの家から学校までの道のりは何mでしょう。

この問題に対して解説は、「道のりは何mですか」と聞かれているので、Aさんの家から学校までの道のりをxとする。(ここまでは理解できました)



 速さ/道のり=時間です・・・・・分速80mで歩くと、かかる時間は、x/80

(分)です。分速240mの自転車で行くと、かかる時間は、x/240(分)で

x/80(分)のほうが、x/240(分)より20分多くかかっています。よって

式はx/80=x/240+20でした。

疑問点①速さ×時間=距離   この式からのほうが計算が楽では

かかった時間はxとx+20もしくは xとx-20を 使って速さ×時間=距離 求めた方が解り易くないかなと思いました。

 

  ②x/8=x/240+20の式を見たときなんで

  x/240のほうに+20がつくのと(時間がかかってない方に)と単純に考えてこんがらかってしまいました。見た瞬間ではx/8+20=x/240と式を立てそうです。 孫にはどう説明したら解りやすいでしょうか。

もう1週間以上悩んでいます。解決の糸口は1つではないその中で学習困難な子どもにはどの方法がいいのかいつも悩みます。

 よろしくお願い致します。    広島 K


さて 僕なりに お答えいたします。 数学の解法はひとつではありません。

  一番大切なことは 自分の頭で考えることです。 スマートではなくても自分で考えた解き方が一番いいのです。

 この問題で 時間を未知数xとして解いた生徒を僕は大いにほめてあげます。 「よく考えたね」 ということで。

 この方法も決して悪い方法では ありません。 それで十分に解けるはずです。

 ただ 僕は、距離を 未知数 xとして、 時間を分数で表す方法も できるようにした方がいいと思います。

 中学1年でやる xが一つだけの 一元一次方程式ならまだいいのですが、 2年で学ぶ連立方程式でもいつでも時間を未知数としてしまうと 結構面倒な問題が出てきます。

 例えば、次の問題です。

  A町とB町の 間に峠があります。峠を登るときには 分速 200m、峠を下ル時には分速300mですすみます.
行きのA町からB町へ 行くのに12分、 帰りのB町からA町まで13分かかりました。
 A町から峠まで、峠からB町までの距離を求めなさい。

 こういう問題が 中学2年生の 連立方程式の問題として出されます。

 これも時間を未知数として解けないこともありません。

 行きのA町から峠までをx分。すると峠からB町まで12-x(分)
 帰る時の峠からA町までをy分。B町から峠までは13-y(分)

 こう考えると 解けますね。

 でもやはり そのままA町から峠までをxm 峠からB町までをymとして 時間を 分数で表して解いた方が楽だと僕は思いますが、どうでしょうか。

 そのためにも 距離を 未知数として時間を分数で表す方法も出来た方が いいと思います。 一年の頃からこのような指導はボクは必要だと思っています 。

 疑問②については明日書きます。
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『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』を見ました。
『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』を見ました。

2013年8月7日21時よりTBSで『テレビ未来遺産"終戦"特別企画』として放送された日本のドキュメンタリードラマです。

とてもいい番組でした。見て本当によかったです。

  島田知事については、一応知っていました。 食事のときなど、歴史に明るい、舅である曽根信一がよく話していました。

 「りっぱな人だった」と 高く評価していました。

 そういうこともあり、強い関心をもって見始めました。

 すると、その番組に 叔父の上原徹が、関係者として出たのです。

 上原徹は 妻Kyokoの母の弟です。関心はさらに 高まりました。

 島田知事は本当に素晴らしい人だったのだ、とあらためて思いました。

 あのときに沖縄に行くというのは、どういう意味をもつのか、頭のいい 島田氏は よくわかっていたはずです。

 でも、自分が行かなければ ほかの人が死にに行く、 ということで 沖縄に赴きます。

 それだけでも 素晴らしい人です。

 そして 沖縄の人達の中に入って、沖縄の人たちを大切に 扱います。

 この番組の 題でもある 「生きろ」という言葉を何度も県民に語っていました。

 僕は最初、それは作りばなしだろう と思いました。

 あの皇民化教育で 「お国のために死ね」 と教えている頃です。このような「生きろ」という言葉を 沖縄県知事がいうことができるだろうか、 と疑問に思ったのです。

 でも、そう言われた という証言が 次々と出てきました。 何人もの関係者の言葉です。 嘘なはずがありません。

  島田知事は、 沖縄県民に「生きろ」と言いつづけていたのです。

 そして 沖縄県民を生かすために、疎開や避難、食糧確保など、色々な手を打ちます。

 首里の軍本部が南部に移動することに まっこうから反対します。

 軍が南部にうつると、沖縄県民が まきぞいになるということを 見通した発言です。

 牛島中将に、これは愚策だとさえ言います。

 そのあたりは史実かどうか 僕にはわかりません。

 でも、番組全体の 流れとして、島田知事ならいいかねないと思いました。

 沖縄に米軍が上陸し 地上戦がおこなわれたというのは最大の不幸です。

 でもその中で 島田叡氏が沖縄県知事になったのは、本当に不幸中の幸いといえるでしょう。

 島田知事のために 本当に多くの県民が 命を失われずにすんだのです。

 当時少年兵だったという叔父上原徹は 何度も番組に出てきました。

 島田知事と別れる時に、黒砂糖を包んでくれた話は、直接聞いたことがあります。

 この番組を見て もっと詳しい話を 聞きたいと思いました。

 いい番組をありがとうございました。

『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』予告動画


 以下は、次のページから。
『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』

この番組は「沖縄の神様」と今も慕う人たちがいる、戦中最後の沖縄県知事を務めた島田叡(しまだあきら)の実話を、ドラマとドキュメンタリーでお送りする終戦特別企画です。
昭和20年1月、内務省からの異動で赴任し、6月23日の沖縄戦終結の日までの5ヶ月間を、沖縄県民と共に生き抜いた島田叡沖縄県知事。赴任前、大阪府内政部長であった島田は、沖縄戦の始まる2ヶ月前に沖縄県知事の内示を受けた。赴任後は、命がけで沖縄住民を守るために様々な改革に着手し、陸軍との交渉を試みました。
番組では、そんな島田の生き様を、過去の戦争フィルムと関係者の証言、当時の手紙などの貴重な資料を基に、報道ドラマとして再現。ドキュメンタリーと併せて、島田を通して沖縄戦がどのような戦いであったのかを伝えていきます。また、島田は中学時代から野球のスタープレーヤーとして名を馳せており、知事としての島田だけではなく、「野球人としての島田」「人間としての島田」の魅力も描いていきます。
ドラマでは、緒形直人が島田叡を演じます。そのほか、島田と共に命がけで疎開を進める荒井退造警察部長を的場浩司、陸軍の第三十二軍司令官の牛島満を西郷輝彦、海軍の大田実沖縄根拠地隊司令官を石橋凌がそれぞれ演じます。

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