FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

割れた陶器のつぼ 実は・・・
Kyokoの部屋から、 次のような こまかく割れた陶器がでてきました。 壺のようです。


100円ショップで 接着剤を買ってきて 貼り合わせてみました。

いくらか 破片が足りないのですが、次のようにできました。



みごとな壺です。 実は、この壺、人間国宝 金城次郎さんの作です。壺の底には 金城次郎さんの銘である「次」がちゃんと刻まれています。


舅の曽根信一は、金城次郎さんと かなり親しかったです。Kyokoも金城次郎さんやその奥さんと親しくしていたので もらったものだと思われます。

ネットで調べてみると、これとほぼ同じ大きさの壺が40万円でオークションに出ています。

金城次郎 魚紋花瓶 人間国宝


この壺の高さは約25cmで、オークションに出ているのは27cmです。

一ヶ月はゆっくり遊んで暮らせたのにね、 とKyokoが言っています。

金城 次郎(きんじょう じろう、1912年(大正元年)12月3日 - 2004年(平成16年)12月24日)は那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。



「金城次郎 曽根信一」で検索すると、次のページが出てきました。
「壺屋二人男―小橋川永昌(二代目仁王)、 金城次郎、新垣栄二郎」講師:島袋常秀氏

ちょうどその頃、壺屋では登り窯が使用できな くなってきました。仁王窯、新垣はガス窯へと移行していますが、次郎さんは登り窯で焼きたいという強い意志があり、 当時、読谷村座喜味に住んでいらっしゃった曽根信一先生から 「読谷に来ませんか」 と声を掛けられ、読谷に工房を移しました。

当初、その場所は何もな く、奥は弾薬処理場となっており、大変寂しい所でした。曽根先生が遊びに来ると 「今日初めて人と会った」 と言つて喜ぶ くらい、人気のない場所だったそうです。道は整備されておらず、人が来ることはありません。

タクシーを使って家に帰ろうとすると「ここから先は家なんてないはずなのに」 と怪しまれ、タクシー強盗を疑われてしまい、 いつも途中で降ろされたというエピソードがあります。

また、 ある日、 曽根先生がいくら次郎さんに電話をしても全 く通じないことがありました。これは大変なことになったと先生が駆けつけたところ、次郎さんはピンピンしている、では何故電話が通じなかったかというと、 当時は次郎さんの家の周りには電柱もな く、電話線は古い木に巻き付けていたのですが、台風で木が折れ、電話線も切れてしまっていたそうです。




スポンサーサイト



Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.