セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

ブログではテーマは1つだけにする
 僕はブログを書くときには、1つの記事に1つのテーマ に するようと心がけています。

  だいぶ前に 梅澤忠雄著「知的生産の技術」が ベストセラーになりました。 カードで 整理するというものです。パソコンが普及してそれはもう古くなりましたね。

 でも、「知的生産の技術」に教えられることは多いです。
 その中に 1枚のカードには1つのテーマだけを書くということが載っていました。

  分類、整理するうえでそれがとても都合がいいとのこと。

  その流れでブログにも1つのテーマだけを書くようにしています。

  前に書きましたが、 インターネット利用者は短気だと言うのもあります。 長い間 自分のブログを読んでくれると思うのは間違いです。

  例えば前に 「特定物の存在文と不特定物の存在文」について書きました。

  それを書こうと思ったとき、その前に「 特定物と 不特定物のちがい」について書かなければいけないと思いました。

 それで「特定物と不特定物」だけをテーマにした記事を書き、
  そして、別の記事に「特定物の存在文と不特定物の存在文」を書きました。

  このように分けられるものなら、分けて 別々の記事に書くというふうにした方が 後々で都合がいいと思います。
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池原芳英さん製作比謝橋の模型
 さる11月26日 木曜日 嘉手納町と読谷村の間にかかる比謝橋の模型を見に行きました。

  知人で建築家の池原芳英さんが制作し寄贈したものです。

 これまでに見つかった 戦前 戦後の写真を 見ながら 色々工夫し、 正確な橋の模型を作ったとのことです。

 比謝橋の碑のところにあります。

 ガラスにおおわれたかなりしっかりしたものです。

CIMG5008.jpg CIMG5007.jpg CIMG5009.jpg CIMG5010.jpg

  送られてきた 資料をここに転載いたします。 なお 資料中の写真は省略いたします。


 写真( 1)( 省略)戦前の比謝橋(5 連続アーチ橋)である。南側の第1アーチから 第3 第4 アーチまでは大型のアーチで、読谷側の第5アーチは小型である。
 明治時代に橋を積み上げて県道をつくったとき、北側より南側を高くしたが、 現在の嘉手納側におかれている模型は平坦であり、南側の第1アーチがつくられていない。南(嘉手納側)と北(読谷側)を逆に設置されている。
  私は公文書館、 知人、 友人から写真を集めて、自分の記憶を元に できるだけ正確な模型を作りたいと考えた。

  写真(2)(省略) 米軍による沖縄上陸前の昭和20年2月28日の空中写真である。 昭和18年頃車を通すためアマカービラを埋め立てて橋の南側を改修した。

写真(3)(省略)比謝矼北側を米軍のGMCトラックがさしかかった時の写真である。GMCの幅を2.5mと考え、写真を拡大コピーしたら 道路幅が6mとなった。

 写真(4)(省略) 1945年 に嘉手納からとった鉄橋3,石橋1の写真である。左側は石橋である。

 写真(5)(省略) 写真(4)の 1945年8月18日の空中写真である。第3と第4アーチの幅が6mとすると5mと読み取れる。

  写真(6)( 省略) 1951年 読谷高校 嘉手納学友会の3年生の女子生徒の皆さんが、比謝川の干潮の時に、第3 第4アーチh前での集合写真である。第3 第4 アーチの幅は 5m、満潮時水位から道路面前では4mである。模型を作るとき 満潮時 水を基準にした。


イタリアンやフレンチ、ポルトガル料理が楽しめる「モンカフェ」
 宜野湾市大謝名にある「モンカフェ」に行きました。
 イタリアンやフレンチ、ポルトガル料理が楽しめるとのこと。

  大通りから少し入った小路にあります。
 大通りの角の「モンカフェ」の案内があります。

  外人住宅を改装して作ったという感じ。
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 店の中に入ると ちょっと こじんまりしたレストランだなと思ったら、奥にも部屋があるとのこと。行くと2つの部屋とテラスも利用できます。 結構な 席数です。
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 ランチタイムの おすすめということで、 宮崎産のマダイのじゃがいも包み焼き 1280円と県産 豚のほほ肉のクリーム煮 1280円を注文しました。

  最初に前菜が出されました。 写真のようにちょっとこったもので、面白い味す。 説明もありましたが、忘れてしまいました。

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 メインの肉はかなり柔らかく、口の中で溶けるような感じ。
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 マダイも いい味に仕上げられています。
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  楽しい 美味しい料理をいただくことができました。
  それに コーヒー。

 ケーキは 追加注文でいただきました。
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  ランチなのに結構本格的な 料理です。

 近くの席に、老婦人とその娘らしい2人づれ。肉が柔らかくておいしい、というお母さんのうれしそうな声が聞こえてきました。(ホント、ホント\(^o^)/)

 

  おしゃれな感じのお店です。 デートにいいですね。家族でも いいと思います。

  子どもの世界っ子、セルフっ子 の山城くんが 店長で料理もやっています。
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 カナダに2年間行き 修行したとのこと。英語も少し上手になったよ、と言っています。

  いい所ですし 応援してあげたいです。 おすすめの店です。



関連ランキング:ビストロ | 宜野湾市




Yoji著「セルフ塾の英語(文法) わかる教え方」をAmazon Kindleから電子出版
 Yoji著「セルフ塾の英語(文法) わかる教え方」をAmazon Kindleから電子出版いたしました。





 ここにまえがきと目次を載せます。


 まえがき

 この本は「セルフ塾のブログ」の記事の中から、英語の文法に関するものを集めたものです。

 セルフ塾の生徒に質問されたことに、ぼくはできるだけ分かりやすく説明を行いました。後で調べたこともあります。もっと分かりやすい説明はできなかっただろうかと考えたのもあります。また、ブログの読者からいただいた質問に答えたものもあります。

 僕自身が疑問にもって調べたものもあります。
それをブログにアップしてきました。

 このような疑問、質問は多くの人がもつものではないでしょうか。

 1節1節が独立しています。読みたい節からお読み下さい。

 節の最後にある日付は、ブログにアップした日付です。

 この本の説明で、「わかったよ」と思ってくださることを願っています。

目次
セルフ塾の英語(文法) 1
わかる教え方 1
まえがき 2
第1章 発音、フォニックス 4
● 英文字、小文字の成り立ち 4
● 英語文字,名前のパターン 5
● 英字フォント 7
● 英字フォントのバランス 8
● フォニックス 10
● ローマ字を学ぶ 12
● カタカナ語で発音指導 15
● 子音字の発音の導入 22
● 長母音を代入する 24
● 語尾のe 26
● Mike は「ミケ」? 28
● nite で「おやすみ」 30
● 英語ネイティブの人は、長音(伸ばす音)が苦手 32
● 英字 q と数字の 9 、なぜどちらも[キュー]か? 36
● モザルト???? 37
● was と saw 39

第2章 代名詞 40
● he,sheの導入 40
● なぜ,youは,単数,複数が同じなのか? 42
● 目上の人には単数でも「あなたたち」 45
● 英語はなぜ人称,数にこだわる? 46
● 英語の質問に対する答え方 48
● Can we ~? への返事は、 Yes, you can. or Yes, we can. 51
● 「私は」の"I"が"i"に 52
● 『の』は接着剤だよ 53
● 形式主語のitも訳してしまう 54

第3章 語順 57
● 英語の語順を教える 57
● 英語の語順は固い 58
● Them read she. はありえない。人称代名詞も語順にしばられる 61
● 日本語は悪魔の言語 63
● 英単語の途中で改行してはいけないよ 65
● 英語を教える順序 66
● 知っていることがらは文の初めのほうで言う 68
● 英語の疑問文は倒置法 69
● 強調の文を先に教える 71
● 疑問詞のある疑問文の導き方 71
● 主語が疑問詞の文は、なぜ平叙文と同じなのか 73

第4章 三単現 76
● 三単現のsはなぜあるか? 76
● 日本語の豊かさ「女ことば」(三単現のsとの関連) 77
● be動詞の区別は慣れてしまった(三単現のsは不要か) 80
● 三単現のsは不要か? 82
● 三単現のsが飛んでいく 84
● 三単現の不規則変化 85
● 三単現と基本 87
● 三単現の文と基本の文の区別 87
● 三単現の強調文 89
● 三単現の否定文,疑問文の導入 90
● Yourには三単現のSがつくのですか? 92

第5章 冠詞 94
● 冠詞(a, the)と助詞「が、は」 94
● a(どれでもいいから1つの)、the(あなたも私も知っているその) 96
● ニューワールド英和辞典のtheの説明 98
● 冠詞(the,a)は、やはり難しい 99
● a と an, どっちが先? 102
● 冠は2つかぶるな 104

第6章 名詞 106
●  fをvに変えてes 106
● 名詞の複数形,動詞の過去形の変則変化 107
● 可算名詞と不可算名詞 108
● お金は、可算名詞? 不可算名詞? 111
● 消しゴム(eraser)はなぜ可算名詞か? 113
● 可算名詞ははだかで使うな 115
●  I ate a chicken. 116
● どのように生徒に教えていいかも参考になる 118
● go to school , go to bed, after school , by bus 120
● 可算名詞は裸で使わない。theと「その」はまったく同じではない。go to school はなぜ裸? 121
● ~thing の次に形容詞が来るのは, 124
● million、billion は日本語の・・・ 125
● 20-gon で 20角形 129

第7章 動詞 132
● 一般動詞をdo動詞に 132
● 述語動詞と動詞ってどう違うの? 133
● 動詞と述語動詞のちがい、付加説明 134
● be動詞否定文、さらに細かく 136
● 「ます」がつけば一般動詞 138
● 一般動詞,普通の動詞,do動詞 140
● be動詞抜きの英文を平気で書く 141
● islong to, amlong to, arelong to, 142
● 一つの文には述語動詞が一つだけ 143
● skiは、「スキーする」or「スキーをする」 145
● 「英語の勉強をする」と「英語を勉強する」 147
● 文末が「ます」なら一般動詞 148
● beは「~になる」か? 150
● be動詞の原形はbe、現在形は, is , am , are 152

第8章 前置詞 156
● 日本語になった前置詞 157
● 前置詞の指導 160

第9章 副詞 163
● 頻度を表す副詞の位置 163

第10章 進行の文 165
● 現在分詞を進行分詞に 165
● 進行(現在)分詞は,もう動詞ではないよ 166
● 現在分詞・能動分詞・進行分詞 167
● 現在分詞の用法について 170
● 受動態も進行形もSVC 172
● ing をつけるときに 子音字を重ねるのはなぜ? 177
● visit はなぜ子音字tを重ねないで ing をつけるのか 179
● 第一強勢は、最後の音節ではない、 182
● 分詞構文と進行の意味 184

第11章 存在の文 189
● There is ~.構文の成り立ち 189
● そこに あるよ 一冊の本が (次のものに)接触して その机 192
● there, their, they're 194
● 特定なものと不特定なもののちがい 195
● 不特定物の存在文より先に特定物の存在文を教える 197

第12章 過去の文 199
● edは「た」と教える 199
● 不規則動詞の規則性 200
● なぜ、英語には不規則変化があるのか 201
● Mr. Nagahama hit the ball. の訳は「長浜氏はそのボールを打つ」でいいか。 203
● 一つの文に過去を表す「た」は一つ 203
● 過去のedが飛んでいく 204

第13章 不定詞 206
● 不定詞の導入 206
● 不定詞を to動原詞に 207
● 不定詞を教えてから,be going to , have to を教える 207
● have to は不定詞か 208
● have to , be able to , be going to 209

第14章 動名詞 210
● 動名詞 と 進行分詞 210
●  動名詞は「~していること(状態)」、不定詞は「~することを目標点に」 210
● give up ingは基本的に「(していることを)中断する」 212
● look forward toの後ろには何故ingがくるのか 213

第15章 接続語 214
● 接続詞thatは「次のことを」 214
● 従属節を導く接続語 215
● Both A and B, Either A or B の述語動詞は 216

第16章 比較の文 218
● 比較級は「もっと~」 218
● 比較の文の導入,thanは後で 218
● 比較級で長い単語にはmoreをつける、「長い」ってどういう意味? 219
● なぜ、比較級にはerとmoreがあるのか 220
● 同等比較 as ・・・ as ~ は「同じくらい・・・~のように」 222
● 最上級、of と in 223

第17章 助動詞 224
● must のイメージ 224
● will と be going to 224
● can と be able to 224
● must と have to の違い 225
● will と be going to 225
● mustの用法 228
● mustは未来の文では使えない 230
● like better なぜ? 231

第18章 受動態 233
● 日本語をおさえてから,その上に英語を築き上げる 233
● 分詞は、動詞と形容詞に分かれた詞 234
● 人の後には現在分詞、物、動物のあとには過去分詞 235

第19章 現在完了の文(現在中心の文) 236
● 過去分詞と受動分詞 236
● 過去分詞には過去の意味も含まれる 236
● (have+過去分詞)の気持ち 238
● 過去を引きずる現在完了(現在中心) 239
● コア理論で現在完了 240
● 現在完了の基本的意味 241
● 現在完了の成り立ち 242
● 現在完了,現在中心 243
● 現在完了・・・英語の素朴な疑問に答える36章 243
● コンコルドの誤り と 英文法用語「現在完了」 244
● 「連過現在を現在中心に」・・・プログラム学習英語3年の改訂作業 245
● 過去形、過去分詞の意味 247
● 現在完了の用法 248

第20章 関係代名詞 249
● 関係代名詞の導入 249
● 関係代名詞は,接続代名詞と呼んだ方がいい 250
● 関係代名詞の文の訳し方・・・ 直訳で 250
● 関係代名詞の和訳 251
● 日本語で修飾部が文頭に来た時は、サンドイッチ型だよ 252
● 関係代名詞の文、サンドイッチ型・・・パンの部分と肉の部分に分けて考える。 253
● 関係代名詞を使った並べ換え問題 254

第21章 話法と時制の一致 256
● 時制の一致と クオーテーション‐マーク,カギかっこ 256
● 話法と、式の展開(分配法則) 257
● 時制の一致,英語は積の展開,日本語は,和の展開 258
● 日本語と英語の時制 259

第22章 その他 262
● 故事成語と英和中間語 262
● 清水義範と英和中間語 263
● 文法用語について 264
● イギリスは年寄り、アメリカは若者 266
● 英語、言葉の乱れ、変化は、英語非ネイティブからも 266




インターネット利用者は短気、ブログの長さは短めに
 インターネットの利用者は短気だと思ったほうがいいです。
  一つの文章(記事)をじっくり読むことはほとんどありません。少し読んでおもしろくないなと思ったら すぐに別のページに 移ってしまいます。

 高級レストランでコース 料理をじっくり 味わうというよりも、 デパート 地下の食料品店の試食品をつまみながら歩き回っているようなものです。

  だから ブログを書くときには、 できるだけ短い文章にまとめるほうがいいです。

 できれば 原稿用紙1枚 400字程度でしょうか。

 長くても原稿用紙3枚の1200文字ぐらいまでかな。

 僕のものも結構長くなってしまいます。

 分かりやすい文にしようと思えば、つい長くなります。

 短い文章を書くのは難しい。それでも 短いのを 書くように努めています。

ポール・アンカのダイアナを練習中
 先日、スナックでお酒を飲んだりカラオケを歌ったりして楽しんでいました。

  そこでK川さんが「Yojiさん、ダイアナを歌えませんか」と言ってきました。

 K川さんが得意とするダンスは この曲のリズムに会うようなのです。 ダンスを習っているK川さんはダンスが上手です。

  僕は歌ったことがないのですが、K川さんのために、チャレンジしてみました。

 案の定、あちこちつっかかりながらの歌になりました。

 僕は終わって後、「K川さん、 ごめん ごめん。次回までに練習しておくから」と言って 謝りました。

 それで練習を始めました。
  今は 練習するのが簡単で、いいですね。

 ウェブで「ポール・アンカのダイアナ」を検索すると、ユーチューブの動画でポール アンカの歌を聞くことができます。

  そして 「ポールアンカ ダイアナ の歌詞」 を検索すると 歌詞が出てきます。

  ユーチューブには歌詞の字幕付きの動画もあります。

  それを見ながら現在練習中です。

  今度の土曜日にはK川さんと一緒に飲みに行きます。 それまでに何とか うまくなっていたいものです。

不特定物の存在文より先に特定物の存在文を教える
 存在(〜がある、〜がいる)という英語の文は2種類あります。

  There is a book on the desk.(机の上に本がある)
  The book is on the desk.(その本は机の上にある)
 というものです。 かなり違います。

  その違いは 特定物なのか 不特定物なのかということです。

  多くの場合 不特定物の存在文を先に教えているように思います。
 というよりも、 特定物の存在文を取り上げて教えるということはほとんどしていないのかもしれません。

 僕は不特定物の存在文よりも先に特定物の存在文をきちんと教えています。

 be動詞は それまでによく出ていますが、 すべて「〜です」 という意味の イコールの役割をするものです。
He is a student. 「彼は学生です」などですね。

  それが初めて「〜がある、〜がいる」 という存在する意味が出てくるのです。

 不特定物の存在文は それに加えて 語順が普通とは違うということも教えなければいけません。

 だから、 特定物の存在文をまず 教えます。 そこで be動詞には「存在する」 (〜がある、〜がいる)という意味があることをきちんと確認するのです。

  なお be動詞の基本的意味はこの「存在する」ということです。

  それが理解出来た上で 不特定物の存在文の学習に入ります。

  そこでは thereというもの単語が入ること、主語が後ろになること、 そして 自然な日本語に直すときには thereは訳さない、 というようなことを教えるのです。

  そのような順序で 教えていた方がスムーズに学習も進みます。

特定なものと不特定なもののちがい
 英語においては特定なものと不特定なものをきちんと区別します。
 日本語でも区別はされているのですが、 曖昧な時があります。

 まず、定冠詞のtheと不定冠詞a の違いです。

 定冠詞のtheは、「あなたもわたしも知っているそのもの」 という意味です。
  不定冠詞のaは「何でもいいから1つの」ということになります。

  「あの書店にはたくさんの本があります」 という時の 「本」は 何でもいいわけです。 どんな種類の 何がということを ここでは 特定されません。不特定の本です。

 夏目漱石の 「吾輩は猫である」 が話題になっているとします。 その時には
「あの書店にはその本はありません」と言ったりしますね。

  書店にはたくさんの本があっても、「 吾輩は猫である」がない場合には 「その本」はないのです。

 特定なものは theがつかないこともあります。my book という場合には 私の本ということで特定なものになります。

  人称代名詞は、 特定なものをあらわします。
 I(私は)、you(あなたは)はもちろん特定ですね。

 he(彼)も、「私とあなたの会話の中で今話題になっている男の人」 という意味で 特定なものをあらわします。

 「 1人の男の人がいます」という時の「男の人」は、だれと特定していないので不特定です。

  不定冠詞のaは、もちろん単数にしかつきませんが、複数の場合も不特定なものがあります。

 「 机の 上に たくさんの本があります」 というとき booksを使いますが,
これは不特定ですね.


英語では、「〜がある(いる)」という存在を表す文では、特定な物と 不特定なものでは、まったく違った文になります。

 だから、その2つをきちんと区別するというのは どこかで教えておくべきです。

簡略日本語
 岩波新書 金田一春彦著「日本語 新版(下)」に 「簡略日本語」 という節がありました。 引用します。

 野元菊雄は「日本人と日本語」の中に その 一版を示している。
  それは 動詞の活用などなるべく簡単にして、全て「・・・ます」の形だけにする。 否定は「書きません」、過去形は「書きました」、意志は「書きましょう」、終止形はもちろん「書きます」、連体形は「書きますとき」、 命令形は「書きませ」などというようにするという。
 筆者(金田一春彦)にすれば、例えば連体形は「書く」にした方が終身形と違いが出ていいのではないか、「書きませ」は、ちょっと奇矯だな などと思うが、 そのような外国人向けの日本語を作ることは大賛成である。
  このような簡略日本語の他に、標準日本語はもちろん使うわけで、 そうなると標準日本語の方が簡略日本語の影響を受けて 一部変化することも起こるであろうが これも受け入れていいのではないか。


  面白いと思います。
  外国人にとっては 日本語は難しいでしょう。

  動詞の活用形には、 五段活用、 上一段活用、 下一段活用、 サ行変格活用、 カ行変格活用があります。 まずは、それぞれの動詞が何活用なのかを覚えなければいけません。 そして それぞれの活用形を覚える必要があります。

  しかし助動詞「ます」 をつけると すべて その活用で 通用するのです。何活用なのか覚える必要はありません。
 五段活用「書く」は、上に例のように活用します。

 上一段活用の例としては「起きる」がありますね。 それも、「起きません」「 起きましょう」「起きました」「 起きます」「 起きます 時」「起きますれば」「起きませよ」 となり、「書く」とまったく同じ活用になります。

 下一段の例として 「集める」がありますね。 それも、「集めません」「集めましょう」「集めました」「集めます」「集めます 時」「集めますれば」「集めませよ」 となり、「書く」とまったく同じ活用になります。

 サ行変格活用の「する」でも、「カ行変格活用」の「来る」でも同じような活用です。

  だから「ます」の活用がわかればすべて動詞の活用はできる ということです。

 仮定形、命令形は、 少し おかしい感じがしますが、わからないことはないです。
 文英堂の 「くわしい国文法」 の「ます」の活用では、 命令形は 「お書きくださいませ」となっています。これは丁寧すぎる感じがしますが、分かりますね。
 「くださいませ」 をつけると命令形になると覚えてもいいでしょう。

 また、 最初の頃は Iは、すべて「私」、youは「あなた」とするとしてもいいです。

 その他、日本語を学ぶ人に簡単に習得できる簡略日本語を考えてみるのはいいことだと思います。

 そうすれば 日本語を使う 外国の方も多くなるでしょう。そして、上手になってくれば 標準の日本語を使ってもらうということにすればいいのではないでしょうか。





 ブログの国語に関する記事をまとめました。


カレー、 エスニック ご飯の店 dechibica(デチビカ)
 読谷村古堅にある カレー、 エスニックご飯のお店dechibicaに行きました。
 
外見はアパート1階の1室といった感じ。

  でも中に入ると、けっこう 広々とした空間です。 

  手作り風の木製のテーブル、椅子が並べられています。 手作り風と言ってもしっかりしたプロが作った という感じ。

 テーブルの間は離れていて ゆったりと腰掛けることができます。

  僕はカレーをKyokoはエスニック料理を注文しました。

 ワンプレート料理が運ばれました。他と 違うのは 前菜ふうの色とりどりの12種の野菜が 添えられていること。

 野菜は、 それぞれに異なった味付けで個性を醸し出しています。一口大なので 一つ一つ楽しむことができます。

  僕が頼んだ 料理ではカレーを2種類選ぶことができ、チキンとアボガドのものを選びました。

  それぞれに おいしかったです。手作り ミニケーキも良かった。

 豆乳のラッシーは、適度な酸味でよかった。マンゴー味です。

 目でも舌でも楽しめる料理です。お値段も1000円前後で、お手頃です。

  女性が好みそうな店ですね。 女性同士やカップルで 入ったらいいです。
 おすすめの店です。

 decachibiという 名前の由来を尋ねたら、デカイご主人と チビの奥さんからとのこと。チビが デカに包まれて一緒になった名前ですね

 目立たないので見つけにくいかも。ファミリーマートのすぐ隣です。

  そこのオーナーとは 、ピースウォークマートin読谷で知り合いました。 平和活動も頑張っています。

151119.jpg  151119 (1)  dechibica.jpg



関連ランキング:カフェ | 読谷村




ホームページ・ブログ、 オーダーメイドと既製品
 ホームページ、ブログには、オーダーメイドと既製品があります。

 オーダーメイドというのは、プロに お願いして、独自のものを作ってもらうものです。

  それに対して既製品というのは、FC2, Yahoo, 楽天, ライブドア Googleなどが提供しているホームページやブログです。

  オーダーメイドのものは、 自分の思うようなものが作られるのでいいですね。デザインも オリジナルの素晴らしいものになります。
質的には既製品よりも やはりいいと言えるでしょう。

  ただお金がかかりすぎます。安くても5〜6万円はするでしょう。毎月7000円という契約もあるそうです。

  大きな企業やお金があまってる人はそれでいいと思います。

 ただ、一般の人々や小さな企業が ホームページやブログを作るなら既製品で十分です。

 FC2, Yahoo, 楽天などは、それぞれに工夫をこらしています。

 テンプレート( 雛形)が数多くあります。 その中から自分にあった、好みのデザインをえらべばいいのです。

 操作も比較的楽にできます。 専門的知識はなくても十分にできるように工夫されています。

  素人は それでいいのです。

  おまけに無料です。

  ホームページやブログに訪れる人は、情報を求めてくるのです。GoogleやYahooで キーワードを入れて検索してヒットしたところにやってきます。

  デザインでやってくる人はいません。 だから中身の勝負なのです。

  そういう点では オーダーメイドも既成品もまったく変わりはありません。

 オーダーメイドにしたから 訪れる人が多くなるということはありません。

  そういうところにお金をかけるよりも 中身を充実させるために努力する方が 作ったかいがある というものなのです。

 ただ、自分で作るのが好きなら、自分で0から作るのもいいですね。

ホームページとブログはどう違うのか
 「ホームページとブログって何が違うの?」と 質問されることが度々あります。
  それで僕なりに考えてまとめてみました。

  まず、 ホームページ というのは 自己紹介のようなものです。
  自己紹介では、私の名前は〇〇です。 生まれはどこどこで、 仕事は 何、というように、 自分に ついて知ってもらいたいことを言いますね。それに似ています。

 それに対して ブログは日記です。 今日はこんなことがあった、 という出来事を書いたり、 こんなことを感じたとエッセイ風なことを書いたり、 なんでも自由に書きます。

  ただ 日記のように1日1日が 流れているというようになります。

 もうひとつ例を挙げます。
 ホームページは政党の綱領です。
  私たちの政党はこのような 日本をつくりたいということを まず訴えるのです。

  それに対してブログは その政党が出している 新聞です。 日頃このような活動をしているということを 読者に知らせるのです。

 例えばあるレストランがホームページをつくるとします。
 その場合には、 どのような料理を出しているのか、 他のレストランと どこが違うのか、 何にこだわっているのかを書きます。

 読者にそのレストランのことを知ってもらう、そういうものにするようにホームページをつくります。

 ブログは、今日はこのような 新しい料理を作ってみたとか、 このようなお客さんがいらして、このような要望があった、 それに対してどう思っているなど その日の出来事や その日感じたことを 日記のように書いていくということです。

 ホームページより、具体的でイキイキとした姿を伝えることができます。

 ホームページは、それを出しているところの全体像を知らせるようにします。それに対して、ブログは細かいことを書いていくのです。

 森全体を見ることができるのがホームページ、木1本1本を見るのがブログですね。

  だからホームページは ほとんど 変わりません。頻繁に更新する必要はありません。

  それに対して ブログは出来れば毎日更新したいものです。 もちろん毎日でなくてもかまいませんが できるだけ更新するように努める必要があります。
  そうしないと読者に忘れられてしまいます。

  なお ホームページ という言葉は 間違った使い方でした。 元々はwebサイトというのです。ホームページは、そのサイトの一番最初のページのことだったのです。

 でも、今ではwebサイトというより、ホームページというのが一般的になっていますね。
 日本語として定着しているので それでかまわないのでしょう。

Yoji著「セルフ塾の英語 単語・熟語 わかる教え方」を Amazon Kindleから出版
 Yoji著「セルフ塾の英語 単語・熟語 わかる教え方」を Amazon Kindleから出版しました。まえがきと目次をここに載せます。



セルフ塾の英語(単語・熟語) わかる教え方 著者:仲松庸次

 まえがき

 この本は「セルフ塾のブログ」の記事の中から、英語の単語や熟語に関するものを集めたものです。

 セルフ塾の生徒に質問されたことに、ぼくはできるだけ分かりやすく説明を行いました。後で調べたこともあります。もっと分かりやすい説明はできなかっただろうかと考えたのもあります。また、ブログの読者からいただいた質問に答えたものもあります。
 僕自身が疑問にもって調べたものもあります。
それをブログにアップしてきました。
 このような疑問、質問は多くの人がもつものではないでしょうか。

 1節1節が独立しています。読みたい節からお読み下さい。

 節の最後にある日付は、ブログにアップした日付です。

 この本の説明で、「わかったよ」と思ってくださることを願っています。

 内容
まえがき 5
第1章 多義語 6
● 英単語の kind は、なぜ「優しい」と「種類」の2つの意味があるのか・・・kindの語源は「生まれ」 6
● 「落ちる」と「倒れる」の違い 7
● like : 似ているから好きになる 7
● too の意味は「十分以上」 8
● makeの意味は? 10
● make は 「作り上げる」 11
● tire のイメージは「(動きが止む)→活気を失う」 13
● このスープはhotだ・・・ 「熱いの?」「辛いの?」 13
● 「携帯用時計」は、目でwatchして(観て)時間を知らせるものだからwatch 15
● askには、何故「尋ねる」と「頼む」の意味があるか 16
● なぜ、「秒」も「2番目」もsecondか。 17
● train は,なぜ「訓練する」と「列車」か 18

第2章 日本語とニュアンスの異なる単語 19
● anyは「どんな」 19
● ever は「どんなときでも」 20
● 「no」は「無」 22
● スリークォーター 23
● 結婚式で Congratulations! は? 24
● seaweedではない、sea vegetableだ 25
● ホームスチールのスチールは『盗む』 26
● 英語のcomeと,沖縄大和口「来る」 27
● Japanese は「国語」 ? 28

第3章 類義語 29
● 見る・視る・観る see, look, watch 29
● seeとlook, hear と listen 30
● 目を覆って、I can't look.  目を大きく見開いて I can't see. 31
● littleは「小さい」、 smallは「小型の」 32
● big:大きい large:大型 33
● anyとsomeの違い 34
● tell, talk, speak, say の区別 37
● want,wish,expect,hope の違い 37
● go to bed は「床(とこ)に就(つ)く」 39
● 英語の「前」 41
● kind と kindness 41
● strongly と strong 42
●「おもしろい」{(interesting(興味深い) , funny(こっけいな) , amusing(娯楽として楽しい) , exciting(わくわくする )} 43
● time, hour, o'clockの区別 44
● 会う・出会う:meetとseeの違い 46
● 英語の「教える」、teach =教育する, tell =伝える、言う、 show =見せる 48
● 英語のshutとcloseの違い・・・closeは「すーーーッ、ビシッ」、shutは、「バタン」 50
● excited とexcitingのちがい 51
● andは 直列、orは並列 52
● おめでとう、CongratulationsとHappyのちがい 53
● like, be fond of, loveの違い 54
● good と nice の違いについて 56
● みち(道)の road, street, way のちがい 57
● workとjobの違い 58
● begin と startの違い 59
● studyとlearnの違いがわかる例文 61
● 高い(high と tall) 61
● everyday と every day 62
● playは「楽しんでする」 63

第4章 単語の語源 65
● なぜcountryには 「国」と「田舎」という意味があるのか 65
● fanには なぜ「扇」と「熱心な愛好者」の意味があるのか 65
● なぜrightには 「右」と「正しい」という意味があるのか 66
● Me, too. は For me, too. から ??? 67
● understand(下に立つ)は なぜ「理解する」になるのか。 68
● today tonight tomorrow のto は? 70
● 英単語のstoryは、 historyから生まれた 70
● professionalの意味は。 72
●  フルハウスとは 73

第5章 英熟語 75
● 熟語も「なぜ?」で考える。なぜ get up は「起きる」か。 75
● Let me see. は「私に心の中で見せて下さい」→「私に考えさせて下さい」→「ええと」 75
● なぜ、You are welcome.が「どういたしまして」か? 76
● had better の成り立ち 78
● a fewと a littleは1つではないのになぜaがつくか 78
● a lot of は、「ひと山」で「 たくさん」 79

第6章 その他 80
● なぜ,英単語の日本語訳にこだわるのか 80
● 生きている牛を思い出さないため、ビーフとした 81
● 「ティーンエイジ」って,何歳から何歳まで? 82
● 「4番目」はhome 82
● 和製英語がとても多くなっている 83
● イングランド チームのオウンゴール、こういう機会に覚えよう英単語 84
● 「適材適所 中学英語単語」 85
● 「適材適所 記憶術 中学英単語」とは 86
● 語源中心英単語辞典 86
● 英語の疑問詞 語呂合わせ 替え歌 87
● 英語の「月名」を覚える替え歌 88
● 英語の「曜日」を覚える替え歌 89




今年は平成27年 僕が生まれたのは 昭和27年
 今年 2015年は平成27年ですね。 僕が生まれたのは1952年昭和27年です。

 昭和になってから僕が生まれた年までの長さと、平成になってからの今までの長さが同じになったのです。

 僕は昭和27年に生まれたので、その前のことはもちろん経験していません。その27年間は、とてもはるか昔のことのように感じていました。

 昭和元年から僕が生まれた 昭和27年までの歴史は とても激しいものです。 戦争に突き進み、激しい戦争を行い、そして戦後の 復興という道。

  それは 僕は書物の上でしか知ることは出来ません。だから、昭和元年というのは、ぼくにとってははるか昔のことだったのです。

 平成になり、27年が経過しました。
 確かに、「昭和は遠くなりにけり」ではあります。

  平成元年には ベルリンの壁が崩壊しています。 昭和天皇が死去、そしてまた漫画家の手塚治虫さん、美空ひばりさんも亡くなっています。中国の天安門事件もありました。

  それらのことは とても鮮明に記憶しています。もう27年もたったのだという感じで、確かに昔のことです。が、そんなに遠くはありません。
当時 僕は36歳。若かった。現在は63歳。

  平成になっての27年を振り返ってみると、確かにかなり昔のことではありますが、 ぼくにとっては、はるか彼方の昔のことではないのです。

 平成になってからのこの27年というのは 自分の体験として感じるところがあるからでしょうね。

 ということは、僕が生まれたのは、昭和になってそんなに遠いということではなかったのだな、と感じています。

 時の流れの 長さを比較して面白いと思っています。

読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (10、最終回)(全10回)
【あとがき】

 これを書くにあたり、多くの方にお世話になりました。この場を借りて、感謝いたします。日付はすべて 2015年です。

 9月25日 、読谷村座喜味にお住まいの県指定重要無形文化財「読谷山花織」保持者の島袋秀さん(数え97歳)に、主に座喜味における読谷山花織復興の話をしていただきました。

 10月21日、読谷山花織楚辺工房にて、読谷山花織り復興座談会を催していただき、貴重なお話をうかがうことができました。出席者は、池原節子さん(専務理事)、又吉弘子さん(理事、前組合理事長)、池原竹子さん(顧問、元組合理事長)、池原ツヤ子さん、池原ケイ子さん(県指定重要無形文化財「読谷山花織」保持者)、池原栄子さん(組合理事長)、その他、楚辺工房の方々多数。

 10月23日、読谷村立 図書館の泉川良彦館長に、曽根美津子に関する文献を教えていただき、いくつかを提供していただきました。

 10月19日、曽根美津子の弟 上原徹から、美津子が幼いころの話をうかがいました。
 
【参考文献】
曽根美津子著「読谷村婦人会50周年記念誌、婦人会運営について」
泉川良彦著「戦後50年沖縄女性の歩み、曽根美津子」
読谷村役所編「読谷村史、読谷山花織手巾と読谷山花織」
「池原昌徳 対談 与那嶺貞 輝く読谷山花織 その復興に情熱を傾けた二人」
読谷村史編集委員会編「読谷の先人たち 国の重要無形文化財『読谷山花織』保持者 『人間国宝』与那嶺貞」 

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 「読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子」は、後日、インタビュー内容などを付録につけて、Amazon Kindleから電子出版をするつもりです。

読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (9)(全10回)
【花織の継承者養成に】

 読谷山花織復元に成功したあと、継承者を養成し、読谷村の特産品としてどう発展させるか、の課題に取り組みます。

 池原村長の日記には次のようにあります。
 「(1964年)7月30日木曜日 晴天
 花織講習会実施打合を行う。
 その結果
一、8月25日〜9月24日まで村民会館で行う。
二、講習人員は約10名とする。
三、織機3台購入し準備する。
四、花織宣伝のために、今回の製品で打掛、手巾により、盆踊りを行う。
 出席者 村婦人会長 曽根美津子、村生改グループ長 天久
   生改善普及員 知花幸子、技術員 与那嶺貞、比嘉文江」

「9月4日金曜日晴天
 午後3時から村民会館で花織講習会開講式を開き、玉城商工課長来所、会員として婦人会役員来所。講習生24名」

 村役場の動きは早いですね。与那嶺がやっと1反ヒャイバナを織り上げたころです。グウシバナ、ティバナの講習だったのでしょうか。いずれにしろ、現在の読谷山花織が村の特産品として、広く知れ渡っているのは、村が積極的に働いていたからだというのがよく分かります。

 比嘉文江の功績も大きいです。織物に興味をもっていて、婦人会でも行動力が高くかわれていました。与那嶺といっしょに復興の中心になっていました。

 池原村長は「あの時に必要な技術をもっている人は、(与那嶺)先生と比嘉文江さんしかいなかった。比嘉文江さんは琉球絣のすごくいい腕をもっていたんですよ」と語っています(「対談」)。

 そのころ、読谷山花織復興のことが広く話題になったのでしょう。池原村長の日記には、8月4日那覇高校生6人、8月11日首里工芸指導科の生徒2人、8月24日東京写真短期大学生4人が花織を見学にきたとあります。

 そして、「読谷村婦人会50周年記念誌」に、美津子は「本土の民芸研究者が見学に来られ、学生、マスコミ関係とみなさんいらっしゃって」とあります。

 美津子は24代村婦人会長をしりぞき、25代会長松田貞子にバトンタッチします。

 しかし、池原村長の日記には
「(1965年)2月18日 木曜日 晴天
午後9時から花織のことで曽根美津子(前婦人会長)、松田貞子(現婦人会長)、与那嶺貞さん、生活改善普及員の知花幸子が集まって打ち合わせした」とあります。

 婦人会長を退いて後も、引っ張りだされていたのでしょう。

 そして、1966年、26代村婦人会長に美津子は再選されます。美津子の力がまだ必要だったのでしょうか。

 池原村長は、「対談」の中で
「曽根美津子さんは最初昭和39年に会長になり、又、2年おいて再選されましたので都合がよかったんですよ」と語っています。(「1年おいて」の間違いだと思われます)

 池原村長が美津子を頼りに思っていたことが分かります。

 村や婦人会では、積極的に講習会を開き、継承者を育てようとするのですが、最初のころ、村の女性たちはそれがお金になるとは考えられず、やろうとする人がほとんどいなかったという話も聞きました。米軍基地でメイドをやった方が収入はいいのですから、無理もありません。

 技術を身に付けるにも時間がかかり、また最初のころは販売ルートもなかったでしょうから、継承者を育てるのも大変だったと思われます。

 当時、読谷村商工会の事務所だったところに、機織りのための小屋がありました。喜瀬病院の跡の建物でも機織りをしていました。そこには経済課の漬け物(婦人会が作った)の壺が置いてありました。裸電球で、雨漏りもしていました。機やその他の道具もみんなで使っていました。

 山内徳信さんが村長になったときに、「作業場の環境が劣悪だったのに衝撃を受けた」そうです。

 美津子は、26代婦人会長も退き、花織復興は後進に引き継がれます。しかし、美津子は花織復興の当事者ではなくなってからも、たびたび花織をしているところに顔を出していました。

 婦人会の活動として始めた講習は、その後各字に広がります。そこでは、各字で機を3台くらい揃えてありました。その1台につき5,6名が、順番に交替で織り方を習いました。機などは、読谷村の経済課が準備していました。その後は、婦人会の活動は離れ、花織を織る独自の活動になります。

 美津子の地元の座喜味に花織工房ができ、多くの座喜味区民に技術を伝えています。その中で育った島袋秀さんは、県無形文化財読谷山花織技能保持者に認定されています。

 多くの人の働きにより、村民の関心も高まり、技術習得者も増えて、1969年(昭和44年)読谷山花織愛好会が結成されました。

 そのことを美津子はとても喜びました。京子は、美津子に連れられていき、愛好会の看板を見せられます。美津子はとて
もうれしかったのですね。

 その後、1974年に「読谷山花織」県の伝統工芸 製品に指定
1975年 「読谷山花織」県の無形文化財に指定
1976年 読谷山花織事業協同組合 設立
「読谷山花織」「読谷山ミンサー」 通産大臣より伝統的工芸品に指定
1977年 「琉球藍製造」国の選定保存技術に指定
1999年 与那嶺貞、読谷山花織への功績を認められ、人間国宝に認定
 されています。

 美津子がまいた種は、しっかり芽をだし、大きく育ち、花を咲かせたのです。

 1980年10月28日、心臓手術中に、美津子は息を引き取ります。享年55歳。若すぎる死です。「美津さんは、短い人生を精一杯駆け抜けたんですね」と多くの人がその死を悲しみました。

 なお、美津子が死亡したあと、その夫信一は、たびたび花織工房に顔を出して、談笑していたそうです。読谷まつりのときには、毎回来てくれたと工房の人たちは言っています。妻美津子の気持ちを引き継ごうと思ったのでしょうか。
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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (8)(全10回)
【与那嶺、花織を復興する】

 美津子は、その後も花織復興協力依頼に与那嶺のところに何度も通います。京子は母に連れられて何度か与那嶺の家を訪ねています。

 池原村長も通ったようです。「高志保出身の与那嶺貞さん(明治42年生、旧姓知念)という首里の女子工芸学校出身で、今帰仁の方に嫁いだが、ご主人が戦後亡くなって、高志保に帰ってきているのに目をつけて説得をかさねた」と語っています(村史)。

 1964年5月、与那嶺貞は生活改良普及員の仕事をやめます。

 5月25日、与那嶺のところに池原村長が訪ねてきて「今なら花織の仕事ができるだろう」と、花織の復元協力を頼みます(読谷の先人たち)。与那嶺は織物に関心があったので、そのときは「じゃあ、やってみます」と言って引き受けます。美津子も村長と同行していたのではないでしょうか。

 池原村長の日記には次のようにあります。
 「5月27日 水曜日 晴天 読谷村花織再興したいと、その技術を持っている古老の方々をお願いして首里高等学校、博物館、南風原村照屋まで行って織物について勉強したい。
 出席者 波平(上地ウシ、知花カメ)、 楚辺(松田ウシ、比嘉ウト、比嘉文江)、高志保(与那嶺貞)、婦人会(曽根美津子、比嘉ヨシ)」

 そのときには、与那嶺も加わっています。

 与那嶺は、波平の知花カメ、上地ウシらと協力し、試行錯誤を重ねながら復興に取り組みました。知花カメの長男が大工だったので地機を組み立て、道具もしつらえてくれました。

 1964年(昭和39年)、与那嶺は7月から2ヶ月をかけて、やっと一反を織り上げました。上地ウシたちは、復元された花織の試作品を見て「ハッサミヨー ワッターガ チャッサ カンゲェーティン ナランムンヌ 学問ヌ チカラヤヤー(あらまあ、私達がいくら考えてもできないのに、学問の力ですね)」と涙を流して喜びました。美津子もいっしょに喜んだはずです。

 美津子は「婦人会記念誌」に「私共祖先の偉業は再び私共の手元にのこし得ることが出来ました」と、その喜びを書いています。

 与那嶺は、女子工芸学校時代に習った織りの公式を応用し、図面化し計算して織っていったのです。まさに、学問の力です。
 教わって織るだけなら、織り方(how)が分かればできます。しかし、見本を見て織り方を復元させるには、なぜそうなるのか、Why(なぜ)も必要なのです。

 また、与那嶺は、地機で織っていたのを高機で織るようにしました。

 1965年、松田ウシと比嘉文江の作品が大阪で開かれた日本民藝展に出品され、技術賞を受賞しています。
 与那嶺の作品は、1965年(昭和40年)第17回沖展の「染色の部」で奨励賞を受けています。1964年に手がけた読谷山花織の復興は1年後には、民藝展、沖展に出展するまでになっていたのです。
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ろうそくの底からでた光線の経路の作図
くまのみさんから 質問メールをいただきました。ありがとうございます。
 それで 今日は 「読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子」は休みにして、こちらの回答を のせます。

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送信者:くまのみ
日付:2015/11/12 21:50:32
件名:凸レンズの作図
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またおじゃまいたします。
よく凸レンズの実像の作図で↑やろうそくの火の先端からの光の経路は教科書にもかかれているので理解できるのですが、

↑やろうそくの底の作図をするときの光の経路がわかりません。

焦点の外側に物体をおいたら、凸レンズは光の屈折で光が一点に集まるという理解でいいのでしょうか。できたら底の作図を教えてください。よろしくお願いします。

追伸 鏡の反射の証明、ありがとうございました。
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これも いい質問ですね。 自分でよく考えていると思います。
「凸レンズは光の屈折で光が一点に集まる」という理解でOKです。

 分かると思いますが、まずは確認からします。

1, 凸レンズの中心を通る光はそのまま直進します。

2、凸レンズの軸に平行な光線は凸レンズを通過後 反対側の焦点を通るように進みます.

3, 凸レンズの手前の焦点を通った光線は、レンズを通過後、軸に平行に進みます。

 次の図のようになります。
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 さて、あまり知られていませんが 光源を出た光線はすべて凸レンズを通過後 実像のある点を通ります。
 くまのみさんが書かれているように、一点に集中するのです。
  次の図のようになります。
sokonokousenn2.jpg

  このようにして、全て実像 に光が集まってくるのです。

 さて、ご質問のローソクの底の部分からでた光線の経路です。

  軸の上に立っているとします。 中心を通る光線は、そのまま直線ですから 軸と重なります。

 軸の上に建っているので、軸に平行な 光線の進み方は描くことは出来ませんね。

  ただ 実像のある点に集中するように光は進むのですから、ロウソクの底から出た光線は全て次のように進むことになります。
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このように、 まずはロウソクの先の方から出た光線を作図して 実像ができる位置を確認して、 ロウソクの底から出た光線が実像の底の点に 集中するように 光線をかけばいいということになります。

  これでよろしいでしょうか。

読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (7)(全10回)
【首里高校の先生方から教えを請う】

 さて、このようにしながら、花織の復興にむけてお年寄り方の試行錯誤が続きます。

 現在、花織を何年も織ってきた方に「花織の見本を見るだけで、織り方がわかると思いますか」と尋ねたことがあります。

 すると、「不可能です。私は半年の講習を受けたのですが、その後でも、どのようにするのか、その手順を忘れてしまうことがたびたびありました。見本を見るだけで復興した先輩方はすばらしいと思います」と語っていました。

 大変なご苦労があったと思われます。

 美津子は、首里高校染織科の末吉安久先生や祝嶺恭子先生のところにもよく教えを受けに通っています。

 池原村長は対談の中で「(曽根美津子さんには)首里高校にも何回も行ってもらいました。末吉安久先生とか森田先生とか祝嶺さんにも会ってもらいました。(祝嶺さんは)まだ若い先生で。南風原村の照屋の大城カメさんに原料の注文をしたり、いろいろ話をつけたりしてもらいました」と言っています。

 京子は、夕食時の談笑の中で、末吉安久氏や祝嶺恭子氏、大城志津子氏の名前が出たのを記憶しています。

 曽根信一は那覇高校や那覇商業で教員をしていて、那覇や首里にも知人が多かったようです。末吉安久氏や祝嶺恭子氏、大城志津子氏とも懇意にしていて、妻美津子を紹介していた可能性はかなり高いと思われます。

 また、座喜味にお住まいの島袋秀さん(数え97歳)に話をうかがったとき、戦前、末吉安久夫妻が島袋家に下宿していたことがあるとのこと。読谷村で教員をなさっていたそうです。そういう縁もあったのでしょう。

 ぼくは首里高校の出身で、末吉先生を遠くから見たことはあります。白髪の芸術家といった感じがしました。また、先生の息子安允(やすちか)は同級生で、いまでも親しくしています。高校生のころ、彼の家によく遊びにいきました。一度だけ安久先生が、ぼくらが集まっている部屋に顔を出したことがあります。息子をよろしく、というあいさつだけで、息子がうるさがって追い出してしまいました。今考えると、すばらしい先生とゆっくり話をするいい機会だったのに、と残念に思います

 「読谷村婦人会50周年記念誌」に、美津子は
「首里高校、工芸指導所、南風原の織物工場等を見て回り、織械の購入、材料の仕入れ、染色と忙しい思いをした」と書いています。
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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子(6)(全10回)
【美津子と織物】

  美津子は、1926年、上原直治、カナの長女として、那覇に生まれます。
 次は、美津子の弟 徹(とおる)の話です。

 「父直治は警官(駐在)をしていて、よく異動があった。戦前、玉城村にいるとき、ぼくが小学3年のときだが、蚕を飼っていて、母親が糸をつむいで、地機で織物をしていたのを見た。ただ、自分の着物地を織る程度だった。

 また、ぼくが小学5,6年のころは、伯父の直実(なおざね)(父直治の兄)の家のすぐ隣に住んでいた。そこは反物を染める仕事をしていた。ぼくたちは洗濯屋と言っていたけど、洗濯だけではなく、染め物もやっていたのだろう。そして、それを干してきれいに畳んで、鹿児島と取引をしていたんだよね。染め物のための鍋があり、干場でよく遊んだ。姉の美津子もそれをよく見ていたと思う」

 美津子は、小さいころに、反物に接し、母親が織物をするのを見ていたのです。

 だから、それなりに織物の知識はあったのだと思われます。それで、花織をどのように織るのか、という相談をお年寄りとすることができたのではないでしょうか。

 ただ、自分で織った経験はないので、自分が花織を織って復興するというより、プロデューサー的に動いたのです。織物は好きで、自分で織ったものを着物に仕立ててよく着ていました。それは花織りではなく、平織りでした。花織りは数反織っただけです。

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なぜ、電流計、電圧計で、電源の+に +単子をつなぐのか
junさんから 質問メールをいただきました。ありがとうございます。
 それで 今日は 「読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子」は休みにして、こちらの回答を のせます。

送信者:jun
日付:2015/11/09 10:51:14
件名:電流計、電圧計のつなぎ方がよくわからない
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電流計も電圧計も電源のプラスの方に +単子を、マイナスの方に-端子をつなぐと覚えています。
でも理解ができてない。
何で電源のプラスから出た電流は-端子に入るじゃないの?プラスから出て、マイナスに入るという認識ですが・・・それをどうしても理解ができない。
よろしくお願いします。
--------------------------------


  とてもいい質問だと思います。僕も最初のころ、迷っていたことがあります。
  改めて考え直してみました。

  これは、 電流計、電圧計の内部でも、プラス端子の方からマイナス端子の方に電流が流れていると考えれば いいのではないでしょうか。

  全体としては 、電流は電池のプラス側から出て 電池のマイナス側に入っていくのですね。

  そして、途中、途中でも、プラスからマイナス、そして、またプラスからマイナスという風に流れていくと考えます。

 図に見るように、

 (電池のプラス)→(導線のプラス)→(導線のマイナス)→(電流計のプラス)→(電流計のマイナス)→(導線のプラス)→(導線のマイナス)→(電熱線のプラス)→(電熱線のマイナス)→(導線のプラス)→(導線のマイナス)→(電池のマイナス)に流れます。

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 ただ 電池の内部では他のエネルギー(化学エネルギーや 太陽エネルギーなど)が電気エネルギーを作り出しているのです。だから、流れはマイナスからプラスと考えます。

  電池の内部では 電気エネルギーを作り出し、 そして外では電気エネルギーが消費される のです。

 消費される部分では、どこをとっても+から−に電流が流れるのです。

 実際に、電流計、電圧計の内部にも導線があり、+から−に電流が流れています。

 このように考えれば 電流計のプラス端子を電池のプラスにつなぐというのが納得できると思います。 電圧計も同じですね。

 太陽の熱で、水が水蒸気となって上へ上へとあがり、雲になります。
そこから、雨となって落ちてきて、川上から川下へ流れていき、海に入ります。
そして、その海の水が水蒸気になります。

 それとよく似ていますね。太陽の熱で水蒸気があがる部分が電池です。
 +を上、-と下と考えます。
水は上から下へと流れます。

  これで よろしいでしょうか。 何かありましたら またご質問ください。



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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子(5)(全10回)
【美津子、琉球政府に支援を依頼】

 さて、池原村長の2月19日の日記には
「午前10時より、毛糸編物講習会 開講式挙行。労働局次長垣花恵三氏、婦人少年課長山城球さん 婦人会長曽根美津子出席18名の受講生によりきょうから1ヶ月間行われる」
 とあります。

 労働局というのは、琉球政府労働局のことです。そのころ沖縄は本土から切り離され、アメリカ軍の統治下にあり、県庁ではなく琉球政府だったのです。

 京子の話によると、美津子は労働局へもよく行って、花織復興のバックアップを依頼していたようです。
 「労働局長の仲松庸幸さんに会って・・・・」という話をよく聞きました。なお、仲松庸幸はぼくの父です。山城球さんは、ぼくの家にもいらしたことがあり、よく覚えています。

 「婦人会記念誌」に美津子は「政府の補助、村補助でそれこそ無から草分けして」と書いています。

 また、「対談」で、池原村長は、「県にお願いして、細々とではありますが補助金を出してくれましたよ」と語っています。「県」ではなく、「琉球政府」のことだと思われます。美津子などの働きで、琉球政府からも補助を得られたのです。

 京子は、母美津子に連れられて、南風原村にもよく行きました。南風原は琉球絣の産地として注目をあびていたのです。南風原の人々は、その訪問者に対して、最初のころは冷ややかでした。競争敵が技術を盗みに来たと思ったのでしょう。中学生の京子を連れて行ったのは、緩衝剤になると思ったからでしょうか。

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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子(4)(全10回)
【楚辺、波平の古老らと、花織復興を模索、一部復興】

 与那嶺に断られた美津子は別をあたります。そして、楚辺と波平のお年寄りに協力を求めます。

 波平の上地ウシ(88歳)、知花カメ(85歳)、楚辺の松田ウシ(77歳)、比嘉ウト(73歳)、松田カマ(75歳)です。
 池原村長は、「村史」の中で「ここに名前をあげた方は、読谷花織の中興の祖としてその功績は永く伝えられてよいと思う」と書いています。

 ただし、この方たちも自分で花織を織ったことはありません。子どものころに、子守をしながら自分の祖母が花織を織っていたのを見たことがあるという程度です。

 また、上地ウシが若く、ハジチをしたときのことです。ハジチというのは女性が手にする刺青です。それをすると1週間くらい仕事ができません。それで友達といっしょに残波に遊びに行きました。その帰り、宇座の部落の東前宇座(アガリメーウザ)の屋敷でおばあさんが地機で織物をしていました。ウシはそれがおもしろくて、見入っていたのだそうです。

 そういう経験はありますが、実際に織ったことはありません。

 ただ、当時77歳だった松田ウシは、ティバナとグウシバナを若いころに織った経験がありました。

 花織の技法には、ヒャイバナ、グウシバナ、ティバナの3つがあります。

 ティバナ(手花)は、ティ(手)で織り込んで模様をつける技法、

 グウシバナは、グウシ(竹串)を使って模様をつける技法、

 ヒャイバナは、ヒャイ(綜絖)を使って模様をつける技法で、他の2つよりはるかに難しい技法です。

 それで、松田ウシにより、ティバナとグウシバナはいち早く復元されました。

 京子(当時中学1年)は、その頃母の美津子が花織の話をするのをよく聞いています。京子の家では夕食時にそれぞれがその日のできごとをよく話していました。京子の父曽根信一は高校の教員ですが、文化に関心が深く、「やちむん会」のたちあげにかかわり、初代会長をしました。「やちむん会」は、沖縄の焼き物の流出をふせぎ、失われつつある焼き物研究のための会でした。信一は、美津子の花織復興を強く推していました。

 そこで美津子は、きょうは楚辺に行って、おばあさんたちにポーポーをごちそうになりながらおしゃべりをしたよ、などと言いながら、花織復興の様子も話していたそうです。

 また、お年寄りが自宅に来て、母美津子といろいろ相談しているのをよく見かけたと、京子は語っています。

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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (3)(全10回)
【与那嶺貞に協力依頼するが、断られる】

 美津子は、すぐに動きます。与那嶺貞を訪れ、読谷山花織復興への協力を依頼するのです。

 与那嶺は、首里区立女子工芸学校の研究科を卒業していました。そこでは、工芸、家事、裁縫などの家庭科一般のほか、国語、幾何、理科などの普通科目も学んでいます。織物についての知識があったのです。

 卒業後、読谷で養蚕の傍ら、学校で学んだことをいかして、絹織物を織っていました。その後、結婚で織物は中断しますが、1944年太平洋戦争がはげしくなったころ、今帰仁村で現金収入を得るために、機織りをはじめています。夫仁夫(ひとお)が今帰仁の出身だったのです。

 仁夫は、1945年、戦後、病のため亡くなります。与那嶺は、子ども2人を育てるために、幼稚園教官補、生活改良普及員をします。

 このように、織物の知識もあり、経験もあったので、読谷山花織復興の白矢の羽が立ったのです。

 さて、美津子は与那嶺に協力依頼をするのですが、断られます。4〜5人の人から聞いたのですが、かなりきつい口調で断られたそうです。

 理由はいろいろ聞きました。

 まず、こんなのが簡単に復元できるはずがないと言われたとのこと。技術の面で難しいとのことです。

 次に、高度経済成長期です。大量生産で安価な服が出回っているときに、手のかかる花織を織っても売れるのか、安く売ったのでは割にあわないとの理由です。経済的な理由です。議会で出た意見と同じです。

 与那嶺は生活が大変だったのではないでしょうか、と言う人もいます。夫を亡くし、母子家庭です。子どもを育てるためにも、花織復興のために時間と労力をさく余裕はなかったのではないでしょうか、と話していました。

 この3つの理由が重なったのかもしれません。

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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子 (2)(全10回)
【池原読谷村長、美津子に読谷山花織復興を依頼】

 読谷山花織は、読谷村の積極的なバックアップで復興しています。

 1962年、当時の知花成昇(せいしょう)村長が、与那嶺貞のところに花織復元の話をもってきたことが「読谷の先人たち」に書かれています。与那嶺は、どうして織るのか全然見当がつかないのでと、断ります。

 与那嶺貞については後で詳しく書きます。

 15世紀初、琉球王朝の大交易時代に、南方貿易の根拠地読谷村長浜部落に、ビルマ、インド方面から読谷山花織のルーツとなる絣や浮織の技術が伝来しました。

 そして、伝来した技法を元に琉球王府時代には読谷山花織として独自に織られ、受け継がれてきました。しかし、明治の中頃から衰退し、昭和の初期には絶滅寸前になり、沖縄戦争後は、すっかり忘れ去られていたのです。(読谷山花織工房にかけてある年表とホームページから)

 1962年に読谷村長に就任した池原昌徳(しょうとく)は、村の第2次経済振興計画の大きな柱として読谷山花織復興を推進します。

 池原村長は、読谷山花織復興のため、南風原村照屋、喜屋武、本部一体を訪ね歩きます。そこでは琉球絣が織られていたからです。

 そして、1964年2月14日に、池原村長は当時の村婦人会長だった曽根美津子といっしょに琉球政府立博物館に行き、本物の読谷山花織を見ています。博物館にお願いして、読谷山花織の着物、ティーサージ、ミンサーを見せてもらい、「こんなにすばらしいものが読谷にあったんだね」と感心しています。

 1964年(昭和39年)2月15日、村長は、美津子に正式に読谷山花織復興を依頼します。

 美津子は、当時24代の読谷村婦人会長をしていました。

 池原村長の日記には
 「2月15日土曜日晴天、村婦人会長曽根美津子さんに読谷花織の技術講習を依頼した」とあります。
 1964年といえば、東京オリンピックが開かれた年で、高度経済成長期、美津子が37歳のときです。

 その年、村は民芸振興費に520ドル出しています。そのころ1ドル360円ですから、18万7200円になります。ただ、物価が現在とは異なります。かなりの金額だったと思われます。村は、本気で花織復興をバックアップしていたのです。

 しかし、高度経済成長期に入り、オートメーションで安い品物が大量につくられている時代です。村議会では、花織復興に反対する声が大きかったとのことです。

 そういう意見も十分に理解できます。

 しかし、いま考えると、池原村長の先を見る目があったために、花織が復興したのだと感心しています。議会をなんとか説得して、予算を獲得したのでしょう。

 村長と美津子は、婦人会の中の生活改善グループで織物を進めようと相談します。そして、頻繁に婦人会の役員と話し合いがもたれました。
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読谷山花織復興のプロデューサー 曽根美津子(1)(全10回)
    【曽根美津子を抜きに、読谷山花織復興は語れない】

 「曽根美津子さんを抜きには、読谷山花織の復興を語ることが出来ません」とよく聞きます。

  それで、曽根美津子が読谷山花織復興とどう関わったのかを調べてみました。

 ぼくは、美津子の次女京子の夫です。

 ぼくは一度だけ、美津子に会っています。

 京子とぼくは、宮古で職場がいっしょでした。社会福祉事業団の精神薄弱者更生施設あけぼの学園で2人とも生活指導員をしていたのです。正月か旧盆の休暇のとき、京子と同じ便で沖縄本島に帰省したことがありました。京子の実家は読谷、ぼくの実家は首里です。

 京子の母美津子と弟一郎が空港に迎えに来ていて、ぼくは同乗し、首里まで送ってもらいました。でも、美津子のことはよく覚えていません。

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和語と漢語の区別 接頭語の「お」「ご」をつけてみる
 中学では、和語と漢語の区別をする問題が出題されることがあります。

  僕は 、「それぞれの漢字の音読み訓読みをきちんと覚えて、・・・・」のように教えてきました。多くの方がそう教えていると思います。

 ヤフーの知恵袋などでもそういう回答が多い。

  さて、岩波新書 金田一春彦著「日本語(新版)」に次のようにあります。

 和語と漢語の違いは全然感じられていないわけではない。 接頭語の「お」「ご」をつけさせると、
 和語の方は、「お願い」「おでかけ」「おかわり」「おかげ」・・・・と「お」がつくが、
 漢語の方は 「ご希望」「 ご旅行」「ご存知」「ご厚恩」・・・のように「ご」が付く。
 ときには 「お辞儀」「 お天気」のような例外もあるが、 かなりはっきり分かれているといっていい。


  こういう区別法が あれば便利ですね。

  いろいろ 試してみました。その通りの例が多いです。

  しかし、 そうでないことも多いです。

  まず、「お」を付けても「ご」をつけても あまりピンとこないのがあります。
 「ご立春」「ご降雨」は聞いたこともありません。 もちろん、「お」をつけてもだめです。

 このように例外は ありますが、ひとまず「お」「ご」を付けて区別してみるというのは 有効な手だと 思われます。




ノルマとしてテレビ録画を見る
 テレビ番組には、 面白くていい番組がたくさんあります。
  読書とは また違う いい面を持っています。

  映像、動画で 色々な物を見られるのもいいです。

 テレビ局は、視聴者を惹きつけるために、 とても工夫して面白く作ってあります。 つい夢中になって みますね。何気なく見ていると、どんどん時間が過ぎてしまいます。

  僕は 自分のペースで 見るために 、録画をして見ます。

 その録画、 いい面がたくさんありますが、 裏返しで悪いところもあります。

 いつでも見ることができると思って、 ついつい後回しにし、ため込んでしまうのです。2ヶ月も前のものがまだ残っています。

  それで ビデオには、残量が わずか、 などと出て、 いそいで 見たり、 あきらめて削除したり。

  それでノルマとして 録画したテレビ番組を 見なければいけなくなっています。
借金のような感じになってしまっているのです。

毎日2時間程度は録画を見て、返済することがノルマです。

 これで貯めこんだのをいくらか返済できるでしょうか。

 新聞の番組表を見て、おもしろそうな映画があると、予約してしまいます。新たな借金をしている感じです。

 飲み会などで 出かけると 借金 返済が滞ってしまいます

 僕が毎週録画しているテレビ番組は 「NHK大河ドラマ」「ためしてガッテン」「 100分de名著」「 地球ドラマチック」「相棒」「科捜研の女」「 英雄たちの選択」「 先人たちの知恵 知恵泉」「 夢の扉」「 クローズアップ現代」「歴史秘話ヒストリア」「名探偵ポワロ」 「時代劇ぼんくら」 などです。

Yoji著「セルフ塾の国語 わかる教え方」をAmazon Kindle で電子出版
 Yoji著「セルフ塾の国語 わかる教え方」をAmazon Kindle で電子書籍出版しました。
 まえがきと目次を掲載します。





 まえがき

 これは、「セルフ塾のブログ」の記事の中から、「国語」に関するものを集めたものです。
 セルフ塾の生徒に質問されたことに、ぼくはできるだけ分かりやすく説明を行いました。後で調べたこともあります。もっと分かりやすい説明はできなかっただろうかと考えたのもあります。それをブログにアップしてきました。
 また、ブログの読者からいただいた質問に答えたものもあります。
 僕自身が疑問にもって調べたものもあります。
 このような疑問、質問は多くの人がもつものではないでしょうか。
 1節1節が独立しています。読みたい節からお読み下さい。
 節の最後にある日付は、ブログにアップした日付です。
 この本の説明で、「わかったよ」と思ってくださることを願っています。

まえがき 2
第1章 漢字 8
● 漢字を面白く学ぶ方法 8
● 形声文字はこうしてできた 9
● 漢字学習の系統性 11
● 筆順で字が変わる・・・「方」の場合 12
● 「癶(はつがしら)」の筆順 13
● なぜ「癶(はつがしら)」はあのような書き順か 14
● 「左」と「右」の書き順は なぜああなのか 15
● 『必』は、なぜあのような書き順か 16
● 「希」の書き順 17
● 廿,丗の筆順 18
● 辞典によって,筆順や画数が異なる 19
● 正しい筆順(書き順)はあるのか 19
● 音読みと訓読み 21
● なぜ、本(ホン)は音読みか? 22
● 茶をあらわす日本語はなかったので、発音もいっしょに輸入した 22
● 書けるまで練習した漢字は読める 23
● 小学生の漢字の練習 24
● 漢字,熟語の構成 25
● 熟語の構成 26
● 漢字の中心語義(コア) 27
● 小文字は「しょうもじ」? 28
● 「庭球」の読みは「テニス」? 30
● 「十個」は「じゅっこ」or「じっこ」? 31
● 「センカク諸島」の漢字は? 32
● 「ルビ」は「ふりがな」か? 33
● 教科書はすべてふりがなつきの漢字、かな混じり文に 34
● 白川静(著)「常用字解」 35
● 中学生、新しい教科書になり、漢字が大幅に増える。 36
● 「隹」は、「イノ丁三」だよ 36
● 衣偏の書き順は「衣」と同じだよ。 37
● 「未」と「末」 38
● 「庭球」のふりがなは「テニス」 40
● カタカナの「シ」と「ツ」 40
● ひらがなの発明はすばらしい 41
● 「アルファベット」と「英語の文字(英文字)」 42
● アルファベット 英語の文字、 そしてローマ字 44
● 旺文社「小学漢字1006字の正しい書き方―書き順・音読み・訓読みがすぐわかる」 45
● 漢字の使い方に工夫・・・小学館「小学漢字1006字の書き方辞典」 45
● 小学館「小学漢字1006字の書き方辞典」 46
● 「熟語引きコンピュータ・ワープロ漢字辞典」 47
● これからの漢字学習 48


第2章 語彙 50
● 「美しい」と「きれい」の違い・・・「美しい」は、みにくくないこと、「きれい」は、きたなくないこと 50
● 「抽象的」と「具体的」のちがい 52
● 「具体的」はズーム、「抽象的」は 広角 55
● 時間の意味、時間と時刻、時(とき) 55
● 「一生懸命」「一所懸命」どちらが正しいか? 57
● 同窓会 同期生会 クラス会 59
● 「ニッポン」「ニホン」,なぜ2通り? 59
● 方形(ほうけい) 61
● 「ティー」と「チーム」 61
● 「楽しい」と「面白い」のちがいは? 62
● 「そろそろ失礼します」 63
● 擬態語を解せぬ欧米人 64
● 「やばい」の意味は? 65
● 異人も赤い靴も知らない 66
● 「甥(おい)」「姪(めい)」 66
● 「言葉の乱れ論」は「オヤジの文化論」 67
● 外来語は、結局一つ一つ覚えるしかない 68
● 「次の数を分母に根号がない形に直しなさい」 69
● 国語辞典にもコア理論を望む 70
● 「開いた口がふさがらない」を国語辞典で引く 71
● 「おはよう(ございます)」と「Good morning グッドモーニング」は同じではないよ 71
● 言葉の意味調べ、書写の練習にも 72


第3章 国文法 73
● 名詞とは, 73
● 動詞とは? 74
● 動詞 形容詞 形容動詞の見分け方 74
● 助詞と助動詞の見分け方 75
● 品詞を見分ける(国文法) 76
● 活用しないのに助動詞 77
● 文節について 78
● 単語(国文法) 79
●  中学の国文法で,文の成分を学びます。 80
● 主語は文節 81
● 係り結びを中学生に教えるおろかさ 82
● 助詞「が」と「は」の違い 83
● 助詞の「は」と「が」の違い 84
● 助詞の「は」と「が」の違い(2) 86
● 命題の逆と助詞「が」「は」 88
● 日本語学習者にとって副助詞「は」は難しい 89
● 「推量」と「推定」の違い 91
● 「たかぶき踊り」 ? ? ? 読点の位置 92
● 尊敬語と謙譲語の見分け方 92


第4章 読解 95
● 星新一著「ボッコちゃん」 行間を読む 95
● 物語文は,なぜ説明文よりむずかしいか 97
● 「謂ひおほせて何かある」 98
● 映画はすべてを語ってしまうので、おもしろくない 99
● 読解と解釈と鑑賞の違い 100
● 読解の意味は? 101
● 「それぞれの読み方があっていい」という考えは、基本的には誤りだ 102
● まい晩、身なげをするやつは、おまえだろう・・・何がわからないのかわからない 103
● 国語力を育てる 104
● 中3の教科書を小3の子が読み解いた 105
● 読解の力は、年齢差よりも個人差 106
● 小学生に高校入試問題を解かす。 107
● 読書の力は、読書や経験で向上する 108
● 傍線部の記号をメモする 109
● 4コマ漫画で読書力をのばす 110
● 「起承転結」を4コマ漫画で教える 110
● ふくろうが 「Who(誰だー)」 112


第5章 読書 113
● 3色ボールペン,読書指導 113
● 読書を強制する 114
● 読まず嫌い 116
● 読解力の有無が読書好き嫌いを決める 117
● 読書・・・学校では読まないけど、塾ではきちんと読んでいるよ 118
● 読書の課題で読んでいる「ああ無情」が映画化 119
● 「Yojiさん 星新一のものをテレビでやるってよ 」 119
● 1日50ページの読書ノルマ 120
● 子供なんだ・・・「伊豆の踊り子」 121
● 前提となる知識 122
● 文を読み取る前提の知識 124


第6章 作文 126
● 中心ずばりの作文 126
● 清水義範の作文指導 127
● 作文指導の悩み 128
● ねじれ文を直す 129
● 原稿用紙、行末の起こしの括弧(「)をどうする 131
● 原稿用紙、行末の起こしの括弧(「)・・・沖縄県教育委員会に質問メール 132
● 行末の書き起こしかっこ(「)について国立国語研究所から回答のお電話 133
● 作文指導とKJ法 135
● 「書くことは人を確かにする」 137
● 常体と敬体 138
●  作文指導で幾何学図形などの説明文を書かせる 138


第7章 詩歌 141
● どこに句切れが? 141
● 方言は、「文語」ではなく、「口語」なんだよ 142
● 口語と文語はなぜ違うか 143
● 詩において、なぜ言文一致が遅れたのか、 144
● 定型詩・・・琉歌 145
● 枕詞は,和文通話詞 146
● 「天の河」は、夏の季語か、 それとも 秋の季語か 147
● 季語「涼しい」の季節は?・・・秋×、正解は夏。夏はいちばんないと思った。 148
● 詩「雨ニモマケズ」を覚える 148


第8章 幼児期の国語教育 150
● 動物カード 150
● なぞなぞ遊び 150
● 言葉すごろく 152


第9章 その他 154
● 小学生の国語力を伸ばすには、 154
● 清少納言はtwitter, 紫式部は放送作家、吉田兼好はブロガー 155
● ○○字以内で答えなさい 157
● その一文の初めの5字を書き抜いて・・・ 157
● 国語だいすき―基礎学力アップ(民衆社) 158




2015年10月のブログ拍手ランキング
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過去30日間のブログ拍手ランキングです。

 この30日間はだいぶ少ない拍手数でした。



拍手数3
cm2(平方センチメートル)をm2(平方メートル)に換算する
 
拍手数2
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「セルフ塾の社会 わかる教え方(仮称)」
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ガソリンで顔を洗う

天気記号の由来、覚え方
分数を割り算に直す方法
どこに句切れが?
 

拍手数1
助詞と助動詞の見分け方
インターバル 踏み台昇降運動
「優しい旦那を演じることはできるよ」
母の88歳トーカチ祝いに 個人史 を 作成
個人史づくりをお手伝い致します。
惑星の名前の由来
「優性遺伝子」「劣性遺伝子」より、「顕性遺伝子」「潜性遺伝子」
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16方位の覚え方
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Can we ~? への返事は、 Yes, you can. or Yes, we can.
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シティーカード(City Card)の退会、・解約の方法
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中学生のための領海、公海、排他的経済水域

整流子の分かりやすい教え方
中学生のための陸風、海風
火山の写真、下さい。
塩化水素、塩酸、塩素、塩化物イオンの違い
なぜ、「秒」も「2番目」もsecondか。
行末の書き起こしかっこ(「)について国立国語研究所から回答のお電話
火成岩の種類の覚え方
正断層と逆断層のちがい
「生きがいの創造」、真理を認識することと幸せ感
「生きがいの創造」の「すべて自分の責任」批判
割り算の意味は、分けること、割ることとは限らない。
請願権と請求権はどう違うか。法的拘束力を持つかどうか。
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光は見えないので、反射の法則を理解できない子がいる。ボールの反射に喩えると理解できる。
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「実像」と「虚像」との違い
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ねじれ文を直す
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扇状地と三角州

「田の字表」とは何か?
水道方式とは
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