セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

恩田 陸著「蜜蜂と遠雷」 おもしろかった。お勧め
 恩田陸の著作「蜜蜂と遠雷」を読みました。

 直木賞、本屋大賞にも選ばれている本ですね。

 僕は普段こういう類の本はあまり読みません。
 中学時代のクラスメイト山田くんから「久しぶりにわくわくしながら、よみふけっていました」とラインがきたので、読んでみる気になりました。

 アマゾンのマーケットプライスで注文したのですが、それが届かないというアクシデントもあり、 Amazon kindle 電子書籍で読んでみました。

 長い本を電子書籍で読むのは初めてです。

 さて蜜蜂と遠雷。
 とても面白かった。読んでよかった。

 クラシック音楽というのがこんなにすごいものかと感心しますね。天才達の描き方も素晴らしい。おもしろいキャラクターです。

 どんどんどんどん引き込まれていきます。小説なので大袈裟ではあるのでしょうが、とにかく楽しいです。山田くんが言うようにワクワクしました。

 いつもやっている漢字の学習書作りを後回しにして、読書を続けました。

 直木賞、本屋大賞に選ばれるのも納得です。

 かなり長い本です。それでも最後まで楽しみながら読むことができます。

 おすすめですね 。





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原稿用紙の使い方の指導はなくなるかも
 僕がセルフ塾をやってた頃、沖縄県立高校の入試問題国語には、必ず作文がありました。

 その作文では、原稿用紙の使い方に基づいて書くこととなっています。

 それで僕も入試指導では原稿用紙の使い方を教えました。

 さて、高校時代のクラスメイト S君が九州芸術祭文学賞作品に応募するとのこと。

 それで、ワードの使い方で分からないところがあるとのことで、それを教えました。

 その「九州芸術祭文学賞作品募集要項」には次のようにあります。

400字詰め原稿用紙55枚から60枚まで。パソコンの場合も縦書き、A4判(横)で1行20字詰め20行のこと、原稿には頁数を入れる。


 手書きの人は原稿用紙を使うのでしょうね。そしてパソコンの人は1行20字詰め20行に設定して書けばいいということです。

 今のところは併用です。

 ところがそのうちに原稿用紙を使うことはなくなるのではないでしょうか。

 審査員の人達も手書きの文字よりもワープロの活字の方が読みやすいはずです。

 多くの人がパソコンを使うようになると、そちらだけになる可能性が大きい。

 原稿用紙を使うのは文字数、枚数を知るためです。

 パソコンを使えばすぐにそれはわかります。

 現在高校、大学のレポートはワープロの活字で提出するようになっているようです。

 そうすると原稿用紙を使うことはまずなくなるでしょう。

 学校の国語授業でも原稿用紙の使い方の指導はなくなっていくんだろうな。


説明文は読者に苦労させないように、文学作品は苦労させるように書く
「プレバト!!」の俳句コーナーから考える、文学作品と説明文

 を数日前に書きました。

 さて別の観点から考えます。

 分かりやすさとは何か。
 分かりやすいというのは、読者ができるだけ苦労しないで読むことができることです。いろいろ頭を使いながら読まなければいけない文は分かりにくいですね。

 説明文では、読者が頭を使わないように、苦労しないように書いていきます。

 読者が疑問に持つようなことは、全て説明するように書くのです。
 隙間を全て埋めていく。

 そうすることによって分かりやすい文が出来上がっていきます。

 説明文を書く人は、読者の立場に立って、この文を読んで疑問に思いそうな点をあらかじめ考え、その答えを文に書き込んでいきます。

 専門用語が出てきて、多くの読者が理解できないと思ったら、その説明も書いていきます。

 そうすることによって説明文はわかりやすくなっていきます。くどいくらいに説明していく。
 そのような努力をしない文はわかりにくい。

 それに対して文学作品の方は、故意に読者を考えさせるようにします。

 考えさせ、読者をその作品に参加させることによって文学作品が面白くなるのです。

 僕は星新一の著作「ボッコちゃん」をよく例に用います。

星新一著「ボッコちゃん」 行間を読む

 その小説では色々な状況を考えれば、店にいる人たち、マスターとお客は、みんな死んだことになります。

 でも小説には、みんなが死んだということは書かれません。
 ただ
 

その夜,バーは遅くまで灯りがついていた。しかし,だれひとりも帰りもしないのに,人声だけは絶えていた。


 とあるだけです。

 そこのところは読者が頭を使って考えなければいけません。
 そうすることによってその小説の面白さが出てくるのです。


 上までの文を読んで、そんなことはない。説明文は 小説などの文学よりも難しくて頭を使うという意見が出てきそうです。

 それは書き手がその説明文で読者に伝えようとするもとのものが難しいからです。説明文では難しい抽象的なことを読者に伝えようとすることが多い。

 その難しいのをできるだけ分かりやすく書いても、なかなかそれがうまくいかなくて読者が頭を使うということがあるのです。

 それに対して小説の場合には具体的なシーンが続きますね。
 だから読んでいて読みやすくはある。

 しかし実際にそのテーマをつかむとなると頭を使わなければいけないということがあるのですね。

 頭を使わせながら、そしてその面白さがわかるように導くことができる人がおもしろい文学作品を書いているのです。


ヤブガラシを駆除する

ヤブガラシがの庭にのあちこちに生えて、庭の草木にからみついています。
IMG_20170523_103441.jpg

 ウィキペディアによると、

ヤブガラシは、ブドウ科ヤブガラシ属の一種である。つる植物で、日本ではよく見かける雑草


 だそうです。

 とても厄介なつるだそうです。
 それが生えている畑をトラクターで耕してしまうと、その茎や根がバラバラになり、そこから一気に増えるとのこと。

 その名前が「ヤブガラシ」だということ、そして、藪をも枯らしてしまうということで、その名があることは、高校のクラスメートで、農業をしているHiro君に教えてもらいました。彼が生物についてとても知識が豊富です。

 さて庭に生えているヤブガラシを何とか駆除したいのです。

 ところが、つるなので他の草木に絡みついているのです。
 最近よく実ができたピタンガにも絡みついています。
IMG_20170523_103700.jpg

 除草剤をまくにしても、ヤブガラシだけにまくのは難しく、それが絡みついている草木も枯らしてしまうかもしれません。ピタンガを枯らしたら大変。

 さあどうしすればいいのか。

 やはり友人のHiro君に尋ねました。

 すると、そのヤブガラシを草木から剥がして、通路などに置き、そしてそこでラウンドアップ(除草剤)をかければいいのでは、と教わりました。

 なるほど、そうすれば、からみつかれている草木に除草剤がかかることはありあせん。
IMG_20170523_103904.jpg

 それを実行しました。いま様子を見ていますが、うまくいきそうです。

 でも、すべて終わったわけではありません。

 まだあちこちに、僕の気づかないところに生えているはずです。

 長い間じっくり駆除していきたいものです。


電子書籍なら、ポケットに文庫本を入れる必要はなくなる
 僕は学生の頃に、加藤周一の著作「読書術」を読みました。この本にはだいぶ影響を受けました。

 いつでも文庫本などを持ち歩き、隙間時間にはそれを読むということが書かれていました。

加藤周一の「読書術」

 僕はそれを実践しました。いつでも、ポケット(かばん)の中には文庫本か新書を入れていて、待ち時間ができると、1分でも2分でも、すぐに本を広げて読み始めます。

 さて、今、電子書籍で「蜜蜂と遠雷」を読んでいます。

 電子書籍は、スマートフォンにダウンロードされています。

 それを取り出せば、文庫本と同じようにいつでも読むことが出来ます。

 スマートフォンは携帯電話なのですから、いつでも持ち歩いています。

 文庫本を別にわざわざ持つ必要はなくなったのです。荷物にならなくていいですよね。

 そういう意味では電子書籍はいいものです。


電子書籍の悪い所
 昨日は、電子書籍のいいところを書きました。

 今日は悪いところです。

 第一に、ボリューム感がないということです。

 どれぐらいの量の読み物なのか、というのがすぐには分からない。

 アマゾンを見ると、ページ数を知ることができます。

 これまでは紙の本で読んできたので、見た目と手に持った重さなどで、そのボリューム感が手や目で味わうことができたのに、それが味わえない。

 僕は「蜜蜂と遠雷」を電子書籍で読んでいますが、書店に行き、手にとってパラパラとめくってボリューム感を確かめました。

 次にどの位置を読んでるのか、実感として分からないということです。

 電子書籍を読んでいると、その下の方に何パーセントの位置を読んでいるのかというのは出ています。それからどれぐらいの時間で読み終えるのかも出ます。それは紙の本にはないです。

 でも紙の本だと、今どの位置を読んでいるのかというのが実感として分かりますね。それが数字だけではよくわからない。

 3番目に
 紙の本だと読み終わったら本棚に立てます。そして本棚を見て、読み終えたという満足感を味わえます。

 でも電子書籍だとそれがない。

 それはある意味では長所ではあります。紙の本を読むと、本棚の本が多くなりすぎ、邪魔になってしまい、処分しなければいけません。でも本を捨てるのは、なかなかできない。

 それが電子書籍にはないというのは良い点でもあるんでしょうね。

電子書籍のいいところ
 「蜜蜂と遠雷」の電子書籍を読んでいます。

 きょうは、電子書籍のいいところを書きます。悪い点は明日にでも書こうと思います。

 「蜜蜂と遠雷」の本を Amazon マーケットプライスで買ったが、商品が届かないので Amazon に訴えて返金してもらったことは書きました。

アマゾンマーケットプレイスで注文した本が届かない・・・アマゾンが保証、返金

 この本は中学時代のクラスメイトに勧められた本です。また買おうと思って Amazon を開けました。

 これだけ売れている本です。あと1年もすると1円のものが出てくるでしょう。
 でもせっかくクラスメイトが勧めたのですから、今読みたいです。

 Amazon で新品を買うと1944円。
 マーケットプライスで見ると1,600円ほどでした。

 マーケットプライスでは送料が257円かかるので、1857円。
 新品と100円ほどしか変わりません。

 電子書籍を見ると1555円です。これには送料はかかりません。

 安く手に入るということで今回は電子書籍にしてみました。安価であるというのも長所の一つですね。

 それから、すぐに送られてきます。届くのを待つ必要はありません。買ってすぐに読むことができます。それも長所の1つでしょう。

 さて読み始めました。電子書籍をじっくり読むのは初めてです。

 まずいいところは、裸眼で読めるということです。眼鏡を使わなくてもいいのです。

 電子書籍は文字の大きさが変更できます。自分が読める大きさにまで拡大してみました。そして、メガネをかけずに裸眼でも大丈夫。(ぼくは、ふだんダイソーで買ったピンホール眼鏡を使っています)

 それから部屋の明かりをほとんど気にしなくてもいいということです。画面が明るくなっているからです。

 紙の本を読む時には、部屋の明かり、本に当たる明かりをできるだけ明るくしなければいけません。

 次に片手でスマートフォンを支えながら読めることです。
 左手でスマートフォンを持って、親指で画面の左端をポンと叩くとページをめくってくれます。ページを一枚一枚めくる手間がだいぶ 楽になっています。

 少し疲れて右手に持ち替えた時には、親指で画面のを左から右になぞるとページがめくれます。

 こんな感じだと電車でつり革につかまっていても読書を続けることができますね。僕は電車に乗ることはないのですが、なかなかいいなと思っています 。

 別に本を持つ必要がないのも長所です。それについてはまた別に書きます。

ブログを書きつづけることが脳の老化防止に
 佐藤愛子著「九十歳。何がめでたい」の「おしまいの言葉」から引用します。


 私の最後の長編小説「晩鐘」をかきあげたのは八十八歳の春で、その時はもう頭も心配もスッカラカンになっていて、もうこれで何もかもおしまいという気持ちでした。今まで何十年も頑張ってきたのだから、この後はのんびりと老後を過ごせばいいと友人からもいわれ、自分もそう思っていました。

 ところがです。愈々(いよいよ)「のんびり」の生活に入ってみると、これがどうもなんだか気が抜けて楽しくないのです。
 (中略)

 そうしてだんだん、気が滅入ってきて、ご飯を食べるのも面倒くさくなり、たまに娘や孫が顔を出してもしゃべる気がなくなり、ウツウツとして「老人性うつ病」というのはこれだな、と思いながら、ムッと座っているのでした。

 女性セブンのKさんが訪ねてきたのはそんな時でした。エッセイ連載の依頼です。(中略)

 そうしてこの隔週連載が始まって何週間か過ぎたある日、気がついたら、錆びついた私の脳細胞は(若い頃のようにはいかないにしても)いくらか働き始め、私は老人性ウツ病から抜け出ていたのでした。


 僕は毎日このブログを更新しています。

 毎日何をテーマに書こうが頭を使います。大変ではあります。ただ頭にとってはかなりいいだろうなと思っています。

 佐藤さんの脳細胞から錆びが取れるように、僕の脳細胞からも錆びが取れていくだろうなと期待しています。
 きっと脳細胞に良い結果をもたらし、ボケ防止になるはずですね。

 もちろん内容は佐藤さんと比べものにならないことはわかっています。
 それでも僕にとっては大変な作業なのです。ぼくはぼくなりにがんばっていますから。

 そして、ただ文を書くだけではなく、ブログにしてアップし、他人に読んでもらうのも刺激になります。拍手をもらったらり、コメントをいただくと、やる気にもなります。

 そうすることで、脳の老化防止にもなってくれるといいですね。
 それを信じて、これからも書いて行きます。

アマゾン kindle本を開くことができません。端末から本を削除し、再ダウンロードして下さい。
 Amazon kindle で「蜜蜂と遠雷」を買いました。

 まず、スマートフォンに入れました。ちゃんと読むことができました。

 アマゾンのアカウントが同じなら、他のデバイスでも見ることができます。
 それでパソコンで読もうとするとできません。

 本を開こうとすると次のような表示が出ます。

 kindle本を開くことができません。
 端末から本を削除し、再ダウンロードして下さい。


 それで、削除してダウンロードをするのですが、駄目です。開きません。

 何度繰り返しても駄目です。
 再起動を何度かしましたが、駄目です。

 それでweb検索をして対処法をを調べると、次のページが見つかりました。
Kindle for PCで本を開くことができなくなった時の対処法 | メモトラ

 登録を抹消して、そして再度再登録をしてやるというもの。
 最終的には、その方法で出来たのですが、そのページの順序では進むことができません。

 アマゾンの形式が変わったのかもしれません。僕が見つけきれないだけかもしれません。

 登録の削除がどこでできるのか見つからないのです。
 色々試しているうちに、次の順序で登録を削除し、そして再登録をすることができました。

  Amazon kindle のアプリをまず開くのです。キンドルの電子本を読むときに開くものです。

 その上のバーに「ツール」がありますね。それをクリック。
 「コンテンツと端末の管理」をクリック。

 アマゾンにサインインします。
   アマゾンの「コンテンツと端末の管理」が開きます。

 上の「端末」をクリックし、端末ページを開きます。

 Kndle for PC の左の四角の枠をクリックすると、小さなウィンドーが開き、その中に「登録の削除」があります。

 すると、

「お客様の端末は現在Amazon.co.jpに登録されています。別のお客様に端末を譲渡する場合のみ、端末の登録を解除してください。登録を解除すると、この端末でコンテンツを購入できなくなります。」

 という注意書きが出ます。

 さあ、そこで、「登録の解除」をクリックするのですが、ぼくはそれをするのにとても勇気が要りました。でも、ない勇気をふりしぼってクリック。

 Kndle for PCがなくなります。
 Kindle は登録解除されました。

 キンドルを再度開きます。

  kindle は amazon .co.jp のコンテンツと端末の管理ページから登録解除されました
 
 とでて、
  サインインのウィンドウが開くので
 Eメールアドレスとパスワードを入力しサインインします。

  これで再登録終了。

 「蜜蜂と遠雷」をダウンロードし、開くと無事読むことが出来ました。

 ここまでするのに2~3時間はかかりました。大変でした。

佐藤愛子著「九十歳。何がめでたい」 とても面白い、お勧め
 佐藤愛子著「九十歳。何がめでたい」を読みました。


 とてもとても面白い本です。おすすめです。

 琉球新報で広告があり、面白そうだったので88歳の母にプレゼントするために買いました。

 母は、今別の本を読んでいる、あなた達から先に読みなさい、と言います。

 それで僕が先に読みました。
 広告に偽りなしです。

 本当に面白いです。家で読んでいる時には、大声で笑いながら読みました。

 診療所にも持って行き、待合室で読みました。

 その時はとても長い時間待たされたのですが、全く退屈することがなかったです。
 ただ家にいる時のように大きな声で笑うわけにはいきません。
 笑いをこらえながら読んでいましたが、周りからは笑っているのが分かったでしょうね。

 とにかく笑いながら元気になる本です。
帯には「46万部突破」とあります。売れるのも分かります。
 お年寄りへのプレゼントでもいいし、若い人たちが読んでも元気になります。

 とても気軽に読みますから、気軽に買って読んでみて下さい。

アマゾンマーケットプレイスで注文した本が届かない・・・アマゾンが保証、返金
 5月4日, 木曜日 12時1分
恩田 陸 著「蜜蜂と遠雷」 をアマゾンマーケットプレイスで注文しました。

 中学のクラスメートの山田くんがおもしろいとすすめてくれた本です。

 アマゾンマーケットプレイスでは、アマゾンのサイトで、アマゾン以外の売り手が出している商品を買いします。

 5月7日, 日曜日 午前01時15分、本を発送したとの連絡メールが届きました。ここまではいつものパターンです。

 でも、本が届きません。最近、アマゾンの商品の届きが遅くなっているように感じていたので、そのせいだろうとゆっくり待ちました。

 2週間近く待っても来ません。いくら沖縄でも遅すぎます。
 それで、5月19日 出品者に、まだ届かないむねをメールで送りました。
 
 アマゾンマーケットプレイスの場合、直接出品者に送るのではなく、アマゾンのメールフォームで出品者に送ります。

 すぐにアマゾンからメールが届きました。

大変申し訳ありませんが、このたび、以下のEメールを配信できませんでした。受信先のアカウントがAmazon.co.jpの利用を終了したか、Eメールによる通知を受け取れない可能性があります。


 出品者がいなくなっているのです。大変なことです。

 それで、アマゾンに注文した本が届かないことを訴えるメールをおくりました。

 すぐに返事がきました。


詳細ヘッダー2017/5/19, Fri 19:05

このたびは、Amazonマーケットプレイスのご注文について、ご迷惑をおかけしておりますことをお詫びいたします。

Amazon.co.jpでは、Amazonマーケットプレイスの出品者から注文した商品について、ご請求後の問題に対して解決を図ることができない場合(商品が届かない、出品者に連絡がつかない、など)に、配送料を含めた購入総額のうち最高300,000円までを保証するプログラム(Amazonマーケットプレイス保証)を用意しております。

今回は出品者との解決が困難な状況のため、カスタマーサービスにて代理申請をいたします。つきましては、お手数をおかけしますが、Amazonマーケットプレイス保証規約に同意する旨をご連絡ください。Eメールまたはチャットでご連絡をいただく際は、「規約に同意する」とご記載をお願いいたします。


 出品者がいなくなっているので、アマゾンが商品代を保証してくれるというのです。
 それで、「規約に同意します」というメールをアマゾンに送りました。

 翌日、「調査が終了した」との返事がきました。ぼくの書き送った内容が正しいことが調査で分かったということです。出品者に連絡がとれないのですから、当然です。

 そして、その後、返金したとのメールが届きました。

詳細ヘッダー2017/5/20, Sat 07:34Message body
Amazon.co.jpをご利用いただき、ありがとうございます。
ご注文(注文番号:503-5598644-******)に対して、*****からお客様へ¥1,427の返金処理が完了しましたので、ご連絡いたします。


 とのこと。

 これで、一件落着です。お金が返ってよかった。

 欲を言えば、待たされた慰謝料も欲しいのですが、まあそれはいいでしょう。

 さて、出品者がいなくなったという連絡を受けても、ぼくは特に不安にもなりませんでした。アマゾンが保証してくれるのを知っていたからです。

 これまで何度となくアマゾンを利用していますが、こういうことはほとんどありません。

 ただ、以前、一度だけ商品が届かないことがありました。そのときは初めてのことだったので、不安に思いながら、アマゾンとやりとりをし、最終的に返金してもらいました。

 そういう経験があったので、今回は平常心でいることができました。

 このようなこともあるのです。でも、アマゾンなど大手を介してのショッピングはまず大丈夫ですね。

「プレバト!!」の俳句コーナーから考える、文学作品と説明文
 TBS系バラエティー「プレバト!!」(木曜午後7時)の俳句コーナーが面白いですね。
 夏井いつき先生の毒舌がいい。

 ただの毒舌ではありません。芸能人が作る面白くない俳句を、彼女の添削が、見事に面白い俳句に変えていきます。

 先日は見た番組の中で「説明をするな」「目に浮かぶような情景をうたいなさい」と言っていました。

 説明によってではなく、情景によって、読者が理解するようにさせなさいということだと思います。なるほどと思いました。

 これまで何度か文学作品と説明文の違いを書いてきました。


星新一著「ボッコちゃん」 行間を読む

「謂ひおほせて何かある」

物語文は,なぜ説明文よりむずかしいか

 説明文では、とにかく説明をして、読者に分かってもらうようにします。

 それに対して文学作品では、説明をしないのです。説明をしてしまったら面白さがなくなってしまう。

 そこのところは読んだ人が補いなさいということになるのでしょう。
 読者が作品に参加するようにしかけるのです。

 文学では、おもしろさが、説明文では分かりやすさが重視されます。

 僕の文はいつも説明文です。
 わかりやすいという評価は受けますが、面白いという評価を受けたことはほとんどありません。

 俳句は17文字。世界で一番短い、究極の文学作品ですね。
 それだから説明はしないと言うのが徹底されているのでしょう。

テレビのミステリー番組、原作の有無をリモコンで確認
 テレビのミステリー番組をよく見ます。
 テレビの番組表を見ると、ミステリーものが数多くあります。

 その中で、一般に原作があるのは面白いです。そのことについては以前書きました。

テレビのミステリー番組は原作があるもの

 さて先日、
 弁護士・森江春策の裁判員法廷 - 土曜ワイド劇場
を見ました。
 とても面白かったです。

 これは妻が録画したのです。

 妻も、ミステリー番組は原作があるものの方が面白いという僕の意見に共感しています。

 それで原作のあるのを特に録画するようにしているようです。

 テレビの番組表だけでは、原作の有無が分からないことが多いので、最近はリモコンを使っているそうです。

 リモコンには、「番組表」というボタンがあり、それを押すと、テレビに番組表が出てきますね。
 その番組の内容を詳しく見ることができます。

 すると、だいぶ下の方に、原作の有無が確認できるかしょがあります。

 そこで「弁護士・森江春策の裁判員法廷」にも原作があったからということで、録画したとのこと。

 僕もこれからはそうしようと思います。少々面倒ですが。

一太郎のファイルが開かない・・・・苦戦して、なんとか復元
 急に一太郎のひとつのファイルが開かなくなりました。

 漢字の学習書「成り立ちに沿って学べば漢字は楽しい(仮題)」の10番目のファイルです。

 開くためにダブルクリックしても、ずっとくるくるくるくる回っているだけです。そのうちに応答なしになります。

 何度やってもダメです。

 他の一太郎ファイルは開きます。だからその ファイルだけが駄目になっているのです。

 ファイルの名前の上で右クリックをすると、「以前のバージョンで復元」というのが出ます。それをクリックすると、以前の日時が出て、その日の段階での復元はできるようです。それをやっていました。

 うまく開きました。ところがその日時後に作ったものは保存されていません。もちろんですね。

 2~3時間分の作業です。全体からみればわずか数パーセントなので、まあここまでは復活できたということで、少しほっとしました。

 でもその分もなんとか開けたいです。

 フォルダーを見ると、一太郎のそのファイルの上に影のようなファイル名があります。名前は同じですが、後ろが(.$td)になっています。

 だいぶ前にそれを開けたことがあります。それは、バックアップしたファイルになっているのです。

 それを開けることができれば、完全に復活できそうです。

 ところがダブルクリックをしたり、右クリックで「他のプログラムで開く」でやっても駄目です。

 それで Google 検索で調べてみると、次のページが見つかりました。


同じ名前のファイル(.$TD)が保存されているが、これは何か?

 それに沿ってやってみると、うまくいきすべて復活できました。

 これで大丈夫です。保存し直して、また新しく作業を始めました。

 そのページを見ればやり方が分かるはずです。ただ一番初めがはっきりしません。一太郎ソフトをまず開くのです。その後はそのページを参照すれば、大丈夫です。

 一太郎では、そのバックアップのファイル以外に2箇所にちゃんとしたファイルが保存されるようになっています。

 ほんの少しの手間ですが、それを面倒くさがってやっていませんでした。
 これからはそれをすることにします。



Google 翻訳昨日の続き

 昨日は、 Google 翻訳のことを書いた文が、琉球新報の声の欄に掲載されたことを書きました。

 さて、1週間ほど前のことです。琉球新報社から電話がありました。女性の方です。

 その1週間ほど前に、僕は別の文を投稿しました。論壇用に、1000文字の文です。

 その琉球新報の女性の方によると、内容はよく、分かりやすいし、自分にとっては勉強になったが、論壇の内容ではない、この内容をティールーム用に600文字にして、具体例を加えて、書き直してもらいたいとのこと。

 僕は、数日前に論壇あった
 英語では文法よりも話すことの方を重視している意見に対しての意見のつもりでしたが、そうは理解されなかったようです。

 とにかく、そのそういうことで文を書き直していたのが昨日の文です。

 その前に書いた文も、このブログには残しておきます。以下の文です。


 ごくまれにですが、英語でメールのやり取りをすることがあります。読みとるのは何とかできます。難しい単語が出ても、コンピューターでカーソルをその単語の上に添えると、日本語訳が出てきます。だから大抵は大丈夫。

 問題は書くことです。英作文は難しい。それで、僕はまず、日本語で伝えたいことを書きます。そして Google 翻訳を使ってその日本語を英語に翻訳してもらいます。

 日本語の文を作るときには、できるだけ英語らしい日本語にします。例えば、「バス停で待っています」ではなく「私はあなたをそのバス停で待つつもりです」のように書きます。主語、目的語、時制などをはっきり書くのです。日本語では省略することが多いですね。

 そのように気を使いながら日本語を英語に翻訳させるのですが、出来上がった英語はまだまだダメです。そのままでは使い物になりません。英語のページを日本語に翻訳してくれるサービスがあり、それを使うととてもおかしな日本語が出てきますね。日本語から翻訳した英語も同じようにおかしいのです。

 将棋や囲碁で人工知能がプロに勝つ時代です。もうすぐGoogle 翻訳もパーフェクトになるかもしれませんが、まだしばらくだめでしょう。

 それでも、たたき台としては充分に使えます。専門用語などの難しい単語は見事に英語にしてくれます。辞典を引くよりずっと早いし、スペルミスはゼロです。その Google 翻訳でできた英文に手を加えて、英語を仕上げていきます。これは過去の文にしたほうがいいな、ここの主語は別なものに替えた方がいいな、前置詞はこれでいいかな、などなど。そして、できあがった英文をメールで送りますが、話はちゃんと通じているようです。

 そこで必要になるのが英文法の力です。それがなければ Google 翻訳で出来上がった英文がおかしいところにも気づかないし、手直しすることはできません。

 英語は話せばいい、文法はいらないという人もいます。でも、英語でちょとした会話がスムーズにできても、文法が分からなければ、このような英文を直すことはできません。

 今インターネットでは、英文での情報があふれていて、それを読む力があれば、多くの情報を利用でき、世界が広がります。

 英語を話すことも大切ですが、それ以上にこれからは英語を読んだり書いたりする力が求められるでしょう。そのためにも文法をきちんと学んで身につけてもらいたい。

google 翻訳の英文をたたき台に
 妻と2人で、しばらくカナダにいました。妻も僕も持病があります。地元の病院に行き、薬をもらわなければいけません。

 通訳をつけると1万円ほどかかるそうなので、通訳なしでやることにしました。

 正確に病気の状況を話し、薬をもらわなければいけません。前もって英作しました。

 まず日本語で伝えたいことを書きました。そして、 Google 翻訳でそれを英語に直します。その時に、できるだけ英語らしい日本語にします。「僕は高血圧です」ではなく、「僕は高血圧を持っています」にします。このように気を使いながら日本語を書き翻訳させるのですが、出てきた英文はそのままでは全く使い物になりません。

 それでも、たたき台としては十分に使えます。「高血圧」や「眼圧が高い」と言った専門用語は見事に英語にしてくれます。辞書を引くより早いし、スペルミスはゼロです。

 病院に行き、医者の前でその英文を読み上げました。カナダ人の医者は、静かに聞いてくれました。その後英語でいくらか話し、薬をちゃんとをもらうことができできました。ほっとしたものです

 将棋や囲碁で、人工知能がプロ棋士をやぶる時代です。そのうちにパーフェクトな翻訳ができるかもしれません。でもしばらくは英文を直すための英文法の力が必要です。

 ごくまれに英語でメールをやり取りすることがありますが、 google 翻訳の英文をたたき台にする方法でこなしています。


  きょうの琉球新報、声の欄に掲載されました。

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坂本龍馬や高杉晋作は、寿命を考えればそれほど幼くなかったのかも
 明治維新のころに活躍した人たちを年齢はとても若いですね。

 享年を調べてみると、
 高杉晋作27歳、坂本龍馬31歳、吉田松陰29歳、土方歳三34歳。

 その他の人たちも、かなり若いときに明治維新を迎えています。
 昔の人はすごかったんだなと思います。

 さて本川達雄の著「長生きが地球を滅ぼす」には

 ついこの間まで人生は50年だったのです


 とあります。

 人間の寿命は50歳だったのです。

 寿命が50歳だとすると、その半分は25歳。

 高杉晋作も坂本龍馬も吉田松陰も土方歳三も、そのころの寿命の半分を過ぎていたのですね。

 現在の寿命はおよそ80歳。その半分は40歳。

 昔の25歳は、今で言うと40歳ぐらいの感覚だったのかもしれません。

 現在は、22歳で大学を出て社会人になり、そしてしばらく修行してやっと一人前になる。それが30歳ぐらいでしょうか。

 昔は、15歳で元服して、そしてすぐに結婚し、子どもが出来、20歳を過ぎる頃にはすっかり立派な大人だったのかもしれません。

 今の感覚で明治時代の活躍をした人の年齢を見るので、幼いのによくやったものだと思うのかもしれません。

 あの頃の感覚からするとそれが当たり前だったのかも。

 僕は今64歳。昔の感覚からするとすっかり長老でしょうね。
 今死んだら「天寿を全うし」ということになるのかもしれません。

年は、ノ一とヰ
  最近、漢字を見ると分解してみる癖がついています。

 漢字の学習書「成り立ちに沿って学べば漢字は楽しい(仮題)」を作っているからです。
 それぞれの漢字がどのような部品でできているのかで、漢字を学んでいくという学習書です。

 最近、「年」に、ヰが含まれていることに気づきました。

 ノーとヰ でできていますね。

 この「ヰ」は現在使われませんが、カタカナです。ひらがなにすると「ゐ」。
 発音は「い」と基本的に変わらないということです。入力するときには wi と打てば出てきます。

 この「ヰ」、他にも使われています。
 「降」にもありますね。それから「韓」。

 「韓」に使われている「韋」。これは「なめしがわ」という部首だそうです。そういう部首もあるというのを初めて知りました。

 学習書を作ることで僕は色々勉強をさせてもらっています。

 なお「ヰ、ゐ」は「い」と同じ発音と書きましたが、沖縄口(うちなーぐち)では、区別します。

 「いれー」は「入(はい)れ」、「ゐれー」は「座(すわ)れ」です。

Windows 10で外字エディタを開く方法
  Windows 10になって、外字エディタがどこにあるのかとても探しにくくなっています。いろいろやったら、今では以前よりも簡単にできるようになりました。

 やり方をまずから書きます。

  Windows 10の左下の方に「ここに入力して検索」と言う枠がありますね。
 そこに「外字」と入力します。「gaiji」でもいいです。

 するとそのうえ上に細長いウィンドウが立ち上がって、一番上の方に
「外字 コントロールパネル」というのが出ます。それをクリック。

 すると外字エディタが立ち上がります。これで OKです。

 なお、外字エディタのウィンドウが立ち上がってはいるのですが、隠れていることがあります。後ろの方にあって、見えないのです。

 下のバーの中に、灰色四角のアイコンがあるので、それをクリックすると出ます。または、Altキーを押しながら tab キーを押すとウィンドウが変わるのでそれで出してください。

 以上ですが、れに至るまでの経過を書きます。

  Windows 10で外字エディターを立ち上げようとするのですが、どこに外字エディタがあるのか全く見つけることができません。以前は、それなりにあちこち探すうちに見つかりました。アクセサリーの中にあったのかもしれません。

 Windows 10に変わって面倒になったと腹立たしくなったものです。

 それで web で検索をすると次のページが見つかりました。

Windows 10で外字エディターを使用する方法 - NEC LAVIE公式サイト

 
 その方法でやると、確かに外字エディターを立ち上げることはできます。

 ただ、そこには、
「名前」ボックスに「eudcedit」と入力し、「OK」をクリックします。

 とあります。その「eudcedit」は僕のボキャブラリーの中には入っていない単語です。それで、外字エディタを立ち上げるたびにその web のページを開いてコピーして貼り付けという方法で行っていました。

 そのうちに、上で紹介した方法が見つかったので、とても楽になっています。

 以前よりも楽になっていますね。 Windows 10でよかったのかも。


外字エディタを使う
 漢字の学習書「成り立ちにとって学べば漢字は楽しい(仮題)」の作成をしています。

 それを作ために、外字エディタを度々使っています。

 ただ、外字エディターは最後の最後に手段です。
 出来れば使いたくない。

 外字エディタで出てきた文字などは、自分のコンピューターでしか使えません。

 メールなどで、ファイルを別の人に送っても、外字は出てきません。

 外字エディタに行く前に、別の方法で出来るだけ探します。

 もちろん、読み方が分かればキーボードで入力します。
 web辞書で検索をしたりします。

 そして手書き入力。

 漢字の一部を見つけたいときには、漢字の成り立ちから見つかることもあります。例えば、「陛 漢字の成り立ち」を検索したりします。この方法で web 上を探すと「坒」が見つかりました。

 このように色々やって見つからない場合には外字エディターを使って、外字を作り文章の中に打ち込んで行くのです。

 Windows 10になって外字エディターがすぐに出なくなっています。
 その出し方については後日書きます。

 今日は外字エディタの概略を書きます。こういうのもできるんだよということを知ってもらいたいのです。

 外字というのは、「コンピュータの外の字」ということでしょうね。
 外字エディタとというのは、キーボードなどを打ってすぐに出てこない文字などを作るものです。
 
 例えば、険の右側。験、検、倹にもありますね。

 簡単に出てきそうですが出てきません。旧漢字の「僉」は出てきます。
 外人エディターを開いたら、僕は参考にする文字を使います。

 ツールバーの「ウィンドー」クリック。
  参照、フォントを選択、文字を入力します。

 文字入力のときに、ワードなどのページで出した文字をコピーして貼り付けた方が楽です。出てきたら「OK」.

 右のウィンドーにその文字が出ます。

 左側の四角形選択か自由選択をクリックして、右のウィンドーの必要なところを囲みます。

 そして、コピー(Ctr + C)。そして、貼り付け(Ctr + V) 。

 すると、左のウィンドーにその文字が貼り付けられます。

 そして、左の消しゴムをクリック。左クリックをおしながら動かすと消しゴムが消してくれます。

 できあがったら、ファイル、外字エディタの終了、この文字を保存しますかに対して「はい」をクリックすると、保存されます。

ピタンガを生で食べる特権
 庭のピタンガが、今年はよくとれます。
 多い時には1日に30個ほど収穫できます。

 熟すると野鳥がよくつつきに来るので、妻は早め早めに収穫しています。

 収穫した黄色いピタンガを置いておくと一日で真っ赤に熟します。

 次の写真は昨日の朝撮ったもの。収穫してすぐです。
IMG_20170510_101223.jpg

 次の写真はその24時間後の今朝の写真です。
 かなり赤くなったのが分かるはずです。
IMG_20170511_084759.jpg

 このように熟するのが速いので、生でスーパーに並ぶことはないだろうと妻は言っています。

  wikipedia には次のようにありました 。

 果皮が薄く保管に向いておらず、日本まで輸送されることはまずない。


 ということは、生で食べることができるというのは、僕らのように自分の庭で収穫できる人に限られでしょうね。何か特権を持っているようで優越感です。

 甘酸っぱくておいしいです。ぼくは好きです。
 前にも書いたように、ジャムに利用しています。

 ここ沖縄でも、アセローラのことはよく知られているのですが、ピタンガを知らない人は多いです。

 僕のような無精者の庭でも簡単に出来ます。
 沖縄は育てるのに適しているのでしょう。

 ジャムにすればとてもいいです。
 農家がこれを育てて、一つの産業にすることも可能なのではないかな。


ハブやマングースはアメリカ軍基地撤去反対
 「マングースのようなのが走っていた」
 母が叫びました。

 車を右折するために僕が右側に注意を向けている時、その左側にマングースが走っていたようです。たぶん、マングースだったでしょう。

 そこは、読谷飛行場跡。以前アメリカ軍の基地だったところです。

 米軍基地だったころは、たまに行われるパラシュート訓練のために利用するだけで、ふだんは、僕らが自由に入ることができました。黙認耕作地もたくさんあり、サトウキビや芋を作られていました。

 そのころ、車を運転していると、道を横切るマングースをよく見ました。
 うずらも見ました。そしてひき潰されているハブもよく見かけました。

 それが返還されて、整備が少しずつ進んでいて、ハブ、マングースなどの動物をほとんど見かけなくなっています。

 現在、読谷を通る国道58号線の東側が商業地域として開発されつつあります。
 そこの開発は、飛行場跡地より急速です。
 以前はアメリカ軍基地で弾薬庫だったところです。

 そこにも黙認耕作地がありましたが、ほとんどが木々で覆われ、荒れ地状態で、緑がいっぱいでした。

 ハブやマングース、うずらなどが、かなりいたでしょう。
 キジもよく見かけ、農作物の被害を受けると聞きました。

 アメリカ軍基地だった頃はそれらの動物にとっては楽園だったでしょうね。
 それが木々が倒され、ブルドーザーが入り、開発が進んで緑がなくなり、大きな建物がどんどんたっています。

 もうハブやマングースが住める状態ではありません。彼らは追い出されたのです。

 ハブやマングースたちは、アメリカ軍基地撤去には反対でしょうね。きっと。

 基地だったころは、軍用地料をもらっていた地主だけがうるおっていましたが、基地が撤去され、商業地として発展すると多くの人がうるおうようになっています。

 米軍基地が沖縄経済を阻害していたことは、いま明らかです。

 そして、僕は、何よりも戦争に加担する米軍基地はいらないという立場で基地撤去を叫んでいます。

 それでも、ハブやマングースたちには同情したいです。

クチクェーティ(口が肥える)
 悪い癖をつけたものだと思います。
 食事時間になると、猫3匹が足元にやってくるのです。
 そしてぼくの顔を見上げて、早くちょうだいという表情をします。

 僕は自分の皿の中から、魚や肉を少しずつ分けながら与えています。

 魚や肉といったタンパク質を与えるのですが、食べないことがあります。
 好き嫌いが激しいのです。

 これではないよ、という感じで 食べないで別のものを要求して、顔を見上げるのです。

 そのようなことを話すと、母が「クチクェーティ」といいます。

 クチ クェーティの「クチ」は、そのまま「口」
 「クェーティ」は、「肥えて」でしょうね。

 「口が肥える」という意味です。

『広辞苑 第5版』 「口が肥える」…食物に対する好みが贅沢になる。口が奢(おご)る。


 このようなのを考えるとウチナーグチ(沖縄口)は日本語の方言だというのは実感します。

 大抵のウチナーグチは漢字を当てはめることができるのです 。



朝ドラ「ひよっこ」のオープニングミニチュアには、ストーリーが ある
 NHK の朝のドラマ「ひよっこ」を毎回見ています。

 そのオープニングに流れる歌のバッグのミニチュアがとてもいいですね。身近にあるものをうまく使っています。

 畳の畑、ブラシの稲、そろばんの団地などなど。それらをおもしろいな、と思いながら何気なく見ていたのですが、これにはストーリーがあることに気づきました。

 女の子が、農村から都会にいくというストーリーです。

 最初、農村風景の中でバスを待つ、縁の広い帽子をかぶった女の子。

 その女の子がバスに乗って農村を出発です。

 ローカル電車に乗り換えて進みます。

 次に急行列車に乗り換え移動。農村からだんだん都会に変わります。

 食パンで作られた列車が駅に到着します。

 そこから路面電車に乗り換え。
 手前を新幹線が走り抜けます。その新幹線に彼女が乗ってると最初は思ったのですが、そうではないでしょう。

 そして都会の中です。

 ネオンが明るい街。ショーウィンドの前でウキウキする女の子。

 その後聖火ランナーが出てきたり、工事現場の光景だったりします。
 その見物人の中に女の子がいないかさがすのですが、見つかりません。

  一番最後のシーンは夕暮れ時です。
  月曜日には夕暮れ時の道に女の子が立っているのが見えます。
 月曜日のオープニングは、他の曜日よりも長くなっているので女の子が見えますが、他の曜日には見えません。


 このようにストーリーが分かると、見る目も違ってきますね。
 まだ気づかない人は、そのつもりで見てみたらどうでしょうか。

鳥が全く来なくなりました
 3月27日に
書斎の窓からバードウォッチング

を書きました。1か月余り前です。

 その頃は、毎日小鳥がやってきて、僕が置いた餌をついばんでいました。
 それを見るのが楽しみでした。

 ところが、それからしばらくして鳥が全く来なくなっているのです。

 理由はまったくわかりません。

 僕の家では猫5匹を飼っています。

 鳥が餌を食べている時に、猫の存在に気づいたのでしょうか。
 猫に狙われているようにな状況があったのでしょうか。

 そうすると、ここの餌を食べると危険だということで食べなくなりそうですね。

 それが原因の一つとして考えられます。

 でも、他の鳥達がやってきてもいいように思うのですが、どうなのでしょう。

 鳥がやって来ないので餌を変えるの帰る頻度も少なくなってしまいました。

愚公、山を移す
 しゅうとの曽根信一は、生前よく
「『愚公山を移す』だよ」と言っていました。

 故事ことわざ辞典から転載いたします 。

愚公、山を移す - 故事ことわざ辞典

愚公、山を移す
【読み】 ぐこう、やまをうつす
【意味】 愚公山を移すとは、どんなに困難なことでも辛抱強く努力を続ければ、いつか必ず成し遂げることができるというたとえ。
【愚公山を移すの解説】
【注釈】 中国の愚公という名の90才にもなる老人が、家の前にある二つの大山をほかへ動かそうと、土を運びはじめた。
人々はその愚かさを嘲笑したが、愚公は子孫がその行いを引き継げば山を移動させるだろうと、一向にひるまなかった。
その志に感じ入り、天帝(神様)が山を移動させ平らにしたという故事に基づく。
【出典】 『列子』湯門篇



 庭で仕事をしていて、なかなか作業がはかどらないときに、この言葉を思い出します。

 そして、とにかく目の前のことを少しずつやっていこう、と自分を奮い立たせています。

 漢字の学習書「成り立ちにそって学べば漢字は楽しい(仮題)」を作っています。

 小学生で習う教育漢字は1006字。
 僕の場合には、それを学ぶために必要な中学で学ぶ常用漢字、そして常用漢字以外の漢字も含めることがあります。

 単純に計算して、1日に3文字で、1年ぐらいはかかりそうです。一通り終わっても、熟語を加えることもするつもりです。それは、既出の漢字を使うつもりなので、漢字を学ぶ順序が確定してから取り組むつもりです。

 だから、1年では終わらないでしょう。先はまったく見えません。

 やる気を失いかけます。
 そこで思い出すのが「愚公、山を移す」

 とにかく目の前の作業を少しずつやっていくことです。歩みは遅いけど、進んではいるんだと自分を励ましています。

スーツケースのキャスターを取り替える
 妻がスーツケースを捨てるといいます。見た目まだまだ使えそうな気がします。

 キャスターのゴムの部分がボロボロになって、もう使えないのだそうです。

 スーツケースとしてはとても気に入っているので、捨てるのはもったいない、でも修理をするところはないみたいだし、と言っています。

 ちょっと待て、ということで、すぐに捨てるのは思いとどまらせて、インターネットで検索してみました。

 すると、キャスターの交換をしたという記事が見つかりました。例えば次のページ。
自分でできる! スーツケースのキャスター修理!:えんぴつとトラクター:S

 キャスターの金属の車軸を切って、新しいキャスターに取り替えています。

 問題は金属の車軸を切ることです。結構大変そうな気がします。

 そこで思いついたのが、友人で便利屋をしているS垣さんです。
 彼は電動ノコのような金属を切る道具を持っています。この程度のはすぐに切ることができそうです。

 それで彼に修理をお願いしました。やってくれるとのこと。その前に見積もりを出すそうです。

 その後 Amazon を検索すると、スーツケース用のキャスターの交換キットが見つかりました。



 これが手に入れば、車軸を切ってもらえば、僕でも交換できるなと思いました。

 それでS垣さんに、金属を切るだけにしてくれればいい、ということで連絡しました。

 しばらくして、彼は車軸を切って持ってきてくれました。その分の代金は支払うつもりでしたが、いらないとのこと。ぼくにとっては一番大変な作業なのにありがたいことです。
IMG_20170504_172813.jpg

 それで僕は、アマゾンでキャスターを注文しました。

 インターネット上の記事で書かれているものより、割高です。

 でも車輪4つで2500円。これでスーツケースがなおればいいと思いました。

 注文して、10日ほど経ってやっとキャスターが昨日 届きました。みると中国郵便です。中国から発送されたのです。それなら、遅くても、しかたない。

 簡単に取り付けることはできました。
 うまい具合にできました。スムーズにスーツケースが移動します。
IMG_20170504_173541.jpg

 ただネジを強く締めると車輪が回らないので、少し緩めました。
 使っているうちにネジが緩んで取れてしまわないか少し不安です。

 何か良い知恵があったら教えてください。それともこれでいいのかな。

インターネットなぜ無料で出来るのか
 昨日は、同じ屋根の下には数円で、ベトナムへは無料
ということで、 Line を使えば海外でも無料でメッセージや写真を送ることができることを書きました。

 インターネットだと、Line の他に、いろいろなソフト(アプリ)が無料で使えます。

 検索もそうですし、Youtube などの動画、ストリートビュー、メール、ブログの作成などなど。ほとんどが無料でできます。

 もちろん、インターネット接続料金、データ通信料金は別です。

 そのような話を、インターネットをよく知らない人に話をすると、なぜだととても不思議そうにします。僕もそのように思っていました。

 最近は、そのような人には次のように話をします。

 広告料だよ。
 テレビで NHK には受信料を支払うよね。

 でも民放放送には何もお金は支払わないね。
 企業が民放放送にコマーシャルを出して、その広告料金を放送局に支払っている。
 だから、そのコマーシャルを見ている僕らは、な~んにも支払わなくてもテレビを無料で見ることができる。

 インターネットもそうだよ。
 何かをインターネットで見てると、その横の方に、広告・コマーシャルがついているんだよ。

 そのコマーシャルを出している企業からの広告料でそのインターネットのアプリの会社は儲かっているんだ。

 だから僕らは無料でいろいろなことが楽しめるようになっているんだ。

 そうすると「あーそうか」ということで納得をする人が多いですね。
 テレビの民放放送のコマーシャルは身近だから分かりやすいようです。

同じ屋根の下には数円で、ベトナムへは無料
 僕の毎朝の日課の一つに、母のためのテレビ欄のチェックがあります。

 母は同じ屋根の下にいて、母の部屋は中2階のすぐそこです。

 母は歌謡曲や時代劇が好きです。母の好みそうな番組をチェックして、それをショートメッセージにして送ります。
  自分ではなかなか番組を探すことができないようです。

 僕の弟は今ベトナムで働いていますが、 Line で繋がっています。
 転送してやってきた郵便物や時々の近況を写真に撮って送ったりします。

 弟からも写真が送られてきます。

 昨日は弟が従業員に誘われたと言って、楽しそうな食事風景が送られてきました。

 夕食の時にその話題になりました。

 そのときぼくが
 「お母さんへのメール(SMSですが、母には「メール」のほうが分かりやすい)を送ると2円か3円かかるけど、Nao(弟)へは0円なんだよ」と話すと、目を丸くして「なぜ?」と言いました。

 「なぜか僕もよく分からないけど、お母さんへ送るのは電話回線を使っていて、Naoに送る時はインターネットだからだろうな、それがなぜそのように違うかは僕もよく分からないよ」、と答えました。

 さらに
「お母さんへのメールは160文字しか送れないけど、Naoへは何文字でも出来るよ、そして写真もこのように送ることができるんだよ。それが無料で」と付け加えると、

 何故だろうととても不思議そうな顔をしています。

 僕もよく分からないので、不思議そうな顔をするのは理解できますね。

歌詞探し・・・ Facebook ってすごい!!
昨日は Facebook の力はすごいな、と改めて感じました。

 妻が老人会の集まりから帰ってきて、僕に頼みました。
 「フェーレーマンボ」の歌詞を探して、印刷して欲しいとのこと。

 老人会で「フェーレーマンボ」の曲に合わせて踊りをするそうです。CDはあるのですが、歌詞がわからないとのこと。
 歌詞がわかればダンスの練習がやりやすいようです。

 僕は引き受けました。
 これまでいろいろな歌詞をウェブ上から探し出したことがあります。

 この歌はどのようなものかは知らないのですが、題名は聞いたことがあります。探しだすのは楽なものだと思ったものです。

 そしてウェブ上をあっちこち探しました。でも、見つかりません。歌が流れている動画はありますが、聞き取れません。
 有料の会員になれば歌詞を見ることができるサイトもあります。でもそのために有料会員になるつもりはありません。
 大分探しましたが、結局ダメでした。

 さあ、どうしたらいいか考えていて、思いついたのが Facebook で「ヘルプ」と叫ぶことです。

 それで Facebook のページに「知ってる人がいたら教えてください」と書き込み、投稿しました。

 正直、あまり期待していませんでした。だめもとです。

 すると、さっそくFacebook友達のなつみさんからコメントがありました。
「昔めっちゃ聴いてました。
うちに残ってるか見てみますね〜。」とのこと。

 その時に、これはなんとかなるかもしれないと期待したものです。
 仕事か何かで外出しているのでしょう。家に帰ってから調べてくれるということだと思い、ゆっくり待っていました。

 すると、保育園、塾のときから付き合いのあるめぐみさんから「歌詞を探しているのですか」とコメントがあります。
 そして、しばらくしてからその歌詞を書き出したメッセンジャーが届きました。

 せっせと書き出してくれたのです。だいぶ時間がかかったでしょうね。本当にありがたいです。「先生のためにがんばりました」とのこと。感謝感激。

 そして、セルフ子のみかさんから「これですか」と CD の歌詞集だと思われる写真が送られてきました。

 めぐみさんの書き出した歌詞をこの写真でチェック。少し間違いがあったので修正できました。みかさんにも感謝です。

 それで歌詞が出来上がったので印刷して妻に渡しました。

 面目躍如です。

 それにしても Facebook の力というのはすごいものだと改めて感じました。

 そして Facebook 友達の皆さんの暖かい気持ちですね。僕が困っているので助けてあげようと色々考えてくださったのです。
「公民館にありますよ」というコメントをくださった方もいます。

本当に感謝しています。ありがとうございます。

 これからは、 誰かが Help と叫んでる時に、できるだけ積極的に手を差し伸べてあげようと思いました。

 みなさんも、困ったことがあったら、Facebookで「ヘルプ」と叫んでみたら、だれかが助けてくれますよ。もちろん、ぼくができることはやります。

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