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説明文は読者に苦労させないように、文学作品は苦労させるように書く
「プレバト!!」の俳句コーナーから考える、文学作品と説明文

 を数日前に書きました。

 さて別の観点から考えます。

 分かりやすさとは何か。
 分かりやすいというのは、読者ができるだけ苦労しないで読むことができることです。いろいろ頭を使いながら読まなければいけない文は分かりにくいですね。

 説明文では、読者が頭を使わないように、苦労しないように書いていきます。

 読者が疑問に持つようなことは、全て説明するように書くのです。
 隙間を全て埋めていく。

 そうすることによって分かりやすい文が出来上がっていきます。

 説明文を書く人は、読者の立場に立って、この文を読んで疑問に思いそうな点をあらかじめ考え、その答えを文に書き込んでいきます。

 専門用語が出てきて、多くの読者が理解できないと思ったら、その説明も書いていきます。

 そうすることによって説明文はわかりやすくなっていきます。くどいくらいに説明していく。
 そのような努力をしない文はわかりにくい。

 それに対して文学作品の方は、故意に読者を考えさせるようにします。

 考えさせ、読者をその作品に参加させることによって文学作品が面白くなるのです。

 僕は星新一の著作「ボッコちゃん」をよく例に用います。

星新一著「ボッコちゃん」 行間を読む

 その小説では色々な状況を考えれば、店にいる人たち、マスターとお客は、みんな死んだことになります。

 でも小説には、みんなが死んだということは書かれません。
 ただ
 

その夜,バーは遅くまで灯りがついていた。しかし,だれひとりも帰りもしないのに,人声だけは絶えていた。


 とあるだけです。

 そこのところは読者が頭を使って考えなければいけません。
 そうすることによってその小説の面白さが出てくるのです。


 上までの文を読んで、そんなことはない。説明文は 小説などの文学よりも難しくて頭を使うという意見が出てきそうです。

 それは書き手がその説明文で読者に伝えようとするもとのものが難しいからです。説明文では難しい抽象的なことを読者に伝えようとすることが多い。

 その難しいのをできるだけ分かりやすく書いても、なかなかそれがうまくいかなくて読者が頭を使うということがあるのです。

 それに対して小説の場合には具体的なシーンが続きますね。
 だから読んでいて読みやすくはある。

 しかし実際にそのテーマをつかむとなると頭を使わなければいけないということがあるのですね。

 頭を使わせながら、そしてその面白さがわかるように導くことができる人がおもしろい文学作品を書いているのです。

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