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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

沖縄慰霊の日,、おじの霊を慰める
 6月23日は沖縄の慰霊の日です。
 ぼくのおじ(母の兄)宜保栄もこの沖縄戦で亡くなっています。

 戦後生まれの僕はもちろん栄おじを知りません。写真で見るだけです。

 栄は沖縄県立第三中学校の生徒で、そこから通信隊の無線班として戦争に参加したそうです。

 6月23日慰霊の日、母はおじの慰霊のため、三中学徒之碑に行きたいとのこと。母の弟妹と連絡を取り合い、みんなで行くことになりました。

 母のドライバーとして僕も初めて参加します。
 碑のところで集合することになりましたが、道がわかないのでだいぶ迷いました。それでもいとこの息子Shuhei君に助けられてなんとか無事に三中学徒之碑までたどり着きました。
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 遺族がもう高齢化しているとのことで合同の慰霊祭はもう数年前に行われないことになったそうです。

 それでも、叔父、叔母はその後も慰霊の日には集まっていたようです。
 今年は、碑の前にいたのは僕らだけです。

 慰霊のために手を合わせました。
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 その後15分ほども走ったでしょうか、伯父の遺体が見つかった場所に移動しました。
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 おじ栄の母(僕の祖母)は、息子が亡くなったという噂を聞いても、ずっと信じることが出来なかったとのこと。ずっと探し回っていたそうです。あきらめることができなかったのでしょうね。

 あちこち探して噂を聞き、遺体を発見。帽子や服に付いている名前から栄の遺体であることがわかったそうです。頭には大きな穴が開いていたとのこと。

 米軍と手榴弾の投げ合いをして凄い戦いだったと生き残りの人が証言しているそうです。

 栄はとても優秀な人だったようです。そのような人を戦争は殺してしまうのですね。息子を亡くなった両親はどんなに悲しんだでしょうか。

 家族を悲しませる戦争は欲しくありません。

 安倍首相は、共謀罪を無理やりに成立させ、憲法も変えようとしています。戦争の準備をしているような感じがします。どうしてもその流れは止めたいものです 。

以下の文は
三中学徒之碑 
から借りてきました。

所  在  地  本部町八重岳
建立年月日   昭和52年4月16日
合 祀 柱 数  87柱
設置管理者 沖縄県立第三中学校生存学徒一同

 昭和20年3月、米軍の烈しい砲爆撃の中を沖縄県立第三中学校生徒363人は、通信隊又は鉄血勤王隊員として郷土防衛の戦列に馳せ参じた。
 4月1日、米軍が沖縄本島に上陸するや三中の生徒は、ここ八重岳、真部山地区、そして多野岳などで、米軍と戦闘を展開し、多くの十代の若き命を無惨に散らしてしまった。
 第33回忌を迎えた昭和52年(1977年)、学友の霊を慰め、二度と再びかかる残酷悲惨な戦争を惹起することがないよう、子々孫々に伝え、永遠の戒めとして、この戦地の跡に碑を建立した。


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