セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

スマートフォンで旅の荷物が減った
 今日のニュースによると、キヤノンが売上を伸ばしたとのこと。「インスタ映え」で高性能のカメラを買う人が多くなったのだそうです。

 僕は逆です。 Instagram はしていませんし、それほど綺麗な写真を撮ることにこだわりはありません。
 それで最近はデジタルカメラは使わずにスマートフォンのカメラで十分だと思っています。

 ベトナムに旅行に行きましたが、今回はスマートフォンになったおかげで旅の荷物が減ったことを実感しました。

 まずカメラを持たなくなりました。

 それからボイスレコーダー。ぼくは、旅に行ったらフォトブック(アルバム)を作るために記録をします。
 以前は旅の記録にボイスレコーダーを持ち歩いていました。

 イタリアに行った時にはそこで使える Simカードを買ってスマートフォンの音声入力で記録をとっていました。
 今回はそれもしません。

 写真さえあれば時間はわかるし場所もわかるのでなんとかなるだろうと思っています。旅行社からの旅の日程表も参考にできます。

 それからノートパソコン。毎日ブログを更新するために持っていたのですが、スマートフォンでも十分にできました。

 紙の手帳も持たなくなりました。スマートフォンの手帳で十分です。いや旅の日程などがそれに書き込めるので、情報としてはもっと役に立っています。

 それらの機器を充電するためのコンセントも必要なくなりましたね。だいぶ軽くなりました。

 以前は空港の保安チェックを通るのが大変でした。これらのものを取り出して、トレイに乗せ通過させるのですが、一苦労。

 今ではスマートフォンを出すだけです。

 ただ電池がなくなってはいけないと思い、充電池を 持って行きました。そのぶんは少し重くなったかな。
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漢字練習ノートはアイデアと検索能力で
大学を出てもこんな漢字がわからないのか
を書きました。
 僕の漢字力はそんなものです。

 その僕が漢字練習ノートを作っています。
 漢字力も大したことないのに漢字練習ノートが作れるのか、と思いの方もいるでしょう。

 でも僕の漢字練習ノートは、市販のどの漢字練習ノートよりも学びやすいものになると確信しています。

 今市販のもののほとんどは、学校の漢字の順序にただただ練習して暗記するだけのもの。

 僕のはそうではありません。学びやすい順序になっています。具体的には別で触れました。

 それから漢字力がないと言っても、教育漢字、常用漢字ぐらいは十分に使っています。手で書きなさいと言ったら難しいのですが、今はコンピューターでスラスラ漢字を書けます。

 それから漢字辞典を引く能力は十分にあります。紙の漢字辞典もよく引いていますが、今はインターネットで色々なものが調べられます。

 その検索をする能力さえあれば知識は補えます。
 それらを駆使すれば僕でも十分に良い漢字練習ノートができると思って進めています。

 出来上がったら出版社に売り込むつもりですが、その良さを出版社が分かってくれるかどうか。

学歴が低い人は、劣等感に陥いることが多い
大学を出てもこんな漢字がわからないのか
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-5400.html

 にFacebook上で、Kさんからコメントをいただきました。


ぷぷぷ、口の悪いお友達 誰だかわかりまーす。( *´艸`)
仲松さん、
大学を出てもそんな漢字がわからないのか
と言われるのと
大学を出てないからそんな漢字も分からないんだね
と言われるの、どっちが辛いのかしら?


Kさん、
 それは、「大学を出てないからそんな漢字も分からないんだね」という言われた方が、確かにいやでしょうね。

 でも人間というのは当然のことは見過ごして、何も言わないことが多い。
 大学を出た人が難しい漢字を読んでも、当然だと思って気にも留めない。
 また学歴が低い人が漢字が読めなくても、特に気も留めない。だから何も言わない。

 でも意外な時に人間はそれについて言及します。
 大学も出たのにそんな漢字がわからないのかとか
中卒なのにこんな漢字が読めるのかと感心される。

 それでは学歴は低い方が得なのかと言うと、そうは思いません。
 僕は学習塾をしている頃、高校に進学しないという生徒に、高校には行ったほうがいいよ、と生徒には言っていました。

 ぼくが言いたいのは、普通の学歴主義とは違うと思います。

 周りを見回すと学歴が低い人は、劣等感に陥いる人が結構いるのです。
 自分は学歴は低い。だからダメな人間なんだと。逆に変にプライドを持ってしまうこともあります。

 劣等感に陥ると色々な面でマイナスの影響が出ます。

 学歴が高いとそれなりに自信を持って人生を渡っていきます。実際に大学でどのような勉強をして、力がついたかというよりも、気持ちの持ち方でも違ってくるのですね。

 そういうところで学歴はできたらあった方がいいんだよと言っています。

 でも大学に進まなくてもしっかり生きている人がいます。劣等感を持たずに自信たっぷりに生きている。それはそれでよし、です。 すばらしい。

旅行では、クレジットカード
 ふだんも便利ですが、特に旅行ではクレジットカードは便利ですね。
 僕はだいぶ前からカードを使っています。

 ベトナムに行ってきました。旅行会社のツアーです。

 僕を含め6人のモアイ仲間で参加しました。
 その6人のうちクレジットカードを使っているのは3人だけ。後は現金主義です。

  N嶺さんはクレジットカードを持っていますが、旅行ではあまり使ったことがないそうです。

 今回の旅で僕はクレジットカードの便利さをできるだけみんなに教えたいなと考えていました。

 それで時々その良さを説明します。
 現地のお金にたくさん変える必要はない。大きなお土産はクレジットカードで支払えば便利だ。紛失した時、現金は絶対に戻ってこないが、クレジットカードは、カード会社によって保証されることがある、などなど。

 そして一番便利だなと感じてもらえたのは最終日です。

 現地のお金がいくらかはまだ残っています。それを帰りの空港で全部使いたい。

 アメリカドルやユーロなど、また使う機会があれば残してもいいのですが、ベトナムには二度と来ないのでドンを使う可能性は小さい。

 そういう時には使い切った方がいいです。でも、現金だと、ピタリと使い切ることはまず無理でしょう。

 そういう場合、買い物をして、手持ちの現金を全部出すが、足りない分をクレジットカード支払いにするのです。

 スルト現金は全部使い切ることができます。それにはクレジットカードが便利だということそれはみんな納得してくれたようです 。

大学を出てもこんな漢字がわからないのか
 僕は大学を出ましたが、僕の周りに大学に進まなかった友人が2人います。そしてこの2人とも漢字がとても得意です。
 おまけに口が悪い。

 僕が漢字を知らないので、
「大学を出ても、こんな漢字もわからないのか」と言います。

 大学を出たからといって漢字ができるわけではないです。

 一般的に言えば、大学に進む人は学力が高い。だから大学進学したことと漢字力とは相関関係にあると思います。

 ただ僕は漢字の力で大学に進んだわけではありません。
 漢字は小学校の頃から苦手でした。覚えるのが嫌いだったから。

 その分を数学などで補って何とか大学に進学できたのです。

 そして大学に進んでも漢字の勉強をするわけではありません。本や雑誌を読む機会は多いのですが、そんなに難しい漢字が使われているわけではない。

 国文学を専攻すれば漢字力はさらにつくでしょうが、僕は心理学専攻。心理学の専門用語は覚えましたが、漢字力はつかなかった。

 本を読んでも、漢字に興味がないので、読み方は適当にして、全体の意味が分かればいいということにしていました。漢字は読めなくても意味は分かる。だから漢字力は全くつかなかったのです。

 大学を出たからということで漢字力はつくわけではないというのを周りも理解してくれればいいのですが、どうも先入観が強いようですね。

「無知の知」と「無知の無知」
 高校の倫理社会で、「ソクラテスの無知の知」について学びました。次は Wikipedia からです。

ソクラテスはアポロンの託宣を通じてもっとも知恵のある者とされた。ソクラテスはこれを、自分だけが「自分は何も知らない」ということを自覚しており、その自覚のために他の無自覚な人々に比べて優れているのだと考えたとされる。



 「無知の知」とは、知らないということを自覚しているということです。

「無知の無知」というのは、今僕が勝手に作った言葉ですが、知らないということを自覚していないことです。

 医療においてそれを感じることがよくあります。

 沖縄県はかつて長寿県でしたが、今ではその地位がどんどん下がってきました。食生活が変わってきたこと、飲酒が多いこと、それから病気の治療を勝手に中断する人が多いとも聞きます。
 
 僕の周りにもいます。
 薬を飲み過ぎたらいけないとのことで薬をやめたという話はよくききます。
 また医者は信用できないという人もいます。副作用も怖い。

 確かにそういう面がないこともありません。

 前にある人から次のような話を聞きました。
 とても体調が悪かったので病院に行った。いろいろ検査をしてもらったが『異常なし』と伝えられて帰された、とのこと。
 それで、別の病院に行ってさらに検査をしてもらって、その原因がわかった。

 本人が体調不良を訴えているのですから、「異常なし」はありえないはずです。
 その医者が異常を見つけきれなかっただけです。
 さらに詳しい検査のできるところを紹介するなどの処置は必要でしょう。

 だから僕は医者を無条件に信頼すべきだというつもりはありません。

 もうけるために、薬をやたらに多く出す医者もいるそうです。

 セカンドオピニオンという制度があります。納得いかなければ別の医者にかかるかかることは大切です。

 でも納得がいかないということで、自分で判断してしまうのは「無知の無知」だと思うのです。

 医学について僕は素人です。無知だと思っています。僕はそれを知っているだから「無知の知」です。

 でも自分の体については自分が一番知っているんだと言う人がいます。
 自覚症状のない病気はいくらでもあります。そういうのは「無知の無知」です。

 今インターネットで色々なことを調べることができるようになりました。病気のこと薬のことをインターネットで調べるのはいいことでしょう。

 でもそれだけで医学について分かるでしょうか。僕はそんなに医学は浅いものではないと思います。

 最終的な判断は医者に相談すべきではないかなと思っています。

 もっと自分の無知を自覚すべきではないでしょうか。

鉄軌道も読谷を避ける
19日付琉球新報報道によると鉄軌道推奨ルートを決定したとのこと

鉄軌道推奨ルート決定
 沖縄本島への鉄軌道導入に向け、県が設置した有識者による「沖縄鉄軌道計画検討委員会」(委員長・森地茂東京大名誉教授)が18日、県庁で開かれ、七つの経路案のうちから「推奨ルート」を絞り込んだ。「C派生案」と呼ばれる推奨ルートは那覇市から浦添市、宜野湾市、北谷町、沖縄市、うるま市、恩納村を経由して名護市に至る。


 次の図はその推奨ルートです。そして読谷村は左側、赤い矢印のところがだいたい僕の住んでいる読谷村座喜味です。
tetukido.jpg

 完全にそこを避けて遠回りして進んでいますね。

 そうなるだろうことは予想はしていました。沖縄市、うるま市の方が人口が大きいからです。でも読谷村にとってはとても不便になります。

 現在走っている沖縄自動車道の図は次の通り。
jidoushadou.jpg

 自動車道も読谷村がから大きく離れているのがわかります。

 那覇市に住んでいる人は、名護に行く方が読谷より近いよと言います。
 ぼくら読谷村民にとっては不自由なもの。

 現在沖縄自動車道に乗るためにも、そこまで走るのにかなり時間がかかります。沖縄自動車道は読谷にほとんど貢献していません。

 沖縄自動車道は遠いのだから、せめて鉄軌道は、と少しは期待していました。
読谷、かわしそう。

中国化するベトナム
ベトナム旅行から帰ってきました。
‎ 中国とよく似ているなと思うところがあります。

売り子が 商品を売る時の様子です。

いくつも商品を抱えて 観光客に物を売ります。

その時に5枚1000円、1枚1000円といった売り方をします。

又は、5枚買ったら1枚 サービスするよと言ったり。

それがかなりしつこいのです。

中国でもそういう売り方をしました。
‎ よく似ているなと思いました。

妻にその話をすると 10数年前に行った時売り子は来たけど そんなにしつこくはなかったよと言っています。

この10年の間にベトナムは中国化しているのだろうなと思いました。

ホテルの部屋が真っ暗
 ベトナム旅行から帰ってきました。

  翌日は帰国という夜のことです。
 部屋から廊下に出た時です。となりのN地さんがそこに立っていて
「仲松さんいいところに出てきた。部屋が真っ暗なんだよ」と言います。

 仲地さんはお風呂に入っていたのですが、急に部屋が暗くなったとのこと。

 僕はすぐにピンときました。
 同室のN嶺さんがU地さんと一緒に、ビールやつまみなどを買いに出かけたのです。
 その時にカードキーを抜き取り持って行ったのですね。

 そのホテルは2人部屋でも、カードキーは1枚しかもらえません。
 そして部屋に入り、壁にある差し込み口に、そのカードを差し込むと電気がつくということになっています。
 おなじみのカードキーです。

 そして悪いことに、カードを抜き取ってもすぐに電気は消えません。
 すぐに電気が消えればN嶺さんも気づき、カードを戻して出かけていったでしょうね。

 電気は消えない方が普段はいいです。すぐに真っ暗になったら行動がとれない。そのために数秒間は明るいが、しばらくして消えるようになっているのです。それが仇になったのですね。

 N嶺さんはカードを抜き取って別に何も考えることなく外出したのです。

 でもN地さんは真っ暗なところでびっくりしたということ。

 僕に「どうしようか」と言うので、「N嶺さんが帰るのを待つしかないんではないか」と答えました。
 フロントに相談に行くという手も考えられますが、少し面倒なので。

 しばらくして、僕のモバイルバッテリーが懐中電灯の役目をすることを思い出し、それをN地さんに貸してあげました。

 そしてしばらくしてN嶺さんは帰ってきて、まあ笑い話ということで終わりました。

 でも2人部屋ではカードは2枚欲しいですね。僕も外出する時に少し困りました。

ベトナムでスリに遭う


びっくりさせたと思いますが、僕のことではありません。 スリにあったのは、ツアーの仲間の一人です。

ベトナムに来ています。旅行会社のツアーです。 25人のグループ。

ホーチミン市から ハノイ市に移り、 4日目明日は沖縄に向かって 飛び立ちます。

今日の夜 ハノイの伝統芸能水上 人形劇 見ました。

その帰りで 専用ののバスを待ってる時のことです。

僕の後ろの方で A木さん( 僕の 仲間の一人です) の声で 「あッ、チャックが開いている」 というのが聞こえました。

僕はすぐに後ろを振り返りました。すると、 そこで ツアーの仲間の一人の婦人がリュックを前に持ってきて、確認しています。

チャックが大きく開いています。
中身をすぐに確認していました。
‎ そしてパスポートはあると言っています。 E チケットもあるようです。

でも財布がないとのこと。 スリに取られたのですね。

背中に背負っていたので気づかなかったようです。
 
ただ僕の仲間の一人の話によると、その婦人は 水上人形劇 から出た時にはリュックを前に下げていた。 歩いている途中で背中に 持っていくのを見たとのこと。
その後少ししか経っていない、その短い間に スリにあったとのことです。

ベトナムは基本的に治安がいいです。 夜でも安心して歩けます。

でも観光客を狙ったという話は現地ガイドも度々話 していました。
‎ それが身近で起こったのでびっくりしています。

日本も治安がいいとは言っても スリなどはいるのですから、ベトナムでこういうことが起こってもおかしくはないです。

僕も気を付けなければ。
‎ 明日帰ります。

ベトナムから漢字が消えたことから考える


ベトナムに来ています。 昨日まではホーチミン市でしたが今日からハノイ市です。

ベトナムも以前は漢字を使っていたこと、そしてフランスの植民地になって漢字の代わりにフランス語の表記法でベトナム語を表すようになったということ、そういうことは知っていました。

現地ガイドと話す機会があったので、尋ねてみました。
漢字がなくなるとき、ベトナム人から抵抗はなかったのか、 と。
すると、
それはなかったという返事。

それから 現在漢字を復活させようという動きはないのか、 と尋ねると、それもないとのこと。

昔のベトナムの歴史を知る のは漢字がわからないと大変ではないか、と尋ねると、
‎それは専門家がやるのだということです。

日本でも漢字がなくなる危機がありました。
‎僕が知っているだけでも、明治維新の頃、そして太平洋戦争に敗れて アメリカの進駐軍がやってきた頃です。

‎ 漢字は難しすぎるからそれをやめてローマ字にしようという話があったそうです。
‎ あの小説家志賀直哉もローマ字推進派だったそうです。

日本とベトナムでどう違ったのか。
‎ ここからは全くの想像です。
‎ 日本は漢字を自発的に積極的に取り入れていますね。

‎仏教が伝わった頃、 朝鮮を経由して文字が入ってきます。 文字がないので、 漢字を使うようになります。
‎遣隋使、遣唐使を送って積極的に中国の文化を輸入し、そして文字も使うようになった。

‎これは日本にとって良いことなので積極的に行われています。

‎ それではベトナムではどうだったのでしょう。
‎ベトナムでは中国に支配されていたということが ということが日本と違います。日本は中国に支配されたことはありません。独立を保っています。

‎ ベトナムに文字がなかったので漢字を使用することは良いことだったかもしれませんが、強制的にそれを使わされていたのではないか。

‎ そしてフランスがやってきます。フランスも 植民地としてベトナムを支配しています。

‎ だから明治維新のとはだいぶ違います。
‎ 強圧的に 漢字をなくして フランス語表記にしたのではないでしょうか。

それに対して反抗することもできなかったのかもしれません。

また中国に支配されていたのでそれへの反発もあったのでしょうか。

‎ そしていざ漢字をなくしてフランス語表記にするとそれの方が楽だったのかもしれませんね。

‎慣れてくると漢字をまた苦労して学ぼうとも思わなくなっているのかもしれません。

‎ 日本人は漢字を使い続けています。 漢字を学ぶのは確かに面倒です。 でも一旦 身につけると結構便利なところも多い。
‎ だから使い続けているのでしょう。

‎ ベトナムと日本との違い、きちんと勉強すれば面白いかも。

日本の1円はベトナムの200ドン


ベトナムに来ています。

日本の1円はベトナムの通貨に直すと、およそ200ドンです。

‎仕事で ベトナムと沖縄を行き来していた弟は、ベトナムのドンを円に直す時には、0を2つ消して、2で割ればいい、と教えてくれました。
‎結構やりやすいです。

‎ でもかなり感覚が違いますね。

‎ お土産品店の店員や レストランの 店員は 日本語が上手です。
‎日本語で 200万ドンとか100万ドンなどというのがポンポン飛び出し、びっくりしてしまいます。

‎ 円ではなくドンと言ってるのですが感覚的にやはり200万円、100万円を想像してしまいます。

200万ドンは 約1万円、100万ドンは 約5000円です。

今日夕食をとったレストランの ビールはひとつ 八万ドンでした。

日本円に直すと400円。 まだまだ感覚が取れません。とても高く 感じてしまうのです。

ホーチミン市は地元ではサイゴン市と呼ばれている。
ベトナム、ホーチミンに来ています。 ベトナムは去年に続いて2回目。ホーチミンは初めてです。

空港からバスに乗って現地ガイドのベトさんの 色々な話を聞きました。

‎ 現地の市民はホーチミン市とはほとんど言わないで、サイゴン市というそうです。

‎ ホーチミン市が昔サイゴンだというのはよく知っています。

‎ ベトナム戦争が盛んな頃、サイゴンという名前はよく新聞紙上に出てきました。

‎ なぜ市民はホーチミンではなくサイゴンというのか。

‎ベトさんは
‎皆さんは 那覇市が 安倍晋三市に変わったとしたら それを認めますか。 那覇市のままでいくのではないでしょうか、と言います。

‎ 僕も安倍晋三市と呼びたくはないです。
‎ 僕は質問しました。

‎ ホーチミンは サイゴンの人達に嫌われているのですか、と。

‎するとベトさんは 、ホーチミンは色々思われている。 嫌っている人もいるだろうし、 そうでない人もいる、という説明をしました。

‎ 僕はベトナム解放の父でもあるホーチミン は、ベトナムの皆さんから慕われていると思っていましたが、 そうでもないのですね。

‎ 南のサイゴンの人だからでしょうか。北の方ではまた違うのかも。

‎ ベトさんは ホーチミンはここの出身ではなく北の方の人だからということも付け加えていました。

生徒の染髪指導をするより、それぞれの生徒にあった学力指導を
 1月4日付琉球新報の一面トップは「地毛証明 県立高87%、染髪で活動制限30%」である。要するに髪を染めることを学校で禁止し、その指導に四苦八苦しているということであろう。

 生徒が髪を染める行動と学校の成績、そして不良行為は相関すると思う。これは勝手な推測だが、正しいだろう。要するに、髪を染めている生徒の多くは、学校の成績はよくないし、不良行為を起こすことも多いと思われる。

 それでは髪を染めないように指導することによって、成績を上げ、不良行為をなくすることができるか。そうは言えないだろう。逆だ。

 学校の授業が理解できない。だから成績は悪くなる。そして叱られてばかり。自分はダメな子だと思う。どうせだめなのだからと髪を染める行為に走る。そういうことなのではないか。それではどうすれば良いのか。

 分かる授業をすればいいのだ。それは学校の先生方も承知のことだろう。でも、言うは易く行うは難しだ。わかる授業をするというのはとても難しい。それに比べると髪を染めることを禁止する方が楽なのだ。でもそれが根本的な解決にはならないのははっきりしている。

 どの子でも頑張ればトップクラスの成績をおさめられる、だれでも平均点数以上を上げることができる、ということはない。子どもたちの間には能力の格差がある。できる子がいる一方で、できない子がいる。それはとても大きな差だ。だから平均点もとれないのは、あなたががんばっていないからだ、と叱るのはかわいそうなことだ。

 他人と比較することは無意味だ。他人と競争するのではなく、自分自身を競争相手とする。昨日の自分に勝ることは、だれでもできる。頑張ったら昨日できなかったことができるようになる。

 僕は長年学習塾で多くの生徒の学習を見てきた。ていねいに教えてできるようになると、「わかると勉強は面白いね」と言ってくれる。そういう子は少なくなかった。その子はそのとき、きのうの自分に勝ったのだ。

 指導するものが、それぞれの子を見て、昨日より少しでも伸びたら、それを認めてあげるようにする。わずかな進歩でいいのだ。そうすることによって、その子の自己肯定感が高まり、色々な面で良くなっていくはずだ。私もできるんだ、と思わせることが大切だ。そのためにも、それぞれの子にはそれぞれの能力があることを認め、それにあったペースで指導することである。
 まわり道のようだが、それが正道だろう。


 今朝の琉球新報、声の欄に掲載されました。
 琉球新報、声の欄の担当の方に筆を加えていただきました。さすが、記者ですね。現代の問題に結び付け方がうまいです。

上は手を加える前の、ぼくが送った原稿です。



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母が圧迫骨折しました
 母が圧迫骨折しました。
 年末の12月30日朝、母が腰が痛いと言います。

 携帯電話を背中の下に敷いたまま寝てしまったそうです。それが原因なのではないかと母は言います。

 病院に連れて行って欲しいと言うので、整形外科に電話すると留守番電話です。年末の休みに入っているのでしょう。読谷村診療所に電話しても休みです。
 救急病院に行くほどではないと言うので、しばらく様子を見ることにしました。

 年が明けて1月6日、また腰が痛いと言うので整形外科に連れて行きました。
 レントゲン、骨密度、そして MRI の検査をしました。

 レントゲン、 MRI で背骨を骨折しているのが分かりました。
 転んだり、重いのをもちあげたわけでもありません。圧迫骨折です。

 実は去年の11月頃でしたか、おばが圧迫骨折をして寝込んだという話を聞きました。

 でも僕の母は大丈夫だろうと話しました。
 牛乳は毎日2杯ほど飲みます。チーズも好きです。好き嫌いはありません。カルシウムは十分だろうから、骨は丈夫だと思っていたのです。

 さて骨密度の結果です。2箇所測定しました。腰椎と大腿骨です。
 腰椎は「異常なし」です。

 でも大腿骨は「要精検」です。
 コメントとして、
「今回の検査であなたの骨密度は、若い成人の平均値と比較した場合かなり低下しています。また同年代の人に比べて標準以上と言えます」
 とあります。

 同年代と比較した値は118パーセント。若い人(37歳)と比較した場合は71%です。
 同年代と比べると結構いいですね。食事もちゃんと取ってるからでしょうね。
 それでも若い人とは比べると低い。

 89歳です。低くなるのは当然でしょう。
 それで圧迫骨折をしてしまったということです。

 年相応ではいけないということですね。かなり頑張らないといけない。

 確かに母は運動は不足です。足が弱く、杖をついてよちよち歩きです。
 ほとんど一日中安楽椅子に座ったまま。

 食事の時に階段を10段ほど降りて食堂まで来る程度です。
 2階のベランダを20分程度のウォーキングは毎日するようにしています。
 でも運動は全然足りないだろうとは思っていました。それでも圧迫骨折するとは・・・。

 コルセットを作ってもらいました。今やっています。

 痛みはそれほどないのでそのうち治るでしょう。今元気いっぱいです。でも気を付けなければいけません。

 僕も年を取ります。食事、運動、気を付けなければ 。

「男女平等」という言葉が私たちを苦しめている
おととい書いたブログ
家事においては、女性は優等生、男性は劣等生
 に Facebook 上でAさん(女性)からコメントをいただきましたが、そこに

男女平等という言葉が結局私たちを苦しめているように思います

 というのがありました。

 そうですね。同感です。
 「男女平等」という言葉をどう捉えるかによって、私たちを苦しめてしまうことがあります。

 僕は「男女平等」というのは権利上の問題だと思います。
 権利の上で男と女は平等です。等しく扱われなければいけません。
 生きる権利は同じです。参政権もそうですし、教育を受ける権利も等しいです。

 でも男と女の能力や性格は違うという前提に立ってその権利は等しいとしなければいけません。

 少し目を子どもに移してみます。
 僕は学習塾をやっていましたが、子どもたちの能力の差はものすごいです。
 一を聞いて十を知る生徒がいる一方で、十説明してもやっと一を理解するという生徒がいます。

 僕はそれに対して教え方にも差をつけました。
 理解力のいい生徒には教科書通りに簡単に説明します。
 一方理解力の悪い生徒には、いろいろ工夫してその子が分かるような説明を詳しくします。どうすれば理解してくれるか本当に頭を悩ませました。

 そのようにして差をつけることは僕は必要だと思います。

 それぞれの子はそれぞれに伸びる必要があるからです。

 以前読んだ為末大氏の本「諦める力 」
に「努力しても夢が叶うとは限らない」とありました。


 能力の差はどうしようもないところがあります。

 能力の差を認めなければ、あなたの成績が上がらないのはあなたが頑張らないからだ、といって叱ることになります。本当に酷な話です。

 その子の能力を見るべきなのです。その子の権利は認めつつも能力の差を認めなければいけない。

 男と女においてもそうです。
 夫も私と同じようにできるはずだ、と思うとイライラします。

 一般的にですが、男性は女性より家事においては劣っているのです。

 男女平等の見方を変えると気分的に楽になるはずです。

(天気予報で)暖かくなると言っていたからクーラーを切ったよ
少し前のことです。母が
「(天気予報で)暖かくなると言っていたからクーラーを切ったよ」と言いました。

僕は「そう暖かくなるって」と言って頷きました。

暖かくなるからクーラーを切るというのは、おかしいですよね。
 暖かくなる、気温が上がると、クーラーは入れるのであって、切るべきではありません。ふつうは。

クーラーではなく、エアコンです。エアコンの暖房を切ったのです。

寒い時にはエアコンの暖房で暖かくし。暖かくなるとそれを切るのです。

他の他府県のことははわかりませんが、沖縄ではエアコン イオール クーラーです。
暖房機能を使う期間は極端に短いです。そういうこともあるからでしょうか、エアコンとは言わずクーラーというのが圧倒的に多い。

クールは「冷たい」ということだから、英語がわかればおかしいとは思うでしょうが、母にはそれは関係ないこと。

でも先日は、出かける時に「冷房を切ったよ」と言っていました。エアコンの暖房機能のことです。

まあ意味は通じるのでいいです。

そういえば「クーラー」というのは和製英語だそうです。それをそのまま英語として使ったら通じないのでしょう。正しくは「エアーコンディショナー」だそうです。エアコンはその略。

家事においては、女性は優等生、男性は劣等生
きのうの書いた
主婦と主夫がいる必要はない。主婦と従夫がいればいい
 
に、Facebook上で、Aさん(女性)からコメントをいただきました。Aさんはセルフ子で、子育て真っ最中。
 まず、それを紹介いたします。

 妻が我慢できない。その通りですね。

 夫は結構家事をしてくれます。でも彼のやり方です。当初はそんなんじゃないとイライラしましたが、今ではあまりしなくなりました。

 私は恩師から「許す・認める・褒める・待つ」ができると自分が楽になると教わりました。失敗を許し、認めることができるか、良いところを褒めることができるか、変化を待つことが出来るか、この4つを自分に対して、相手に対して出来るといいよと。

 夫や子ども達の行動を認めたり、褒めたりすることを意識することで、イライラが減り、前向きに向き合うことができてきました。

 イライラしなくなると夫が家事を手伝ってくれる頻度も増えました。

 プラス、夫がよく言っているのですが、それをしないと死ぬのか?そのぐらい些細なことではないのかというのもお互いを許し合うのに役立っています。

 どちらにせよ、私の場合は自分の思い通りにならない時にイライラするので、「自分の思い」を捨てるために、この2点を活用しています。

 なるべく手作りのものを食べさせたい、部屋を綺麗に保ちたいという気持ちが常にあることが大前提ですが笑



 それに対するぼくのコメントです。

「許す・認める・褒める・待つ」
 いいですね。あなたは良い恩師を持ちましたね。そしてそれを素直に受け入れるというあなたも素晴らしい。

 僕はセルフ塾を始めた頃イライラしていたように思います。

 僕がわかりやすく丁寧に教えても、わかってくれない子がいる。
 僕が中学生の頃はこれだけで理解したはずだ、そして他の生徒はみんな分かってくれるのに、なぜあなたは分からないんだ、と相手を責めたのですね。
 それでイライラです。

 でもそう思っても問題は解決しません。
 その子は決して不真面目ではない。一生懸命に考えても理解できない。

 それではどうすればいいのか。その子が分かるように、さらにわかりやすい説明をこちらが考え出すしかないのです。
 その子の能力の程度を認めなければいけない。そしてそれで良しとする。そしてその子に分かるようにするにはどうすればいいのか、いろいろ工夫し、考える。本も読んで研究もする。
そして少しでもできたら褒めるようにしする。

わからないのは、子どもが悪いと責めるのではなく、教える側の自分が変わるように努めてきたつもりです。
そうすると教えるのも楽しくなりました。

さてそこまで考えて、一般的にですが、家事においては、女性は優等生で、男性は劣等生なのではないか、という考えが浮かびました。

女性は家事の優等生です。だから、高いレベルの家事を目標にし、そこまでできる。

それに対して男性はそこまでのレベルができない。それで自分は低いレベルでいいのではないかと思ってしまう。
その違いがお互いをイライラさせるのでしょう。

違うのだということをまず認めなければいけないと思います。
そしてそれではどうするのかを考えます。

僕の場合には、妻のレベルに合わせることにしました。

妻の目標点までの力はないのだから、妻の助言や手助けを受ける。
教えてもらって、補ってもらう。言われたことを そのレベルまでやるようにする。
だから妻が主で僕は従になるのですね。

それでなんとかうまく行っています。これがベストだとは言いません。
ただ男と女では違うのだというのを、まずは認めなければ、問題は解決できないでしょう。

Aさんが言うように、認めて、許して、褒めて、待つ。いいですね。

主婦と主夫がいる必要はない。主婦と従夫がいればいい
 きのうの
家事と「閾値」
に、Facebook上で、Kさん(女性)からコメントをいただきました。まず、それを紹介いたします。

以前、YouTubeで見て そう、そう!
と思ったのがあって紹介したいと思ったのですが、ここにアップすることが私には出来ないので

書き出しました。

これはある男性が友人に話している設定です。
以下YouTubeより

僕は妻の手伝いはしない。
妻は手伝いを必要としている訳ではない。
必要としているのはパートナーだ。

妻が掃除をするのを手伝う訳ではない。
僕もこの家に住んでいるから当たり前なのだ。

妻が料理をするのを手伝うことはない
僕も何か食べたいから作るのは当たり前だ

食事の後の皿洗いを手伝う訳ではない
僕もその皿を使うから当たり前なのだ。

妻が子ども達の面倒を見るのを手伝う訳ではない
僕の子ども達でもあるし
僕は父親だからだ。
中略

家事を手伝うことはない
僕は家族の一員だから。
こんな風に考えたことはない?

床を一回掃除したくらいでそんなに感謝されると思っていたの? どうして?
僕は友人に聞いてみた。

掃除して洗濯してシーツを替えて子どもを風呂に入れて🔪してあれこれ整理整頓している妻に
「ありがとう」を伝えたのはいつ?

君は男性優位の社会で育ってきたせいで

家事は女性の仕事と思い込んでいるんかも知れない、男は家事に指一本 動かさなくていいと教えられてきたの?
妻に対して本島のパートナーとして振る舞ってみたらどうだろう。

ただ食べて眠って
風呂に入ってやりたいことだけやる
お客さんとしてではなくね。

「家の中から社会は変わっていく」



 それに対するぼくのコメントです。



 Kさん、コメントありがとうございます。

 このようなことができれば良いでしょうね。実際に出来、やっている人もいるとのこと。それを僕は信じます。
 男性にもいろいろいますから。

 ただ僕の家の場合に、この方針でやると、妻が我慢できずに爆発するでしょう。
 この家に住んでいるから掃除をするのは当たり前だ。
 
 そうですね。でもぼくにとって一か月掃除をしなくてもまだ汚れていません。掃除はまだまだ先のこと。半年後にはやるかもしれないな。お客があればやるかもしれない。

 何か食べたいから作る
 そうです。昨日はレトルトカレーにしたから、今日はインスタントラーメンにしようかな。明日は外食でもしようか。
 健康に悪いのでは? 確かにそうだが面倒ですから。

 皿を使うから皿を洗います。でも流しにつけておいて、使うものだけを洗います。流しに汚れた食器がつまれていても僕は平気。

 洗濯も必要だからやります。今は全自動なので楽チン。
 色物と白いものは分けるとのこと。白いのに少々色がついても平気だけど、大した仕事ではないから分けてもいいかな。
 洗濯ものを干すときピシッとしなくてもいい。乾けばいいんだから。

 洗濯物を取り入れる必要もない。着る物を干してあるところから取ればいい。
 まあ雨が降ったら取り入れるか。それを畳む必要はない。積まれているところから探し出して着ればいいのだから。

 たぶん僕ならそうします。僕はだいぶ無精者です。
 学生時代は自炊をしていて、実際にそのような生活を送っていましたね。

 それに妻は我慢できないでしょう。
 それぞれの基準をそのまま持って生活することはできません。

 僕は家事は女がやるもんだとは思いません。でも主婦と主夫がいる必要はない。主婦と従夫がいればいい。
 妻の基準で家事を行う。僕はそれに従っ。妻の基準に従って妻の言うことを聞く。

 昨日は扇風機の掃除をするように言われたのでしました。
 僕の基準からするとまだ汚れていないので必要ない。
 でも妻の基準に合わせます。考え、判断するのは妻です。それに従うほうが家庭円満です。

 全ての家庭でそうすべきだとは言いません。
 ただ、ぼくと妻では閾値が違うのだから誰かに合わせるべきでしょう。
 僕の家では主は妻、僕は従です。

家事と「閾値」
 家事について3回書きました。これで終わるつもりでしたが、 Facebook 上で色々な意見が出てきました。特に女性の方からの不満ですね。
 それを踏まえて僕の考えを書きます。

 僕は大学で心理学を専攻しました。その時に次のような実験をしたことを覚えています。
 重さを少しずつ重くしていく。そしてどの段階で重くなったと感じるかを調べるというものです。
 そういうのを「閾値」と言います。

 少し変わっただけでは変わったことがわからない。あるところまで来た時に変わったんだと感じるのですね。
 それと家事との関係です。

 まず汚れていると感じる力です。誰でもが少し汚れていても汚れていると感じるわけではない。
 ある人は少し汚れていても汚れているなと思い、掃除に取り掛かる。別の人はその汚れを感じない。また感じていても平気で、まだ掃除の段階ではないと思う。

 そのように人によって掃除に取り掛かる段階が違うのです。閾値が違うのです。
 服の汚れでも体の汚れでもそうです。汗臭くても平気な人がいますが、少し汗をかいても風呂に入りたくなる人がいます。
 一般的に言えば男性はそういうことに無頓着です。閾値が大きい。女性は敏感です。だから部屋が少し汚れていても女性は掃除をしなければいけないと思う。
 男の部屋は大体整理整頓がされていないし不潔です。ぼくもそうです。

 僕は男と女の権利に関しては平等であるべきだと思います。でも男と女は違います。体の大きさや作りが違う以上に脳の作りが違います。
 最近はその辺りの研究がだいぶ進んできました。

 さて ジョン・グレイの「ベストパートナーになるために」(三笠書房) に、「男性は火星人で女性は金星人であった」という寓話が載っています。

 火星人である男性と、金星人である女性が出会う。最初は色々な点で違うものだからお互いに会話を交わして、お互いを理解しようと努める。その時にはとても仲良くできていた。それが違いはないと思うようになったら仲が悪くなってきた
 というものです。

 セルフ塾のブログの次のページに引用があるので関心があれば読んでみてください。
火星人と金星人のつきあい


 男性と女性は根本的に違うもんだと思った方が仲良くやっていけます。違うのだからお互いに会話を交わして理解するように努める方がいいのです。

 家事は女性が得意です。
 縄文時代、女性は家に残って家事をした。男性は出かけて行って狩猟を行っていた。脳の作りがそのようにできてしまったのです。

 それでは、現在でも女性が家事をすればいいかと言うとそうは思いません。特に定年退職をしたら男も家事をするべきです。

 でも男は家事が苦手です。小さなことに気づかない。閾値が大きいから。
 だから女性がリードをして、男はそのサポートを行なった方がいいのではないか、それが僕の家でしていることです。
 それがすべての家庭でもそうすべきだとは言いません。完全に分担した方がいいこともあるでしょう。

 また、専業主婦の場合はまた別です。

 とにかく男性と女性は根本的に違うのだから、お互いに話し合ってどうしたらいいのか考えるべきなのではないか、ということです。

名前のない家事
 家事について2回書いたのでついでにもう一つ。
 少し前に NHK のあさイチで「名前のない家事」というのをやっていました。
イライラ解消!名前のない家事|NHKあさイチ - NHKオンライン

 なるほどそういうのがあるよなと思います。僕の家でもそうですね。

 トイレットペーパーがなくなりそうな頃には、その予備が近くに置かれています。
 シャンプーもそうです。詰め替え用がすぐ近くにあります。

 コーヒーを入れるのは僕です。と言ってもコーヒーメーカーにセットするだけ。コーヒーの粉、コーヒーフィルターがなくなった時は、妻がすぐに準備してくれます。

 そういうのが「名前のない家事」ですね。炊事でも洗濯でも掃除でもない。僕の気づかないところで妻が色々やっているのです。
 そういうのが家の中にはたくさんあるのでしょうね。

 僕はそういうのに気づかないので、妻が全てやってくれています。
 まあそれに甘えているのですが。

 僕は言いつけられたことはやりますが、自分で気づかないことが多い。

 今後も言われたことは素直にやるということでできるだけサポートをしたい。
 結局妻が主で、僕はサポート役でしかないですね。

家事、僕の家の場合
 昨日は退職後の主夫について書きました。

 現在、僕も妻もちゃんとした仕事はしていません。無職に近いようなものです。

 とすると家事一般について分担すべきでしょうね。
 でも基本的に家事は妻がしています。

 別に亭主関白のつもりはありません。
 僕は分担してもいいよ、と言っています。 でも妻がそれを嫌がるのです。

 炊事も洗濯も掃除も、はるかに妻の方が上手です。僕がやった場合、それが気に入らないことが多い。

 ぼくはそういったことには、大雑把なことが多い。
 ぼくにさせるより、自分でやった方が早くて綺麗にできるからと言っています。

 それをいいことに、楽をさせてもらっています。

 ただ、力仕事や電気のことなどは、その都度僕にさせます。僕はもちろん素直にしたがっています。

 僕の家の特殊性というよりも、やはり男と女の違いはあるのかなと思います。

 女性の方が細かいことによく気づき、きれいにやります。

 男は力のいる仕事なのかな。
 それは一般的な場合で、家事のうまい男性もいますね。

 台所も狭いので、いっしょにやることはできません。

 卵焼きは僕の方が上手だからと玉子焼きのメニューの時には僕にさせます。またバナナミルクシェイクも僕の係。

 庭の作業は力仕事が多いので僕が基本的にしています。母の部屋のユニットバスの掃除もぼくです。

 まあなんとかうまくやっています。

定年後の主夫を考える
 去年の末、高校の同級生の家で忘年会があり、参加しました。首里高校の同期生やその仲間たちが集まりました。ほとんどが定年退職をしています。

その一人S君も定年退職をして今は家でのんびりしています。再就職はする気はないとのこと。午前中は軽いジョギングをするだけ。その他はほとんどテレビを見ているそうです。

奥さんはまだその年にならないので働き続けています。

僕が「それなら家事はあなたがしているの?」と尋ねると
「嫌、家事はしない。食事の後に食器を流し台まで持って行くくらいはするけど」とのこと。

正直びっくりしました。
男女同権のこの世の中です。
奥さんは仕事もして家事全般もして、夫は全くと言っていいほど家事はしていないのですね。

たぶん僕なら妻が働いていたら家事は基本的に僕がやるでしょう。

そのような話を夕食をとりながら妻に話していました。

その場に母もいます。

ふと、母の年代はまた違うんだろうなと思いました。

僕の父は退職の頃から病気がちで家事をするようなことはありませんでした。母は父より12歳年下です。
母が退職したのはずっと後です。

母に「もしお父さんが病気をしてなかったら、お母さんが働いてる頃お父さんに家事を頼んだか?」と尋ねると、
「そんなことはしない。家事も働くのも私がする」と言っています。

僕が考えても確かに母が父に家事を頼むことはないだろうなと思います。

時代は変わっています。でも変わらない人もいますね。


ヤマトグチ(共通語)、ウチナーグチ(沖縄口)、ウチナーヤマトグチ(沖縄大和口)、そしてヤマトウチナーグチ(大和沖縄口)
 2日間、「遅い」を沖縄の方言でなんと言うかについて書きました。それを書きながら考えました。

 まず、大和口(ヤマトグチ)がありますね。共通語です。普通の日本語。

 僕も学校では共通語で学んだので、これが一番得意です。上手ではないでしょうが。

 それから沖縄口(ウチナーグチ)。沖縄の方言です。
 僕らの子どもの頃には、方言を使ったらいけないということになっていました。それでも子ども同士で話す時には沖縄口を使ったものです。

 でも正しい言葉ではなかった。
 親が使うのを見てはいますが、親からも方言は使うなと言われていました。

 さて沖縄大和口(ウチナーヤマトグチ)というのがあります。
 僕なりに定義すると、「沖縄口風の共通語」です。本物の共通語ではない、方言からできた共通語といったようなもの。

 有名なのでは具志堅用高さんが使った沖縄大和口。

 「親の職業は何ですか?」と聞かれて、「海歩いてます」と答えたそうです。

 沖縄口では、漁師のことを「ウミアッチャー」と言います。
 ウミは海です。歩くを方言では「アッチュン」と言います。沖縄方言では ER がつくと「人」を表します。英語と同じですね。

 「アッチュン」にerを付けて「アッチャー」で「歩く人」。
 だから、漁師のことを共通語にすると「海を歩く人」になります。

 このように、直訳して共通語にしたのを僕は沖縄大和口(ウチナーヤマトグチ)と思っています。

 そのようなのは本物の共通語なのか判断するのは、僕にとってはなかなか難しい。
 カタカナ語というのがあります。外来語です。それをそのまま英語だと思って使うと全く通じないことがよくあります。カタカナ語は本物の英語かどうか判断するのは、難しい。

 それと同じように沖縄大和口なのか本物の大和口なのか区別するのは僕らには難しい。

 さてもう一つ、大和沖縄口(ヤマトウチナーグチ)というのもあるのではないか。

 最近は沖縄方言も見直されて積極的に使いましょう、となっています。でも僕らの世代を含めて、その下の世代は方言が苦手です。急に方言を使いましょうと言われてもなかなかできない。

 それで大和口を沖縄口風に変えて使ってしまうことがあるのです。

 前にも書いたように、
 沖縄方言には、エ段、オ段がありません。
 共通語の、エ段をイ段に、オ段をウ段に直すと、方言っぽくなるのです。

 そのようにして作られた大和沖縄口なのか本物の沖縄口なのか、その区別は僕らにとっては難しいです。

「遅い」の沖縄方言には「ウシサン」もある
 昨日書いた
「遅い」は「ウッサン」ではなく「ニーサン」

 にA城くんから、FB上でコメントをいただきました。彼は高校の同期生。沖縄口は得意です。

  僕の覚えている方言の「遅い」もそちらに似た、「ウスサン」とか、「ウスサッサー(遅いなぁ)」なんですが・・ ウッサンはウッサソーンで嬉しいとか、ムルウッサだとこれで全部とかの意味になると思います。

 14年ほど前に黒人女性から沖縄に駐留していた父親から沖縄語だということでつけられた自分の名前「モローシャー」がどういう意味なのかと聞かれたことがありました。その場では答えられなかったけど、いろいろ考えた挙句、多分Aサインバーあたりに勤めていた女性でダンスのうまい女性のニックネームが「モーラサァー(踊らせる人)」だったのではと推測しました。ダンスフロアで米兵を踊らせるのがうまい女性のあだ名・・を娘の名前にした。(ので、父親もその意味を娘に伝えるのを躊躇したのでは)

「ニーサン」を調べると1,遅い 2,鈍い、のろい 3、とろい とありました。人の性格や動作を表すときに使うようですね。 ウスサンあたりは例えば開演が遅いとか、時間に遅れるとかに使うのかも。ほんと言葉は使わないとどんどん忘れたり廃れていくものですね。



(以下はぼくの返事)

沖縄語辞典を引いてみました。この辞典はしゅうとのものだったもの。とても古い。昭和44年、1月第3刷になっています。
 専門的な辞典で、発音記号が本格的で、とても分かりにくい。特殊が記号があり、似た感じで書くと

おそい(遅い) niisaN, ?usisaN


 になっています。niisaN は ニイサン に近いでしょうね。

 ?usisaN を調べると、

 

?usisaN 遅い、時間が遅いの意で用いる


 とあります。少し上に、
  ?usiru おつゆ、お汁。siru の丁寧語

 とあるので、
 ?u は、wu のような感じかな。

 ?usisaN は、ウシサン、ウスサン に近いかも。
 ぼくはウシサンより、あなたが書いているウスサンの方がなじみです。ウスサンはウッサンにも聞こえる。

 英語では、fast,slow, early,late で違いますね。
 漢字だと、速い、遅い、 早い、遅い かな。
 slowが「ニーサン」で、lateが「ウスサン」かなとも思いましたが、

 「彼はまだ来ないね。ニーサッサーヤー」とも言いそうだ。

 難しいね。

「遅い」は「ウッサン」ではなく「ニーサン」
 母と同居しています。
 母と話す時には方言で話しかけることがよくあります。

 数日前、ウォーキングをさせている時、
「お母さんの歩くのが遅いんだ」というつもりで「ウッサン」という言葉を使いました。

 すると母に
「『遅い』は『ウッサン』ではなく『ニーサン』だよ」
と注意されました。

 言われたら僕もよくわかります。ニーサンというのもよく知っているのですが、使いきれなかったのです。

 沖縄方言には、エ段、オ段がありません。
 共通語の、エ段をイ段に、オ段をウ段に直すと、方言っぽくなります。

ウチナーグチ 沖縄の言葉
 

 琉球方言の最大の特徴は基本母音が「a」、「i」、「u」の三母音であるということだ。五母音が三母音に変化したのは12世紀から15世紀にかけてと考えられる。eがiに、oがuに変化したのである。



 「おそい」の「お」を「う」にし、「うっさん」という言葉を作ったのです。すると、方言っぽくなります。
 これはぼくだけではなく、ぼくと同年代ではよく使っているのではないか、と思われます。

 僕が子どもの頃、沖縄の方言は使ってはいけないものでした。だから僕らはきちんとした方言が使えません。

 「子どものときに、間違えたらこのように注意してくれたら僕らでも方言は使えるようになったのに」と母に言いました。


Amazon から注文していない商品が届く
 昨日1月1日昼頃、チャイムが鳴ってKyokoが出たら宅配便です。 Amazon から荷物が届いたのです。

 僕は最近 Amazon に注文した覚えはありません。宛名を見ると確かに僕の住所と名前です。

 送り主は、Amazonで、住所は千葉県市川市です。

 とにかく開けてみました。おもちゃの戦闘機と学習用の時計です。はっきり言って安物。100円ショップでももっと良いのがあるかなと思います。
IMG_20180101_233956.jpg

 とにかく僕が注文したのではありません。

 まず考えたのは商品を送りつけて、後で高い請求をするという詐欺。
 でもこんな安物を送ってそんなことをするのかどうか。

 まずメールを確認しました。Amazon に注文するとメールで商品の確認をします。そのようなメールはありません。

  Amazon のアカウントサービスの注文履歴を見ましたが、そのようなのはありません。僕が注文したのではないのです。

 それで Amazon に問い合わせをすることにしました。問い合わせのやり方はありますが、注文していない商品に関する問い合わせはありません。

 それでも、何とか工夫して Amazon にメールを送りました。
 すると早速返事が来ました。

 次の通り。


仲松様
Amazon.co.jpにご連絡いただき、ありがとうございます。
このたびは、ご心配をおかけし申し訳ございません。
誠に恐れ入りますが、セキュリティ上、および贈り主様のプライバシー保護の観点から、ギフトの贈り主様の情報や、ご注文に関する情報はご案内することができません。
つきましては、当サイトから贈り主様にお客様からご連絡がありましたことを伝えさせていただきますので、恐れ入りますが、贈り主様からのご連絡をお待ちくださいますようお願いいたします。(以下略)


 要するに、誰か第三者が、僕宛にプレゼントをしたということのようです。誰かは分かりません。それは教えてもらえないとのこと。

 でも僕を知ってる人が、僕にこのような戦闘機のおもちゃや学習用の時計を贈るとは考えられません。
 なんでしょうか。まだ不思議に思っています。

 贈った人から連絡があるのかな。

 サンタクロースが、「よい子」の僕にお年玉としてくれたのでしょうか。

 去年の暮れには誰なのかわからない人からお歳暮が届きました。後で僕が名前を覚えてないだけだというのが判明したのですが、続きますね。

2017年12月のブログ拍手ランキング
 明けましておめでとうございます。
 今年もがんばってブログを更新するつもりです。

 それから、漢字練習ノートの作成も引き続きがんばります。

 2017年12月のブログ拍手ランキングです。45の拍手をいただきました。ありがとうございます。

 「紙の手帳も買わなくなったなあ」が拍手数3回で1位。

 以下、次の記事が2回でつづきました。

「(読谷)村民なのに読谷村のゴミの分別もわからないの?」
スマートフォンによって駆逐されるもの、されそうなもの
長期滞在が可能な民泊を 、週末に限る県条例案を考える
もっともシンプルな腕時計を買う
芸能関係者の方ですか



拍手数3
紙の手帳も買わなくなったなあ
拍手数2
「(読谷)村民なのに読谷村のゴミの分別もわからないの?」
スマートフォンによって駆逐されるもの、されそうなもの
長期滞在が可能な民泊を 、週末に限る県条例案を考える
もっともシンプルな腕時計を買う
芸能関係者の方ですか
拍手数1
スマートフォン手帳は検索が楽
教師は AI (人工知能)に駆逐されるか
AI (人工知能)によって仕事がなくなる
漢字の熟語の構成は一筋縄ではいかない
その「あと3ヶ月だからね」は何回目ね?
クワズイモの生けもの
コーヒー豆の脱穀
ねこの足音
僕が欲深いのかも
日秀上人イン金武
ドキュメントのファイルの並び方と押し出しファイリング
スマホのアラームの活用
ナスミバエ対策で防虫ネット
島唐辛子の粉末一味唐辛子
みんな夢叶った人の話を聞きたがる
コーヒー豆についているヌメリ
考えてみてもわからなければ、スマホで検索
生のコーヒー豆ができるまで、新しくわかったこと
生のコーヒー豆を作るまでの説明はネット上にほとんどない
電話嫌いな僕に通信販売の商品を頼む 母
ゆっくりマイペースで充実した毎日
健康、元気を保つことが仕事
照屋喜博監修「太郎と花子の経塚探検」
中古のパソコン(4637円)を買いました。何もついていません。
フォークダンス「青い山脈」 発祥の地・名護高
FC2のブログ読者登録を設置(2016年2月)
中学生のための、「土一揆」「百姓一揆」「打ち壊し」「米騒動」
16方位の覚え方
中学生のための陸風、海風
光村図書の教科書、4年漢字一覧表
「国庫支出金」と「地方交付税交付金」の違いは?。使い道が指定されているものと、自由なもの。
マスコミとマスメディアの違いは? マスメディアがすることがマスコミ
手作りコンパス
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