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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

毛生え薬と芥川龍之介の「鼻」
 ブログ「育毛剤にはミノキシジルの入っているリアップ」にフェイスブックでコメントをいただきました。

私は写真で見る通り、毛髪はほとんどありません。たまたま友人が絶対効くと太鼓判を押したジェネリック医薬品がネット販売されていましたので試してみました。何と3週間目から目に見えて効いてきました。周りの人がかつらではないかと触りに来るくらいでした。(以下略)


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 そのコメントを読んで、芥川龍之介の小説「鼻」を想いました。ほとんどの人が知っているでしょうが、念のために本当にあらいあらすじを書きます。(ネット上であらすじを探しましたが、かなり長いです。それのあらすじ、あらすじのあらすじです)

 僧である禅智内供(ぜんちないぐ)の鼻はとても長く、五、六寸(約15~ 18cm)もの長さだった。表面上は気にしない風を装っていたが、とても気にしていた。
 ある日、鼻を短くする方法を知り、成功する。しかし、短くなった鼻を見て笑う者が出始め、鼻が長かった頃よりも馬鹿にされているように感じるようになった。

 この長い鼻と、禿げ頭には、共通するところがあるように思います。

 長い鼻はいやだ、禿げ頭はいやだ。短い鼻になりたい。毛が生えてほしい。

 さて、禿げ頭だった人に髪の毛がふさふさと生えてきたら、どうなるでしょうか。あるいはかつらをかぶったら。

 まわりの人はどう見るのでしょうか。

 鼻が短くなった内供を見るように、まわりの人はふさふさの髪をみるのかもしれませんね。

 次は、青空文庫の「鼻」の一部ですが、すこし変えてあります。

 設定は、禿げ頭だった比嘉先生が毛生え薬のおかげで、ふさふさの髪になった、というもの。

 所が二三日たつ中に、比嘉先生は意外な事実を発見した。それは同僚の教師が、前よりも一層おかしそうな顔をして、話もろくろくせずに、じろじろ比嘉先生の頭ばかり眺めていた事である。
 生徒たちは比嘉先生と行きちがった時に、始めは、下を向いておかしさをこらえていたが、とうとうこらえ兼ねたと見えて、一度にふっと吹き出してしまった。
 比嘉先生ははじめ、これを自分の顔がわりがしたせいだと解釈した。しかしどうもこの解釈だけでは十分に説明がつかないようである。同じわらうにしても、髪がなかった昔とは、わらうのにどことなくようすがちがう。見慣れたはげ頭より、見慣れない髪の毛の方が滑稽に見えると云えば、それまでである。が、そこにはまだ何かあるらしい。
 ――人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸におとしいれて見たいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。



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