前に、ユダは本当に裏切り者かについて書きました。 それとは別の視点から書きます。
マタイによる福音書、 マルコによる福音書、ルカによる福音書、 ヤコブによる福音書 の四つの福音書を聞き終わりました、
それを聞きながら考えたのですが 本当にユダの行為は裏切りだったのか。
イエスが十字架にかけられて死に、そして三日後に蘇るというのはイエス・キリストが初めから描いていたシナリオですね。
そのためにはユダの裏切りが必要だったのです。 ユダの裏切りがあったから イエスは捕らえられて十字架にかけられるということです。
イエスはユダの行動を予測していました。 そしてその通りにすることによって自分のシナリオが完結することも知っていました。
とするとユダの行為は 裏切ではなく協力だった、 最初から イエスや神によって与えられた役割だったと考えた方が良いのではないかな。
裏切りというのは、その人がやろうとすることを邪魔することだと考えていいでしょう。
ユダはイエスがやろうとしていることを邪魔したわけではありません。 邪魔するのではなく、かえって協力したと思ってもいいくらいです。
とするとユダは裏切り者 ではないということになるのではないかな。