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なぜ「明日」は(あす、あした)と読むのか。熟字訓の起源

「明日」は、音読みでは「ミョウニチ」です。書き下しにすると「明くる日」。

 でも、明日を、「あす」とか「あした」と読むことがありますね。明は「あ」としても、日は「す」「した」とはふつう読みません。

 また、大人は「おとな」と読みますが、大は「おお」であって「お」ではないし、「人」には「とな」や「な」という読み方はありません。

 明日を「あす」「あした」、大人を「おとな」と読むように、2字以上の漢字からなり、それぞれの字には普通はない読みで全体を訓読みする言葉を熟字訓と言います。

 熟字訓には、ほかに次のようなのがあります。

 昨日(きのう)、今日(きょう)、今朝(けさ)、一日(ついたち)、二十日(はつか)、一人(ひとり)、果物(くだもの)、景色(けしき)、清水(しみず)、時計(とけい)、眼鏡(めがね)、母さん(かあさん)、父さん(とうさん)

 前に、中国人に「川」の意味をたずねると、日本語の「かわ」のことだと教えてくれたので、「かわ」という訓読みができたことを書きました。

 中国人に「明日」の意味をたずねました。一つの漢字ではなく、熟語の意味をたずねたのです。すると、「明日」は日本語の「あす・あした」のことだと分かりました。

それで、日本人は「明日」をそのまま「あす・あした」と読むようになったのです。漢字に分解しないで、全体でまとめて読むようにしたのです。

 このようにして、いろいろな熟字訓は生まれたのですね。

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