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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

歴史小説
 ぼくは,旅行にでかけるときに,その地について書かれた本をできるだけ読むようにしています。そうすると,旅行そのものへの興味も増します。

 歴史小説も読みます。

 函館に行ったときは,司馬遼太郎(著)「燃えよ,剣」,童門 冬二 (著)「人生を二度生きる―小説榎本武揚」 を読みました。「燃えよ,剣」は,土方歳三のことが書かれています。

 仙台に行ったときは,司馬 遼太郎(著)「馬上少年過ぐ」を読みました。伊達政宗です。

 旅に限らず,歴史小説を読みます。

 何といっても,歴史小説はおもしろいです。

 例えば,橋場 日月(著)「真田幸村―知れば知るほど面白い・人物歴史丸ごとガイド (知れば知るほど面白い・人物歴史丸ごとガイド) 」( 学習研究社)に次のような記述があります。

 この時、昌幸が幸村に徳川打倒の戦略を授けたという有名な逸話があるので、長文を厭わず紹介しておきたい。
「老病重くして、死に臨みし時、幸村を枕元へ呼びよせ、歎息して云けるは、我一つの秘計あり、されど用いず死なんこそ残念なりと云。
幸村、後学の為承りたしと云。
昌幸、汝が及所に非と云。
幸村、身不肖には候へども仰せ聞けられなば用る時節も有なん。
昌幸日、用ゆる時節は今三年を出ずして大阪関東合戦起る事必然也。
其時にこそ用ゆるなれ。
然れども我は老功(巧)なれば人に信ぜらる。
信ぜらる時は、謀事用ひらる也。
汝は才智は我にまけざれど、惜哉戦場の数少なければ人信ぜず。
謀事も亦用ひられじ。
されど我今死に臨て汝に残さぐるべきや。
いざ語らん。
然れども我は老功(巧)なれば人に信ぜらる。


 それが。司馬 遼太郎(著)「城塞(中)」では,次のようになります。小説家というのは,読者がおもしろく読むコツをよく知っているのですね。

 その死のまぎわに、昌幸らしい挿話がある。「真武内伝」や「武将感状記」に書かれている。

 「重病を受けて、まさに死なんとす。よって嘆息し、我にーつの秘計あり、これを用いずして徒らに死なんこと口倍し、と」からはじまっている。

 枕頭にいた幸村がききとがめ、そのこと、のちのちの家訓後学にも致しとうございますゆえお洩らしくださいませぬか、というと、昌幸はそっぽをむき、

「汝ノ及ブトコロニアラズ」

と、いった。これに対し幸村は、

・・・・深ク恨ミタル気色ニテ。

 という表情をつくり、なるほど自分は父上にくらべれば庸愚でございます、というと、昌幸はそういう意味ではない、といった。

 「そのほうは、才はわしよりすぐれているかもしれない。が、若くして九度山に蜜居したため世間にその閲歴を知られていない。だからこの策をもって大坂の城衆を説いても、たれもがそのほうを信用せぬ。世間のことは、要は人である。わしという男が徳川の人軍と二度戦い、二度ともやぶったということを世間は知っている。そのわしがこの策を出せば大坂の城衆も大いに悦服し、心をそろえてその策どおりにうごくだろう。妙案などはいくらでもある。しかしそれを用いる人物の信用度が、その案を成功させたりさせなかったりするのだ。そのほうではとうてい無理である」
といったが、幸村はなおもせがんだのでついに明かした。


 このように,歴史小説は,読者を楽しませるように書かれています。楽しみながら知識が得られるのであればそれにこしたことはありません。だから,ぼくは何か知ろうとしたら歴史小説から入ることが少なくありません。

 しかし,歴史小説は注意が必要です。うそがあるからです。おもしろさを追求して,真実は2の次です。

 例えば,上の逸話について,山村 竜也 (著) 「真田幸村 伝説になった英雄の実像」 (PHP新書)では,こう書かれています。

 慶長十六年(一六一一年)六月四日、昌幸が没した。
 死の直前に幸村を枕元に呼び、家康打倒の秘策を授けたという話が、『武将感状記』などの史料に出ているが、これは創作である可能性が高い。「いまから三年のうちに関東と大坂は合戦に及ぶだろう」などと昌幸に「予言」させたりもしていて、どうも後世の者が昌幸を英雄に仕立てあげようとして作った逸話ではないかと思われる。


 司馬遼太郎も,これは創作である,と思ったのではないでしょうか。しかし,おもしろい方がいい,ということで小説に書いたのでしょう。でも,これままだいい方です。

 童門 冬二 (著) 「ジョン万次郎 (人物文庫)」(学陽書房)に次のような記述があります。

 三人のなかでも、坂本竜馬はいっぷう変わっていた。服装など全然かまわずに、髪もぼうぼうに伸ばしたのを、紐で簡単にくくっただけで、いつも遠い目をしていた。万次郎の真似をよくした。刀を手拭いでくるんで肩にかついで歩く。懐には英語の辞書を入れて歩く。
「読めるのか?」
 と、万次郎が驚いてきくと、坂本は、
「読めれば、先生のところへ習いになんかいきません。」とうそぶく。


 この部分を読んで,ぼくも,「えっ,万次郎と竜馬は出会っていたのかなあ」と思いました。

 この本には,「対談解説」がありました。著者の堂門冬二氏と,作家の松永義弘氏の対談です。そこに,

(司会)では、次に幕末の登場人物たちとの交流や影響を、何人かお話し願いたいのですけれども、例えば坂本龍馬には直接会って・・・・・・

(松永) 多分、会っていないでしょうね。

(堂門) 仲介は河田小竜ですよ。だから龍馬が河田小竜の所に通っているときに・・・・


 という部分があります。堂門氏の口から「会っていない」という言葉はありませんが,松永氏の「多分、会っていないでしょうね。」をうち消すようなそぶりもまったくありません。堂門氏も会っていないと思っているのでしょう。しかし,会ったとした方がおもしろいから,会ったことにしたのでしょうね。
 このように,歴史小説にはうそがある,ということが頭においた方がいいです。でも,ぼくは入門としては,とてもいいと思います。
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