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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

きょうの50より,明日の100
 教育というのは,投資です。
 つまり,「その将来を見込んで金銭や力をつぎ込むこと」です。
 いま得することではない。苦あれば楽あり,の世界です。
マシュマロ実験
「すぐほしい脳」と「がまんする脳」

 「苦あれば楽あり」に似たようなことわざで,
「きょうの50より,明日の100」のようなのがあったように思ったので,ネット上をいろいろ探すと,逆でした。

明日(後)の百両より今日(今)の五十両

【意味】将来の大金より、現在とりあえずまとまった額の金がほしい、ということ。
また、そのような当座間に合う金の方が本来人間には有用であるということ。明日のことはあてにならないから、今日確実に入手できる五十両をとるべし、という意味もある。(講談・鼠小僧次郎吉、野狐三次)


 教育の投資とはまったく逆ですね。
 似たようなのに,故事成語

【轍鮒】てっ‐ぷ

《「荘子」外物から》轍(わだち)の水たまりであえいでいる鮒(ふな)。危急がさしせまっていることのたとえ。轍魚。轍の鮒。

 荘子はひどく貧乏な暮しをしていた。ある日とうとう食べものがなくなってしまったので、近所の家に行って、一日分の米を乞うた。その家の主人は丁重に迎えて、こう言った。

「先生のような立派な方にわずかばかりの米をさしあげたりしては、私の家の名折れになります。あと五日もすると、千両の金が入りますので、それをさしあげましょう。」これを聞いた荘子は次のような話をして聞かせた

──昨日私が道を歩いていると、誰か呼びとめるものがある。ふりかえってみると、一匹の魚が轍の中で苦しげにもがいていた。私は不思議に思って、わけをたずねた。

川の神の使いで湖まで行く途中、あやまってこんなところに落ちてしまい、のどが渇いて死にそうだから、水を一杯恵んで下さいと言う。

私はいいことを思いついて、こう言った。「三日たったら湖に遊びに行くことになっている。そのときお前を連れて行って、湖に放してやろう。」すると魚は恨めしそうに答えた。

「私は今にも死にそうなのです。三日後に湖一杯の水を頂くよりも、いま手桶一杯の水を頂く方がどれだけ嬉しいかわかりません。」

 私は魚の苦しみがわからなかった自分を恥かしく思い、すぐに水を汲みに走った。

 荘子の話を聞いて、主人は深く恥じ、さっそく米をもってきて与えた。



 それも理解できますね。いま苦しんでいたら,明日のことより,いまが大切です。

 でも,教育者としては,逆を強調したいです。いま少しがまんして将来のみよう,ということです。

 いま,遊びたいでしょう。テレビを観たいでしょう。ゲームをしたいでしょう。
 しかし,それは少しがまんしましょう。勉強は楽ではありませんね。でも,いま勉強をすることで将来いろいろいいことがありますよ。
 というようなことですね。

 だから,
「きょうの50より,明日の100」です。
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