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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

「言葉の乱れ論」は「オヤジの文化論」
 秘伝中学入試国語読解法を読んでいます。

 そこに次のようなかしょがありました。

 言葉の問題は、本質的な事柄から、使い方の難しさや、いわゆる言葉の「乱れ」まで、中学入試によく出題される。

言葉の「乱れ」なんてつまらない問題はここでは扱わない。たいていの場合、よくモノを知らない人が自分の好みを押しつけているのが「言葉の乱れ論」の実体だからだ。最近話題の「ら抜き言葉」にしても、明治、大正の文献を読んでいるとよく見かけるものだし、僕が息子に読んで聞かせた井上靖の「しろばんば」にもちやんと出てきた。多くの場合「言葉の乱れ論者」は、よく知りもしないで「昔は良かった」と叫んでいるだけなのだ。僕はこういうのを「オヤジの文化論」と呼んでいる。(僕自身は「ら抜き言葉」にいまだに慣れないのだけれど。)


 ぼくも「オヤジの文化論」をやってしまうことがあるなあ、と反省しています。
 自分が使っていた言葉とは違うのに拒絶反応を示してしまうのですね。
 上の主張はなにも目新しいものではありません。ぼくもそう思っています。しかし、ついやってします。

 つい最近ブログに書いたことです。
 沖縄方言では、兄も姉も「シージャ」と言います。ネット上の辞典に、「兄」を「ニーニー」、「姉」を「ネーネー」とありました。それはないだろう、と感じて、「そういうのは認めたくない」とブログに書きました。

 しかし、あとで、方言って何だろうと考えました。地方で使われている言葉ということなら、沖縄では兄を多くの人がニーニーと言っていたら、それが方言として認めなければいけなくなります。
 人間って、あくまで自分を中心に考えてしまうのですね。ぼくは、「シージャ」という言葉を知っているから、「ニーニー」「ネーネー」ではおかしいと思う。しかし、「シージャ」を知らない人にすれば「ニーニー」「ネーネー」で十分だと思うのでしょう。

 「ら抜き言葉」が、明治、大正の人も使っていた、「しろばんば」にもある、というのは初めて知りました。
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