FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

中小業者も革命的に
 きのう参加した沖商連役員研修交流舎 の参考資料におもしろいのがあったので、ここに掲載します。おもしろいと言っても、一般的におもしろいのではなく、中小業者運動についてですが。

「週刊民商」の
高村是懿(TakamuraYoshiatsu) 広島県労働者学習協議会会長による文です。

「釈迦に説法」かもしれませんが、あらためて民商とは何か、について考えてみることにしましょう。
「基本方向」では、「国際的にも類のない中小業者自身の自主的・民主的な組織として築き上げられてきた民商・全商運運動は、世界に誇りうる運動」だと宣言しています。

では、どうして民商運動は「国際的にも類のない」運動なのでしょうか。またどんな真において「世界に誇りうる運動」なのでしょうか。

筆者なりに整理してみますと次のようになるのではないかと思われます。

まず第1に、民商は経済団体ではあっても、中小業者の営業と生活、権利を守るための自主的・民主的な組織だということです。第10講の史的唯物論でお話ししたように、社会の土台は経済的諸関係にあります。したがって資本主義社会の経済団体は、資本主義体制を支える団体であるのが当たり前なのです。日本には、経済3団体と呼ばれる日本経済団体運合会(経団連)、経済同友会(同友会)、日本商工会議所(日商)があります。そのなかでも日商の会員の大多数は、中小業者の経営者です。しかし実際には、独占資本の意向や政策を中小企業にまで及ぼす組織となっていて、経団連の中小企業対策部の役割を果たすにとどまっています。

これらの経済団体がすべて独占資本の利益を代表する団体であるのに対し、民商は「中小業者の営業と生活、権利を守」り、その「社会的・経済的地位の向上」のために、「大企業の横暴を許さず、民主的規制を求める運動」(「基本方向」)を推しすすめる団体です。

資本主義国内における中小業者の団体であるにもかかわらず、民商は独占資本、太企業の横暴な支配に反対し、それに民主的タガをはめて中小業者を守ろうとする組織として、「国際的にも類のない」存在なのです。

 第2に、民商は、中小業者の苦しみの根源に国家独占資本主義による「政治の責任」があることを科学的に解明し、世直しによってその原因を除去しようとする組織です。すなわち、中小業者の苦しみの原因は、「新自由主義」「構造改革」にあることを明らかにし、これに反対する世直しによって、中小業者の「真にあるべき姿」である、「経済の主人公」「街づくりの主人公」を実現しようというのが、民商の「理念」となつています。
(中略)

第3に、民商は、「理念」を掲げた世直しのたたかいを訴える階級閥事の担い手でもあります。第11講で、「階級闘争は歴史発展の原動力」であることを学びました。民商は「中小零細資本家と勤労市民など中間階級の階級的中央組織」(第14講)として、労働者階級とも連帯しながら、独占資本家階級とたたかって、その要求の実現をめざします。「新自由主義」型国家独占資本主義のもとでは「独占資本以外の階級、すなわち労働者階級、小ブルジョアジー、中小資本塚階級には、すべて大差のないギリギリの生活条件が押しつけられるため、階級的に連帯して階級闘争をたたかう客観的条件が生まれてくることになるのです」(簾14講)。



 学生のころに読んだマルクス理論を思い出しました。

 資本主義というのは、資本家と労働者の階級闘争です。生産手段をもっている資本家、それに対して労働力を売るしかない労働者、その対立ですね。

 それに対して、中小零細業者はその間に位置します。生産手段はもっている。しかし、もっているだけでは食えない。自分も労働者と同じように働かなければいけません。
 資本家でもあり、労働者でもあるのです。

 だから、小市民、プチブルなどと呼ばれています。

 労働者は生産手段を持っていないので、何も失うことがない。だから革命的です。
 それに対して中小業者は小さいながらも生産手段を持っています。失うものを持っているのです。だから保守的になるのです。

 でも、大きな目で見ると、中小業者も大企業に搾取されています。下請けいじめなどをみるとまさにそうです。
 
 それを見ることができる中小業者は、労働者と手をつないで革命的になるのです。
関連記事
スポンサーサイト




Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.