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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

死ぬまで歩く!・・・9万人の一粒
 ジジ・アマデウスさんから,「4.25県民大会,スタッフのひとりとして参加」に記事にコメントがありました。ありがとうございます。

おつかれさま
スタッフ活動お疲れさま。
そういう人たち無しに、大きなイベントの成功はありえません。
ガサガサ動くタイプじゃないので、注意がきっと効いたかも!!
あらためて・・・お疲れ様でしたぁ!(^^)v

でもいい経験でしたね。
そういう人たち無しに、大きなイベントの成功はありえません。
志位さんとも(目線はあってないが)ツーショットしたし!!
なんちゅ~、もうけもの!!!

さて、ジジ・アマは糸満から貸切バスで12:30出発。
嘉手納ロータリーに行き着かないとこから、バスは停車状態。
はい、進まないのでした。

読谷の会場への交通案内・誘導がきちんと行われて
なかったのだろうと・・・思いましたが、
まあ、参加者が多いからだと解釈しようと努めてました。
「あぁ~・・・4時には着くかな?」
の私の言葉に、同乗者は笑ってましたが、
はい。
着いた時刻は4時でした。

3時からの大会の様子は
バスの中でラジオの報道で聞いていました。

足腰の弱い父親も同行しましたが、
「死ぬまで歩く!」とバス駐車場から会場まで歩きましたよ。
母親は、さかんに「ここで(駐車場の近く)で待ってればいいのに・・・」と。
携帯の腰掛をもって、はい、後ろから歩いておりました。
「待ってれば今日は不完全燃焼で寝れないはずだから、死ぬまであるけば!」
と。娘の言葉でした。ははは。

30分は参加できて、「ガンバロー」も一緒にできて・・・
手ごたえのあまりない参加でしたが、
9万人の一粒にはなれたでしょう。
一粒が集まっての9万人ですからね。

で、帰りも大変でした。
駐車場からバスがピクリと動き出したのが、6時。
はあ~、家に着いたのが8時でした。
な~んにもしないでビール飲んで寝ました。

今回の県民大会が
ただの一つの民意だと片付けられないように
これからも、しっかり
見ていきましょう。政局を。

超党派の県民大会は始めて。
甲子園参加の高校生を応援するウチナーンチュ魂みたいです。
そうだったらいいけど。

総意になればいいけどね。
総意だったらいままでこんな状態続いてるわけないが。

大会参加のみなさん、お疲れ様でした。




 渋滞はひどかったそうですね。

 12時ごろ,携帯電話が鳴りました。出ると,大学の先輩。駐車場を貸して欲しいとのこと。承諾しました。そして,予約の掲示をしました。
 大会が終わって,兄,甥,妻と玄関前でおしゃべりをしていると,先輩が現れました。大会に間に合わず,いま来たとのこと。それは5時すぎでした。もうとっくに大会は終わっています。渋滞に巻き込まれ,その上,道も間違えたとのことです。すごい渋滞だったようですね。

 帰りも大変だったようです。
 兄や先輩も帰り,疲れてもいたので,昼寝をしました。10数分寝たでしょうか。電話が鳴りました。民商の仲間からです。慰労会でビールでもいっしょにやろうとのこと。片づけ物があったので,それを終わり,家に帰り,自転車に乗り換えて,集まりの場所に向かいました。

 もう6時をとっくにまわっていたと思います。それでもまだ車が並んでいるのです。警官があちこちで交通整理をしています。ぼくは自転車ですから,その渋滞の横を走り抜けて行くことができましたが,車の人は大変だったでしょうね。兄や先輩も,きっと渋滞に巻き込まれたことでしょう。

 ジジ・アマデウスさんたちも,このような中でバスに揺られていたのでしょうから,ご苦労様でした。ぼくはバスに弱いので,きっとダウンしていたでしょう。

 ジジ・アマデウスさんのお父上(ぼくの伯父)もごつかれさま。沖縄人民党,日本共産党の戦士ですよね。ほんとうに頭が下がります。あの頑固さというか,不屈さというか。

 おじさんなら,本当に「死んでも歩く」と思います。おじさんや瀬長亀次郎さんたちのこれまでの闘いの積み重ねがあったからこそ,今回の大会につながってきたのだと思います。それを絶やすことなく続けるのがぼくらや若者の役目です。そう考えると,大会スタッフとして小さいながらもお役に立てたかと思うとうれしいです。

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