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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

理解力のない生徒は、僕の厳しく教師
 前にも似たようなことを書いたのですが、最近改めてまた感じるので少し視点を変えて書きます。

 最近の記事に書きましたが、「スコアボード式、正負の数の足し算」、また「賛成、反対、正負の数の掛け算」などいろいろ教え方を考え出してきました。ぼくはけっこういいアイデアだと思っています。

 さて、このようなアイデアが出てくるのは、理解力のない生徒を教えているからです。

 僕の教えるときのモットーは「学び手は常に正しい」です。

学び手は常に正しい

 この場合、理解力のない生徒はつねに正しいということです。

 どういうことか説明します。理解力がないから問題が解けない、それはそうです。しかし、私が一所懸命に教えているのに、これが分からないのは、あなたに理解力がないからなのだ、だからあなたのせいなのだ、ということで片づけても何の解決にもならないということです。

 理解力がない子に、あなたは理解力がないからこの問題が解けないんだ、と告げてもその子はそれを改善することはできません。そうなりたくて理解力がないわけではないのです。「はい、私は理解力をつけます」ということでつくのならなんの苦労もいりません。

 ではどうするべきなのか。
 教える方が、その子にもわかる教え方を工夫をしなければいけないのです。これまでのやり方で理解してくれない場合には、その子に理解させるために、どのような教え方をすればいいのか、いろいろ工夫をしなければいけないのです。

 「教え方をもっと考えろ」と子どもたちに言われてるようなものです。

 そういう意味では、理解力のない生徒は、僕を厳しくスパルタ的に教える教師なのです。

 「私が理解できないのは、あなたの教える力がないからだ、もっと教え方を工夫しなさい」、と子どもはぼくに言っているのです。

 理解力のある生徒を教えるのは、とても簡単なことです。
 問題を与えて解かせます。そして間違ったところ指摘して、もう一回考えてごらんと突き放せばいいのです。それでも分からなければ、参考書で調べなさい、それだけで理解力のある子どもはついてきてくれます。何の工夫もいりません。

 それに対して理解力のない子どもを教えるというのはとても難しいものです。教える力がかなりないと教えることはできません。

 だからいつでも教え方をもっと工夫しろ、と子どもたちに迫られているのです。必要に迫られているのです。

 そのような理解力のない生徒を教えるということの中から、いろいろ教え方のいいアイデアが生まれてくるのです。必要に迫られているので、そのようなアイデアが産まれてくるのです。

 そういう意味で「必要は発明の母」だというのは真理だと思います。

 ネットで「必要な必要は発明の母」を検索すると英文も出てきたので、ついでに載せておきます。

必要は発明の母
Necessity is the Mother of Invention


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