FC2ブログ
セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

恨(はん)の碑
 昨日は読谷村瀬名波にある「恨(はん)の碑」に行きました。

 妻京子が新聞で知ったとのことで以前から行きたかったそうです。

 インターネットで場所を確認ししましたが、少しあいまいでした。渡慶次小学校の横から上がっていくと「恨(はん)の碑」への道しるべがあったのでほとんど迷わずに到着することができました。

 渡慶次小学校の裏手、民家の裏手にあります。近くには墓もありました。少しこんもりしたところで緑があり、よく手入れがされていました。

 こういう過去もあるのだということを知ることは大切なことだと思います。

 インターネットで碑文を検索したのですがのっていません。それでここに載せておきます。

 また、少々あいまいではありますが、多くの人に行ってもらいたいので、地図もここに載せます。道しるべがあるので近くまで行くと迷わずに行けると思います。緑の矢印のあたりです。


 アジア太平洋、沖縄戦において日本は朝鮮半島から 100万人以上と言われる人々を強制連行し、日本軍夫・性奴隷として使役した。慶尚北道から軍夫たちが沖縄に送り込まれたのは 1944年6月頃。

 姜仁昌さんは慶良間諸島の阿嘉島に、徐正福さんは宮古島に配置された。沖縄の地上戦は1945年3月26日に始まった。二人は同胞たちの死を目のあたりにし、また同胞への処刑や虐待などに立ち合わされた。

 私たちは朝鮮半島と沖縄に向かい合う二つの同一の追悼碑を建立することを決めた。そして不幸な過去を心に刻み、平和・共生への決意の印と、多くの賛同者、団体の寄付により、この碑を立てた。レリーフは金城実さん、碑文は安里英子さん、翻訳は河東吉さん。

 2006年5月3日、韓国からの姜仁昌さん、徐正福さんと共に除幕式を行った。

 アジア太平洋戦争・沖縄戦被徴発
朝鮮半島出身者恨の碑建立を進める会



hannohi.jpg
hannohi2.jpg



大きな地図で見る

関連記事
スポンサーサイト




Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © セルフ塾のブログ. all rights reserved.