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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

高校生が感動した「論語」
 おもしろかった。
 前書きに
本書はこれまでの経験を踏まえ,読者が肩を凝らさず読めるように『論語』を構成し直し,補筆・翻訳したものである。

 とあるが,成功していると思います。
 通常だと別に解説を加えるところを訳の中に入れて,読み安くしてあるのもいいです。

 「人知らずして慍らず、亦君子ならずや」を「周りが自分を認めてくれないからってクサるなよ,オンリーワンとなるよう精進しようや」と訳している。「君子」をここでは「オンリーワン」としているのもおもしろい。

「そうさな,とびっきりの天才と,とびっきりの怠けものばかりは,教育によっても変えようがないかもしれないねエ」
 (同感です。いろいろやってきたが「とびっきりの怠け者」をやる気にすることはできないなあ)

「真の教育は教わる者の自発性を高めることに力を注ぐべきなんだ。自発性さえ芽生えれば,誰もが自学自得するようになるよ」
(同感だなあ,と思っていたら,「教員時代の経験を踏まえて蛇足を加えて訳した」とある。この「蛇足」があちこちにあるが,それがまたおもしろい)

「出来の悪い生徒は,教育者にとっては良い生徒かもしれないよ」
「教育者というのは,問題児や出来の悪い弟子によって鍛えられ,育てられる面があるものだ」
(これもまったく同感。佐久氏の「蛇足」であろうが,孔子もこのように感じていたのでしょうね。教材を作るときも,できる子がすらすら解いていたのではこちらは怠け者になる。できない子がつまずくから,では工夫してみようという気になる)

「『いい加減』という詞は『過不足のない,ちょうど良い加減』という最高の意味なのに,最近では,すっかり『ちゃらんぽらん』という悪い意味でしか使われなくなってしまったねェ」
(「中庸」を「いい加減」と訳している。「中庸」の「庸」は,ぼくの名前(庸次)の「庸」なので関心がある。沖縄方言の「てーげー」も「中庸」ということか?)

「子是の日に於て哭すれば則ち歌わず」を「弔問に行って泣いたあとは気分直しにカラオケに寄ったりしないこと」としている。また,おもしろい。


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