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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

2005年入試問題(英語) 青学高等部
青学の「ひめゆり退屈」問題で触れた入試問題本文です。

 次のページからお借りしました。
愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記

Almost 60 years have already passed since World War Ⅱ ended in August,1945. Well,of course you can say that this war is not over yet for some people in some ways, so it could be "only" 60 years. Anyway,we have to think about this age. We should not forget this important experience. Japan is the only country that has experienced the atomic bomb. We, all Japanese, even people born after the war, are responsible for telling the world not to make the same mistake again. But remember, it's been 60 years. Year by year, we are losing people who have experienced the war. From then on, in what way can we pass our experiences, messages and wishes to the next generations?
 

1945年の夏に第二次世界大戦が終わってから、ほとんど60年が過ぎました。確かに、何人かの人にとってはいろいろな意味でまだ終わっていない戦争で、「まだ」60年、でもあるでしょうか。とにかく私たちはこの期間について考えなければなりません。この重要な経験を忘れてはいけません。日本は核兵器を経験した唯一の国です。私たちすべての日本人は、たとえ戦後の人間であっても、同じあやまちを繰り返さないために、そのことを語る責任があります。しかしとはいえ60年ですから、年を追うごとに戦争を経験した人間は亡くなっています。それなら、どのような方法で私たちは自分たちの経験、メッセージ、意志を次の世代に伝えることができるのでしょうか。

Last summer, I saw an unforgettable TV program. Actually, it was shocking. It was a special program to remember the end of Wold War Ⅱ. It came from one writer's war experience and had many old soldiers' comments. Most of those soldiers were in their late eighties, unable to hold their shaking bodies without the help of their walking sticks. The program didn't hide any of the dead bodies of the soldiers. I wasn't ready for such a scene and I couldn't keep watching it, so I turned the channel to another program. I understand that such pictures can be useful. On the other hand, I thought many people would fell the same way I did. But to my surprise, a few days later, I found a letter from an old lady in the newspaper. In the letter, she said that she was impressed with the program. "Thank you for showing the pictures. We will soon become unable to describe the war with words but we can tell something even without using words. We shouldn't be afraid of showing the truth." After reading this letter, I started to remember one of my high school experiences.

 

昨年私は忘れることができないテレビ番組を見ました。実際、ショッキングでした。それは第二次大戦末期を思い起こさせる特別番組です。一人の作家の戦争体験と、複数の年老いた兵士たちのコメントによるものです。兵士の大部分は80代後半で、杖の助けなしでは震える体をささえることができませんでした。番組は兵士の死体を一切隠しませんでした。そのような場面に対する心の構えは私にはなく、見続けることができなくて、テレビのチャンネルを変えたのです。そのような映像が有意義だということは知っていました。しかし一方では、私と同じようなことを考える人も多かっただろうということも。しかし驚いたことに何日か経って、私は年老いた婦人の投書を新聞で見ました。それには彼女は、その番組に感動した、と書いていたのです。「映像を見せてくれたことに感謝します。私たちはもうじき戦争を言葉で語ることはできなくなるでしょうが、言葉以外のことで何かを伝えられるのですね。真実を見せることを恐れるべきではありません」この手紙を読んで、私は高校時代のある経験を思い出しはじめました。

It happened during my school trip to Okinawa. During my stay, my class had a chance to visit an old air-raid shelter which was last as it was from the war. Everyone had their own lights, and followed the old guide info the cave. Inside the cave, it was dark and wet. It was almost untouched from the time of the war. It was a perfect playground for city kids. We laughed at each other when someone slipped and fell. We enjoyed the echo of our voices. "Won't it be interesting if we camp here?" someone said. Yes, that sounded really nice! Then the old guide said, "OK, let's turn off our lights." After the final light went out, darkness appeared. It was a ( 3 ) darkness. No one said anything. I mean "couldn't say" anything "This is the war. The only thing we wished in this cave was to survive the war. I don't want to experience it again." On our way back, no one spoke and of course no one laughed. I still remember how I felt when I saw the outside light and how I thanked God when I finally got out of the cave. I wasn't surprised when I saw some of the girls were crying. There weren't many words but we understood what that experience meant. Only at that moment, I understood why the old guide didn't talk much and answered our questions with only a few words during the tour.

それは沖縄への修学旅行のときのことです。滞在中に私たちのクラスは古い防空壕を見る機会がありました。それは戦争中から残っていたものです。各自が明かりをもって、年老いたガイドに従って洞窟に入りました。洞窟の中は暗くて湿っていました。戦争のときからほとんど手が加えられていないのです。都会の子どもたちにとっては完全な遊び場です。私たちはお互いに、誰かがすべったり転んだりしたときには笑っていました。声がこだまするのを楽しみました。「ここでキャンプしたら面白くないかい?」と、誰かが言いました。確かにそれはいい考えのように思えました。そのとき年老いたガイドは言いました。「それでは、みんな明かりを消してみてください」。最後の明かりが消えると、暗闇になりました。それは(3)な暗闇です。誰も何も言いません。というより何も「言えなくなった」のでした。「これが戦争です。私たちがこの洞窟で願った唯一のことは、戦争を生き延びることでした。そのような経験をもう一度したいとは私は思いません」帰り道では誰も何も話さず、もちろん笑うこともありませんでした。私はいまでも、外の明かりが見えたときに何を感じたか、最後に洞窟を出たときにいかに神様に感謝したか、ということを覚えています。女の子の何人かが泣いていたのを見たときにも驚きませんでした。たくさんの言葉はありませんが、私たちはその経験が意味することは理解しました。そのときようやく、私はなぜその年老いたガイドがほとんど話さず、旅行中にほんの少しの言葉で質問に答えたのかがわかりました。

Then we moved to the Himeyuri Memorial Park. Although we started to forget the cave, we still didn't talk much because we were a little afraid and nervous that we might have to listen to some stories, maybe even more shocking. Yes, the story that the old lady who survived the Himeyuri squad told us was shocking and gave us a great image of the war. But, to tell you the truth, it was boring for me and I got tired of her story. As she spoke more and more, I lost my strong impressions from the cave. I could see that she told the story so many times, on so many occasions, and she became so good at telling it. Her story sounded so easy, like a bedside story told by a mother to a baby. Of course, some of my friends were moved by it, so I shouldn't say that her story didn't mean anything.

そして私たちはひめゆり平和祈念公園に移動しました。洞窟のことは忘れはじめましたが、さらに衝撃的な物語を多分聞かなければならないだろうため、いささか心配だったりナーバスだったりして、お互いあまり話はしませんでした。確かに、ひめゆり部隊で生き延びたおばあさんの話はショッキングで、戦争に対して強いイメージを受けました。しかし実際のところ、それは私には退屈で、彼女の話には飽きてしまいました。話されれば話されるほど、私には洞窟の強い印象が薄れてきました。その物語は何度も、いろいろな機会に話されたので、話すことがうまくなったように私には見えました。物語は安易に聞こえ、母親が赤ん坊に話す寝物語のようでした。もちろん、私の友人の何人かは心を動かされましたので、その物語はあまり意味がないと言わざるを得ません。その物語が無意味とまではいうべきではないでしょうが。

Passing truths and experiences to the next generation is important work. But how? WHat is the best way to do it? Of course the clearest way is with WORDS. The power of words is great. But the problem is how we understand them. If the listener doesn't understand the ideas of the speaker, even a good story becomes just a list of words. Another problem is that if the speaker's opinion is too strong, it may give a different message. Remember the Asian Soccer Cup held in China last summer? Many Chinese booed Team Japan. Probably most of them heard war stories from their parents and created their own ideas about Japanese. Of course we shouldn't say that the information they got from their parents was wrong, but what exactly did their parents say to them? And how?

次の世代に真実と経験を伝えることは重要な仕事です。しかし、どうやって。そのために一番いい方法は。もちろん、確かな方法は「言葉」です。言葉の力は大きいです。しかし問題は、どうやって私たちがその言葉を理解するか、です。聞き手が語り手の理念を理解しなければ、いい物語であってもただの言葉のつらなりにしかなりません。もう一つの問題は、語り手の主張が強すぎるときには、それは違うメッセージになるかもしれない、ということです。去年の夏中国でおこなわれたアジア杯サッカーを思い出してください。多くの中国人は日本チームにブーイングを送りました。多分そのうちの大多数は両親から戦争の物語を聞き、日本人に対して彼らなりの考えを持ったのです。もちろん私たちは彼らが両親から受けた情報が間違っていると言うべきではありませんが、実際のところ彼らの両親は何を、どのように言ったのでしょうか。

As I wrote, we will not be able to listen to firsthand messages about the war someday, but there are some other ways instead. Sometimes you can send the best message without words. When you become a student of Aoyama Gakuin High School, you will visit Nagasaki on your school trip. You will have a chance to listen to the stories of people who experienced the atomic bomb. What message do you think you will get at that time?

前に書いたとおり、私たちはいつの日かには戦争についての直接のメッセージを聞くことは出来なくなるでしょう。しかしそれに変わる方法はあります。ときどきあなたたちは言葉を使わないでベストのメッセージを送ることができます。青山学院高校の生徒になったときには、あなたたちは学校の旅行で長崎を訪れるでしょう。原爆を体験した人たちの話を聞く機会もあると思います。そのときあなたたちはどんなメッセージを得るでしょうか。
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Re: Spiritualism
 nogaさま, コメント,ありがとうございます。

 ぼくには,日本語がそんなに悪いとは思われません。

 英語を使っているアメリカが,あんなひどいイラク戦争を行いました。

 ドイツ語を使っている国が,ナチス,ヒトラーを

 ロシア語を使っている国が,スターリンを

 イタリア語の国が,ムッソリーニを

 産みました。

 ノーベル賞を受賞した人に日本語を使っている人も多いです。

 「日本語に時制がないから」どうのこうのという問題ではないように思います。
Yoji | URL | 2010/12/16/Thu 01:14[EDIT]
Spiritualism
先の大戦では、日本人は精神主義で戦って、みじめな敗北を喫した。
日本人の精神力が足りなかったために、戦場においても工場においてもアメリカ人の精神力に負けたのだと考えていたとしたら、それは日本人の誤りである。

日本人には、意思がない。だが、恣意がある。
だから、日本人には能動はないが、願望はある。
米空軍が日本の都市を爆撃し始めたころ、航空機製造業者協会の副会長は「ついに敵機は我々の頭上に飛来してまいりました。しかしながら、我々航空機生産のことに当たっておりますものは、かかる事態の到来することは常に予期してきたところでありまして、これに対処する万全の準備をすでに完了いたしております。したがいまして、何ら憂慮すべき点はないのであります」と述べた。
すべてが予知され、計画され、十分に計画された事柄であるという仮定に立つことによってのみ、日本人は、一切はこちらから積極的に欲したのであって、決して受動的に他から押し付けられたものではないという、彼らにとって欠くことのできない主張を持続することができた。

日本人がどこで希望的観測の罠に落ちるのか、現実と願望 (非現実) を取り違え精神主義に走るのか、きちんと振り返り反省することはほとんど不可能である。
それは、日本語に時制がないからである。
日本語脳においては、現実と非現実を異なる時制を使って表現することができない。
現実を現在時制の内容として表し、願望を未来時制の内容として表すことができれば、それぞれの内容は別世界の内容となり、混乱することはない。混乱しなけれぱ゛キリスト教のような宗教になり、混乱すれば原理主義となる。

だがしかし、我が国では、一つの事態の肯定と否定は、同じ世界のこととして言い表される。
人々は、無為無策でいながら現実が願望へと突然変化 (反転) することをひたすら願うものである。
言霊の効果の出現を望んでやまない。
必勝を心の底から祈願すれば、悲惨な玉砕もあっぱれな勝ち戦に見えてくる。
無理な欲望が強靭であるがために、現実直視は難しくなる。
これが、日本人の精神主義の本質である。
日本人は、祈願を他力本願・神頼みとしておおっぴらに認め合っている。
問題解決の能力もなく、事態を台無しにする危険をはらんでいる。
この閉塞状態が日本人の知的進歩の限界となっている。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

noga | URL | 2010/12/15/Wed 14:05[EDIT]
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