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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである

 東日本大震災はすごいものでした。

 いま、生き残った人へのインタビューを見ることがあります。子どもと外れてしまったという夫人のインタビューもありました。

 濁流に流されて,自分は何とか生き残ったが子どもは流されてしまったというのです。死んでしまった可能性が高いとぼくは思いました。それをその夫人は淡々と話しているのです。

 海外のこのような災害などの時のインタビューでは泣き叫びながら話をすることが多いです。

 日本人の場合には,淡々と受け答えしていることがほとんどです。

 僕はそれを見ながらある話を思い出しました。うろ覚えだったのですが,ネットで検索してみて,それが何だか分かりました。

 芥川龍之介の「手巾」です。

 我が子を失った婦人が、子どもの恩師にその死を告げにきます。

 そして他人事のように冷静に話す婦人を教授は不思議に思います。

 次は青空文庫からの引用をそのままった載せます。

芥川龍之介 手巾

 丁度、主客の話題が、なくなつた青年の追懐から、その日常生活のデイテイルに及んで、更に又、もとの追懐へ戻らうとしてゐた時である。何かの拍子で、朝鮮団扇が、先生の手をすべつて、ぱたりと寄木(モザイク)の床の上に落ちた。会話は無論寸刻の断続を許さない程、切迫してゐる訳ではない。

そこで、先生は、半身を椅子から前へのり出しながら、下を向いて、床の方へ手をのばした。団扇は、小さなテエブルの下に――上靴にかくれた婦人の白足袋の側に落ちてゐる。

 その時、先生の眼には、偶然、婦人の膝が見えた。膝の上には、手巾を持つた手が、のつてゐる。勿論これだけでは、発見でも何でもない。が、同時に、先生は、婦人の手が、はげしく、ふるへてゐるのに気がついた。ふるへながら、それが感情の激動を強ひて抑へようとするせゐか、膝の上の手巾を、両手で裂かないばかりに緊(かた)く、握つてゐるのに気がついた。さうして、最後に、皺くちやになつた絹の手巾が、しなやかな指の間で、さながら微風にでもふかれてゐるやうに、繍(ぬひとり)のある縁(ふち)を動かしてゐるのに気がついた。――婦人は、顔でこそ笑つてゐたが、実はさつきから、全身で泣いてゐたのである。



 このような婦人がまた日本には数多くいるのです。それが日本人なのです。僕は感動を覚えています。
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