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「美しい」と「きれい」の違い・・・「美しい」は、みにくくないこと、「きれい」は、きたなくないこと
「美しい」と「きれい」は、とてもよく似た言葉です。「美しい人」と「きれいな人」、あまり区別できません。

 その違いは何だろうかと思って、調べてみました。まず「新明解 国語辞典 三省堂」 から

美しい・・・いつまでも見て(聞いて)いたいと思うほど、物の色・・形や声・音などが、接する人に快く感じられる様子だ。

きれい・・・美しい整った状態にあるものが、接する人に充足感や満足感を感じさせる様子。


これでは違いがよくわかりません。

 大辞泉(提供: JapanKnowledge )に、違いが書いてありました。

[用法] うつくしい・きれい――
「美しい(きれいな)人」「きれいな(美しい)花」のように相通じて用いられるが、現代の口頭語としては「きれいだ(です)」が優勢である。「なんてきれいなのでしょう」が普通で、「なんて美しいのでしょう」はやや改まった言い方になってしまう。

◇「美しい」は、「日本の美しい自然」「美しい心」などのように、心を打つ内面的な好ましさについて用いることが多く、「美しい友情」を「きれいな友情」とは普通はいわない。

◇「きれい」は、「きれいに掃除する」「きれいに食べる」とかのように、外面的な清潔さ・鮮やかさの意が強い。「きれいな空気」を「美しい空気」とはいわない。

◇類義語「麗(うるわ)しい」は、「美しい」に近いが文章語的。感情や、人と人との間柄の美しさなどを表して、「彼女は御機嫌麗しい」「麗しい師弟愛」のように用いられる。


 内面的で、やや改まって使うのが「美しい」
 外面的なのが「きれい」

 少し分かった気がしますが、まだすっきりしません。

 次に、「ジュニア・アンカー国語辞典」(学研)から、

(ミニ情報)[類義語]美しい・きれい・うるわしい
「美しい絵」「きれいな絵」とも言うが、おおよそを次のような違いがある。
美しい ・・・見たり聞いたりした感じが良いだけではなく、精神的な高い内容も思わせる。反対語は「醜い」
きれい・・・主に、見た目の清潔さ、美しさをあらわす。反対語は「汚い」
うるわしい・・・輝くほどの立派さ・美しさをあらわす。「うるわしい姫君」


 精神的なのが「美しい」、見た目が「きれい」ということです。

 でも、見た目で「美しい」とも言いますね。まだすっきりしません。

 「例解新国語辞典」(三省堂) には、
 言葉の使い分け「美しい・うるわしい・きれい」がありますが、「うるわしい」を中心に述べられていて、「美しい」と「きれい」の違いは書かれていません。

 現代国語例解辞典(小学館)には、使い方の表がありました。

(○)は抵抗なく用いられる場合、(-)は不適当と思われる場合をあらわしている。
美しい景色(○)、きれいな景色(○)。
美しい友情(○)、きれいな友情(-)
美しい空気(-)、きれいな空気(○)。
美しく払う(-)、きれいに払う(○)。
美しい自然(○)、きれいな自然(-)


 そんな感じでぼくも使っています。整理してみると、いいです。
 でも、なぜそうなのかの意味がいまいちです。

 次の辞典も調べましたが、2つの言葉の違いが対比されていませんでした。

日本語大辞典(講談社)
広辞苑(岩波書店)
学研 国語大辞典(学習研究社)
標準国語辞典(旺文社)
新選国語辞典(小学館)
新解国語辞典(小学館)
旺文社国語辞典(旺文社)
国語学習辞典(光村)
小学国語新辞典(旺文社)
小学国語辞典(三省堂)
標準小学国語辞典(学研)
くもんの学習国語辞典(くもん出版)


 さて、調べながら、反対語から攻めたら分かりやすいのではないかというアイデアが浮かびました。

 「美しい」の反対語は「醜い(みにくい)」、「きれい」の反対語は「汚い(きたない)」です。それは辞書に書かれています。

 「新明解 国語辞典 三省堂」で調べてみました。

みにくい・・・容貌が整っていないため、相手に不快感を与える様子だ(内なるものが、それを補って余りある場合には問題にされない)

きたない・・・よごれが目立ったり、不潔に感じたりして、触ったり、そこに身を置いたりすることが、ためらわれる状態だ。


「みにくい」と「きたない」は明らかに違います。共通点は、相手に不快感を与えるということです。
 「触ったり、そこに身を置いたりすることが、ためらわれる状態だ」は不快感を与えるととっていいと思います。

 「みにくい人」といった場合は、顔がゆがんだ感じをうけます。年老いた魔女って感じです。
「きたない人」の「きたない」は、「考え方が自己中心的で、やり方が他人に不快感を与える様子だ」といった意味で使われます。

 または、数日風呂に入っていないので、臭くて不潔な感じを受ける人といった意味にもとれます。

 これから後は、ぼくの推測も含めて書きます。

 「美しい」は、「みにくい」の、「きれい」は「きたない」の反対語ですから、どちらも不快感を与えない、さらに快い気持ちをおこさせるということです。

 「美しい」は、「みにくくない」という点が強いのではないでしょうか。
 つまり、「容貌が整っていて、相手に快感を与える様子。」

 また、「きれい」は、「きたなくない」という点が強調されるのではないでしょうか。
 「よごれてなく、清潔さを感じたりして、触ったり、そこに身を置いたりしたくなる状態だ。」

 容貌が整っていても、不潔では相手に快感を与えることはできません。だから、醜くない上にきたなくもないといった様子が「美しい」ということになるのではないでしょうか。

 また、清潔であっても、容貌が整っていなければ、不快感を与えてしまいます。だから、きたなくない上に、醜くもないといったのが「きれい」になります。

 つまり、「美しい」は「みにくくない」ことが中心だが、さらに「きたなくもない」
容貌が整っていて、その上によごれていない状態

 容貌が整っているということは、そのものがいいものであるので、中身もよい。だから
内面的、精神的にもよい。

 「きれい」は「きたなくない」ことが中心だが、さらに「みにくくもない」
よごれていない、その上に容貌もととのっている状態

 よごれていないというのは、外面的に、表面的によごれていないというだけ。
 
 このように中心はちがうが、よく似た意味になり、微妙に異なるだけになってしまったのではないでしょうか。
 
 

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