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セルフ塾は閉めましたが、そのままの名前でブログを続けます。独学,独習。教わるより,学ぶを重視。 セルフラーニングの方法,英語,数学などの情報を発信するつもりです。

子どもていうのは、ほんまにわけがわからん


 「バッテリーⅡ」をもう一カ所,教育書として読んでみたい。

 まず,次の場面を読んでください。
 主人公の巧は中学1年,天才的なピッチャー。洋三は,巧の祖父。昔は野球の監督として活躍。



 洋三が首を振る。

「はったりじゃ。言うた本人は、はったりとは思うてないかもしれんが。けどな、おまえぐらいの年ではな、身体の有り様なんて、川の流れみたいなもんでな。今日と明日では、ちごうてくる。背がのびる、肉がつく、筋力もちごうてくる。一日、一日で、恐ろしいほど変わってくる。そういう時期なんじゃ。中学の子どものことが、そう簡単にわかると思うとるなら、そいつは、まちごうとる。若い男か?」

「よくわかんないけど、三十と四十の間ぐらいかな」

「指導者としては脂ののったときじゃな。うん、わしもそうじゃった。わしの相手は高校生じゃったけどな・・・,子どものことはなんでもわかったような気になるんじゃ。恐れがのうなるんじゃな」

「恐れ?」

  野球の指導の話にしては、ずいぶん場ちがいな言葉に思える。洋三は、もうー度、その言葉を繰り返した。

「恐れじゃよ。子どもに対する恐れじゃ。中学、高校・・・・、さあ、それ以上はわしにはわからんけどな、そのころの子どもていうのは、ほんまにわけがわからん。それまで全然めだたなんだやつが、好きな女の子が試合を見にきたいう理由だけで、ホームラン三本かっとばしたことがあった。ひと月に十センチ背がのびて、守備範囲が急にひろうなったショートがおった。練習をさぼってばかりおったのに、じつに均整のとれた身体をして、きれいなバッティングフォームをくずさなんたやつがおった。まったく、あきれる。こいつはこうだなんて決めつけてしもうたら,たいていあとでしっぺ返しがくる。おまえらの年代はな,そういうもんなんじゃ。怖いぞ,ほんまに」



 これを読んで思い出したことがあります。
 沖縄にある俳優養成学校(?)の校長をしている人が新聞紙上でこういっていました。その方の学校から,みなさんも知っている歌手が輩出しています。その自信からでしょう。
 「私は子どもの才能を見る目がある。」と。

 その方の主張は,子どもにはそれぞれ才能があるのだからそれを伸ばすために早めに区別して教育すべきだ,というものでした。

 つまり,勉強の得意な人は勉強を,スポーツの得意な人はスポーツ,その他,音楽,美術などなど。

 要するに,スポーツの得意な人はもう勉強はいいではないか,ということですね。極端にいうと。

 それに対して,ぼくは投稿しました。子どもの力なんて分からないものだ。だから,基本的な教育はすべての子どもに必要だと。

 この洋三さんの言葉はぼくが言いたかったことです。



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