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沖縄方言(琉球語)がなくなれば、琉球の文化はすたれる
ほこりがあれば,方言は復活できる」

 にコメントをいただきました。


通りすがりだけどすみません 真摯に想うことです・・・
愚痴っていうか方言について思うことがあります。

複雑だけど、今の若者は自分の世代もそうだけど、方言を話せないし、 わからなくなっていると思う。 それはそれでいいじゃないか。
ある意味統一された方が通じやすいし。
昔の時代劇や原文は当然昔の言葉などで話されていたのといっしょで、 方言集を歴史として残していくのは賛成。
消えてしまったら、元に戻らないし。

けど、学校で積極的に教えていくのはあまり納得できない。
方言が消えつつあるなりゆきに任せてしまっても歴史は伝えられると思う。 方言を積極的に教えすぎてしまうのも、なんか今でさえ方言を共通語と勘違いをして しまう、たとえば、ラーフルやはわくや放課を共通語と勘違いしてしまう弊害もあるから。。。 これは、方言だよってことで。。。 基本全国通じる、ほどほどのちょっとした方言でいいじゃないか。 貴重な人生を方言の習得にかけるのは絶対に間違いだと想う。



 方言を残した方がいいという意見と、残さなくてもいいという意見、その背景はいろいろ考えられます。

 まず世代の違いでしょう。
 僕は方言を聞いて理解することができますし、ある程度は話すこともできます。しかし、現代の若者たちは話すことも聞くこともできません。

 方言の定義にもよります。地方の言葉という意味では、現代若者は方言を話しているのかもしれません。

 しかし、ぼくにとっての方言は琉球語です。ぼくに言わせれば現代の若者たちの話す方言は方言(琉球語)ではありません。

 コメントにある「ラーフル」や「はわく」や「放課」って何のことなのか、ぼくには分かりません。
  
 話すことができる私どもにとっては、なくなっていくというのは寂しいもの、いやなものです。
 でも、話すことのできない人にとっては、わざわざ学ぼうとも思わないのでしょう。

 大切なものを持っている人がそれを失った時の寂しさと、最初から持っていない人がそれを思うものとの違いです。

 また年齢も関係します。
 僕も若いころには方言が大切だとは、あまり思いませんでした。また、日本の古典を学んだ高校生の時は、こんなもの学ばなくてもいいと思ったものです。

 ところが、年を重ねるにつれ、方言は大切だし、日本の古典もきちんと学んでおけばよかったと思うようになっています。

 次は、根が深いのですが、広い意味での経済的な効果と、文化を重視する立場の違いです。

 太平洋戦争に敗戦した日本では、日本語のかわりに英語を公用語にという意見もかなりあったようです。

 英語を公用語にすれば、全世界でコミュニケーションがとれます。経済的な意味を考えればその方がいいのかもしれません。

 しかし、日本語がなくなれば日本の文化がなくなります。一部の専門家だけによる日本語が日本の文化を支えることはできません。

 文化財保存でも同じようなことが考えられます。道路を作ろうとして工事を進めたら文化財が出てきた。それを残そうとする人たちと、経済的な効果を求める人との対立はよくあります。

 その対立は価値観によるものです。話は平行線のままでしょう。

 沖縄の方言(琉球語)が沖縄、琉球の文化を支えています。方言がなくなれば文化はすたれるでしょう。

 一部の専門家が分かるだけでは、文化は支えきれません。

 そういう意味で、沖縄の方言、琉球語を何とか残してもらいたいと考えているのです。
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