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『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』を見ました。
『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』を見ました。

2013年8月7日21時よりTBSで『テレビ未来遺産"終戦"特別企画』として放送された日本のドキュメンタリードラマです。

とてもいい番組でした。見て本当によかったです。

  島田知事については、一応知っていました。 食事のときなど、歴史に明るい、舅である曽根信一がよく話していました。

 「りっぱな人だった」と 高く評価していました。

 そういうこともあり、強い関心をもって見始めました。

 すると、その番組に 叔父の上原徹が、関係者として出たのです。

 上原徹は 妻Kyokoの母の弟です。関心はさらに 高まりました。

 島田知事は本当に素晴らしい人だったのだ、とあらためて思いました。

 あのときに沖縄に行くというのは、どういう意味をもつのか、頭のいい 島田氏は よくわかっていたはずです。

 でも、自分が行かなければ ほかの人が死にに行く、 ということで 沖縄に赴きます。

 それだけでも 素晴らしい人です。

 そして 沖縄の人達の中に入って、沖縄の人たちを大切に 扱います。

 この番組の 題でもある 「生きろ」という言葉を何度も県民に語っていました。

 僕は最初、それは作りばなしだろう と思いました。

 あの皇民化教育で 「お国のために死ね」 と教えている頃です。このような「生きろ」という言葉を 沖縄県知事がいうことができるだろうか、 と疑問に思ったのです。

 でも、そう言われた という証言が 次々と出てきました。 何人もの関係者の言葉です。 嘘なはずがありません。

  島田知事は、 沖縄県民に「生きろ」と言いつづけていたのです。

 そして 沖縄県民を生かすために、疎開や避難、食糧確保など、色々な手を打ちます。

 首里の軍本部が南部に移動することに まっこうから反対します。

 軍が南部にうつると、沖縄県民が まきぞいになるということを 見通した発言です。

 牛島中将に、これは愚策だとさえ言います。

 そのあたりは史実かどうか 僕にはわかりません。

 でも、番組全体の 流れとして、島田知事ならいいかねないと思いました。

 沖縄に米軍が上陸し 地上戦がおこなわれたというのは最大の不幸です。

 でもその中で 島田叡氏が沖縄県知事になったのは、本当に不幸中の幸いといえるでしょう。

 島田知事のために 本当に多くの県民が 命を失われずにすんだのです。

 当時少年兵だったという叔父上原徹は 何度も番組に出てきました。

 島田知事と別れる時に、黒砂糖を包んでくれた話は、直接聞いたことがあります。

 この番組を見て もっと詳しい話を 聞きたいと思いました。

 いい番組をありがとうございました。

『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』予告動画


 以下は、次のページから。
『報道ドラマ 生きろ 〜戦場に残した伝言〜』

この番組は「沖縄の神様」と今も慕う人たちがいる、戦中最後の沖縄県知事を務めた島田叡(しまだあきら)の実話を、ドラマとドキュメンタリーでお送りする終戦特別企画です。
昭和20年1月、内務省からの異動で赴任し、6月23日の沖縄戦終結の日までの5ヶ月間を、沖縄県民と共に生き抜いた島田叡沖縄県知事。赴任前、大阪府内政部長であった島田は、沖縄戦の始まる2ヶ月前に沖縄県知事の内示を受けた。赴任後は、命がけで沖縄住民を守るために様々な改革に着手し、陸軍との交渉を試みました。
番組では、そんな島田の生き様を、過去の戦争フィルムと関係者の証言、当時の手紙などの貴重な資料を基に、報道ドラマとして再現。ドキュメンタリーと併せて、島田を通して沖縄戦がどのような戦いであったのかを伝えていきます。また、島田は中学時代から野球のスタープレーヤーとして名を馳せており、知事としての島田だけではなく、「野球人としての島田」「人間としての島田」の魅力も描いていきます。
ドラマでは、緒形直人が島田叡を演じます。そのほか、島田と共に命がけで疎開を進める荒井退造警察部長を的場浩司、陸軍の第三十二軍司令官の牛島満を西郷輝彦、海軍の大田実沖縄根拠地隊司令官を石橋凌がそれぞれ演じます。

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